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影の世界

 


 


「男ォ!?」


 


 


 信じられねぇ。


 リキテルは驚愕の事実を告げられ、思わず目を白黒させて女性としか思えない少年をしげしげと見まわした。


 藍緑色のポニーテールは、絹糸の様に滑らか。


 黒の双眸に大きく影を落とす睫毛は天高く伸びている。


 露出した肩の幅はやはり狭く、どこからどう見てもやはり女性らしさしかない。


 胸は全くないが、しかし言われてみるまで注目するようなことでもない。


『篠突く影』の次男……ヨウファはリキテルの視線を鬱陶しく払うと、小さく嘆息を漏らした。


 

「出さないで。大きな声」


「……っとと、悪かった。それよりなんだってそんな踊り子みたいな紛らわしい恰好を……」


「お得。色々とね。男からは油断と侮りを買える。あるでしょ。覚え」


「……」


 


 


 確かに、ユフォと先程対峙したリキテルに一部の油断が無かったと言われればそれは否定できない。一合刃を交えるまでは。


 油断を誘われたまま首を刈られる可能性はあったというわけだ。


 ……しかし。


 


 


「その格好、お前たちの趣味じゃないだろうな」


「え」


「冒険者やるにしたって流石に肌の露出が多くないか」


「……………………男色の趣味は無い。えっち」


「えち……お前な」

 

「……静かに。そろそろ合図が来るはず」


 

 ヨウファがフェイスベールの上から人差し指を唇に当てて沈黙を促すと、リキテルはしぶしぶと言った具合で路地裏に打ち捨てられた酒樽に腰掛け直した。


 合図。

 散会したリキテル組、セレティナ組のふた組とは別に、『篠突く影』の長男リャンフィと三男イーフゥが今レヴァレンスの街中を暗躍している。


 リャンフィは街門に、イーフゥは警備に対して工作をしている手筈だ。

 合図があれば作戦実行……との事だが、当のリキテルとセレティナは何が合図で何を行動するのかすら知らされてはいない。


 しかしそれもその筈。

 合図を打つリャンフィ、イーフゥと合図を待つヨウファ、ユフォ側も完全にアドリブで行動している為に、何が最善の選択かは各々の判断に任されるからだ。


 陽動、解錠、脱出……。

 与えられた役割はただそれのみ。


 それは余りに荒唐無稽で、凡そ作戦とも呼べない作戦なのだが、『篠突く影』の面々はどこか自信……いや、確信めいたものをその瞳に宿している。


 各々が各々を信頼し、互いの役割を背合わせにして作戦を実行できるのはやはり血の繋がった四つ子の為せる業なのだろうか。


 そんな四兄弟の机上の空論気合い作戦を、リキテルは専ら呆れと疑いの目で見てはいるのだが……。






 ーーその時は来た。


 ヨウファとリキテルが身を潜める住居区が隣接している倉庫区から、熱波を伴って巨大な黒煙の蛇が飛び出した。


 黒蛇は天高く、月を食らわんばかりに背を伸ばし、爆煙を持って慟哭をあげる。

 その瞳には閃光のような焔を湛え、レヴァレンスを覆う夜闇を切り裂いた。


 強烈な光量は夜を吹き飛ばし、昼を呼び込んだ。



「きた」



 ヨウファは口の中で台詞を転がし、リキテルは景気の良い口笛を吹いた。

 強烈な黒蛇の熱波は、区画の離れた彼等の肌まで届き、ジリジリと焦がれるような熱がリキテルの肌に纏わりついた。



「あれが合図か?」


「多分、そう」


「派手にやるねぇ。あれはなんだ?」


「閃光魔法のひとつ。害は無い。それより行くよ」


「魔法か。しかし行くったってどうやって……うわっ」



 言うが早いか。

 リキテルの言葉を待たずにヨウファは彼の襟首を引っ掴むと、路地裏から目抜き通りに躍り出た。


 目抜き通りの人の流れは、速い。

 まるで濁流だ。

 倉庫区から飛び出した黒煙の蛇に、人々は驚き慌て、逃げ惑う。


 それもそうだ、何故ならこの街には魔女が潜んでいるのだから。


 何て事のない閃光魔法の一種でも、大仰に蛇の形を取るそれが人々の恐怖を買うのは容易い。

 黒蛇の紫檀色に猛る瞳の焔は、まるでどの人間から食らうてしまうか吟味しているようだった。


 リキテルを連れたヨウファは阿鼻叫喚の最中の人々の流れの中に飛び込み身を屈めると、一人の男の影の中に『潜り込んだ』。



 とぷん、と。


 水面に家鴨が潜り込む様に、ヨウファの体が影の中へと沈んでいく。リキテルも彼に引っ張られる形で、影の世界に溶け込んだ。



「な、んだこれ……!」



 リキテルが、思いがけず喉から驚嘆の言葉が出ていた。上を見上げれば、まるでスライドガラスの下から人々の雑踏を眺めている様だった。


 周りは、黒。

 漆黒の世界。

 墨で塗り潰された世界に、ぽっかりと浮かび上がる様にヨウファの姿が色彩を帯びている。



「行くよ」



 にべもなく言い放つヨウファに、流石にリキテルの猫目が丸くなった。



「おい、説明は」


「……欲しいの?」


「欲しいに決まってるだろう」



 急いでいるのに、と言いたげなヨウファは小さく舌を打つと髪を後ろに結わえた髪紐を指差した。

 藍色の髪紐は、僅かに光を帯びて明滅している。



魔法マジックアイテム、『影渡しの括り紐(ディハイド・コード)』。これを使って、影の世界を渡って外に行く」


「影の世界……? そんな便利なものがあるなら何故最初から使わなかったんだ」


「……これは人が落とした影の中にしか潜り込めない。夜の間は、使えない」


「……だから閃光魔法、か。そこまで分かってたんなら事前に教えとけよな」


「……これ以外にも街を抜ける方法なんていくらでもある。でも、イーフゥが街の様子を見た上で閃光魔法を使ったのなら、私はそれに合わせる。だから、事前説明は無駄」


「完全アドリブだったわけか。でも街門は結界張られてるせいで魔法使えないんじゃないか」


「……大丈夫。何とかしてくれてる筈。リャンフィが」



 そこまで言うと、ヨウファはリキテルに含みのある目線を走らせた。

 リキテルは赤毛をがしがしと書くと嘆息を一つ漏らす。



「わかったわかった。もう説明はオーケーだ。とっとと行こう、街の外にな」


「……行くよ」



 そう言って、二人は駆けだした。

 漆黒の、影の世界を。


 人々の流れは、東に立ち昇る黒蛇を避ける様に西の街門方面へ。


 ヨウファとリキテルは流れに身を任せる様に、影の流れについて行く。


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