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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
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Word.25 こノ勇気 〈2〉

 その頃、於崎家本邸。

「はぁっ、かったるかったぁ~」

 大きく肩を回しながら、本邸の長い廊下を歩く、着物姿の少女。曾守を務める、空音。

「ご、ごめんね…こんな時間まで、長々と説明してもらちゃって…」

「ホントよぉ。っつか、あんたさぁ、質問多過ぎっ」

「いや、でも、わかんないこと、いっぱいあって…」

 空音の後を歩きながら、紺平が、きつい口調を浴びせる空音に、少し困ったような表情を見せる。檻也とともに本邸へとやって来た紺平は、今の今まで、空音に、五十音士のことや、神、団のことなど、色々と説明してもらっていたのであった。

「ったく、何回、同じ説明したと思って…」

「終わったのか?空音」

「あ、神」

 廊下の先の襖が開き、そこから檻也が出てくると、空音はすぐさま面倒臭そうにしていた空気を捨て去り、大人しい少女へと変貌する。

「ええ、たった今…」

 美しい微笑みを、檻也へと向ける空音。

「小泉さんに理解していただけるまで、何度も説明したもので…遅くなって、申し訳ございません…」

「いや、構わない」

「…………」

 二人のやり取りを聞きながら、空音のあまりの態度の違いに、紺平が思わず顔を引きつる。

「ご苦労だったな。今日はもう休め」

「はい…では失礼致します。小泉さんも、また明日…」

「は、はぁ…」

 恭しく頭を下げ、去っていく空音を、その姿が見えなくなるまで、紺平は呆然と見送った。

「小泉紺平」

「へっ?」

「中に入れ。話がある」

「あ、うん…」

 檻也に誘導され、紺平は開いた襖のその中へと足を踏み入れた。入るとそこは、小さな机のみが置かれた、何もない、簡素な和室であった。檻也の自室のようだが、それを示すような写真や物は、何一つ置かれていないように見えた。

