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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
86/347

Word.22 執着ト覚悟ト 〈3〉

 遊園外、モニター前。

「なんて巨大な…」

 天井を突き破り、造られていく水の像に、モニター越しに見つめる篭也が、少し圧倒されたように呟く。

「“祈れ”だから、女神様ってところかしら…」

「でも何だか…悲しそうな顔…」

 その水像の女性の顔を捉えたモニターを見つめ、七架が少し表情を曇らせる。

「あんな巨大な像が、一気に降り注いだら…」

「遊園内は完全に水没しちゃうわね…フフフ…」

「ええぇ!?水没!?」

 怪訝そうな表情を見せる篭也の横で、特に心配する素振りもなく微笑む囁。囁の言葉を聞き、保が焦りの声をあげる。

「水没どころじゃない」

「へっ?」

 横から聞こえてくる声に、焦っていた保が振り向く。皆が振り向いた先には、固く腕を組んだ恵が立っていた。

「遊園はすでにボロボロで、崩れかかってんだ。あんなもんが降り注いだら、一気に大崩落だぞ」

「大崩落ぅぅっ!?」

 冷静に言い放つ恵の言葉に、勢いよく頭を抱える保。

「大変ですぅ~!アヒルさんを助けないとぉ~!」

「待って」

「ぐへぇっ!」

 アヒルを助けるため、遊園内へと駆けて行こうとした保を、囁が後ろからネクタイを引っ張りあげるようにして、無理やり引き止める。

「今、私たちが中へ入ったら、ルール違反。アヒるんの負けになっちゃうわ…」

「で、ですがぁ…」

 囁の言葉は理解しつつも、保が複雑な表情でモニターを見つめる。

「このままじゃ、朝比奈くんが…」

「……っ」

 不安げに呟く七架の横で、篭也もそっと険しい表情を見せる。

「よぉ~しっ」

 あまり気合いの入っていない気合いの声が聞こえた後、その場に何かが割れる音が響いた。


―――ブー!ブー!ブー!


