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物書きの善意

「改めて自己紹介をば」



 着物の女……ヨウナシはにんまりとした微笑みを扇子で隠しながら、今一度リキテル達に向き合った。



「儂の名はヨウナシ。遥か東方の国からやってきた流浪の物書きの一人じゃ。この地で羽休めをしていたところ、そこのメイドのお嬢さんが困り果てているところを見かけてな。今にも泣き出しそうだったもので声を掛けてしもうた」



 ヨウナシの目線を受け、エルイットは深く頷いた。



「そうなんです。セレティナ様を探していたところ、ヨウナシ先生に声を掛けて戴いて……事情を話したところ不思議な魔法を使っていただいてここまで案内してくれたんです」


「不思議な魔法?」



 エルイットの胸の中から漸く抜け出したセレティナが小首を傾げた。



「ええ、この辺りで見たことの無いとても不思議な魔法で……」


「うむ、あれは魔法とはちと違う。まじないというものでな。東では古くから伝わる……まあ魔法に似たようなものよ」


「なるほど……そのようなものが」



 セレティナの前世の知識を合わせても、まじないなる知識は持ち合わせてはいなかった。余程希少な技術か、ヨウナシの住む国が王国や帝国までに流れてこない程度に遥か遠い国なのか。


 どちらも考えられる事ではあるが、しかしセレティナにとって今はまじないの知識は掘り下げるほど欲しいものではない。


 そうセレティナが思考を切り替えたのと同時に、リキテルが前に出る。



「エルイットちゃんを案内してくれたのは有難い。だがヨウナシ先生よ、あんたのお仲間が俺らを襲ったのはどういう了見だ?」


「ふむ……それはな、如何してじゃ?」



 こけしの様なヨウナシの頭が右に回る。

 ヨウナシの視線の先には、些か機嫌の悪そうな『篠突く影』の四人がじっとりとヨウナシを見ていた。



「先生。僕達のお金、全部使った」


「賭博。酒。女。男。お陰で僕達素寒貧」


「昨日のおかず。もやし炒め」


「だから、お金稼ぎ。先生酷い」


「ふぅむ……」



 ぐさりぐさりと棘のある目線を受けたヨウナシは、少し目を泳がせると煙管から煙を吸い込んだ。



「という事らしいな? 小銭目当てだったようじゃの」


「おいおい……」



 金かよ、とリキテルは思わず毒づいた。

 金級冒険者が金に困るなど見た事も聞いた事もない。

 このヨウナシという女、余程金使いが荒いらしい。



「で、では私も一つ質問宜しいですか?」



 おずおずと手を上げるセレティナに、ヨウナシはにんまりと笑みを浮かべた。



「なんじゃの? 可憐なお嬢さん」


「やけに親切……というか。今この街は魔女狩りで大騒ぎになっているというのにエルイットの話を鵜呑みに協力し、先程はリキテルに自分は味方だとも言いましたね。金に困っているのなら、今からでも自分達を捕まえれば良い……だけどそれはしない。私は、貴女が私達に味方しない理由は浮かべど、私達に味方する理由が浮かばない」


「ふむ、警戒は当然、じゃな」



 ヨウナシはそう言って肺に流れた白煙を吐き出した。



「儂は物書きじゃが、こうして旅をする理由は実は別にある」


「別の理由?」


「……魔女じゃ。魔女の背中を追い、奴らの研究をしておる。だから、お嬢さんが魔女かそうでないかくらいも見分けはつくというもの」



 魔女の研究。

 上手く要領を得ない、といったセレティナの表情に、ヨウナシはカラカラと笑った。



「知りたくはないか? 魔女とはどこからきて、何故あれほどの力を秘めているのか」


「……」


「儂は知りたい、あの力の秘密をな。だから困るのよ。魔女でもない者が魔女として裁かれるのは」


「……それは、何故」


「理由はいくつもあるが……まず本物の魔女を刺激する可能性がある。それと、魔女に勝てると思いこむ馬鹿な人間が現れるだろう。それに、魔女でない者を魔女として殺す実例ができるのも非常に不味い。……まあ専門的な知識になれば枚挙に暇が無いが、魔女に触れるというのはそれほどデリケートな事なんじゃ。儂の研究の邪魔にならんとも限らん」



 ヨウナシは指折りいくつか数えながら示して見せる。

 セレティナはヨウナシの考えにはまだ裏があるのでは、と僅かに逡巡するも、一拍を置いて納得すると頷いた。



「……成る程、取り敢えずは得心しました」



 セレティナの言に、ヨウナシは満足気に頷いてみせる。



「じゃからレヴァレンスからの脱出は協力させて貰おう。この四人がな」


「は?」


「へ?」


「え?」


「ん?」



 煙く煙管で差された『篠突く影』の四人が、素頓狂な声を上げた。

 そんな四人を見るにつけ、ヨウナシはさも面白そうに笑い声を上げる。



「なんじゃ鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしおって」


「……先生。それは僕達の仕事の範囲外」


「給金ならたんまりやるから安心せいよ」


「そんなお金どこから……」



 ぬるり。

 ユフォの疑問よりも早く、ヨウナシの袖からずっしりと膨らんだ皮袋が現れる。

 パンパンに膨らんだ皮袋は、中から押し上げる大量の硬貨によってごつごつした形を形成していた。



「中身は全部金貨じゃ。どうじゃ? やらんか? 小僧ども」


「……やる」



 その金どこから持ってきたんだよ、という白々しい視線を投げかけながらもユフォは金貨袋を受け取った。

 そのやりとりを見ていたセレティナは、堪らずヨウナシに問いかけ――



「ヨウナシ先生、その善意とても嬉しく思いますが初対面の私たちに流石にそこまでしてただくわけには……むぐっ」



 ――しかしその言葉の続きは、ヨウナシの細指によって防がれる。


「綺麗なお嬢さん、年寄りの善意はありがたく受け取っておくもんじゃ」



 ヨウナシはそう言って、紅色の口角をやんわりと上げた。


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