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イミティアの災禍1/4

 


 オルトゥスが死んだ。




 その知らせは、イミティア・ベルベットの世界を容易に灰色に変えてしまった。




 *




 旅先で見つけたいつものお気に入りの茶葉を淹れてもらい、そこにたっぷりの蜂蜜を入れる。甘く、鼻を抜ける爽やかな紅茶の香りは、バターを浸す様に塗ったトーストと良く合った。


 家族同然の旅商団キャラバンのメンバー百と三名と食卓を共にするご機嫌な朝は、いつもの調子で執り行われていた。



 次は南の島へ舵を切ろう。

 いやいや北の金鉱を買いに行くべきだ。

 あっちの航路にゃ竜が出ると聞いたぞ。

 なぁに、うちにだってソームとゴダラがいるじゃねぇか。

 それより砂漠を超えないか? 向こうじゃ祭りがあると聞いたぞ。



 騒がしく、どこまでも冒険心に満ちた食卓。

 朝の食卓には、ぶちまけられたワインを吸った世界地図がでんと置かれ、品の無い男どもがああでもないこうでもないと口論を飛ばしている。

 ベルベット旅商団キャラバンは、どこまでも自由だ。

 コンパスの示す道ならどこへなりとも飛んでいく。

 果ての無い世界に、どこまでも飛んで行ける翼……彼らを縛るものは、この世に一つだって無い。



 さぁ、今日は何処へ行こうか。



 イミティアは朝から酒で顔を真っ赤に染める馬鹿共かぞくを眺めながら、紅茶のカップを傾ける。


 いつまでも続く馬鹿な旅路。

 気長に、気楽に、どこまでも行こうじゃないか……



「……って、待て待てお前達! ここから東の『イールエスタ』に舵を切ると昨日決めただろう! 何を勝手になかったことにしてああだこうだ言ってるんだ!」



 慌てるイミティアに団員の全員が分かりやすく顔を顰めた。

 百人以上もの人間が、自分に向けて顰め面を晒す……その余りの圧に、頭領たる彼女も流石にたじろいだ。



「な、なんだお前達揃いも揃ってぶーたれた顔しやがって……」


「イミティア……」



 百人が囲う食卓を更に覆う程の巨人……ウッドバックは、イミティアの遥か上から溜め息を漏らした。



「昨日モ話シタガ『イールエスタ』ト言エバ、何モナイ街トシテ有名ダ……。有ルノハ広大ナ花園ト海岸ダケ……。俺達ガソンナ所二行ッテモ、何ノ腹ノ足シニモナランゾ」



 そう言って酒樽を煽るウッドバックに、賛同の野次が相次いだ。



「そうだそうだ!」


「俺らに花の冠でも作ってろってのか!?」


「ビーチも無けりゃ田舎町……若い娘っ子もいないだろうしよぉ……」



 次から次へと野次は止まらない。

 男衆は、惜しげもなく反論を発散させた。



「お、お前ら……言わせておけば……あたしは団長だぞ! 団長の命令が一番偉くて従うべきなんだぞ!」



 身の丈ミニマムサイズのイミティアが捲し立てたところで、あまり脅威にはならない。

 それどころか、どこか小動物を思わせ、庇護欲を煽るだけだ。



「イミティア、何故『イールエスタ』二行キタガル? 行キタイト言ウダケデ、オ前ハ理由ヲ語リタガラナイ。何故ダ」


「うっ……」



 急所を突かれ、イミティアは半歩後ずさる。

 その反応を見た団員達はますますのべつ幕なしに騒ぎ立てる。


 やんややんやと文句を垂れる酔っ払い達に、しかしイミティアは口を割りはしない。



「ええい、別に目的なんていいだろう! あたし達は道なき道を行く旅商団だ! 何か目的が無きゃダメなのかよ!」


「ダメに決まってるだろ、犬っころ!」


「ほーう、誇り高き狼種の獣族であるあたしに犬っころとは良く言った! 面白い、文句のある奴から表に出ろ!」



 売り文句に買い文句。

 気性が荒く、陽気な彼らは討論の末の殴り合いを好む。


 とは言っても別に本気で殴り合うわけでもなし。

 こういった『じゃれあい』は、盛り上がるし、見ているものもよく酒が進むのだ。


 しかしヒートアップしたその場に氷水を差す様に、老いた声がわざとらしく呟いた。



「……『イールエスタ』は確か、恋の神『エルヴァダ』様を奉る土地じゃったかのう」



 瞬間。

 男達がイミティアへ向ける視線は白々しいものへと変わった。


『またか』


 口に出さずとも、彼らの眼は口程に物語っている。

 老いた声――旅商団の年長者であるガガダンは、更に続ける。



「確かそこの教会で祈りを捧げると、想い人と結ばれるという眉唾なご利益があったんじゃったかのう」



 わざとらしい呟きは、イミティアの動きを挙動不審たらしめるに十分だった。



「へ……へぇ~……詳しいな、ガガダン……へぇ~……そうだったんだ……へぇ~知らなかったなぁ~……ふぅ~ん……」



 瞳は、眼の中で反復横跳びばりに泳いでいる。

 すかすかの口笛を吹きながら、彼女は冷めた紅茶を啜り始めた。



「まぁたオル坊か……」



 誰かが、代表したように呟いた。

 イミティアの顔がカッと赤くなる。



「べっ、別にいいだろうがあたしが誰を想おうと! そんで『イールエスタ』に行って、教会で祈りを捧げて、想い人を描いてもらった特製のロケットを作ってもらおうったってよ! 別にいいだろうが!」


「うーわ、聞いてもいないのに全部白状したよ」


「団長の恋愛御成就グッズ買いに舵切るのこれで何度目だよ」


「完全に『船』を私物化してやがる」


「というか団長の貧相なボディであのオルトゥスを籠絡しようって無理があるだろ。どれだけ上等な女が詰めてると思ってるんだ」


「お前ら言わせておけば!」



 そうしてイミティア旅商団の『船』は『イールエスタ』へと舵を切る。

 気分次第で行先を決めるのなんて珍しい事じゃない。

 団長の多少の我儘はご愛嬌だ。


 団員達は呆れつつも、いつもの事だと陽気に酒を飲む。

 さあ帆を張れ、舵を切れ。


 朝餉を終えた団員達は、今日も元気に作業に移った。




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