「空音の説明で、だいたいのことはわかったのか?」

「うぅ~ん、まぁ一応…」

 紺平が指で頬を掻きながら、檻也の問いかけに歯切れ悪く答える。

「でも何か、やっぱり、言葉の力とか言われても、ピンと来ないし…」

 窓際に歩いていく檻也に対し、紺平は襖のすぐ前に立ったまま、あまりしっくりきていない表情で話す。

「忌、とかだって…その、本物見てみないといまいち、信じられないっていうかっ…」

「お前は前に一度、忌に取り憑かれている」

「へっ?」

 檻也の言葉に、紺平が目を丸くする。

「俺が、忌に…?」

「ああ。まぁ宿主に、忌に取り憑かれている最中の記憶は残らないから、覚えていなくて当然だろう」

「その時、俺を助けたのって…」

「…………」

 途中で言葉を終わらせる紺平に、檻也が少し目を細める。

「安の神だと、聞いている」

「……っ」

 檻也から出るその名に、そっと眉をひそめる紺平。


―――本当のこと言ったら…俺を傷つけるの…?―――

―――そ、それはっ…―――


「そう…」

 紺平の問いかけに、困ったように言葉を詰まらせたアヒル。その時、アヒルが何を考えていたのかが、少しわかったような気がして、紺平は少し俯いた。

「安の神は…」

 窓から外を見ながら、檻也がゆっくりと口を開く。

「お前の友は…どんな人間だ…?」

「えっ?ガァ?」

 その檻也からの問いかけに、戸惑うように顔を上げる紺平。

「どんなって言われると難しいけど…そうだなぁ…」

 紺平が考えるように、首を大きく捻る。

「すごく、まっすぐな人だよ。人の言葉に対しても、自分の言葉に対しても…」

「……そうか」

 少し間を置いた後、檻也がゆっくりと頷く。

「さぞや、凄いのだろうな。その“まっすぐ”というのは」

「えっ…?」

「でなければ、あれが神附きになど、なるはずがない…」

「……っ」

 落ち着いた口調ではあるが、どこか必死に、まるで自分自身に言い聞かせるように言葉を発する檻也のその様子に、紺平がそっと表情を曇らせる。

「やっぱり気になる…?その、お兄さんのこと」

「俺に兄などいないと言ったはずだ」

「そっか…」

 強く答える檻也に、諦めるように肩を落とす紺平。

「難しいよね。兄弟も、友達も」

「……?」

 紺平の声に、窓から外を見ていた檻也が、少しだけ振り向く。

「言葉が多過ぎればケンカになるし、言葉が足りなくなったら距離が開いちゃう…」

 少し視線を落としながら、曇らせた表情のまま話す紺平。

「丁度いい言葉の数を、見つけられない…」

「…………」

 紺平の言葉を聞きながら、檻也もどこか考え込むように俯いた。

「檻也様、いらっしゃいますか?」

『……っ』

 襖の向こうから聞こえてくる声に、檻也と紺平が同時に振り向く。

「ああ、居るぞ。入れ、時定」

「はい、失礼いたします」

 頷く声のすぐ後に襖が開くと、その向こうには、廊下に片膝をつき、深々と頭を下げている時定の姿があった。紺平が少し後ろへ下がり、襖との間に距離を取る。

「お話中のところを失礼しました」

「問題ない。何か用か?」

「はい、小泉様にお客人が見えられておりまして」

「俺?」

 時定の言葉に、紺平が目を丸くする。

「俺に…誰がっ…」

「安の神にございます」

「ガァが!?」

「……っ」

 驚く紺平の後ろで、檻也がそっと表情を曇らせる。

「何故、他団の神が、この屋敷の中に居る?」

「和音様がお通しに」

「和音が…」

 時定のその答えに、さらに険しい表情を作る檻也。

「和音様には小泉様のところまで案内をするよう言われましたが、本邸に入れるのははばかりましたので、すぐ外でお待ちいただいておりますが、いかがなさいましょう?」

「…………」

 アヒルは紺平を訪ねに来たというのに、時定は答えを求めるように、まっすぐに檻也を見る。紺平も、答えを待つように、檻也を見つめた。

「お前の好きにしろ」

「えっ?」

 放たれる言葉に、紺平が目を丸くする。

「会いたければ会えばいい。会いたくないのであれば帰させる」

「け、けどっ…」

「早く決めろ。三秒以内だ」

「ええっ?えとっ」

 急かすように言い放つ檻也に、焦った様子で悩む紺平。

「あ、会うよ。会うっ」

