同行
「何だ、あれは……」
レヴァレンス街門――外。
影の世界から、トビウオのように飛び出したセレティナの第一声がそれだった。
振り返れば、『篠突く影』の閃光魔法とは違う、灼熱の火柱が夜を灼いたところだった。
火柱が打ち立ったのは、距離的にも方角的にも、セレティナ達が脱した帝国兵の駐屯地からだ。
まさか、私達を助けてくれた人達に何かが起こって――と、思考を巡らせたのと同時に、ユフォの華奢な手がセレティナの肩に置かれた。
「あれは、大丈夫」
「大丈夫だって? しかしあれは……」
「あれは多分、ヨウナシ先生のもの」
淡々と告げるユフォに、やはりセレティナの眉根が寄った。
あの強大な魔法……何をやったかは知る術もないが、やはりあの女性はただの物書きではなかったのだな、と。
「聞きたいことがある」
「……許諾。僕に応えられる範囲であるなら」
「ヨウナシと名乗るあの女性は、何者なんだ。何故魔女の後を追う? 私を助けた本当の理由はなんだ」
問うセレティナに、ユフォは肩を竦めて見せた。
「……範囲外。僕はそれに答えられない」
その答えに、しかしセレティナに思うところは無かった。
元々素直に答えてくれるとは思ってもいなかったのだから。
「……ではユフォ。君は知っていてそれを答えることが出来ないのか? それとも知らないから答えられないのか?」
「……両方」
「両方?」
「……ヨウナシ先生のことに関しては答えられない。知らないから答えられないし、知っていても答えるつもりはない」
「ビジネスライクなんだな。私とも、あの女性とも」
「……冒険者とはそういうもの。だからこそ先生は僕達を雇っているし、僕達も先生に雇われている」
.
「なるほどな」
諦めの色に濁る息を吐きながら、セレティナは真円を描く月を見やった。
(……ヨウナシ、か。好意に甘えてる身分で申し訳ないが、少し警戒する必要はありそうだ)
少し乾燥しはじめた唇を指でなぞりながら、セレティナの脳裏に映るのはやはり先程の光の柱だ。
あれほどの魔法を扱えるのは魔女か、またはそれに準ずるほどの力を持ちうる人間以外の何か、だ。
(龍……。まさかな)
そこまで思考に耽って、セレティナは考えを取り下げた。
考えたところで結論がでないのであれば、考えるだけ現状は無駄なのだから。
それに。
「よう、天使サマ。そっちも問題なかったみたいだな」
「……天使様ではない」
丁度、リキテルとヨウファが影の世界から這い出てきた。
珍しいもの――影の世界のことだ――を見てきた、といった風なリキテルは、口笛でも吹きそうな程度には飄々としている。
再会したユフォとヨウファも、お互いの拳をかち合わせているところだ。
セレティナは今一度自分の装備を確かめると、腰のベルトに宝剣を差し込んだ。
「よし、リキテル。早速行こう。もうレヴァレンスでは私が駐屯地を脱したのはゼーネイ卿にばれている頃だ。追手が来ないとも限らない。早々にウルブドールに向かおう、もう少し先にカウフゥ達が手配してくれた馬がいるはずだ」
「ちょっと待って。ウルブドール? なぜ? 脱出だけじゃなかったの」
先を促すセレティナの肩を、ユフォの珍しく焦燥に彩られた声が呼び止める。
「ああ。私は元々ベルベット旅商団に用事があって帝国まできたんだ。ウルブドールに居るのだから、ウルブドールまで会いに行く」
「知ってるの? 今ウルブドールがどうなっているのか」
セレティナはこくりと頷いた。
「知っているさ。魔物の大軍勢に、陥落寸前だとな」
「……質問。そこまで知っていて何をしに行くの?」
「無論、助けに」
「……お馬鹿さん」
ユフォとヨウファは、惜しげもなく溜め息を吐いた。
本当に、心底呆れた、といった様子で。
ちらりと、二人が見やった視線にリキテルが気づくと、彼は首を横に振った。
「俺はイミティア・ベルベットに会いにいくわけじゃねぇ」
「え? じゃあ……」
「強者と殺り合いたい。それだけだ」
「……あなたはもっとお馬鹿さん」
やはり、ユフォとヨウファは特大の溜め息を吐いた。
そしてフェイスベールの上から顎に手を当て、少し考え込む仕草を見せると。
「セレティナ。馬は何頭?」
「二頭だ」
「そう……」
ユフォとヨウファは顔を突き合わせると、もう一度、溜め息を吐いた。
そうして、ゆっくりとセレティナに向き直った。
「付いていく。僕達も」
「……なに?」
突然の提案に、セレティナは流石に面食らった。
この二人のそれは善意なのか、それとも……。
「いや、いやいやそこまでしなくとも大丈夫だ。君達へのヨウナシ先生からの依頼は私達をレヴァレンスの外まで連れてくることまで、だっただろう。そこまでしてくれることはないんだぞ」
「大丈夫。きっとヨウナシ先生は、知っていた。知っていて、僕達を貴方達の護衛に回した。だから、多分僕達は貴方達を護らなきゃいけない」
「何を言って……次は、ウルブドールに行けば本当に死ぬかもしれないんだぞ」
問うセレティナに、ユフォもヨウファも、無機質な表情を変えることはない。
ただ、付いていく……という無言の意思が、ありありと伝わってくるのは確かだ。
少し離れたところで、リキテルは赤毛を弄りながら困惑するセレティナに笑った。
「いいじゃないか。付いてくるというなら付いてこさせれば。兵は多い方が生存率は上がるぞ」
「……ああ。いや、しかし、だな」
「お前らも、いいんだよな? 俺達からは報酬は出ないぞ」
「良い。それで。こっちはこっちで勝手にする」
「だとさ。天使サマ」
にやりと笑うリキテルに、セレティナに返す言葉は無い。
不承不承、といった様子で、彼女は重たく頷いた。