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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
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Word.17 神試験スタート 〈4〉

 一方、遠未来の森を抜け、雪国の森地点へと入った、保と七架。

「ふわぁぁ~あっ!」

 人工雪に覆われた、真っ白な森の中に作られた雪の道を、叫び声をあげながら必死に駆け抜けている保。

「だるまさんが転んだっ。だるまさんが転んだっ」

「ひえええぇぇ~!」

 保を追いかけているのは、保の腰くらいの背丈の、丸々と太った雪だるまであった。雪の積もった地面を器用に飛び回り、逃げる保を追い立てている。体部分は白ではあるが、手などは鉄製で、どうやら雪だるまに似せたロボットのようである。

「あれもトラップかなぁ?」

 逃げ惑う保を余所に、落ち着いた様子で雪だるまを観察している七架。

「ひええぇ~!宇宙じぃぃ~んっ!」

「どう見ても宇宙人じゃないけど…」

「何とかして下さぁ~い!奈々瀬さぁ~ん!」

「ええっ!?」

 逃げながら必死に叫ぶ保に、七架が一気に困った顔となる。

「な、何とかって言われてもっ…」

「ひええぇぇ~っ!」

 七架が悩んでいる間に、雪だるまが徐々に保との距離を詰め、保がさらに切羽詰まった叫び声をあげる。

「た、“たすけて”ぇぇ~っ!」

 保のその言葉に反応し、保の右手の中の言玉が、強く輝く。

「だるまさっ…ん…が…ころ…ん…」

「あっ…」

「へぇっ?」

 赤く光っていた瞳が、電源が落ちたように黒くなると、雪だるまはその場に止まり、動かなくなった。出ていた音声も、動きとともに止まり、その様子に保と七架が目を丸くする。

「あっれぇ?」

 逃げる足を止め振り返り、動かなくなった雪だるまの頭を撫でて、首を傾げる保。

「今のってもしかして…“た”の、力…?」

 不思議そうにしている保を見つめながら、七架が少し眉をひそめる。


―――ブー!ブー!ブー!


