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十二月十二日(4)

そこは廃墟となったアパートだった。

 来なければならない理由があろうがなかろうが、少女には似つかわしくない場所だろう。

 窓ガラスの大半は割れ、壁の損傷も激しい。

 所々剥き出しとなった鉄骨は複雑に絡み合い、質量を逃し互いを支えていた。

 バブル期の末期に建設が予定されていたが、バブルがはじけたために建設が続けられなくなって放置されたアパート。

 誰も管理などしていないのか、アパートの前はここをたまり場にしている暴走族やカップルなどが残したゴミで荒れていた。

 冬などはまだ良いが夏などは異臭を放つこともしばしばだった。

 そんな場所に似つかわしくない制服を着た白夜が向かう先は、201号。

 暗くて部屋番号など視えはしないが、何度もここに来ているので迷うことなく部屋の前まですぐに到着した。

 そして深く息を吸うと、ドアノブに手を伸ばし捻る。鍵は開いていた。

 暗さに目が馴れたことと、割れた窓ガラスの隙間から漏れる月明かりのおかげでかろうじて部屋の全貌を目に入れることができた。

 部屋内の空気には、埃やカビが立ち込めその独特の臭いに思わず咳き込みそうになる白夜。

 それを飲み込み、恐怖にすくむ足を叱咤して白夜がそろりと部屋の中に侵入すると、白夜と同じ制服を着た少女がイライラした様子で足を踏み鳴らしていた。

 どうやら白夜を呼んだクラスメイトは一足先に来ていたようだった。

「ちょっと遅すぎない? 私より遅れたらどうなるか言っておいたよね!」

 白夜はいきなり腹を殴られる。理不尽な不意打ちに身構える猶予もなかった白夜は肺から空気をすべて吐き出し、埃だらけで半分はがれたフローリングの上に崩れ落ちる。

 声は上げない。声を上げるとまた、理不尽な理由をつけて殴られることが多かったからだ。

 呼吸と共に吐き出された涎に埃が付き顔が埃だらけになる。

 ここに呼び出されるということは、こういうことだ。

 少なくて週に一度、多い時などは週に三度呼びつけられては暴行を加えられた。

 同じ学年、同じクラス、席は白夜の隣で出席番号は二十四番。

 これは最初に白夜をイジメていた者のデータだ。

 それだけは今でもはっきりと思い出せる。

 だけどイジメられ始めた原因は――いくら考えても、いくら思い出そうとしても白夜の頭の中からは出てくることはなかった。

 もしかしたら理由なんてなかったのかもしれない。せいぜい、席が隣だったから。今ではそう考えるようになっていた。

 今ではリレーのようにイジメの主犯格が変わり、リレーのように白夜の携帯電話の番号がイジメを行う者の間に出回った。

 もう当事者の白夜ですら誰にイジメられているかわからなくなっていた。

 顔を見たことすらない違うクラスの人間も、この廃墟にわざわざ白夜をイジメに来る。

 実際に、今日白夜を呼び出した生徒の名前を白夜は知らない。

 ご丁寧に誰が来ても同じように顔以外を殴る。白夜が怪我の言い訳をしやすいようにだ。

 次はいつもの流れだと、背中だろう、そう当たりをつけた白夜は床に転がったまま背中を丸めて暴力が去るのを待った。

 殴られ続けるのは耐えられる。

 だが、いつ殴られるのかと待っているこの時間は白夜にとって耐え難いものだった。

 想像力を押し殺して息を殺してただ殴られるのを待ち続けるが、いつまでたっても殴られない。

 怖い、怖い

 それに――先ほど殴られた痛みは随分とひいてきたが、原因不明の熱さが白夜の身体を侵食し始めていた。

 キンキンと音を伴う耳鳴りがし、臓腑が焼け、背筋に溶けた鉛を流し込まれるような錯覚を覚える。

 音がする。

 それは身体に響くような音だった。

 耳鳴りに混じる音の正体に、しばらくして気がついた。

 自分が蹴られているということに。

 もう痛みを感じることはなかった。

 白夜は夜を使い果たすほどにゆっくりと起き上がる。

「何起き上がってるのよ!? 這い蹲ってなさいよ!」

 その少女の言葉は白夜の耳には届いていなかった。

 よろつきながら、部屋から外に通じる扉に歩いて行く。

 生まれて初めて歩いた赤ん坊のように。

 頭が熱い、身体が燃える。胃が蠕動ぜんどうし、視界が不安定に揺れる。

「待ちなさいよ、どこへ行こうっていうの! こっちはまだ終わってな/」

 幽鬼のように歩を進める白夜の肩を掴んだ少女の言葉が切られる。

 白夜が掴んだ手を払ったからだ。たったそれだけの行動で少女はバランスを崩し、したたかにフローリングの床に腰をぶつけてしまう。

 白夜はそのままドアのノブを捻り少女の視界から消える。

 部屋には制服を埃まみれにして悔しそうに唇を噛む少女が一人残されただけだった。

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