「ならば、外へ出てこい。場所はわかるだろう」

「あ、う、うんっ」

 檻也の言葉に頷くと、紺平は時定のすぐ横を通り、足早に外へと駆け出していった。部屋に一人残った檻也が、再び窓の外を見つめる。

「宜しいのですか?」

「構わん。会わさねば、こちらが和音にどやされる」

 遠慮がちに問いかける時定に、やれやれといった様子で答える檻也。

「和音はいつも、篭也の味方だからな…」

「…………」

 窓ガラス越しに、遠い瞳を見せている檻也を見つめ、時定がそっと目を細める。

「そういえば、安の神の他に、安団の面々も来ているそうです」

「安団が?」

「はい、今は離れで待機しているとか」

「そうか…」

 頷きながら、檻也がゆっくりと視線を落とす。

「自身の神のためになら…十年以上、近づきもしなかった、この屋敷にも来るか…」

「檻也様…」

 どこか寂しげな表情を見せる檻也を、時定は心配するように見つめた。




 於崎家本邸前。

「ガァ!」

「んっ?」

 時定に待機を命じられ、一人、本邸の門の前に立ち尽くしていたアヒルが、中から聞こえてくる聞き覚えのあるその呼び名に、ゆっくりと顔を上げる。

「紺平っ」

「よく来たね、こんな所まで」

「ああ、篭也に案内してもらってな。結構、時間はかかったけどよ」

 感心するように言う紺平に、アヒルは明るく笑顔を向ける。

「お前にちゃんと、話しておきたくてさ」

「話?」

 アヒルの言葉に、紺平が首を傾げる。

「聞いたのか?篭也の弟から、俺や篭也たちが五十音士だってこととかっ」

「うん。忌のこととか、言玉のこととかも色々っ…」

「そうか…」

 紺平に向けられていたアヒルの視線が、そっと落とされる。

「そのっ…色々と黙ってて、ごめんな…」

「…………」

 落とされるその言葉に、曇る紺平の表情。

「俺、聞いたんだ。俺にその、忌ってのが取り憑いちゃったってことも…」

「……っ」

 浮かぬ表情のまま、ゆっくりと話す紺平。その事実すら知ったことに、アヒルは厳しい表情を作る。

「ガァが助けてくれたんでしょ?それも聞いた」

 そう言いながら、紺平が顔を上げ、アヒルの方を見る。

「ガァが俺に本当のことを言えなかったのは、話せば、俺が忌に取り憑かれてたことを知って、辛いことを思い出しちゃうからだったんじゃない…?」

 紺平がアヒルをまっすぐに見つめながら、問いかける。

「だから…必死に言葉を隠したんじゃないの…?」

「…………」

 問いかける紺平に、少し下を向いたアヒルが、そっと目を細める。

「いやっ…」

「えっ…?」

 返って来る否定の言葉に、紺平は驚くように目を開いた。

「俺がお前に何も言わなかったのは、ただ単に、逃げてたからだ…」

「逃げ、てた…?」

「ああ」

 聞き返す紺平に、アヒルが深く頷く。

「あの時の、俺の不用意な言葉が…」


―――お前さぁ、嫌なら、ちゃんと言い返せよっ。何でも黙って受け入れてっから、こういう奴等も調子に乗ってだなぁっ…―――


「お前に、忌を取り憑かせる原因の一つになったんじゃないかって、俺、ずっとビクビクしてた」

「ガァ…」

 アヒルの言葉に、紺平が眉をひそめる。

「だから、言えなかった。俺は、お前に放った言葉から、ずっと逃げてただけなんだ」

「…………」

 辛そうにさえ見えるアヒルの表情を、目を逸らすことなくまっすぐに見つめ、紺平が目を細める。

「だから、ごめん…」

 再び落とされる、謝罪の言葉。

「本当に、ごめんなっ…」

「……っ」

 正面から向けられる、アヒルの偽りのない瞳に、紺平はハッとした表情で目を開いた。


―――お前の心を、傷つけるようなこと言って…ごめんなっ…―――

―――どれだけの人間がお前の敵に回ろうと、俺がお前の味方になってやる!紺平!―――


「あっ…」

 謝るその姿が、かすかに脳裏に残された、あの日の夜の記憶と重なり、そこから流れるように思い出される記憶に、紺平は思わず声を漏らした。

「…………」

「紺平?」

 急に俯いた紺平に、アヒルが少し首を傾げる。

「その言葉なら、あの時、ちゃんと言ってもらったよ」

「えっ…?」

 俯いたままの紺平の言葉に、戸惑いの表情を見せるアヒル。

