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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
78/347

Word.20 譲レナイ勝負 〈3〉

 遊園内、紅葉の森地点。

「シャコも負けたかぁ」

 流れた放送と、遊園の外へと流れ始めた水を見つめ、遊園内で噴き上げる巨大噴水の一つに乗った金八が、かすかに表情をしかめる。

「こりゃ、また大荒れだな。我が神はっ」

 原始の森の方角を見ながら、金八が少し困ったように笑う。

「さてとぉ」

 一つ、気合いの入った声を出した金八が、軽く首を回しながら、ゆっくりと振り返る。

「んじゃまぁ、続きといこっかぁ~?加守っ」

「はぁ…はぁ…」

 金八の振り返った先には、幹の半分以上が水に浸かった木の枝の上にしゃがみ込み、苦しげに息を乱している篭也の姿があった。その手足には、いくつもの切り傷があり、赤い血が滲んでいる。

「これ以上、ウチの神キレさせたら、後が怖ぇからさぁっ」

 そっと微笑んだ金八が、言玉を持った右手を振り上げる。

「とっとと終わりにさせてもらうぜっ…?」

 掲げられた言玉が、青色の光を放つ。

「“霧吹きりぶけ”っ…!」

「クっ…」

 金八が言葉を放つと、篭也の周囲の水面から突如、冷たい蒸気が噴き上げ、辺りを深い霧が包み込んだ。霧に覆われ、見えなくなっていく景色に、篭也が険しい表情を見せる。

「また霧かっ…」

 周囲の霧を見回しながら、警戒するように格子を身構える篭也。

「どこからっ…」

「“れ”っ」

「うっ…!」

 何も見えないまま、その場に言葉だけが聞こえてくる。

「あっ…!」

 空気を切るような鋭い音とともに、無数の水の刃が、篭也の後方から、篭也へ向かって飛んで来る。

「グっ…!あっ!うあああああっ…!!」

 刃の来る方向に気付いた時には、すでに遅く、避ける時間すらなかった篭也は水の刃を直撃し、体中を斬り裂かれながら、勢いよく吹き飛ばされた。

「うっ…!」

 吹き飛ばされた篭也が、覆っていた霧を抜け、近くの木の幹へと叩きつけられる。

「うぁっ…」

 叩きつけられた後、そのまま水面に落ちそうになるところを、必死に格子を幹へと突き刺し、何とかその場で踏み止まる篭也。突き刺した格子を支えにして、何とか枝の上へと上がる。

