Word.23 異国ノ音士 〈3〉
『いどばた』、裏の広場。
「あれ?どうしたんですぅ?」
家の中から裏へと行くアヒルたちを見かけ、追って来たのか、アヒルたちが裏の広場に着いてすぐに、『いどばた』の中から、保と七架が姿を現した。
「お客さんじゃなかったの?それに、あの外国人さんは…」
「良守だ」
「良守?」
「五十音士になったばかりだから、アヒるんに腕試ししてほしいんですって…」
不思議そうにライアンを見つめる七架に、篭也と囁が、ここに来た経緯を説明する。
「ハァ!もしや、また地球外生命体じゃあっ…!」
「あなたは黙っていろ」
「ん!」
未だに五十音士のことを知らないままの保に、篭也が説明する気もなく、冷たく言葉を吐く。篭也に言われると、保はすぐに両手で口を塞いだ。
「腕試しって…朝比奈くん、大丈夫かな…?」
「“ら”のつく言葉など、そうないんだ。問題ない」
「それに相手は外国人…いくら国語が大の苦手なアヒるんでも、一応、日本国籍なんだから大丈夫よ…」
不安げに問いかける七架に、篭也と囁が安心させるように言葉をかける。
「五十音、第一の音“あ”…」
アヒルが制服のポケットから言玉を取り出し、右手で強く言玉を握り締める。
「解放っ…!」
言玉から強い赤色の光が放たれると、次の瞬間、アヒルの右手に赤銅色の銃が握られていた。
「オオォ!ソレガゴッドノ武器デスカァ~!素晴ラシイ!」
アヒルが構えた銃を見て、向かいに立ったライアンが目を輝かせる。
「さぁ、とっとと始めようぜっ」
「ハァ~イ!」
ライアンがアヒルの言葉に頷くと、懐へと手を入れ、中からアヒルたちと同じ、真っ赤な言玉を取り出した。
「赤い言玉…」
「“ら”はア段だものね…」
ライアンの取り出した言玉を、七架と囁が興味深く見つめる。
「オオォ!ソウデシタァ~!安団ノ皆サァ~ン!」
『……っ?』
思い出したように篭也たちの方を振り向いたライアンが、篭也たち四人へと大きな声で呼びかける。
「ユアゴッドガピンチニナッタラァ~、イツデモ助ケニ入ッテモラッテ、構イマセンノデ…」
『えっ…』
今までの緩い笑顔ではなく、どこか鋭い微笑みで言い放つライアンに、篭也たちが皆、戸惑った様子で眉をひそめる。
「い、今のって…」
「あの男…」
不安げな表情を見せる七架の横で、篭也がそっと目を細める。
「サァ!デハ!」
再びアヒルの方を見たライアンが、言玉を持った右手を高々と掲げる。
「五十音、第四十一音“ら”…解放!」
今までの会話とは違い、スムーズにライアンが言葉を発すると、ライアンの掲げた言玉が強く光を放ち、光の中で徐々にその形状を変えていった。
「あれはっ…」
形を変えていく言玉に、アヒルが目を見張る。
「オゥケェ~イ!」
「んん~!」
「羅針、盤…?」
両手で口を塞いだまま、驚いているような声をあげる保の横で、そっと眉をひそめる囁。ライアンが言玉から姿を変えさせ、その右手に構えたのは、アヒルたちの武器と同じ赤銅色の、小脇に抱えられるほどの円盤であった。文字盤の中央に、一本の針が取り付けられている。
「変わった武器だな」
「文字盤に何か書いてあるみたいだけど…」
篭也と七架も、ライアンの構えたその羅針盤を見つめる。
「ララララァ~」
「……っ」
緊張した様子も見せず、どこか楽しげに怪しく微笑むライアンに、篭也がそっと眉をひそめる。
「サァ、始メマショウカァ!ゴッド!」
「おう!」
気合いの入った声を出し、羅針盤を構えるライアンに対し、アヒルも大きな声で頷き、銃を構える。
「ま、待て!神!」
戦いが始まることを止めるように、強く身を乗り出す篭也。
「やはり、あの男には何かある!まずは僕たちで様子見をっ…!」
「よっしゃあ!先制攻撃!」
戦いに集中し始めたのか、篭也の言葉が耳に届いた様子もなく、アヒルが勢いよく銃口をライアンへと向ける。
「“当たれ”!」
大きな言葉とともに、アヒルの銃から、真っ赤な光の弾丸が放たれる。
「アレガゴッドノ“当たれ”デスカァ…」
向かってくる弾丸を興味深く見つめたまま、特に避ける様子を動きを見せないライアン。
「何だ?避けない気か?」
そんなライアンを、アヒルが戸惑いの表情で見つめる。
「“当たれ”、“当たれ”…“れ”、“礼”」
「……っ?」
アヒルの放った言葉を呟きながら、左手のひらに乗せた羅針盤の上で、右手を回すように掲げるライアン。すると羅針盤の針がゆっくりと動き出し、五つに分かれた文字盤の、『礼』と書かれた部分を指し示した。
「あれは…」
見つめる篭也が、羅針盤に目を見張る。
「ララララァ~“良”!」
ライアンがまるで歌うように高らかと声をあげると、羅針盤の針が鋭く動き、今後は『良』と書かれた部分を指し示した。
「一体、何をっ…」
「当た“ら”ナァ~イ!」
「何っ…!?」
戸惑うようにライアンのその行動を見ていたアヒルであったが、ライアンがそう言い放った途端、アヒルの放った弾丸が見事にライアンから逸れ、驚きの表情を見せる。
「“当たらない”…?俺の言葉が変えられたってのか…?」
「モウイッチョデス!」
「えっ…?」
明かに動揺した様子を見せていたアヒルが、さらに羅針盤へと右手を向けるライアンに、眉をひそめる。
