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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
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Word.25 こノ勇気 〈3〉

「ふぅっ」

「ん…?」

 アヒルとの話を終え、紺平が檻也の部屋へと戻って来ると、窓から外を見つめていた檻也が、ゆっくりと振り返る。

「あ、も、戻りました!於の神」

「まだお前は己守ではないんだ。無理して、神神言わなくていい」

「あ、そ、そう?」

 檻也の言葉に、紺平がどこか安心したような笑みを作る。

「話は終わったのか?」

「うん。何か色々とスッキリしたよ」

「そのようだな。顔に出ている」

 出て行った時よりも、遥かに晴れやかな笑顔を見せている紺平に、特に興味もなさそうに言いながら、檻也が部屋の大窓を開け、外からの風を入れる。

「やっぱり、言葉って凄いと思うよ」

 大きな笑みを浮かべたまま、檻也の背中へ向けて、言葉を掛ける紺平。

「さっきは多過ぎるとケンカになっちゃうって言ったけど、やっぱり違うって思った」

「…………」

 外からの風を浴びながら、檻也が静かに紺平の話を聞く。

「どんなに多過ぎても、無駄な言葉なんて一つもない。そう思う」

「……っ」

 はっきり言い切る紺平に、かすかに動く檻也の表情。

「だからね、檻也くんももっと、少しでもいいから、お兄さんと二人で話してみた方がっ…」

「俺に兄などいないと、何度言えばわかる?」

 説得するような紺平の言葉を、檻也が勢いよく遮った。

「け、けどっ…!」

「俺に兄はいないっ」

「……っ」

 もう一度、強くその言葉を繰り返す檻也に、紺平はそれ以上、言葉を放つことが出来なかった。

「それに…」

 檻也がそっと目を細め、外を見つめる。

「戦う以外の言葉など…もうとっくの昔に失くした…」

「檻也くんっ…」

 遠くを見つめる檻也に、紺平もそっと目を細める。

「俺は神だ。俺に偉そうな口を叩くことは許さない」

「……っ」

 それ以上の発言を許さぬように、強く言い放つ檻也に、紺平はどこか悲しげな表情を見せる。

「おやおや、そんな言い方はいけませんねぇ~神ぃ~」

「……っ」

 風とともに部屋に入って来る声に、檻也がそっと眉をひそめる。

「あっ」

「絶対服従方式だなんて、今時流行りませんよぉ~?」

 部屋の奥から外を見た紺平が、思わず声を漏らす。上空からゆっくりと降りてくるようにして、檻也の部屋の庭へと姿を現したのは、楽しげに微笑んでいる棘一と、海苔次であった。

