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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
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Word.23 異国ノ音士 〈2〉

 放課後、国語資料室。

「はぁっ…」

 必死の訴えも認められず、遅刻もしていないというのに資料室の掃除をすることとなったアヒルは、ホウキで床を掃きながら、深々と溜息をついていた。

「その、こっちの幸せまで吹き飛んできそうな溜息、やめろよ」

「あんたのせいで、出てんだろうが!」

 隣の部屋で本を読みながら、煩わしそうに言い放つ恵に、アヒルが勢いよく怒鳴り返す。

「ったく、今日は帰りにみんなで、扇子野郎のとこ来るように言われてんのにさぁ」

「為介の?」

 アヒルの言葉に、恵が少し眉をひそめる。

「ああ。言姫さんの代わりに、扇子野郎が俺の認証式やるんだとっ」

「ふぅーん」

 恵があまり興味なさそうに頷きながら、読んでいた本を閉じる。

「ま、あれは言姫か神が立ち合うのが決まりだからな」

 本を机の上に置いた恵が、椅子かた立ち上がり、アヒルのいる資料室の方へと歩いてくる。

「といっても、神としての決まりをゴタゴタと説明されるだけだ。クソつまんねぇーぞ」

「げぇっ」

 恵の話を聞き、アヒルがあからさまに嫌そうな顔を見せる。

「面倒だなぁ。説明かぁ」

「…………」

 床を掃きながら、憂鬱そうに呟くアヒルを見つめ、恵がそっと目を細める。

「お前さ」

「へっ?」

 恵に呼ばれ、アヒルが顔を上げる。

「目の前のことにばっか気取られてっと、横にあるもの、見失うぞ」

「はぁっ?」

 その言葉の意味がわからず、アヒルが大きく首を傾げるが、恵はそんなアヒルに補足の言葉を付けるでもなく、また先程の部屋へと戻っていった。

「横っ…?」

 恵の言葉を繰り返し、アヒルは戸惑うような表情を見せた。




「ふぅ」

 放課後、下校する生徒たちの姿も少なくなった昇降口の前の廊下を、少し息を吐きながらゆっくりと歩く紺平。紺平は左腕に風紀と書かれた腕章をしており、黒いノートを持っていた。

「えぇ~っと、次は茶道部の下校チェックを…あれっ?」

 ノートを見ていた紺平が、ふと顔を上げ、何かに気づいた様子で声を出す。

「あれは…」

 紺平が見つけたのは、昇降口を出たところで集まり、何やら楽しそうに話をしている篭也、囁、保、七架の四人であった。

「珍しい四人だなぁ。こんな時間まで何してっ…」

「おう、紺平」

「えっ?」

 四人を見つめていた紺平が、後方から聞こえてくる声に、戸惑うように振り返る。

「あ、ガァ」

「委員会か?大変だな」

 紺平の後ろから、その場へと現れたのはアヒルであった。今まで国語資料室の掃除をやっていたのだろう。振り返った紺平に、アヒルが明るく笑顔を向ける。

「おっ、いるいる」

「……っ」

 昇降口の前で待っている四人を確認するアヒルに、紺平がそっと目を細める。

「どこか、行くの?」

「へっ?」

 紺平が問いかけると、アヒルは少し目を丸くして、振り向いた。

「五人って、何か珍しいよね」

「えっ!?」

 その指摘に、思わず焦ったように声をあげるアヒル。

「あ、え、えぇ~っとだなっ、お、俺らの知り合いの共通の知り合いが店やってて、た、たまたまこの前、その話になって、そん時のノリで一緒に行こうみたいな感じになってっ…!」

「ふぅーん、そうなんだ」

「へっ…?」

 苦し紛れに言葉を繋いだアヒルであったが、あっさりと返って来る紺平の声に、戸惑うように顔を上げる。

「いってらっしゃい。明日も遅刻しないようにね」

「あっ…」

 いつもと同じ注意を投げかけると、紺平はアヒルに背を向け、廊下の奥へと消えていった。

「紺、平…?」

 どこか感じる違和感に、アヒルが少し首を傾げる。

「何をしている?神。とっとと行くぞ」

「えっ?あ、ああっ!」

 昇降口の外から、急かすように呼ぶ篭也に、アヒルは慌てて頷きながら、学校を後にした。




 言ノ葉町五丁目、町の小さな何でも屋『いどばた』。

「以上、全二百六十二条。これで五神規約の説明は終わりだよぉ~」

「ぶっはぁぁぁ~っ!」

 トイレットペーパーと間違えそうな程に長い巻物に書かれた、全ての説明を為介から聞き終え、アヒルが大きな声を出しながら、居間の畳に思いきり寝転がる。小難しい内容の話を、じっと同じ姿勢で聞き続けることは、アヒルにはとても苦痛であった。