「はぁっ…!はぁっ…!」

 枝の上で膝をついた篭也が、先程よりもさらに苦しげに息を乱す。

「思ってたより、全然弱ぇなぁ~」

 正面から聞こえてくる声に、俯いていた篭也がゆっくりと顔を上げる。

「とんだ期待ハズレっ?」

「……っ」

 噴水の上で嘲るような笑みを浮かべている金八に、篭也が顔をしかめる。

「一本では…やはり厳しいかっ…」

 追い込まれながらも、冷静に言葉を発した篭也が、枝の上で立ち上がり、金八とは違う方向へと飛び出していく。

「んあっ?敵前逃亡かぁ?」

「ふぅっ」

 金八が首を傾げる中、篭也が水面に浮かんでいる、残り五本の格子が作った囲いへと飛び移る。その中には、まだ気を失っている保が横たわっていた。

「ああ、お仲間んとこねぇっ」

 囲いへと入っていく篭也を見て、金八が納得したように頷く。

「“かかえろ”」

 篭也は右手に持っていた格子の一本に、保の体を抱え上げさせると、水面に浮いていた囲いを崩し、格子に抱えられた保とともに、近くの木の、一番上の枝の上まで移動した。

「囁が勝ったお陰で、出入口の封鎖は解かれた。ここまで水が上がってくることはないだろう」

 その高い木の枝の上へと、篭也が保を寝かせる。

「悪いな。万全の状態でないと、勝てそうにないんだ」

 眠っている保にそう言い放つと、篭也は六本の格子に取り巻かれながら、金八の近くの木の枝まで、飛び降りていった。

「囲いを解いて、本気モードって感じぃ?」

「ああ、そういうことだ」

 ニヤニヤと微笑みながら問いかけてくる金八に、篭也が六本の格子を一本にしながら、はっきりと頷く。

「おおぉ、怖っ。泣いちゃうよぉ?俺っ」

 言葉とは裏腹に、どこか楽しげに笑いながら、金八が言玉を持った右手を振り上げる。

「“霧吹け”っ!」

 金八が言葉を発すると、先程と同じように、篭也の周囲の水面から冷たい蒸気が噴き上げ、篭也の周りを深い霧が包み始めた。

「……っ」

 周囲を覆っていく霧を見つめながら、篭也が目つきを鋭く変える。

「“き消せ”っ…!」

 篭也が言葉を放つと、格子が篭也の手の中から飛び出し、再び六本に分かれ、篭也の周囲に広がって、篭也を中心に円形に勢いよく回転していく。その回転の風圧により、覆おうとしていた霧が、あっという間に消されていく。

「ありっ?」

 霧の消えた篭也の後方には、言玉を構えた金八の姿。掻き消された霧に、目を丸くしている。

「まぁいっか。“斬れ”っ!」

 姿は明らかになってしまったが、それも構わずに、金八が篭也へと、先程と同じ、無数の水の刃を向けた。

「…………」

 篭也は冷静な表情で振り向き、そっと右手を掲げる。

「“かえせ”っ」

 間を置くことなく篭也が言葉を放つと、回転していた六本の格子は、篭也の前で一点を中心に集まり、今度はその点を中心に回転して、まるで篭也を守る盾のようになって、向かって来ていた水の刃をすべて、金八へと弾き返す。

