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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
93/347

Word.24 おノ神ハ弟 〈1〉

―――お前を、俺の神附き、“己守こもり”に指名する―――


「紺平を…己守に…?」

「カミ、ツキ…?」

 突如、学校の屋上に現れた“の神”於崎檻也のその言葉に、その場に居たアヒルと紺平は、それぞれに戸惑いの表情を見せていた。

「あの、まったく言ってる意味がわからないんだけど…」

「だろうな」

 困惑の表情を向ける紺平の方を見ようともせずに、視線を外したまま、冷たい態度で答える檻也。

「一度だけ話す。よく聞け」

 忠告するように、檻也が紺平を強く見る。

「俺たちは…」

「ちょ、ちょっと待てよ!」

「ん…?」

 少し荒げた声を挟むアヒルに、檻也がゆっくりと顔を上げる。

「何だ?」

「何だじゃねぇーよ!勝手に話、進めてんじゃねぇっ!」

 面倒臭そうに聞き返す檻也に、アヒルが怒鳴るように言い放つ。

「な、なんでっ…なんで、紺平が己守になんなきゃなんねぇんだよ!?己守なら、お前の団にいんだろ!?」

「今、我が団の己守は欠員している」

「欠員?」

「ああ」

 顔をしかめたアヒルに、短く頷く檻也。

「以の神への神試験の際、伊賀栗イクラとの戦いが原因で、前の“己守”は於団を脱退した」

「イクラとの戦いでっ…?」

 眉をひそめながら、アヒルがイクラのその姿を思い出す。


―――俺がっ…神だぁ…!!―――


「…………」

 思わず納得するように、黙り込んでしまうアヒル。確かに、イクラとの戦いは、トラウマとなって、五十音の世界から逃げてしまいたくなるかも知れない。

「だ、だからって、なんで、次の己守が紺平なんだよ!?」

「ガァ?」

「…………」

 必死に訴えるアヒルに、少し眉をひそめる紺平。同じくアヒルを見つめながら、檻也がそっと目を細める。

「調査結果だ」

「調査、結果…?」

 檻也の答えに、大きく首を傾げるアヒル。

「ああ。この付近に住む、あらゆる人間を調査し、年齢、知能、性格などにより、この小泉紺平が、己守に最も相応しい人物という結果を得た」

「そ、それだけっ…?」

「それだけではない。これは、歴代於団メンバーを選抜する際にも用いられた、最も合理的な方法だ」

 戸惑いの表情を見せるアヒルに、檻也がどこか強く言い切る。

「合理的だか何だか知らねぇーけどなっ、たったそんだけの理由で、紺平を五十音士にするなんてことっ…!」

「安の神」

 檻也がアヒルへと呼びかけ、勢いよくアヒルの言葉を遮る。

「これは俺たち、於団の問題だ。いくら神といえど、他団の者が口出ししていいことではない」

「けどっ…!」

「安の神」

「うっ…!」

 もう一度、先程よりも強く呼びかけた檻也が、アヒルの目の前へと、懐から取り出した白色の言玉を突き付けた。

「これ以上の口出しは、五十音士の規律違反とみなし、力によって、無理に黙らせることとなるが…?」

「……っ」

 冷たい瞳を向ける檻也に、アヒルも険しい表情を見せる。

「その言動は、他団への攻撃意志とみなされ、五十音士の規律を犯すものと思われますが」

『……っ』

 屋上の入口の方から、新たに入って来る声に、アヒルと檻也が同時に振り向く。

「於の神」

「篭也っ」

「…………」

 檻也へと鋭い瞳を向けながら、扉から屋上へと姿を現したのは篭也であった。アヒルが少し驚いたように、篭也の名を呼ぶその横で、檻也はあからさまに表情を歪める。

「他神へ言玉を向ける行為も、規律違反になったかと思います」

 二人の方へと歩み寄りながら、篭也がさらに言葉を続ける。

「その言玉、引いていただけませんか…?於の神」

「……フンっ」

 どこか睨みつけるように見つめる篭也に、檻也が軽く鼻を鳴らすと、篭也の言葉に従うかのように、アヒルへと突きつけていた言玉を、もとの懐の中へとしまい込んだ。

「相変わらず、規律だけはよく覚えているもんだな、篭也」

「えっ…?」

 自然に篭也の名を呼ぶ檻也に、アヒルが眉をひそめる。

「知り合い…?」