『えっ?』

 響き渡る大きなブザー音に、皆が戸惑うように周囲を見回す。

「な、何だ?」

「緊急連絡用ボタンっていうの、押してみたんだぁ~」

「為の神」

 ガラスの砕き割られた、『緊急』と赤く書かれたボタンを指差し、笑顔で言い放つ為介の方を振り向き、篭也が少し驚いた表情を見せる。

「これで、このマイク使えば、中の人に声が届くようになったよぉ~」

 その横のマイクを手にし、為介がさらに笑顔を作る。

「言いたいことあったら、言ったらいいんじゃなぁ~い?」

「へっ?」

 為介からマイクを手渡され、七架が目を丸くする。

「言いたいことって…そんな急に言われても…」

 マイクを見つめ、少し困ったような表情を見せる七架。

「“朝比奈くん、大好きですぅ~”とかっ?きゃあっ」

「こんな時にそんなこと、言いませんっ!」

 冷やかすように言う為介に、七架がムキになって怒鳴り返す。

「貸せ」

「あっ」

 七架から奪うようにマイクを取ったのは、すぐ横に立つ恵であった。

「朝比奈」

 マイクを口に近づけ、恵がアヒルの名を呼ぶ。



「でっけぇなぁ…」

 見上げても顔を確認することが出来ないほど、巨大に造り上げられたその水の像に、どこか圧倒された様子で声を漏らすアヒル。

「さすがに、これが降って来たらヤバっ…」

<朝比奈>

「んあっ?」

 唖然と像を見上げていたアヒルが、どこからか聞こえてくる自分の名を呼ぶ声に、ふと顔を上げる。

「今、誰か、俺のこと呼んで…」

<朝比奈トンビ>

「だっから、俺はアヒルだってぇのっ!」

 聞こえてくる声に、思わず反射的に言い返すアヒル。

「んっ?って、恵先生?」

<ああ、そうだ>

 いつもの名前間違いをされ、アヒルがやっと、その声が恵のものであることに気づく。

「なんで恵先生の声が、中に?放送はさっきの稲妻で、ヤラれちまったはずだし…」

<今は、んなことは後回しだ。いいか、よく聞け。朝比奈>

「へっ?あ、ああっ」

 急かすように言い放つ恵の言葉に、アヒルが戸惑いつつも、とりあえず頷く。

<今すぐ、その場を退避しろ>

「えっ…?」

 思いがけない恵の言葉に、アヒルが驚きの表情を見せる。

「た、退避って…」

<今、置かれている状況は、いくら頭の悪いお前でもわかるだろう>

「頭悪いって…」

 歯に衣着せぬ恵の発言に、思わず顔をしかめるアヒル。

<その像が降り落ちれば、間違いなく遊園は崩れ落ちて、お前は死ぬ。その前に退避するんだ>

「け、けど、それじゃあ、この勝負がっ…!」

<これは、すでに神試験じゃない>

「……っ」

 訴えかけようと身を乗り出したアヒルが、恵の声に言葉を止める。

<あいつらのやり方も、今のあいつのあの力も、明らかに五十音士の規約違反だ>

 恵の声が、さらに続いていく。

<これは正式な試験じゃない。あいつのただの執着による、無産の戦いだ>

「執、着…」

 その言葉を繰り返し、アヒルがそっと、像へと力を高めているイクラの方を見つめる。

<そんなもので命を落とすことはない。神試験はまた、新たな神に正式にやってもらえばいい>

「新たな、神っ…」

 アヒルが、イクラを見つめる瞳を、そっと細める。


―――俺だけが、神だぁぁっ…!!―――


 その時浮かんだのは、イクラが必死に叫んでいた、先程の言葉であった。

<だから、とっとと退避を…>

「嫌だ」

<はぁっ!?>

 アヒルがすぐさま答えると、恵のひっくり返ったような大きな声が、遊園内に思いきり響き渡った。

<嫌だぁ?>

「ああ、無理だ」

<無理ぃぃっ!?>

 恵がさらに大きな声を、轟かせる。

<何、フザけたこと言ってる!いいかっ?これはもう、神試験ではなくてだなぁっ…!>

