Word.21 神vs神 〈2〉
遊園外、モニター前。
「いよいよ神戦か…」
モニターの中で向き合ったアヒルとイクラの姿を見つめながら、恵が真剣な表情で呟く。
「戦いと呼べるものになればいいですけどねぇ」
「……っ」
意味深な言葉を放ちながら、そっと笑みを浮かべる為介の方を振り向き、恵が少し眉をひそめた。
「ふぅ…」
「んん~っ?」
モニターを見ていた為介が、右方から聞こえてくる声にゆっくりと振り向く。
「おっ」
「あら」
為介が振り向くと、水が止めどなく流れる遊園の入口から、七架を肩に背負った囁が姿を現した。為介と囁が目を合わせ、互いに短い声を発する。
「皆さん、お揃いで見物…?」
七架を近くの地面に横たわらせながら、囁が為介たちへと声をかける。
「じゃあ状況説明は、しなくても良さそうね…あら…?」
「…………」
囁が、為介や恵から少し離れたところに立っている、檻也の姿に気づき、そちらを見る。囁に視線を向けられると、檻也は俯き、そっと視線を逸らした。
「あなたは…」
「傷治したげるよぉ~真田さぁ~ん」
「えっ…?あ、ええっ…」
檻也に言葉をかけようとした囁の声を遮り、為介が囁のもとへと歩み寄ってくる。
「“癒やせ”…ホイっ」
為介が言葉を放った後、囁へ向けて扇子を扇ぐと、扇がれた扇子から淡い青色の光が零れ落ち、傷ついた囁の体を包み込んだ。光に包まれ、囁の傷が見る見るうちに塞がっていく。
「篭也と転校生くんは…?」
「生きてはいるよぉ~まだ遊園内だけど」
「そう…」
為介の答えに、囁がどこか浮かない表情を見せる。
「アヒるんは…?」
「今から戦うとこだよ」
さらに問いかける囁に、為介が瞳を鋭くしながら、再びモニターの方を見つめる。
「もう一人の、神様とね…」
「……っ」
為介に続くようにしてモニターを見つめ、囁は少し険しい表情を見せた。
―――ブー!ブー!
『……っ?』
鳴り響くブザー音に、アヒルとイクラが、戸惑うように顔を上げる。
<再度、お知らせいたします。ただいまの言玉数、安団、三。以団、三>
静かな原始の森に響き渡るように、もう聞き慣れてきた、放送が流れる。
<安団“左守”、“奈守”、以団“知守”、“仁守”、計四名の、神試験会場からの離脱を確認。これにより、四名の神試験参加資格を剥奪>
「……っ」
囁と七架が無事、会場を出たことを知り、アヒルが少し安心したような表情を見せる。
<また、安団“加守”、“太守”、以団“幾守”、“之守”の計四名を、戦闘続行不可能状態と認めます>
その放送を聞きながら、アヒルが横で倒れている金八へと目を落とす。
<以上により、ただいまの神試験参加者は安団“安の神”、以団“以の神”、以上二名>
『…………』
アヒルとイクラが、互いを強く見合う。
<残り二個の言玉を、それぞれの神が所持しておりますので、この勝負に勝った神を、神試験の勝者といたします>
「神試験としては、お誂えむきの展開というわけか…」
放送を聞きながら、イクラが少し肩を落とす。
「計画とは違うが…まぁいい」
どこか諦めたように言い放ち、イクラがゆっくりとアヒルと向き合う。
「ここで貴様を叩き潰せば…それで済むことだ」
「……っ」
余裕の笑みを浮かべるイクラに、アヒルが少し顔をしかめる。
「やれるもんなら、やってみやがれってのっ!」
アヒルが大きく声をあげ、銃を握る手に力を込める。
<では神試験最終戦、“安の神”vs“以の神”、始めて下さい>
「……っ!」
放送の声を合図に、アヒルが鋭い目つきを見せる。
「色々考えてたって仕方ねぇ、まずは先制っ…!」
アヒルの銃口が、イクラへと向く。
「“当たれ”っ…!」
アヒルの言葉とともに、赤い光の弾丸が、銃口からイクラへ向けて放たれる。
「“当たれ”か…」
向かってくる光の弾丸を、冷静な表情で見つめるイクラ。
「面白い…」
「……っ」
