表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/206

三界三傑

 


 腰が抜けた、とはこのことだろう。

 ゼーネイ卿は目の前で起きた光景に、完全に背骨が抜かれたようだった。

 彼だけではない。

 ゼーネイ派の兵士も、セレティナ派の兵士もみんな腰砕けだ。


 駐屯所の深淵の底から、天井を貫いて夜空まで。

 光の刃が突き立てられた現実は、目の前の天井にぽっかりと空いた穴と、ちりちりとした焦げ据えた臭いが如実に証明している。


 無様に尻もちをついたゼーネイ卿は、天と地を焼き焦がした目の前の女に恐怖する。

 ヨウナシは、そんな彼の様子が可笑しくてくすくすと笑みを零した。



「死んだと思うたか? 安心せいよ、命までは獲らん。儂の注文はもうそれ以上手を打つなと、それだけじゃ」


「そ、その力……お、お前は……い、いや……貴女様・・・はまさか……」



 ゼーネイ卿の声は、震えている。

 ヨウナシを前にした彼の生存本能が、やにわに警鐘をかき鳴らしいるからだ。


 この状況でのみ言えば蛇に睨まれた蛙、というのはとても優しい表現だ。

 今のゼーネイ卿の恐怖を例えるなら、人の域にはどうとでもできぬ神災を目の当たりにしている……とでもいったほうが表現としては近しいだろう。


 何故なら、ゼーネイ卿は目の前に映る女を知識としては知っている。

 知っているからこそ、その力の片鱗・・を目の当たりにしたからこそ、彼の全身の筋肉は釣りあがる程に硬直していた。


 ヨウナシの顔には、笑みが張り付いている。

 蟻の巣穴を突き回し、水を流し込む童女のようなあの残酷で、無邪気な笑みを。



「……おや。儂の事を知っておるのか。ならば話は早そうじゃの。ちとお主には気の毒じゃが、邪魔させてもらうよ」



 ヨウナシの発言に、ゼーネイ卿の口がわなわなと震えた。


 それはないだろう、と。


 自分の立てた計略に、お前が関わるのはどうしたって反則だろう、と。



「な……何故ですか! 何故貴女のような存在が斯様なことに首を……! わ、私が何か貴女の気を損なうようなことをしたというのですか! 私に死ねと申すのですか!」


「知らんよ、お主がどうなろうが儂の知るところではない。ただ、今はセレティナ女史に死んでもらっては全くもって楽しくない。あれは面白い。久々に心が湧いておるのよ。だからここのところは儂に免じて逃がしてやってくれ」


「そんな! 無茶苦茶だ! あんまりだ!」


「ええい、寄るな。醜男しこおの命乞いほど見苦しいものはない」



 ヨウナシはそうばっさりと言い放つと、足元に追い縋るゼーネイ卿を一蹴した。

 そうすると高下駄を頬に受けたゼーネイ卿が、ゴムボールの様に囲いの兵士の中に吹き飛ばされた。


 受け止めた兵士達は、肥え太ったゼーネイ卿をどうにも受け止めきれずに雪崩を起こした。


 ヨウナシは心底煙たい顔をすると、泥を払うように足元を叩いた。



「それじゃ、儂は言うことも言ったし気は済んだ。良い夜を過ごせよ、小僧ども」



 そう言ってヨウナシは踵を返し、部屋を出ようとして――。



「そうそう」



 と、思い出したように振り返る。


 びくっ!と、血まみれ顔のゼーネイ卿の肩が跳ねたのは言うまでもない。



「な、なんですか」


「あのセレティナ女史のことじゃがな。生かしておいたほうがお前も得をすると思うぞ」


「……? な、なにを……」


 じゃあの。

 と、ヨウナシはそれだけ告げると、ゼーネイ卿の次の言葉を待たずして再び踵を返した。


 カラ、コロ、カラ、コロ……と、陽気に鳴る高下駄の音が聞こえなくなるまで、ゼーネイ卿とその取り巻き達は動くことも喋る事も、ともすれば呼吸をすることもできなかった。


 ……長い静寂。


 静寂に波紋を打ったのは、うわ言のような一人の兵士の呟きだった。



「……な……なんだったんだ……今の……」



 応えるのは、やはりゼーネイ卿の震える声だった。



「……『三界三傑さんがいさんけつ』だ」


「さ……『三界三傑』って、あの……」


「……ああ。『陸』『海』『空』それぞれ三界を縄張りとした三人の神龍族ドラギア。……恐らくあれは、『空王』だ。……くそったれめ……あんなのに目をつけられて、どうしろというのだ……」



 がっくりと項垂れるゼーネイ卿にはもう、一握りの力さえ残ってはいない。


 部屋には、再び肌を刺すような静寂が満ちはじめた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