「おおっとっ!」

 戻ってくる水の刃に、少し驚いたように声をあげる金八。

「“拮抗きっこう”!」

 金八が再び言葉を発すると、水面から向かってくるものとまるで同じ水の刃が生まれ、一本も数を違えることなく、互いを打ち消し合っていく。

熟語イディオムも余裕で使うか…さすがは以附だな」

「ふぃ~っ」

 篭也が観察するように鋭く見つめる中、金八は自らの水の刃を防ぎきり、どこかホッとした様子で肩を落としていた。

「さっすがは安附だなぁ。本気になったら、やぁっぱ強ぇやっ」

「…………」

 感心したような笑みを向けてくる金八に、篭也がそっと目を細める。

「どうするつもりだ…?」

「あっ?」

 急に問いかけてくる篭也に、金八が大きく首を傾げる。

「あなたたちは神試験を滅茶苦茶にした。五十音士の規律をやぶったんだ」

「……っ」

 篭也の言葉に、金八が少し眉をひそめる。

「僕たちを叩き潰したところで、この件は韻に伝えられる…伝えられれば、あなたの神は、神の称号を剥奪されることになるかも知れない…」

 真剣な表情で、金八を見つめる篭也。

「そうなったら…いくら僕らの神を神でなくしたところで、無意味だろう…?」

「…………」

 笑みを止めた金八が、どうとも取れぬ見透かせぬ表情で、篭也を言葉を静かに聞いた。

「そうなったら、韻を叩き潰せばいいだけの話さっ」

「えっ…?」

 思いがけない金八の言葉に、篭也が戸惑いの表情を見せる。

「それでもダメなら、今度は五十音の世界を叩き潰す」

 そっと微笑み、言葉を続ける金八。

「俺は、俺の神が神である為なら、何だって叩き潰してみせる」

「……っ」

 初めは驚きの表情を見せた篭也であったが、金八があまりに迷いなく言い放つので、驚いた顔も出来ずに、ただ複雑そうにしかめた表情で、金八をまっすぐに見つめた。

「俺は、神の“執着”に惚れた」

「執着…?」

「ああ。異常としか言いようないぜぇ?」

 聞き返す篭也に、金八が大きく頷きかける。

「あんなに“神”ってもんに執着してる神は、絶対、他にはいねぇっ」

 自信を持った表情で、強く言い切る金八。

「だから俺の神は、あの人しかいねぇーし、世界中の神だって、あの人しかいらねぇって、俺は思ってるっ」

 金八が、どこか誇らしげに笑う。

「だから、あんたの神はいらねぇーって、俺は思ってる」

「…………」

 はっきりと言い放つ金八に、篭也の表情が曇る。

「それに、これは、神の意志だ」

 さらに口端を吊り上げ、笑みを深くする金八。

「“すべては神の仰せのままに”が、俺ら、神附きのモットーだろっ!?」

 強く言い放って、金八が再び、言玉を持っている右手を振り上げる。

「“変格”」

「……っ」

 金八が放つ言葉に、大きく目を見開く篭也。

「“鬼刀きとう”っ…!」

「なっ…」

 金八の右手の中で青く輝いた言玉が、その形状を変え、水で出来た先の鋭い、太身の刀へとなって、金八の右手の中に収まる。

「刀っ…あれが以団の変格…」

 刀を構える金八を見つめ、篭也がそっと眉をひそめる。

「……っ」

 篭也は目を細め、表情を鋭くすると、広がっていた六本の格子を一本に戻し、右手で強く握り締めた。

「“変格”っ…」

 格子が赤色の光を放つと、その下端部から、曲線を描いた鋭い刃が牙のように生え、格子が鎌へと姿を変える。

「そっちも変格ってか。俺、泣いちゃうよぉ?」

 相変わらず“泣く”と言いながら、楽しげな笑みを浮かべる金八。

「カ行の五十音士は、各団の神附きの中でも、最も強いとされる五十音士っ」

 水の刀を構えながら、金八が言い放つ。

「あんたと俺で決めようぜぇ?安附と以附っ、どっちが強いかをなぁっ…!」

「……っ!」

 篭也と金八が互いに鋭い瞳を見せ、身構えた武器を、それぞれ振り上げた。

「“り裂け”っ…!」

 金八が鬼刀を振り下ろすと、その刀身から分裂したように大きな水の刃が飛び出し、一直線に篭也へと向かっていく。

「“掻き消せ”…!」

 鎌を振り切り、向かって来た水の刃を砕く篭也。刃を砕くと、篭也がすかさず鎌を振り上げる。

「“れ”っ…!」

 振り上げられた鎌から赤い一閃が放たれ、目にも留まらぬ速度で金八へと向かっていく。

「“えろ”!」

 金八が言葉を放ちながら鬼刀を振り下ろすと、刀身から放たれた水飛沫が一閃へと飛び散り、火でも消すように、篭也の一閃も掻き消した。

「ふぃ~、イイ勝負っ」

 攻撃を防ぎ、満足げな表情を見せた金八が、振り下ろしていた鬼刀を持ち上げる。

「いっやぁ~、やぁっぱ楽しみにしといて良かっ…」

「“けろ”」

「へっ?」

 しみじみと語っていた金八が、新たに聞こえてくる声に、目を丸くする。篭也がその言葉とともに鎌を振り切ると、放たれた赤い一閃が、今度は金八の立っている噴水の下へと向かっていき、噴水の一部を、えぐり取るように欠けさせた。

「うわわわわっ!」

 下部の欠けた噴水が一気に崩れ落ち、乗っていた金八も水面へと勢いよく落ちる。だが金八は水に沈むことはなく、水面がまるで地面かのように、その場に倒れ込んだ。

「痛ってぇ~っ」

 水面に打ちつけた後頭部を押さえながら、ゆっくりと起き上がる金八。

「俺、泣いちゃうよぉ~?」

「……っ」

「んあっ?」

 後頭部を撫でながら、今度は本当に泣きそうな表情を見せていた金八が、上方に感じる気配に、ゆっくりと顔を上げた。

「これで」

 金八の上空には、鎌を振りかぶる篭也の姿。

「終わりだっ」

「へへっ」

 鎌を振り下ろす篭也を見上げながら、金八は焦った表情を見せることなく、どこか含みのある笑みを浮かべる。

「“刈っ…!」

「“きんじろ”」

「うっ…!」

 金八の鬼刀から小さな水の一滴が飛び、鎌を振り下ろそうとしていた篭也の喉へと当たると、言葉を放とうとした篭也の口の動きが止まり、言葉を発することが出来なかった篭也は、鎌を振り下ろすのをやめ、近くの木の上へと飛び移った。