そっと言玉を持った右手を掲げるイクラに、アヒルが眉をひそめる。
「“諫めろ”」
イクラの言葉に反応し、イクラの右手の言玉が、強い青色の光を放つと、イクラの立っている水面の周囲から、自動的に水が噴き上げ、アヒルの放った弾丸の上空に、鎮火するように勢いよく降り注いだ。
「あっ…!」
水に叩き落とされる弾丸に、アヒルが思わず目を見開く。
「“い”の言葉かっ」
「貴様の武器は銃だったな、安の神…」
表情を曇らせるアヒルに、イクラがゆっくりと話しかける。
「ならばこちらも、それに合わせるとしよう…」
「何っ…?」
イクラの意味深な言葉にアヒルが首を傾げる中、イクラが掲げていた右手を下ろし、言玉を大きな手で包み込むように、強く握り締める。
「あれはっ…」
言玉を握り締めたイクラの右手から、水が溢れ始め、その水が銃のような形を作り始める。言玉が銃身に埋め込まれた水の銃を、イクラがそっと構え、その銃口をアヒルへと向けた。
「水の、銃…?」
「さぁ、銃撃戦といくか…」
イクラが軽く口元を緩め、水で出来た引き金を引く。
「“射れ”」
その言葉とともに、銃口から、水の粒が勢いよく放たれた。
「水鉄砲かぁ~?」
飛んで来る水粒を見つめ、暢気に首を傾げているアヒル。
「……っ」
「んっ?」
薄く微笑んでいるイクラに気づき、アヒルがふと、その表情を曇らせる。
「何かヤバそうだなっ」
額から汗を流し、顔をしかめたアヒルが、銃を持っていない左手で、近くに倒れている金八を抱え上げ、素早く銃口を自分のコメカミへと向けた。
「“上がれ”!」
アヒルが引き金を引き、自らに銃弾を放つと、赤い光がアヒルの体を包み込み、アヒルの体が勢いよく上昇していく。アヒルが上空へと逃れると、目標を失ったイクラの水弾が、先程までアヒルの立っていた木の幹へと、直撃した。
―――バァァァァン!
「んなっ…!」
水弾に当たり、いとも簡単に砕き折れて、水面へと沈んでいくその木に、上空のアヒルが思わず大きく目を見開く。ただの水の弾丸だというのに、とんでもない強度である。
「水鉄砲なんて、可愛いもんじゃねぇなぁ」
水底に沈んでいく木を見下ろしながら、少し表情を険しくするアヒル。
「あんなもん喰らったら、一発だな。避けて良かったぁ~」
しみじみと呟きながら、アヒルが近くにある別の木の上へと降り、気を失ったままの金八を横たわらせる。
「コイツ、巻き込まねぇように、ちょっと離れるか」
そう言って、アヒルが再び、自分のコメカミへと銃口を向ける。
「“上がれ”」
弾丸を浴びて空へと飛び上がり、金八から遠ざかるように、上空を移動していくアヒル。
「金八を巻き込まぬための配慮か…ご苦労なことだな」
移動していくアヒルを見上げながら、イクラがどこか呆れたように呟く。
「まぁ、それもいい…“行け”」
イクラが自らの言葉を呟くと、銃に埋め込まれている言玉が青く輝き、イクラの立っている水面が自発的に動き出し、移動していくアヒルを追うように、流れていく。
「この辺りでいっか」
金八とある程度、距離を置いた位置まで来ると、アヒルが上空で体を止める。そこから一分も経たぬうちに、水の流れに乗って、イクラがその場へと姿を現した。
「脆弱な者を助け、恩を売り、それで神気取りか…?」
「……っ」
現れるとすぐに問いかけを向けるイクラに、アヒルが少し眉をひそめる。
「無理やりにでも人を助ければ、神になれるとでも思っているのか…?楽観的なものだな、安の神」
「んん~っ」
言葉を続けるイクラに、上空に浮いたまま、大きく首を捻るアヒル。
「俺は別に、そんな風には…」
「“神の救い”など、所詮、幻想だ」
自分の意見を述べようと、口を開いたアヒルの声を、イクラが勢いよく遮る。
「“祈り”になど、何の意味もないっ…」
「……っ?」
どこか煩わしそうに言い放つイクラに、アヒルが戸惑うような表情を見せる。
「おまっ…」
「神に必要なのは、“救い”などではない」