「長かったぁ~死ぬかと思ったぁ~」

「フフっ…」

「情けない。それでも言葉の神か」

 畳に寝転がったまま、緩みきった声をあげるアヒルに、横に座る囁がそっと微笑み、篭也がどこか呆れた様子で肩を落とす。

「痛たたたっ…足の感覚がぁっ」

「だ、大丈夫…?高市くん…」

 ずっと正座をしていたため、足の感覚を失っている保に、七架が少し心配するように声をかける。

「朝比奈くん、規約の内容わかったぁ~?」

「全然っ」

「あ、そう。じゃあ次行こっかぁ~」

「おいっ!」

 大きく首を横に振ったアヒルを気にすることもなく、話を進めようとする為介に、篭也が思わず立ち上がる。

「何だ!その適当な説明は!仮にも、他神や言姫を代表して、認証式を行っているというのにっ…!」

「式なんてだいたい、こんなもんだよぉ。こんな長い巻物、一回で全部理解するなんて無理に決まってるしぃ」

「そ、それはそうかも知れないが…」

 為介の軽い口調の正論に、篭也が思わず言葉を詰まらせる。

「だが、一応は決まりなのだから、もっとこうっ…」

「ほいじゃあ朝比奈くん、これぇ~」

「へっ?」

 何かを差し出す為介に、畳に寝転がっていたアヒルが、ゆっくりと起き上がる。

「何だぁ?これっ」

 起き上がったアヒルが、為介から受け取ったのは、銀製の、ずっしりと重みのある腕輪であった。腕輪の中央部分には、『安』と文字が彫られている。

「五神の証みたいなもんだよぉ~。それは“安の神”の証」

「だから“安”って彫られてるんですね」

 為介の説明を聞きながら、七架が感心するように腕輪を見つめる。

「代々の“安の神”が受け継いでる、由緒正しいものだから、なくさないようにねぇ~」

「代々の?」

 その言葉を聞き、アヒルが少し眉をひそめる。

「そのわりには新しいわね…」

「ああ。むしろ新品っぽいっつーかっ…」

 汚れ一つなく、銀も錆びつくことなくキラキラと輝いているその腕輪に、アヒルと横から覗く囁が、どこか戸惑うように言葉を交わす。

「ああ、そういえば安の神の証は、先代安の神が壊しちゃったから、新しくなったとこだったっけぇ~」

「壊したぁ?」

 思い出したように言う為介に、驚きの表情を見せるアヒル。

「こんな頑丈そうなもん、壊すとは、随分と荒っぽい奴だったんだなぁ。先代安の神ってのは」

「アヒるんもいい勝負じゃない…?フフっ…」

 感心しながら腕輪を見つめるアヒルに、囁がそっと笑いかける。

「…………」

「……っ」

 どこか険しい表情を見せている篭也を見て、為介が鋭く目を細める。

「さぁ、じゃあ、これで朝比奈くんの認証式は終わりにっ…」

「頼モォォォォーウ!」

「んん~?」

 式を締めくくろうとした為介が、店の外から聞こえてくる大きな声に気づき、顔を上げる。

「何だ?」

「お客さんじゃない…?フフっ…」

「今日、雅くん、いないんだよねぇ~。仕方ないなぁ。はいはぁ~い、今、行きますよぉ~」

 アヒルたちが顔を上げる中、為介がどこか面倒臭そうに立ち上がり、居間を出て、店へと繋がっている部屋を通り、店の前へと出て行く。

「ハイハイ、いらっしゃいまっ…」

「ヘロ~!」

「へろっ…?」

 店の戸をくぐり、外へと出た為介が、前方から聞こえてくるその声に、戸惑うように顔を上げる。

「ナイストゥーミーチューっ!」

「えっ…?」

 為介が顔を上げた先に立っていたのは、染めているものとは明らかに違う自然な金色の髪に、透き通った青色の瞳に、足ばかりの長身の、まだ若い男性であった。視界に入っているのではないのかと思うほどの高い鼻の顔立ちは、日本人のそれとは異なっている。