「フフフっ…それはちょっと違うわねぇ…」

「どぉわあぁ!」

 アヒルの肩口から突然、顔を出し、不気味に呟きかける囁に、アヒルが思わず怯えたような声を出す。

「さ、囁っ…!」

「彼らはただの知り合いではないわ…」

 驚き、離れるアヒルへと、そっと微笑みかける囁。

「彼らは兄弟…於の神は篭也の弟よ…フフフっ…」

「お、弟っ…!?」

 囁の言葉に、アヒルが衝撃を走らせる。

「あっ…」

 思わず、目の前の檻也と、屋上へとやって来たばかりの篭也の顔を、見比べてしまうアヒル。檻也の方が少し幼い顔立ちではあるが、目や顔のつくり、それに纏っている雰囲気などが、二人はよく似ていた。

「そ、そういや似てるかもっ…」

「フフフっ…」

 納得したように呟くアヒルに、囁が楽しげに笑う。

「けど、篭也の弟が神だなんて話、一度もっ…」


―――神に成り損ねた五十音士よ…―――

―――神の一族に生まれながら、神としての資質がなく、家からも見放されて…―――


「あっ…」

 そんな話は聞いたことがないと言おうとしたアヒルの脳裏に、イクラの言葉が思い出された。

「神の、一族っ…」

 篭也と檻也を見つめ、アヒルが少し険しい表情で呟く。

「二百以上ある規律を、一つとして忘れることなく覚えているのは、成れなかった神への未練からか?」

「…………」

 挑発するように問いかける檻也に、篭也がそっと目を細める。

「まぁいい。だが、そこまで記憶しているなら、わかるだろう?篭也」

 檻也がゆっくりと、アヒルの方へと視線を戻す。

「今、俺を邪魔しようとしていることが、規律違反であることが」

「……っ」

 睨むような鋭い視線を投げかけてくる檻也に、アヒルが思わず表情をしかめる。

「け、けど、それはっ…!」

「確かに、これは五十音士の規律を犯すものですが、於の神」

「……っ?」

 言い返そうとしたアヒルを制し、前へと出た囁が、檻也へと鋭く言葉を向ける。

「一般人の候補者を、強制的に五十音士に指名することも、規律違反の一つのはず…」

 檻也をまっすぐに見つめ、囁が言葉を続ける。

「今、この小泉紺平を、彼の意志に沿わず己守とすることは…神として、好ましくない行為と思われますが…?フフっ…」

「……っ」

 そっと微笑む囁に、檻也が眉をひそめる。

「んん~、これは正論っ。これは参りましたねぇ~」

「へっ?」

『……っ?』

 そこへ入って来る、またしても新たな、今度は聞き覚えのない声に、アヒルたちが皆、戸惑うように振り向いた。

「あっ…」

「これはこれは、コンニチハぁ~。そして初めましてぇ、安の神、そして安団の皆さまっ」

 扉から屋上へと姿を見せたのは、少し長めの白髪に、長身の、白いスーツ姿の、まだ若い男だった。整った顔立ちをしているが、大きく浮かべた笑みに目が細められ、その瞳がどんな色をしているのかは、確認できない。どこか軽い口調で挨拶をしながら、その男がアヒルたちへ深々と頭を下げる。

「だ、誰だ?」

棘一とげいち

「とっ…?」

 男の名らしきものを呼ぶ檻也に、アヒルが少し首を傾げる。

「おや、これはこれは、こんなところに我が神っ」

 棘一と呼ばれた男が、檻也をゆっくりと見下ろし、驚いたような顔を見せる。

「いらっしゃったのですねぇ~、身長が小さいあまり、ワタクシの視界から消えておりましたよぉ」

「殺す…」

 悪びれのない笑顔で、失礼なことを言い放つその男に、檻也がそっと俯き、表情を引きつる。

「我が神ってことは…」

「ああ、申し遅れましたっ」

 男が勢いよく、戸惑いの表情を見せるアヒルの方を振り向く。

「ワタクシ、於団、“於附おつき”が一、“止守ともり”をやっております、棘一とげいちと申します」

 首を傾げたアヒルに答えるように、笑顔のまま、すらすらと名を名乗る棘一。

「こちらは同じく於附であります、“乃守のもり”の海苔次のりつぐです」

「こちら?」

「ののの…」

「うおっ!」

 棘一が手で指し示した方を、アヒルが手につられるようにして振り向くと、そこにはアヒルの視線が丁度、腹の辺りにくるほどの、巨漢の男が立っていた。顔を見上げるだけで首が折れそうになるその男は、定まらない視線で、のんびりと口を動かし、低い声を発している。