またしても、声をかけようとしたアヒルの声を、イクラが遮る。
「“力”だ」
鋭く微笑んだイクラが、上空のアヒルへ向けて、銃を構えた。
「“射れ”…!」
「うっ…!」
イクラが引き金を引くと、数発の水弾が、上空にいるアヒルへ向けて、まっすぐに飛んで来る。
「“当たれ”っ…!」
向かってくる水弾へ向け、アヒルも銃を構え、赤い光の弾丸を放った。アヒルの弾丸は、アヒルの言葉に乗り、寸分と違えることなく、真正面からイクラの水弾へ直撃する。
「あっ…!」
正面からぶつかり合った二つの弾丸であったが、ぶつかったその瞬間に、イクラの水弾がアヒルの光弾を掻き消し、速度を変えることなく、そのままアヒルへと向かっていく。
「クっ…!」
迫り来る水弾に険しい表情を見せながら、銃口をコメカミへと向けるアヒル。
「“上がれ”!」
アヒルが自らへと弾丸を放ち、さらに体を上昇させ、向かって来ていた水弾から何とか逃れる。
「ふぅっ」
ドーム型の天井すれすれのところまで上がり、アヒルが深く息を吐く。
「砕かれた…灰示の針ん時は相殺出来たのにっ…」
少し眉をひそめたアヒルの額から、一滴の汗が流れ落ちる。
「完全に力負けしてるってことかよっ」
「その程度か…?安の神」
表情を曇らせるアヒルを見上げながら、イクラがどこか余裕の笑みを浮かべる。
「拍子抜けだな…」
「うっ…!」
再び銃口を向けてくるイクラに、アヒルの表情が歪む。
「ク、クソっ…!」
「遅い…」
慌てて銃を構えようとするアヒルに、イクラがはっきりと言い放つ。
「“射れ”」
「あっ…!」
アヒルが銃を構える間もなく、イクラがアヒルへ向けて水弾を放った。引き金も引けず、これ以上、上昇するスペースもないアヒルのもとへと、躊躇うことなく水弾が飛んでいく。
「うわああああっ…!」
水弾がアヒルを直撃し、アヒルの激しい悲鳴が響き渡った。
「脆いものだ…」
「……っ」
「ん…?」
水弾に撃たれたアヒルを、涼しげな表情で見上げていたイクラが、すぐに叫び声を止め、赤い光に包まれていくアヒルに気づき、ふと眉をひそめる。
「あれは…」
イクラが見つめる中、水弾に射抜かれたはずのアヒルの体が、赤い光となって周囲へと散っていく。
「幻覚…?」
「“欺け”…」
「……っ」
すぐ後ろから聞こえてくる声に、イクラが表情を険しくし、素早く振り向く。イクラの背後には、水弾に貫かれたらしき傷など一つもないアヒルが、イクラの背へと銃を構え、水面上に浮かんでいた。
「貴様っ…」
「喰らいな」
アヒルが目つきを鋭くし、躊躇うことなく引き金を引く。
「“当たれ”…!」
「クっ…!」
振り向いたところのイクラが、向けられる弾丸に、冷静だったその表情を崩す。
「うああああああっ…!」
アヒルの弾丸を喰らい、今度はイクラの叫び声が、原始の森へと響き渡った。
「よしっ…!やった…!」
響く叫び声に、思わず笑みを零すアヒル。
―――パァァァァン!
「えっ…」
だが、笑みを零したのも束の間、次の瞬間、弾丸を喰らったイクラの体が、水飛沫となって周囲に飛び散り、見つめていたアヒルが戸惑いの表情を見せた。
「これって…」
「“偽れ”…」
「……っ!」
背後から聞こえてくる声に、アヒルが大きく目を見開いて振り向く。アヒルが振り向くとそこには、先程のアヒル同様、傷一つないイクラが、前と同じ涼しげな表情で水面に佇んでいた。
「“偽れ”…あっちも幻覚をっ…」
「専売特許じゃなくて、残念だったな…」
動揺を見せるアヒルを、イクラが落ち着いた表情で見つめながら、素早く右手の水銃を構える。
「“逝け”…」
「うっ…!」
冷たい言葉とともに、アヒルへ向けて放たれる水弾。今度は幻覚を作り出す間もなく、アヒルがその表情を歪める。
「うわあああああっ…!!」
幻覚ではなくアヒル自身に水弾が直撃し、辺りの水面にアヒルの赤い血が飛び散った。




