変装の極意
レヴァレンス街門。
濠を隔てて二重に作られた街門は、交易都市の名を冠する事もありその見てくれに反して人の出入りは容易い。
何故なら帝国内のみならず王国からも多数の商人を受け入れるこの都市は、行きかう大勢の人の流れを円滑にしなければならないからだ。
その為、簡易に発行された通行証があれば……又は通行料さえ払えば身分問わずに出入りできるのだからその警備はどちらかと言えばザルと言っても良い。
……ただしそれは通常の警備体制であれば、の話だが。
「おうおう、呼ばれてきてみりゃあ何だ? この警備の多さは」
「先輩お疲れ様です。もうみんな配置についていますよ」
「あぁ見ればわかる……が、どうしたんだいこりゃ一体」
「知らないんですか?」
「あぁ」
「魔女が出たらしいんですよ。今レヴァレンス中その話題で持ちきりですよ。魔女狩りした人にはゼーネイ卿からたんまり報酬がもらえるとかなんとかって」
「魔女だぁ?」
「なんでも恐ろしく美しい容姿をした蠱惑の魔女だとか」
「はぁ。まぁ別嬪さんが相手ならやる気も上がるってもんだ」
先輩門番は気怠げに軽鎧に身を通すと、大きな欠伸を一つした。
「なんか興味なさげっすね」
「当たり前だろ、どうせ俺達門番のやる事は変わらねぇよ。特別手当が出ることも無し。余計な力いれるだけ損ってもんよ。それより俺の警備配置は」
「西門っすね。今日はもう余分に三十人はいますよ」
「やば、そんなにいんのか。すげぇのな魔女様効果」
「今日はどこもそんなもんっすよ。ネズミっこ一匹逃げられませんね。二十四時間体制なんすから穴なんてないっすもん」
「とっとと捕まってほしいもんだ……。俺達門番がオーバーワークにならない程度にな……」
んじゃ行ってくるわ。
先輩衛兵はそれだけ言うと、槍の石突を突きながら屯所から出ていった。
その様子、その会話を、一キロは離れた屋根の上から見聞きする影が一つ。
ユフォは小さな嘆息を漏らすと、藍緑色のポニーテールを揺らしながら、猫を思わせるしなやかな動きで屋根の上から飛び降りた。
「どうだ?」
セレティナは皮の水筒から水を呷りながら問うた。
返すユフォは、しかし顔を横に振る。
「駄目。警備体制は万全。力押しで突破はまず無理。剣は絶対抜かないで」
「……まあ当たり前だな」
「赤毛の彼の手綱はもう少しきつくしておいた方がいい。馬鹿だから」
「そう言ってやるな。あいつはあれでも真面目に提案してたんだ」
「……馬鹿。それならもっとお馬鹿」
嘆息を吐くユフォに、セレティナは苦笑する。
あの後、七人もの大所帯になったものだから人目に付きやすく、これでは不味いということで一先ずは分散する事となった。
ユフォとセレティナ、身軽な二人はまるで影を縫う鼠の様に都市の血管を息を潜めて這い回る。
リキテルも今頃は『篠突く影』の残りの面々と行動している頃だろう。
リキテルは分散時に実力行使の正面突破を提案したが、それは当然の様に棄却されたのは言うまでもない。
「すまない、こんなことに巻き込んで」
申し訳なさそうに伏し目になるセレティナに一瞥をくれると、ユフォはいつもの絡繰り人形の様に動きのない表情のまま肩を竦めてみせた。
「いい。仕事だから」
「潔いな」
「基本、冒険者は拝金主義。なんでもやるよ。金さえ積めば」
そう言って、ユフォは手の中の一枚の金貨を弄んだ。
「……それよりごめん。さっきは刃を向けて。謝罪させて。一応」
「……いや良いんだ。元々私達はこの街ではお尋ね者だし、誰に襲われたとて当然の状況だ」
「……そう」
「それより良く私が件のセレティナであると分かったな。身形も少年の格好をしているし、髪の毛もばっさりと切った。夜の帳も下りてきて、この暗さの中良く私だとも気づいてナイフを向けられたものだ」
「……容易。透き通るような白い肌と、美しい黄金の髪だとは聞いていたから。それとその容姿も、少し泥に塗れたくらいじゃ誤魔化せない」
「……ゼーネイ卿にはばっちり見られた上に、少年だと思われたのだがな」
ユフォは目を丸くすると、呆れたように、しかし本当に面白かったのか、黒のフェイスベールの下でくすくすと笑い声を囀った。
「……お馬鹿さん。ゼーネイ卿は。貴女はどう考えても女の子」
「……そうか? 私は上手く変装できたものだと」
「匂いで分かる」
「匂い?」
「僕には分かる。洗っても、上等な化粧品やヘアオイルの匂いくらい。それに女の子は男の子と違って良い香り」
「へぇ……」
「爪ケアがきちんとされているのも、分かりやすいポイント。髪切って、服を変えたくらいじゃ、誤魔化せない」
滔々と、少し得意気に語るユフォに、セレティナは素直に感心した。見た目を大雑把に変えただけでは、やはり分かる人間には分かってしまうものなのかと。
剣の道は極めたセレティナであっても、やはりこういった畑の違う分野では己の無知を自覚する場面は多い。
「……凄いな。やはり男性には分からない些細な点でも、女性には分かってしまうものなのだな」
「……え?」
「……ん?」
一瞬の余白。
ユフォは「ああ」と相槌を打ち、一人得心すると、小さく息を吐いた。
そして、次にユフォの口から語られるものは、セレティナの思考の遥か斜め上空のものだった。
「先に言っておく。僕達『篠突く影』は、四人兄弟チームだよ」
「……え?」
「……ん?」
「つまり?」
「……男だよ。僕と、僕たち兄弟」
ぼとり、と。
セレティナの手から、水の入った皮袋が滑り落ちた。