「で、でけぇ…」

「…………」

 大男、海苔次に圧倒されているアヒルの横で、そっと鋭く瞳を細める囁。

「ちなみに海苔次は、ワタクシの可愛い可愛い弟であります」

「見た目では、まるで可愛さが見当たらなねぇーけどなっ…」

 満面の笑みで言い放つ棘一に、アヒルが少し引きつった表情で呟く。

「いやはや、あなたが噂の安の神ですかぁ~」

「噂っ…?」

 まじまじとアヒルを見つめる棘一の言葉に、アヒルが少し戸惑った表情を見せる。

「いっやぁ~、想像以上に頭の悪そうな顔をしておられますねぇ~」

「ああっ!?」

 笑顔で失礼極まりないことを言い放つ棘一に、思わず大きく顔をしかめるアヒル。

「いきなり失礼にも程があんだろ!てめぇ!」

「ああっ、大変申し訳ありませぇ~ん。ワタクシ、素直だけが取り柄なものでぇ~」

「ああっ!?」

 棘一の発言に、さらにアヒルの顔が歪む。

「てっめぇ!いい加減にっ…!」

「まぁまぁ落ち着いて、アヒるん…そんないちいち、彼の言葉に踊らされなくても…」

「これはこれはぁ~、ロングヘアが売りのわりに、毛先が随分と痛んでる左守さんですねぇ~ケアが足りないのではぁ~?」

「刺し殺すわ…」

「いやいや!待てよ!お前、今、俺になんつった!?」

 アヒルを宥めようとした囁であったが、棘一から向けられる言葉に、殺意を全開にして、言玉を構える。そんな囁を、焦った様子で止めるアヒル。

「はぁ…」

「そして、あなたが加守さんですかぁ」

「んっ…?」

 棘一が今度は、アヒルと囁の様子を見て、深々と溜息を吐いている篭也へと、声を掛ける。

「いやはや、さすがは兄弟。よく似ておられる」

 少し背を反らして、棘一が篭也と檻也を見比べる。

「神の才がまるでなかったとはいえぇ、やはり同じ血を引いていらっしゃるようですねぇ」

「…………」

 嫌みとしか思えない棘一の言葉であったが、篭也は特に言い返す素振りも見せず、ただ静かな表情を見せていた。

「おや、こちらは無反応ですかぁ」

「何をしにきた?棘一」

「んんっ?」

 檻也がどこか不機嫌そうな表情で、棘一の方を見る。

「己守の件は、俺一人で片付けると言ったはずだ」

「確かにあなたはそう仰っていましたが、我が神ぃ~」

 語尾を長く伸ばして、棘一がさらに口元を緩める。

「無愛想で、交渉術にもまるで長けていないあなたがぁ、己守の勧誘なんて、とてもとても無理かとぉ」

「何だと…?」

 遠慮なく言い放つ棘一に、檻也の表情が歪む。

「というのは、冗談のような本音でぇ」

「殺す…」

「常に神と共に在るのが、神附きというものぉ。ワタクシたちが、あなたのもとへ参るのは、当然の責務ですっ」

 棘一が、浮かべた満面の笑みを、檻也へと向ける。

「ねぇ?あなたもそう思われませ~ん?神月篭也サンっ」

「……っ」

 棘一から問いかけられ、篭也が少し表情を曇らせる。

「ですがぁ、今の我々はぁ、於附の要となるカ行の五十音士、己守を欠いていますぅ~」

「えっ…?」

 不意に棘一からの視線を向けられ、焦ったような顔を見せる紺平。

「我々としては、一刻も早く己守を揃えぇ、完璧な於団となって、我が神をお守りする必要がありまぁす」

「ののの…」

 棘一の言葉に同意するように、海苔次も遥かに高い視線から頷く。

「だ、だからって、紺平を己守にするなんて権利、お前らにはっ…!」

「ええ、そうです。安の神」

 アヒルの言葉に、勢いよく割って入って来る棘一。

「小泉紺平が己守になるかどうか、それをどうこう言う権利は、あなたにもありません」

