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獣族と巨人族

 


 一方その頃セレティナは












 帝国の空をぶっ飛んでいた。













 *





 城塞都市ウルブドール。





 ギルダム帝国は魔物が出没する汚染域に近い事もあり、国の端へ行く程その護りは強固なものとなる。


 比較的国の外側に位置するウルブドールもやはりその例に漏れず、街の周りは巨大な石壁によって二重に囲まれている。


 壁には帝国由来の特殊な魔法陣が刻まれ、多少の罅割れや傷ならたちどころに自己修復する堅牢ぶりだ。


 中級程度の魔物が多少押し寄せたところで、その分厚く強固な壁が揺るぐ事はあり得ないだろう。





 --しかしこの日、鉄壁のウルブドールは悲鳴を上げていた。





 二重の外。

 外壁の南門を突破し、大量の魔物がウルブドールの内へと進撃を始めていた。



「死守だ!絶対に死守しろ!ここを通してはウルブドールは終わりだ!」



 阿鼻叫喚。

 黒に侵され始めた戦場の最中、誰かがそう叫んだ。


 誰も聞いちゃいない。

 誰も聞こえてはいない。


 だが、その叫びの意味するところはこの戦場にいる誰もが分かっていた。


 幸い外壁の南門から内壁の中へ侵攻する経路は、一本道の橋を渡る他には無い。


 人の往来には広く、しかし戦場になるには手狭な橋だ。

 外壁が突破されたとは言え、未だに魔物がウルブドールの内壁へと雪崩れこむ事が無い理由がこれだった。


 だが、一本道故にここを突破されては全てが終わる。

 それは、誰しもが理解しているのだ。


 鎧に身を包んだ帝国兵の銀色の波と、魔物達の漆黒の波の鬩ぎ合いはまだ始まったばかりだった。















 イミティア・ベルベットは忌々しく舌を打った。


 切っても、焼いても、次から次へと彼女の元へと雪崩れ込んでくる蜘蛛型の魔物達に辟易を覚え始めたからだ。


 イミティアは愛剣を腰に下げた鞘に納めると、小さく呟いた。



「ウッドバック」


「へい」


「時間を稼げ。少しデカイのを奴らにくれてやる」


「へい」



 後退する彼女の横を、巨大な何かが通り抜ける。

 ウッドバックと呼ばれた巨人族ギガンティアは足元に群がる小蜘蛛共を蹴散らかすと、巨大な戦斧の一撃で更に奴らを吹き飛ばしていく。


 二階建の家屋よりも更に巨大な大男の進撃に、尻込みがちな帝国兵も大いに沸いた。



「すげぇ……なんだあのデカブツ……!」


「ベルベット旅商団の用心棒、『巨巌のウッドバック』だ!」


「ありがてぇ……!まさか巨人族ギガンティアが味方になろうとは……!」



 ウッドバックの猛攻は止まらない。

 彼の木の幹よりも更に太く逞しい腕がぎちぎちと軋んで、巨大な戦斧を軽々と振り降ろすと、小蜘蛛共は面白い様に吹き飛んでいく。

 その圧倒的な一撃の衝撃は、余波を伴って小蜘蛛共の侵攻ラインを押し下げた。


 しかし。



「ウッドバック」


「へい」


「下がれ」


「へい」



 少女の様な、瑞々しい声が後ろから飛ぶ。

 その声にウッドバックは素直に従い、緩やかに後退した。


 代わりに、短杖ワンドを携えたイミティアが前に踊り出る。

 彼女の灰色のショートヘアは踊る様に弾み、革のロングブーツが石橋を叩く音はやけに軽快だ。


 短杖は、その身に蓄えた力を誇示するように淡く明滅を始めている。


 イミティアが祈る様にそれを掲げると同時に、ウッドバックがこう叫ぶ。




 --伏せろ、と。











「『終焉を歌う焔火エドゥ・レオ・バリウル』」












 --光が、世界に満ちた。


 イミティアの短杖に操られた巨大な火の玉が、強烈な閃光を伴って小蜘蛛の海に呑まれ、そして爆発したのだ。


 太陽を側に感じる程の熱波。

 神の後光とさえ思える閃光。


 彼女の魔法は爆発とともに姿を変えると忽ち小蜘蛛共を飲み込み、眼に映る世界を灼き尽くした。


 裁きの炎は外壁の門をけたぐると、外の魔物すら巻き込んで咆哮を上げる。


 魔法を施された石壁すらどろりと溶けて黒を晒し、橋に差し掛かった小蜘蛛の魔物共は塵の一つも残さずに全て吹き飛んだ。





 ……一瞬の余白。




 帝国兵はその威力に呆気に取られ、沈黙を垂れ流さずにはいられない。


 しかし、そこに檄を飛ばすのはイミティアだ。




「ボサッとするな! 外にどれだけ魔物が控えてると思っている! 魔法士は早く外門を塞げ!」




 棘さえ篭った女の檄に、男達は漸く我に帰ると堰を切ったように、門へと走り出した。


 チャンスは、今しかない。


 帝国の魔法士達は魔法によって土手を作り上げ、即席の門を作り上げていく。


 ちゃちな魔法だろうと、時間を稼げればそれで良い。


 外門と外壁には自動修復の魔法が施されており、時間さえ稼げれば元の堅牢な壁を取り戻せるのだから。


 帝国兵達が横を通り抜けていく中、イミティアは短杖を手の内から零すと、呻きながら膝をついた。



「大丈夫カ? イミティア」



 戦斧を肩に担いだウッドバックは、どすどすと土埃を上げながら彼女に駆け寄った。


 イミティアは挑戦的な笑みを浮かべると、手でそれを制す。



「あたしは平気だよ。なに、ちょいとサボり気味だったからね『戦』ってやつを」


「……魔力ノ使イ過ギダ」


「……上級魔法一発でこのザマなのは、少しあたしも驚いてるところさ」



 額に流れる大量の汗を拭うと、イミティアは首に下げたロケットを握り締めた。



「こんなブザマじゃ、あたしがそっちに行くのも時間の問題かもしれないね」



 なぁ、オルトゥス。


 そう付け加えてイミティアは、ゆっくりと空を仰いだ。




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