「俺は、神試験だからって理由だけで、あいつと戦ってるんじゃないっ!」

<何っ…?>

 どこへともなく強く叫ぶアヒルの言葉に、恵が戸惑いの声を漏らす。

「神試験だからってだけで、あいつと向き合ってるんじゃないんだ」

 真剣な表情を見せ、アヒルがさらに言葉を続ける。

「これは…」

 アヒルが鋭い瞳で、まっすぐにイクラを見つめる。

「これは…あいつの執着と、俺の覚悟、どっちが強いかの勝負」

 右手の銃を握り締め、アヒルが堂々と言い放つ。

<覚悟…?>

「ああっ」

 聞き返す恵の声に、大きく頷くアヒル。

「俺の、神としての覚悟だっ」

「……っ」

 アヒルの放つ言葉に、力を高めているイクラの表情が、かすかに動く。

「ここで逃げたりなんかしたら、俺は一生、あいつらの神として胸を張れないっ…!」

<……っ>

 恵のマイクから、声にならない声が漏れる。

「だから俺は、最後までここに残って、あいつとの決着をつけるっ…!!」

 銃をあげたアヒルは、強い瞳ではっきりと言い放った。



「アヒるん…」

「朝比奈くんっ…」

 そんなアヒルの主張を聞き、少し細めた瞳で、眩しいものでも見るかのように、まっすぐにアヒルを見つめる囁と七架。

「……っ」

 モニターに映るアヒルの強い瞳を見つめ、マイクを持ったまま、恵が表情をしかめる。

「何がっ…」

 またマイクを通し、声を発する恵。

「何が神としての覚悟だ!さっきから何度も言っているだろう!?これはもう、神試験じゃなっ…!」

「……っ」

「あっ」

 アヒルを説得するように、再び言葉を投げ掛けようとした恵の手の中から、マイクを奪い取ったのは、いつの間にか立ち上がった様子の、篭也であった。

「神月っ」

「神」

 恵が睨むように見つめる中、篭也がマイクを口元へ寄せ、そっと神という語を呟く。

<おっ、その声、篭也かぁ?お前、やっぱ無事だったんっ…>

「神」

<んっ?>

 モニターから聞こえてくるアヒルの言葉を遮り、篭也がもう一度、アヒルを呼ぶ。

「いいか、神。よく聞け」

<また、このパターンかよっ…>

 恵と同じような語りかけをする篭也に、アヒルが少しうんざりするように肩を落とす。

「あなたが、そこから退避する必要はない」

<へっ…?>

『えっ!?』

 篭也の思いがけない言葉に、アヒルが間の抜けた表情を見せ、篭也の傍にいた皆が、一斉に驚きの表情を見せた。

「あなたが決着をつけたいというのなら、そうしろ。あなたの思った通りにすればいい」

<篭也っ…>

「だが…」

<……っ?>

 言葉を付け加える篭也に、モニターの中のアヒルが、少し首を傾げる。

「絶対に負けるな」

<……っ>

 マイクから放たれる篭也の言葉に、アヒルが大きく目を見開く。

「そうですぅ~!絶対に勝って下さい!アヒルさぁ~んっ!」

「あっ」

 篭也からマイクを奪い取り、保が力一杯、叫びあげる。

「人類の未来をお願いしますぅ~!」

「訳もわかってない奴がマイクを使うな…」

 必死に叫ぶ保に、篭也が横から冷たい視線を送る。



<はぁ!俺みたいなヘボが服着て歩いてるような奴が、偉そうに言ってすみませぇ~んっ!>

<いいから、とっととマイクを返せ!>

「ハハハっ」

 聞こえてくる保と篭也が言い争っている声に、アヒルが思わず笑みを零す。

<あ、朝比奈くんっ、死なないでねっ…!>

「奈々瀬」

<死んだら私が地獄まで送ってあげる…フフフっ…>

「囁…」

 七架の言葉に笑みを見せていたアヒルが、不気味な言葉を落としてくる囁に、一気にその表情を曇らせる。俯きながら、少し肩を落とし、アヒルがどこかホっとしたような表情を見せた。