「……っ!」

 今までとは異なる、どこか冷たい口調ではっきりと言い放つ棘一に、アヒルが大きく目を見開く。

「選ぶのは、彼。そしてそしてぇ、小泉紺平サァ~ンっ」

「へっ?」

 棘一に名を呼ばれ、紺平が目を丸くして、顔を上げる。

「己守だの何だの言われたところでぇ、すべてを知らねば、あなたも答えが出せないでしょう?」

「そ、それはっ…」

「ですからあなたにはぁ、今からワタクシたちと共に来て、詳細な説明を受けた上で、答えを出していただきますぅっ」

『なっ…!』

 その棘一の言葉に、驚きの表情を見せるアヒルたち。

「棘一、勝手に話を進めることはっ…」

「すべてはワタクシに任せておいて下さい、神ぃ~」

「…………」

 口を挟もうとした檻也だが、振り向いた棘一の有無を言わさぬ空気に、そっと言葉を呑み込んだ。

「ちょっと待て。そんなことが認められるか」

「さっきも言ったはずよ…?まだ一般人である金平糖を、強制的に五十音士にすることはっ…」

「別に我々は、無理に五十音士にしようとしているわけではありませぇ~ん。ただ、彼が答えを出すために必要な情報を、与えようとしているだけのことぉ」

『……っ』

 間違いのない棘一の言葉に、反論もできず、険しい表情を見せる篭也と囁。

「まぁっ」

 微笑んだ棘一が、ゆっくりとアヒルの方を振り向く。

「あなたが今、ここで、彼にすべてをお話になるというのならぁ、彼を連れていく必要はなくなりますがぁ」

「えっ…?」

 棘一の言葉に、戸惑いの表情を見せるアヒル。

「すべて、をっ…?」

「ええぇっ」

 眉をひそめ、聞き返したアヒルに、棘一は大きく頷きかける。

「ガァ…」

「……っ」

 少し紺平の方を見たアヒルであったが、向けられる紺平のまっすぐな視線に、まるで逃げるようにすぐに目を逸らし、悩み込むように深々と俯いてしまった。

「…………」

 どこか辛そうに見えるアヒルの姿を見つめ、少し考え込むように下を向いた後、紺平がゆっくりと顔を上げる。

「俺、行くよ」

「えっ?」

「……っ」

 紺平の放った答えに、アヒルが驚きの表情で顔を上げ、棘一が少し口角を上げる。

「よくわからないけど、とりあえず君たちと一緒に行って、説明を聞く」

 まっすぐな瞳を見せ、棘一の方を見る紺平。

「それで、俺が答えを出せばいいんでしょう?」

「ええぇ、そうしていただけると、非常に助かりますっ」

 問いかける紺平に、棘一が大きな笑みで頷く。

「では、小泉紺平サンもこう言ってることですので、神ぃ~」

「ああ、戻るか」

 振り返った棘一に、檻也がそっと頷く。

「では、俺に附いて来い。小泉紺平」

「あ、う、うん」

「ま、待て…!まだ…!」

「危害を加えるつもりはない。そこまで友達とやらが心配なら、お前たちも来るといい」

 身を乗り出した篭也へ、檻也が鋭く言い放つ。

「於崎の屋敷へな」

「……っ!」

 檻也が放ったその言葉に、大きく目を見開く篭也。

「…………」

「篭也…」

 黙って俯いてしまった篭也を、囁が少し不安げに見つめる。

「先に行く。そいつを連れて戻れ、棘一」

「仰せのままに」

 棘一へと言い放ち、特に躊躇うこともなく、皆へ背中を向ける檻也。棘一が軽く頭を下げる中、檻也が歩を進め、屋上の出口へと向かっていく。

『……っ』

 檻也が篭也のすぐ横を通り過ぎるその瞬間、一瞬だけ目を合わせた篭也と檻也は、互いに厳しい表情で見合うと、すぐさま視線を逸らした。そのまま檻也は止まることなく歩を進め、屋上を後にした。

