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鎧袖一触

 

 何をすればいい。

 そう問われたウッドバックは、僅かに狼狽を覚える。

 突如彗星の如く目の前に現れた少女のその声は、悲しみと、怒りと、決意に満ちていた。


 語気が強い訳ではない。

 だが確かにその声には生半可では片付けられぬ強い意志が孕んでいる。


 ウッドバックは、両目を潰されている。

 既に光を失い、回復の手立ては無く、少女の姿を認める事は出来ない。


 だが彼は少女に対して、えも言われぬ懐かしさと安心感を覚えた。

 まるで鍛冶屋で打ち直した得物が手元に帰ってきたかのように、まるで故郷の風を腹いっぱいに蓄えたときのように、見も知らぬその少女に対して何故だか只ならぬ信頼を置かずにはいられない。



「……協力シテクレ」



 からがら絞り出したウッドバックの言葉に、セレティナはただただ耳を傾けた。

 遠くからは、リキテルと大蜘蛛が大暴れしている音が絶え間なく轟いている。


 ウッドバックはよろよろと立ちあがると、血錆に塗れた斧を担ぎ直した。



「名モ分カラヌ小サキ強者ヨ……。アノ門ヲ閉ジタイ。光ヲ失ッタ俺ヲ、ドウカ導イテクレ」



 セレティナは、振り返る。

 確かに、あの堅牢で巨大な石門を強引に閉じ込めるのは巨人ウッドバックの力が必要だと理解した。



「……了解した。私達が先陣を切る。貴方は私達の後を付いてきてくれ」


「……感謝スル」


「歩けるか?」


「無論ダ。巨人族ノ『タフ』サハ折リ紙ツキダ」


「……そうか、分かった。無茶はするな」



 そう言ってセレティナは宝剣エリュティニアスを、鋭く嘶かせた。

 この剣の導きに付いてこい、と。

 そう示すように……そして。



「リキテル!」



 セレティナの美しい声が、戦場に轟いた。

 リキテルはそれを聞いてはいるが、反応のひとつもくれはしない。

 大蜘蛛の足元を這い回る獣は、虎視眈々と必殺の瞬間を狙っている。



「そいつは任せた! 引き留めておいてくれ!」



 返事の代わりに、彼の手繰るククリナイフが堅牢な黒脚を一本斬り飛ばした。

 妖しく黒光りするそれは、くるくると円を描きながら奈落の底へと落ちていく。


 任せろ。


 言葉ではなく、その一撃をもって返事とするのがどこか彼らしくもあり、セレティナは薄く笑みを零した。



「ユフォ。ヨウファ」



 右から左へ。

 見た目の変わらぬ左右の踊り子に視線を配ると、彼らは静かに頷いた。


 それと同時にウッドバックと周囲を包んでいた銀色の光が、淡く弾けはじめる。

 魔法陣は光の粒となり、空の蒼に溶けていった。



「行こう。……ウッドバック、必ず生きて帰るぞ」



 セレティナの冷たい呟きが僅かにウッドバックの鼓膜を揺らした時、阻む壁が無くなった小蜘蛛共は、雪崩れる様に彼らの元に殺到した。






 *






 金色こんじきの天使。

 緋色の狂戦士。

 濃黒の双子。


 ……四人だ。

 たったの四人が現れただけで、その戦場の盤面は裏返った。




 金色は、まるで芸術だ。

 社交界の一幕を切り取ったかのような軽やかなステップには、力みというものが感じられない。

 流れにただ身を委ねて振るわれる宝剣の閃きは、見ている者を心地よくすら感じさせ、全ての思考を放棄してその姿に魅入る者すら現れた。

 黄金は魔物の脅威のただ中を霧の様に擦り抜けて、瞬く間に鮮血の火花を散らした。




 緋色は濁流だ。

 剣術に囚われず、戦術に囚われず、本能がしたいように、したいままに双対のククリナイフが嬌声を上げている。

 黄金をクラシカルなオーケストラと例えるなら、こちらは陽気なラテン音楽だろう。

 エネルギーが充実していて、力があり、それでいて自由。

 驚異的な身体能力フィジカルは緋色を虎狼たらしめ、獰猛な牙は自分の十倍以上もある大蜘蛛の体を何度も穿ち抉る。

 技とも言えぬ技で剛を制し、小蜘蛛を蹴散らしながら何度も大蜘蛛をひっくり返す様は痛快だ。




 濃黒は妖艶だ。

 黄金よりも更に先を行く疾さを得る彼らは、戦場を舞い踊る。

 ステップの後には、光り輝く葵色の軌跡が描かれ、彼らの舞に呼応するように魔法を呼んだ。

 口元を覆うフェイスベールのその下では何かの呪文を紡いでいるのだろうが、低く、女性的なその音色は聞くものを魅了し、どこか色艶がある。

 彼らの手にはナイフが握られ、光の魔法で攪乱している瞬間を逃さずに次々と命を奪い去っていく。

 その手法は殺すというよりも、命を盗み取る、という表現のほうが呆気なくて的を得ているだろう。



 セレティナ・ウル・ゴールド・アルデライト。

 リキテル・ウィルゲイム。

 ユフォとヨウファ。



 彼らにとって、この程度の戦場を一時凌ぐことなど造作もない。



 大英雄の魂を継ぐ少女と、次期英雄級の才能を持つ騎士、それからこの世界に於いて最高クラスの傭兵たる金級冒険者が手を組んでいるのだから。



 そんなことは知らないウルブドールの兵士達は、唖然とするばかりだ。

 まるで夢でも見ているのかと、本当に天使様はいたんだと、彼らの脳裏には現実と救いと虚構が入り乱れていた。




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