「みんな…元気そうだっ…」

 仲間の無事を確認し、嬉しそうな笑みを零すアヒル。

「よっしゃあ!そんじゃあ、気合い入れていくぜぇっ!」

 アヒルが力の入った声を出し、銃を握る手に力を込める。



「神…」

『……っ』

 マイクのスイッチを切り、モニターの中のアヒルを見守ることに集中する、篭也たち四人。

「いいんですかぁ~?」

「ここまで来たら、もうどうにもならないだろ」

 軽い口調で問いかける為介に、恵が少し呆れたように肩を落としながら答える。

「まったく…」

 呆れきった瞳を、モニターの中のアヒルへと向ける恵。

「ああいう向こう見ずなところは、お前とまったく同じだな…」

 その瞳が、そっと細められる。

「カモメ…」

 小さな声が、静かに落とされた。




「いいのか…?仲間の言ったように、ここから逃げ出さなくて」

「何、聞いてやがったんだ?」

 試すように問いかけるイクラに、アヒルが強きに問いかけ返す。

「俺の仲間は“負けるな”って言ったんだよ」

 アヒルが誇らしげな笑みを浮かべ、堂々と胸を張る。

「だから俺は、お前に勝つ」

 その瞳を鋭くし、右手に持った銃の銃口を、イクラへと向けるアヒル。

「お前に勝って、俺は神になるっ…!」

「……っ」

 アヒルが口にした“神”という語に、イクラがあからさまに表情をしかめる。


―――じゃあイクラくん、先生が祈ってもいい…?―――


 今も、まるで瞼に焼きついているかのように、瞳を閉じただけで浮かぶ、あの微笑み。


―――イクラくんが幸せになれるように…―――


「何が、神っ…」

 過去の出来事を思い出し、イクラが煩わしそうに顔をしかめる。

「俺が神だ…俺だけが神だっ…」

 少し声を震わせ、またしても言い聞かせるように必死に、その言葉を繰り返すイクラ。

「他の神など、この世界にはいないっ…」


―――なんでぇぇぇぇっ…!!―――


 声を震わせたイクラが、力一杯、自らの拳を握り締める。

「俺以外の神など…この世界には必要ないっ…!!」

 顔を上げたイクラが、勢いよく叫びあげる。

「“け”っ…!!」

 イクラが言葉を放ち、掲げていた右手を力強く振り下ろすと、天井の上まで伸びあがっていた水像が、顔面から、下方にいるアヒルへと向かってくる。

「……っ」

 降り落ちてくる水像を見上げ、グッと唇を噛み締めるアヒル。

「あ…」

 口を開きながら、アヒルが銃口を、向かってくる水像の顔へと向ける。

「“たれ”!!」

 銃口から放たれた赤い光の弾丸が、正面から水像へとぶつかっていく。

「グっ…!」

「クゥっ…!」

 ぶつかり合う二つの力に、アヒルとイクラがそれぞれ、険しい表情を見せる。

「こっのっ…!」

「うっ…!」

 銃を握る手に力を込め、弾丸の勢いを増させるアヒル。勢いの強まった弾丸に、少し水像が押され、水像の足元に佇むイクラが、思わず顔をしかめる。

「俺はっ…俺は神なんだっ…」

 必死に力を込めながら、イクラはまるで祈りのように、何度も言って来たその言葉を繰り返す。


―――俺はもう、神になんて祈らない…―――

―――顔も知らない神に祈るくらいなら…俺が神になる…―――


「俺は…神でなければっ…ならないんだっ…」

 瞳を細め、唇を噛み締めたイクラが、震えた声を落とす。

「こんな、ところでっ…負け、られるかっ…」

 下ろしていた右手を、再び掲げるイクラ。

「何の意志もなく選ばれた貴様などにっ、負けられるかぁぁぁっ!!」

「なっ…!」

 掲げられた右手の中の言玉が強く輝き、アヒルが押し始めていた水像が、勢いを増して、今度は逆に、アヒルの弾丸を押し始める。

「うぅっ…!」

 右手に一気に掛かってくる圧力に、アヒルが顔をしかめる。

「俺がっ、神だぁぁぁぁっ!!!」

「……っ」

 イクラの叫び声とともに、どんどん勢いを増していく水像。徐々にその力に押され始めながらも、必死に叫ぶイクラのその姿を見つめ、アヒルがそっと目を細める。

「お前が…」

 掛かる圧力に耐えながら、アヒルがゆっくりと言葉を落とす。

「お前が、どんなもん、背負ってんのか知らねぇーけどっ…」

 アヒルの曇りない瞳が、まっすぐにイクラを捉える。

「俺だって…」


―――決めてたの…あの人のために、私は戦うって…!―――

―――これは俺の問題でもあるし、俺だってアヒルさんの力になりたいですから!―――

―――これは単なる“貸し”、だからね…―――

―――“アヒるんが神様でなくなってもいいから命が惜しい”なんて人、私の仲間にはいないって…―――

―――今は、安の神の神附きであることに、誰よりも誇りを持っているっ…!―――


「俺だってっ…!」

 銃を握る手に、力を込めるアヒル。

「半端な覚悟でっ、神になろうってわけじゃねぇんだよっ…!!」

 アヒルの声に応えるように、赤い光の弾丸が、さらに激しく光を放ち、周囲を照らしながら、押されていた水像を、再び力強く押し返していく。

「ううぅっ…!?」

 一気に押されていく自らの力に、驚きの表情を見せるイクラ。

「な、何だ?この力はっ…!」

 イクラが戸惑いをそのまま、声にする。

「俺が、負けるっ…!?」

 信じられないといった表情を見せながら、イクラが押されていく水像を見上げる。

「違うっ…!俺は神だ…!俺だけが神なんだっ!あんな偽物の神に、負けたりなどっ…!あっ…」

 必死に言葉を続けていたイクラの視界に入って来たのは、押されていく水像の女性の、どこか悲しげな、その表情であった。

「先、生っ…」

 重なるその姿に、イクラがそっと目を細める。

「俺は…あなたを救う、“神”になりたかった…」

 水像を見上げながら、力ない声を落とすイクラ。

「なりたかった…だけなんだっ…」

 今までのどの言葉よりも自然に、素直に零れ落ちたイクラのその言葉に、水像の悲しげだった女性が、少しだけ、微笑んだように見えた。

「……っ」

 その微笑みを見て、イクラがゆっくりと目を閉じる。


―――バァァァァン!


 アヒルの放った弾丸の光に呑み込まれ、イクラの水像は蒸発するように、空中へと掻き消されていった。


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