「それに、例え、ガァの言葉に傷ついてたとしても、そんな傷なんて吹き飛ぶくらいの嬉しい言葉を、あの時、いっぱいもらった」

「紺平、お前、あの時のこと、思い出してっ…」

「うん、まだボンヤリとだけど、何となく思い出してきた」

 紺平が顔を上げ、アヒルへと笑みを向ける。

「でも、ガァが“生きろ”って言ってくれて、“味方だ”って言ってくれて、嬉しかったのは、ちゃんと思い出せる…」

 胸に残る喜びを確かめるように、右手を左胸に当てる紺平。

「だから、ありがとう、ガァっ」

「紺平っ…」

 大きく微笑み、礼を言う紺平に、アヒルがそっと目を細める。

「その言葉なら、あの時、ちゃんと言ってもらった」

「あ、そうっ?」

 笑みを零すアヒルに、紺平が目を丸くする。

『ハハハっ…!』

 二人の表情から自然と笑みが零れ、二人を、今までの緊迫した空気ではなく、いつも通りの穏やかな、明るい空気が包み込んだ。

「ねぇ、ガァ。一つだけ、聞いていい?」

「んっ?」

 改まって聞く紺平に、アヒルが顔を向ける。

「ガァはなんで、五十音士に、安の神になろうって思ったの?」

「えっ…?」

 どこか真剣な表情で問いかける紺平に、アヒルが少し意外そうな顔を見せる。

「んん~、まぁ成り行きってのもあるけど、そうだなぁ」

 アヒルが考え込むように、首を捻る。

「カモメさんに放った言葉への、罪悪感から…?」

「……っ」

 紺平の言葉に、考えていたアヒルの表情が止まる。

「紺平…」

「こんな言い方して、ごめん。でもどうしても、そこだけは確かめておきたくって…」

 小さく名を呼んだアヒルへ、紺平が真剣な眼差しを向ける。その言葉は、決してアヒルを傷つけるためではなく、アヒルを心配しての言葉のように思えた。

「……カー兄のことが、まるで理由になってないって言ったら、嘘になるけどっ…」

 少し間を置いた後、アヒルがゆっくりと言葉を発する。

「罪悪感とかじゃないんだ。ただっ…」

「ただ…?」

「……っ」

 聞き返す紺平の声を聞きながら、アヒルがそっと口元を緩める。

「もっと、言葉の力を知りたいって思ってさっ」

「言葉の、力…?」

「ああ」

 アヒルが笑みを見せ、もう一度、大きく頷く。

「言葉の力を知って、一人でも多くの人にそれを伝えていけたらって、そう思う」

 遥か先を見据えるような、まっすぐな瞳を見せるアヒル。

「そうすれば、きっと、俺はもっと、言葉を大切に出来る気がするからっ」

「言葉を…大切に…」

 自分の中に刻みつけるように、ゆっくりと、紺平がアヒルの言葉を繰り返す。

「そっか」

 頷いた紺平の表情から、柔らかな笑みが零れる。

「そっかそっか。うん、わかった」

「紺平?」

 何度も何度も頷く紺平に、アヒルが少し首を傾げる。

「参考にさせてもらうね」

「参考?」

「俺が己守になるかどうかのっ」

「……っ」

 晴れやかに微笑む紺平に、アヒルが驚いたような顔を見せる。

「紺平、お前っ…」

「自分でちゃんと答えを出したいんだ」

 何か言いたげなアヒルへ、紺平はさらに笑みを向ける。

「己守になるかどうか、ちゃんと自分で答えを出してから、俺は言ノ葉に帰るよ」

「…………」

 迷いなく言い放つ紺平を、まっすぐに見つめるアヒル。

「そっか、わかったっ」

「……っ」

 笑顔で大きく頷くアヒルに、紺平もさらに笑みを大きくした。



「おやおや、これはこれは素晴らしい友情物語ですねぇ」

 本邸の上空に自然と浮かび上がった棘一が、相変わらず瞳の色が見えぬほどに目を細め微笑み、門の前で話しているアヒルと紺平の様子を、高々と見下ろしている。

「安の神ですかぁ。確かに“まっすぐ”な神様ですねぇ。あれと比べれば、捻くれ者の我が神に人望がないのも頷けるぅ~」

「のの、の…」

「んん~?」

 横から聞こえてくる低い声に、棘一がゆっくりと振り向く。そこには巨漢の男、海苔次が、棘一と同じように、上空に浮かび上がっていた。

「ああ、わかってる。もう行くよ、海苔次」

 急かすようなことでも言ったのか、海苔次を宥めるように言い放つ棘一。

「さぁ、作戦開始だっ」

 本邸を見下ろし、棘一が怪しく微笑んだ。


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