「そんな調子だから、だぁ~れもあなたの後に附いて来ないんですよぉ」

「棘一…」

 二人を見つめ、檻也が目を細める。

「何故、お前たちがここにいる?」

「朝も言いましたでしょぅ?常に神とともに在るのが、我ら神附きの使命でぇっ…」

「お前たちに本邸への入室を許した覚えはないっ」

「まぁ確かにぃ、許された覚えもないですねぇ」

 睨みつけるように見つめる檻也に、棘一はただ、楽しげな笑みを向ける。

「フザけているのか?棘一」

「フザけてなんていませんよぉ。ワタクシはいつでも真面目ですぅ」

「ならば神命令だ!今すぐ、この屋敷から出て行け!」

「檻也くん…」

 声を荒げ、棘一の方へと勢いよく手を振り下ろす檻也を、紺平が少し驚いた様子で見つめる。冷静な檻也が、ここまで怒りを露にしているのは、初めてであった。

「そうですねぇ~あなたがワタクシの本当の神であったならぁ、その命を聞いても良かったのですがぁ」

 棘一が語尾の音調を、大きく下げる。

「でも残念ながらぁ、あなたはワタクシの本当の神ではないのですよぉ」

「何だとっ…?」

 棘一の言葉に、檻也が益々、眉をひそめる。

「一体、何を言って…」

「“まれ”っ」

「なっ…!」

 急に放たれる言葉に、大きく目を見開く檻也。棘一の長い指の指先が、白く輝いたかと思うと、発せられた光が檻也を包み込み、一瞬にして消え去った。

「うっ…うぅ…!」

「檻也、くん…?」

 その場で動きを止め、足どころか、指一本も動かさぬまま、険しい表情を見せる檻也のその様子を不思議に思い、紺平が大きく首を傾げる。

「何のつもりだ!?棘一!」

「言ったでしょう?あなたはワタクシの本当の神様ではないとぉ」

 怒鳴るように問いかける檻也に、棘一は冷たく言い放つ。

「これは、ワタクシの本当の神様からの指令っ」

「本当の神だとっ…?お前たちは一体、何者だ!答えろ!棘一!」

「ああ、ちなみにぃ、棘一というのは、ワタクシの本当の名前ではありませんのでぇ」

「何っ…?」

 笑顔で言葉を付け加える棘一に、檻也が眉をひそめる。

「ワタクシの名はとどろき。ちなみに海苔次の名はののしりですぅ」

 細められていた棘一の瞳が、ゆっくりと開いていく。

「とど、ろき…?」

「“七声しちせい”の一人、と言えばぁ、あなたにはわかっていただけますかねぇ?」

「……っ!」

 氷のような、冷たい青色の瞳が檻也へと向けられたその瞬間、檻也は大きく目を見開いた。

「七声っ…お前がっ…」

「七、せい…?」

 驚きの表情を見せている檻也の遥か後方で、紺平は聞きなれない言葉に大きく首を傾げる。

「我が神の命でぇ、あなたのとても大切なものをぉ、奪いに参りましたぁっ」

「……っ」

「大切な、もの…?」

 青い瞳を開いたまま、冷たく微笑む棘一の、轟の言葉に、より一層険しい表情を見せる檻也。一方、まったく状況を把握できない紺平は、首を傾げたままでいる。

「チっ…逃げろ!紺平!」

「えっ…?」

 轟の言葉により、身動きを取れず、振り返れることもできない檻也が、紺平に背中を向けたまま、強く叫ぶ。急に名を呼ばれ、紺平は戸惑いの表情を見せた。

「で、でもっ…」

「いいから、早く行けっ!」

「う、うんっ…!」

 大きく響く檻也の声はどこか必死で、紺平は逆らうこともできずに、とにかく頷き、襖を開け、檻也の部屋から出て行こうとする。

「罵っ」

「のの…」

 轟から呼ばれる名に、海苔次、罵が頷きらしき声を漏らし、その大きな手のひらには小さすぎる白い言玉を、懐の中から取り出す。

「の…“び、ろ”…」

 罵の言玉から白色の光が放たれると、光が罵のすぐ後ろの木を包み込み、次の瞬間、その木の枝が、駆け去っていく紺平へ向け、勢いよく伸びていった。

「ええぇっ!?」

 伸びてきた枝に手足を捕えられ、動きを止められた紺平が、驚きの表情を見せる。

「うわ!わっ!」

「紺平っ…!」

 伸びていた枝が、紺平の体を包んだまま元へと戻っていき、紺平が轟たちのいる庭の方へと引っ張って行かれる。

「ううぅっ…!」

 枝に引かれるまま、幹へと強く背中を打ちつけ、紺平が力なくその場に倒れ込む。

「すみませんねぇ~、小泉サンっ」

「うっ…」

 地面に横たわっている紺平を、轟が笑顔で見下ろす。

「あなたに用はないのですがぁ、今、あなたにうろちょろされるのは困りますのでぇ、少しここで大人しくしてて下さぁい」

 冷たい笑顔で、微笑みかける轟。

「気が向いたらぁ、殺さないでおいて差し上げますのでぇっ」

「……っ」

 注がれる冷たい視線に、倒れたままの紺平は、かすかに眉をひそめた。

「さぁ~て、では我が神ぃ~」

「クっ…」

 再び檻也の方を見る轟に、檻也が顔をしかめる。

「俺は、お前の神ではないのだろう?なら、我が神などと呼ぶな。吐き気がするっ」

「これはこれはっ…では、於の神っ」

 悪態づく檻也に、眉一つ動かすことなく、笑みを浮かべる轟。

「あなたの大切なもの、お渡しいただきましょうかぁ」

 轟が、求めるように、そっと右手を差し出す。

「あなたは、人望はないが、脳はある方だぁ。ワタクシが求めているものが何か、もうおわかりなのでしょう?」

「……っ」

 轟の問いかけに、眉をひそめる檻也。

「お前たちに渡すものなど、何一つないっ」

「これはこれはっ…指一つ動かせない状態だというのにぃ、気丈なことで」

「指など動かなくともっ…」

 挑戦的に微笑む轟に、檻也は力強い瞳を見せる。

「口さえ動けば、十分だっ…!」

 檻也の服の胸ポケットから、強い白色の光が放たれる。

「“ちろ”…!!」

「……っ」

 空へと放たれた光が、細かく分かれて、一斉に轟へと降り注いだ。


―――バァァァン!



「んあっ?」

 紺平との話を終え、本邸から再び屋敷の出口へと向かっていたアヒルが、遠くの方から聞こえてくる衝撃音のようなものに、足を止め、振り返る。

「何だぁ?今の音っ」



 同時刻、於崎家離れ。

『あれっ?』

 屋敷の使用人たちにより運ばれた夕飯を、居間に並び、食べていた保や七架が、どこからか聞こえてくる音に、同時に顔を上げる。

「何だろう?今の音」

「さぁ~?何かが落ちたみたいな、そんな音でしたけどねぇ」

 問いかける七架に、保が大きく首を傾げる。

「はぁっ!まさか地底のモグラマンが、ついに姿を現したんじゃあっ…!」

「……っ」

「あ、あれっ?神月くんっ!?」

 焦った様子で頭を抱える保の横を素早く通り過ぎ、篭也が居間を飛び出し、離れの出口へと勢いよく駆け出していく。

「はぁ!まさか、俺の発言があまりにも鬱陶しかったんじゃあっ…!!」

「まぁ、あながち間違ってないと思うけど…」

 さらに頭を抱える保の横で、ひっそりと呟く七架。

「でも、どうしよう?神月くんを追う?真田さっ…あれっ?」

 保とは逆の方向を振り向いた七架が、目を丸くする。

「真田、さん…?」

 七架が振り向いた先の食卓の前には、誰の姿もなかった。


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