「あら…?外人さん…?」

「海外からも客が来るのか、この店」

 為介に続くようにして、家の中から出てきた篭也と囁が、意外そうにその外国人を見る。

「どうしよぉ~?ボク、外国語は、ドングリゴロゴロドングリ語しか、話せないんだよねぇ~」

「絶対ねぇだろ、んな語っ」

 困ったように首を捻る為介に、篭也たちとともにその場に現れたアヒルが、鋭く突っ込みを入れる。

「大丈夫デェ~ス!」

『へっ?』

 いきなり割って入って来る外国人のその声に、アヒルたちが一斉に振り向く。

「ワタシ、日本語ペラペェ~ラノペラノ助!英語ワカラナクテモ、何モ問題、アリマセェ~ン!」

「ペラの助って…」

「その時点で問題ありだろ」

 流暢というよりは不自然な日本語を使うその外国人に、アヒルと篭也が呆れた表情を見せる。

「アアァ~、スミマセェ~ン。少シ、オ尋ネシタイノデスガァ~」

「んあっ?何だ?」

 片言ながらも流暢な日本語を話す外国人に、耳を傾けるアヒルたち。

「コチラニ、朝比奈ダックサン、イラッシャイマスカァ~?」

「朝比奈…?」

「ダック…?」

 外国人の言葉に首を傾げながらも、皆がゆっくりと視線をアヒルの方へと動かしていく。

「へっ?俺?」

 皆からの視線が集まり、戸惑うように自分を指差すアヒル。

「間違いなく、あなただろう」

「そうね…ダックはアヒルのことだし…フフっ…」

「ほら、呼ばれてるよぉ~北京ダックくんっ」

「誰が北京だ!苗字まで変えてんじゃねぇ!」

「オオっ!」

 篭也たちから口々に指摘され、軽く苛立っているアヒルを見て、外国人が目を輝かせる。

「アナタガ朝比奈ダックサンデスカァ~!」

「だっから、俺は朝比奈アヒルだっての!ダックじゃねぇ!」

 外国人が嬉しそうな笑顔を浮かべながら、勢いよくアヒルの目の前へと歩み寄り、両手でアヒルの手を取る。もう一度名を呼ぶ外国人に、アヒルは強く怒鳴りあげた。

「デハ、アナタガ“安ノゴッド”、デスネェ~!」

「えっ…?」

『……っ』

 外国人のその言葉に、アヒルや篭也たちが皆、顔色を変える。

「なんで、俺が安の神ってこと知って…」

「何者だ?」

「アヒるんが神って知ってるってことは…それなりの関係者かしら…?」

 アヒルが戸惑っていると、アヒルを庇うように、篭也と囁が素早くアヒルの前へと出て、外国人へと鋭い視線を向けた。

「オオ!怖イ顔、シナイデ下サァ~イ!ワタシモ、アナタ方ト同ジ、五十音士デェ~ス!」

「何?」

「五十音士ぃ?」

 必死に主張する外国人に、アヒルたちが驚きの表情を見せる。

「ハァ~イ!ワタシ、五十音第四十一ノ音、“ら”ノちからヲ持ツ、“良守らもり”ノ、ライアンデェ~ス!」

「良守?」

 身分を明かすライアンに、アヒルがさらに驚いた様子で、目を丸くする。

「五十音士って、外人でもなれんのかよっ?」

「異国の者がなったという話を聞いたことはないが…」

「なれないって決まりも、そういえば、なかった気がするわね…フフフっ…」

 アヒルの問いかけに、少しひそめた表情で答える篭也と、そっと微笑む囁。

「ワタシ、日本語大好キデ、タックサン勉強シマシタァ~!モットモット日本語使イタクテ、五十音士ニナッタノデスゥ~!」

「成程ねぇ~」

 熱く語るライアンに、為介があまり興味なさそうに頷く。

「でぇ、その良守クンが、朝比奈クンに何の用なわけぇ~?」

「オオ!ソウデシタ!」

 為介に問いかけられると、ライアンが思い出したように声をあげる。

「ワタシ、五十音士ニナッタバカリ!チャント戦エルカ不安デェ、不安デェ、昼モ眠レマセェ~ン!」

「昼は寝ないだろう」

「ちょいちょいオカシイな、日本語」

 ライアンが話す中、こっそりと突っ込みを入れるアヒルと篭也。

「同ジク五神ニナッタバカリノ、安ノゴッドニ、腕試シシテモライタクテ来マシタァ~!」

「腕試しぃ~?」

「ハァ~イ!」

 聞き返した為介に、ライアンが笑顔で大きく頷く。

「ワタシ、モットモット日本語、強クナリタイノデェ~ス!」

「熱心なことだねぇ~でぇ?どうするのぉ?朝比奈クン」

「俺は別にいいぞ」

 為介が問いかけると、アヒルは躊躇うことなく、あっさりと頷く。

「オオ!ホントデスカ!?ゴッド!」

「ああ、別に暇だし」

「相変わらず軽いねぇ、君」

 もう一度問いかけたライアンにも、あっさりと頷くアヒル。悩むことなく決めるアヒルに、為介が少し呆れた表情を向ける。

「止めなくていいの…?篭也」

「単なる腕試しだ」

 小さな声で問いかける囁に、篭也が冷静に答える。

「それに相手は、成り立ての五十音士。“良守”程度、以の神に比べれば、問題なく神が勝つだろう」

「そうね…“ら”のつく言葉なんて、そんなにないものね…」

 特に心配する様子も見せず、篭也と囁が言葉を交わす。

「じゃあ裏の広場でやろうぜ」

「ハァ~イ!サンキューベリーマッチョデス!ゴッド!」

 アヒルに案内され、ライアンが店の裏へと進んでいく。二人の後に続くようにして、篭也と囁も、裏の広場へと向かっていった。店の前に、為介だけが残る。

「“良守”って、確かぁ…」

 何やら考え込むように、大きく首を捻る為介。

「こりゃあ、一波乱ありそうだねぇ~」




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