「行っちゃったわね、弟さん…いいの…?」

「いい」

 歩み寄りながら問いかける囁に、篭也が肩を落としながら、すぐに答える。

「どうせ、“兄”とも思われていないだろうからな…」

「歪んでるわね…」

 どこか諦めたように呟く篭也に、囁は呆れたように呟いた。

「では、小泉紺平さん」

「あっ」

 棘一に名を呼ばれ、紺平が少し焦ったような声を漏らす。

「え、えぇ~っと…」

「……っ」

 困ったような表情を見せながら、俯いたままのアヒルを気にする素振りを見せる紺平に、棘一が細められている瞳を、さらに細める。

「では、我々は校門でお待ちしております。準備が出来たら、来て下さい」

「えっ?あ、は、はいっ」

「海苔次」

「ののの…」

 紺平にそう言い残すと、棘一は屋上を後にし、名を呼ばれた海苔次も、棘一の後を追うように、その巨体で器用に屋上の、体には小さすぎる扉をくぐり抜け、屋上を出て行った。屋上にアヒルと紺平、そして篭也と囁の四人だけが残る。

「ガァ」

 ゆっくりとアヒルの方を振り向き、アヒルの名を呼ぶ紺平。

「ごめんね…」

「えっ…?」

 紺平が放ったその言葉に、大きく目を見開いたアヒルが、顔を上げ、まっすぐに紺平の方を見る。

「無理に言葉を言わせようとしちゃって…」

「紺平…」

「別に、どうしても話してもらいたいってわけじゃなかったんだ」

 アヒルから視線を流し、再び屋上から景色を眺める紺平。時間が経ち、授業が始まったのか、グランドには体操着姿の生徒たちがたくさん、姿を見せ始めていた。

「ただっ…」

 景色を眺める紺平の表情が、かすかに曇る。

「もどかしかった、のかな…」

 自分でも戸惑うように、言葉を選ぶ紺平。

「みんながわかり合えてることを、自分だけがわからなくってっ…」

 屋上の柵を握る手に、軽く力を加えた後、紺平はすぐに柵から手を離し、アヒルの方を振り返った。

「ごめんね、ガァ…」

「……っ」

 そっと微笑んで謝る紺平に、アヒルが険しい表情を見せる。

「じゃあ俺、行くね」

「あっ…」

 そう言って足早に出口へと歩いていく紺平に、アヒルが口を開く。

「こ、紺っ…!」

 アヒルが紺平の名を呼び切る前に、紺平の通っていった屋上の扉は、力強く閉じられた。

「……っ」

 扉の方へと伸ばされた手を下ろし、アヒルが険しい表情で俯く。

「どうする…?」

 アヒルを見つめながら、小声で篭也へと問いかける囁。

「やっぱり、私たちだけででも、金平糖を追っていった方が…」

「…………」

「それはそれで、無理そうね…」

 厳しい表情を見せているすぐ横の篭也に、囁がそっと肩を落とす。

「……っ」

 紺平が見つめていた景色を振り返りながら、アヒルはどこか悩み込むような表情を見せていた。



「マズいことになって来たな…」

 屋上のさらに上、取りつけられた給水ポンプのすぐ脇に立ち、アヒルたちのいる屋上を見下ろしているのは、先程までアヒルたちにホームルームを行っていた恵であった。恵は腕を強く組み、どこか険しい表情でアヒルの方を見つめている。

「小泉が己守候補とは…知っていたのか?為介」

「まっさかぁ~」

 恵がすぐ横を振り向くと、そこには、相変わらずの軽口調の為介が立っていた。

「ボクにだって知らないことは山ほどあるんですよぉ~?恵さぁ~ん」

「それもそうだ。お前が詳しいのは、くだらないことばかりだもんな」

「ひどいなぁ~」

 冷たく言い放つ恵に、為介が少し口を尖らせる。

「しかし、あいつらまでが動き出したとなると…」

 瞳を細めた恵が、さらに厳しい表情を作る。

「いよいよ本格的に、五十音の世界が変わり始めるな…」

「ええぇ、それはもうっ」

 真剣に言い放つ恵の横で、為介はそっと不敵な笑みを浮かべた。



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