「ララララァ~“呂”!」
またしても歌うような声をあげて、羅針盤の針を動かすライアン。針が今度は、『良』から、『呂』と書かれた部分へと動く。
「当ぁ~た“ろ”ウカァ、当た“ろ”ウヨォ!」
「へぇっ!?」
先程、自発的にライアンを避けていったアヒルの弾丸が、高い空へと上昇していたその途中でふと動きを止め、下方にいるアヒルへ向かって、一直線に落ちてくる。
「やっべ!えっとっ」
アヒルが慌てながら、降り落ちてくる弾丸を避けるため、自らのコメカミへと銃口を向ける。
「“上がれ”!」
「ララララァ~“良”!」
「へっ?」
赤い光に包まれ、空へと上昇し始めたアヒルが、再び聞こえてくるその声に、目を丸くして顔を下ろす。
「上が“ら”ナァ~イ!」
「へっ…?」
ライアンが言葉を放った途端、アヒルの全身を包み込んでいた赤い光が、一瞬にして消え去り、上昇していたアヒルの体が止まって、重力に引かれるように、強く下方へと落ちていく。
「おわわわわ!何でぇ!?」
その信じ難い出来事に焦り、新たに弾丸を放つことも出来ず、ただ慌てた様子で下降していくアヒル。下降するアヒルを追うように、弾丸も速度を上げて落ちていく。
「のわああぁ~っ!」
「神っ…!」
「あ!神月くんっ…!」
アヒルの様子を見て、居ても立ってもいられなくなったのか、七架が止める間もなく、篭也がアヒルのもとへと駆け出していく。
「第六音“か”、解放…!」
駆けていきながら、ポケットから取り出した言玉を解放し、六本の格子へと姿を変えさせる篭也。
「“囲え”…!」
「うわっ…!」
アヒルの上空で六本の格子が円形に重なり合い、落ちてきた弾丸を勢いよく弾き返す。目の前から伝わる衝撃に、アヒルは思わず身を屈めながら、そのままの態勢で地面へと落ちた。
「か、篭也…」
「“変格”」
体を起こしたアヒルが名を呼ぶ中、篭也は間を置くことなく、一本にした格子を手元に戻し、変格でさらにその姿を変えさせる。
「“刈れ”!」
鎌となった言玉を振り下ろし、言葉を発して、ライアンへと赤色の一閃を放つ篭也。
「“刈れ”、“れ”、“礼”」
向かってくる一閃を見つめながら、ライアンがまたしても右手を掲げると、羅針盤の針が、『礼』と書かれた部分へと移動していく。
「ララララァ~“利”!」
今度は『利』と書かれた部分へと、動いていく針。
「刈“り”マセェ~ン!」
ライアンが高らかと言い放つと、篭也の放った一閃が、器用にライアンの数センチ横を素通りしていく。
「なっ…!」
「篭也の言葉まで!?」
その光景に驚き、目を見開くアヒルと篭也。
「逆ニィ~っ」
ライアンがさらに言葉を続けながら、羅針盤の針を、最後の一部分『留』と書かれたところへと移動させていく。
「刈“る”デショ~!」
「げぇっ!?」
「うっ…!」
先程ライアンの横を素通りした篭也の一閃が、ブーメランのように大きく曲がり、アヒルと篭也の方へと舞い戻って来る。
「また戻って来たぁっ!」
「クっ…!」
焦ったように叫びあげるアヒルと、険しい表情を見せる篭也。
「アヒルさん!神月くん!」
ピンチの二人に、今まで口を塞いで立っているだけであった保が、口から両手を離し、勢いよく二人のもとへと駆け出していく。
「た…」
今まで塞いでいた口を、大きく開く保。
「“助けろ”!」
保がそう言い放つと、ポケットに入れられていた言玉が空中へと飛び出し、その場で無数の赤い糸となって周囲に伸び上がり、幾重にも重なり合って、アヒルたちの前に巨大な盾を作る。
「大丈夫ですか!?アヒルさっ…!」
「ララララァ~“良”!」
「へっ?」
盾のすぐ後ろ、アヒルたちの前へと立ち、後方を振り返ろうとした保が、前方から聞こえてくる歌声のようなその声に、戸惑うように振り向く。
「助け“ら”レナァ~イ!」
羅針盤の針を『良』へと動かしたライアンが、またしても言葉を放つ。
「あれっ?」
そのライアンの言葉を受け、保の前でしっかりと重なり合っていた糸が、さらさらと解けていってしまう。
「へぇっ!?」
解けた糸が力なく地面へと落ち、何の防御もなくなった保たちに、返って来た篭也の一閃が迫り来る。
「ふわあああああぁぁ!」
「うええぇぇぇっ!?」
「うっ…!」
悉く言葉を打ち消された三人へ、容赦なく襲いかかる一閃。
『うわあああああ!』
「あ、朝比奈くん…!みんなっ…!」
一閃を直撃し、後方へと吹き飛ばされていく三人に、見守っていた七架が焦ったように身を乗り出す。
「五十音、第二十一音っ…!」
「待って…」
「えっ…?」
言玉を解放しようとした七架の手の上に、まるで制止を促すかのように、囁の手がそっと乗る。
「真田、さん…?」
「焦って言葉を仕掛けるのはうまくないわ…」
「け、けど、みんながっ…!」
「みんなの二の舞になったら、意味ないでしょう…?」
「あっ…」
囁の冷静な言葉に、ハッとした表情を見せ、言玉を解放しようとした手を下ろす七架。
「けど、じゃあ、どうしたら…」
「大丈夫…私に考えがあるから…」
「考え…?」
どこか自信ありげに微笑む囁に、七架は戸惑うように首を傾げた。