「な、何だ?言葉がっ…」

「“刈れ”は禁句タブーになっちまったぜぇ」

「……っ」

 戸惑っていた篭也が、水面の上で立ち上がる金八の言葉に、眉をひそめる。

「タブー…?」

「そっ。禁じられた言葉は、俺が言玉の力を解除するまで使えないっ」

「そんなことがっ…」

 まるで罰ゲームでも説明するかのように、悪戯っぽく笑う金八に対し、一層険しい表情を見せる篭也。五十音士にとって、言葉を封じられるというのは、最も致命的なことである。

「“斬り裂け”っ!」

「……っ」

 言葉を封じられたことに戸惑っている篭也に、金八が鬼刀を振り上げ、先程と同じ、水の刃を放つ。

「“掻き消っ…!」

「“禁じろ”」

「えっ…?」

 鎌を振り上げた篭也が発しようとした言葉が、またしても途中で止まってしまう。

「うっ…!」

 言葉を禁じられた篭也へと、迫る水の刃。

「うわあああああっ!」

 掻き消すことの出来なかった水の刃をもろに食らい、篭也の体が勢いよく斬り裂かれていく。

「ううぅっ…」

 篭也の立つ枝に、ボタボタと流れ落ちる赤い血。脇腹から血を流した篭也が、左手で傷口を押さえながら、少し苦しそうに体を屈める。

「これで“掻き消す”も禁句っ」

「クっ…」

 冷たく微笑む金八に、篭也が厳しい表情を見せる。

「そろそろ終わりかねぇ?ええっ?加守っ!」

「うっ…!」

 鬼刀を振り上げた金八が、水面を蹴り上げ、篭也の方へと勢いよく飛びかかってくる。

「“かっ…!あっ…」

 鎌を構え、言葉を放とうとする篭也であったが、ふと思い立ったように、その声を止める。

「下手に言葉を言っても…タブーが増えるだけかっ…」

 少し顔をしかめると、篭也が何も言わぬまま、ただ鎌を突き出した。

『……っ!』

 篭也の鎌と、金八の鬼刀が、勢いよくぶつかり合う。

「何も言わないってのは、イイ判断だねぇっ。けどっ」

「……っ」

 そっと意味ありげに微笑む金八に、嫌な予感がして、篭也が表情を曇らせる。

「“強化きょうか”っ」

「ううぅっ…!」

 金八が言葉を放った途端、鬼刀の刃を受け止めていた鎌の刃先部分に、強い圧力がかかり、両手に圧し掛かるその重みに、篭也が思わず表情を険しくする。

「へへっ」

 そんな篭也を見て、楽しげに微笑みながら、金八がさらに口を開いた。

「“斬れ”」


―――パァァァァン!


「……っ!」

 金八の言葉とともに、鬼刀に強く押された鎌の刃部分が、一気に砕き割れ、その残骸が周囲に飛び散る。ガラスの破片のように散っていく刃に、篭也は大きく目を見開いた。

「なっ…」

「あぁ~あ、これで本当に終わっちゃうねぇっ」

 武器を砕かれ、唖然とする篭也へ向け、金八は微笑んだまま、躊躇なく鬼刀を振り上げた。

「“きざめ”っ…!」

「うっ…!」

 振り下ろされた鬼刀から、無数の細かい水の刃が放たれ、平行に空中を移動し、まっすぐに篭也のもとへと向かってくる。武器を砕かれた篭也には、それをどうする術もなかった。

「うああああああっ…!!」

 水の刃を浴びるように食らい、篭也が全身を勢いよく斬り裂かれる。

「うっ、うぅっ…」

 すべての刃を食らい終えた篭也が、その場に膝をつくその動作すらも苦しそうにしながら、力なくしゃがみ込む。斬り裂かれた腕や足からは、ボタボタと真っ赤な血が流れ落ちる。

「さぁてとっ」

 篭也の様子を見つめながら、金八が軽く左手を振り上げると、金八の真下の水面が盛り上がり、金八を乗せたまま上昇して、金八を篭也のいる枝のすぐ目の前へと運んだ。

「んじゃあ、そろそろ終わりにしよっか、加守っ」

「クっ…」

 目の前にやって来た金八を、篭也がわずかに顔を上げ、睨み上げるように見つめる。

「これで決まるっ」

 楽しげに笑いながら、金八がゆっくりと鬼刀を振り上げる。

「あんたと俺、どっちの神様が正しいかがなぁっ…!」

「グっ…!」



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