『んっ?』

 その時、突然、ブザー音が鳴り響き、保と七架が同時に足を止め、天井のドームを見上げた。ブザー音はまだ、大きく鳴り響いている。

「何?この音っ…」

「さぁ~?」

<神試験参加中の安団、以団各位に連絡>

「連絡っ…?」

 首を傾げていた二人が、ブザー音とともに流れてくる放送の女性の声に、ふとその表情を曇らせる。

<以団“之守”、安団“加守”“左守”、両名の言玉を奪取>

「えっ…?」

 放送に耳を傾けていた七架が、伝えられる言葉に、大きく目を見開く。

<これにより、ただいまの言玉数…安団、ゼロ。以団、二。以上>

 冷たく途切れる放送の声。

「言玉が…取られたっ…?」

「そ、そんなっ…!」

内容を繰り返す七架に、保が思わず声を張り上げる。

「神月くんと…真田さんが…」


―――緊張してる…?―――

―――フォローはこちらでする…―――


「そんなっ…」

 サバイバル前の二人の顔を思い出し、ショックを受けるように、深く俯いてしまう七架。

「それじゃあ、私たちっ…」

「ひぃえあぁ~!もうお終いですぅ~っ!」

「…………」

 落ち込んでしまいそうになった七架であったが、自分よりも激しく取り乱している保の様子を見て、ふと冷静さを取り戻す。

「二人がやられるなんて、そんなこと、あるはずないよっ」

「で、ですが今、放送がぁっ…!」

「さっきの雪だるまみたいに、罠かも知れないし」

「あ、そっかぁ」

 七架の言葉に、保が不安げだった表情を掻き消し、大きく手を叩く。

「そうですよねぇ!きっと、俺たちを焦らせるための罠っ…!」

「じゃないんだなぁっ、これがっ」

『……っ!』

 突然、会話に入ってくる声に、保と七架がすぐさま顔を上げる。

「あっ…!」

『流れる放送はすべて事実なんでっすぅ~!パフパフっ!』

 雪国の森の白い風景の中では一際目立つ、派手色のスーツに身をつつんだチラシとニギリが、雪に覆われた木の一本の枝に立ち、楽しげにポーズを決めている。

「あなたたちはっ…」

「ボクの名前はチラシ!」

「私の名前はニギリっ!」

 眉をひそめる七架に答えるように、大きな声で名を名乗り、決めのポーズを変えていくチラシとニギリ。

『こんな二人は、ただの他人っ!』

「さっき聞いたけど…」

 気合いの入ったポージングを見せる二人に、呆れたような表情で呟く七架。

「シャコちんてば、もう二個も言玉取っちゃったんだぁ~ズルズル狡いよねぇ~」

「こっち、とっとと取らないとぉ、もう獲物いなくなっちゃうかもよぉ?ニギリちゃんっ」

「それはイヤイヤ嫌だなぁっ」

「うっ…」

 ルール説明の時と同様、明るい笑顔を浮かべて話すチラシとニギリであるが、その瞳は狙うように鋭く、視線を向けられた七架は、思わず怯むように身を縮めた。

「こ、このままじゃっ…」

 保と七架はまだ、五十音士としての力もままならない。二人と戦えば、言玉が奪われる確率は圧倒的に高いだろう。そして二人まで言玉を奪われれば、以団の言玉は四つ。安団の言玉は、アヒルのたった一つだけとなってしまう。

「に、逃げて下さいっ、奈々瀬さんっ」

「えっ?」

 そう勇ましく言い放ち、七架の前へと出たのは保であった。

「高市くん?」

「このままここで、二人ともやられてしまうわけには行きません」

「け、けどっ…」

「俺なら大丈夫ですから、奈々瀬さんは他の皆さんのところへ行って下さい」

 不安げな表情を見せる七架に、保が笑顔を向ける。

「言玉は奪われても、神月くんたちはご無事かも知れませんし、まだ、アヒルさんもいます。諦めないでいきましょうっ」

「高市くんっ…」

 堂々と言い放つ保が何やら頼もしく見え、七架も少し口元を緩める。

「う、うんっ!そ、そうっ…!」

「地球の未来を守るためにもっ!」

「そう、だよ、ね…」

 保の言葉に勇気づけられ、笑顔を見せようとした七架であったが、相変わらず勘違いの気合いを入れている保に、一気にその表情が冷める。

「さぁ!じゃあ俺が、あの人たち引きつけますから、奈々瀬さんは行って下さいっ!」

「あ、わかっ…」

「はぁ!一人でホラー映画も見れない俺が、一丁前にヒーローぶったこと言っちゃって、すみませぇ~んっ!」

「行って、いいかな…?」

 謝り散らす保に、行くに行けず、引きつった表情を見せる七架。

「はぁっ!実は俺っ、一人でお化け屋敷にも入れなっ…!」


―――カチっ!


「あれっ?」

 謝り散らしていた保が、頭を抱え過ぎて少し体のバランスを崩し、下ろした左手で咄嗟に近くの木の幹をに触れると、幹の触れた部分が凹み、何やらボタンを押すような音が響いた。

「今のって…」

『だるまさんが転んだっ。だるまさんが転んだっ』

「へっ…?」

 徐々に近づいてくる、そのどこかで聞き覚えのある音声に、保が恐る恐る振り向く。

『だるまさんが転んだ!だるまさんが転んだ!』

 雪国の森の奥から、一直線に保のもとへとやって来る、群れを成した雪だるまたち。

「ひぃえぇ~っ!また、だるまぁぁ~っ!」

「えっ?あ、ちょっ…!高市くっ…!」

「ひぃぎゃあああっ!」

「あっ…」

 大量の雪だるまに追いかけられ、保が勢いよくその場を駆け去っていく。七架は伸ばした手を下ろすことも出来ぬまま、遠ざかっていく保と雪だるまの集団を見つめた。

「…………」

 やがて保と雪だるまの姿が見えなくなると、その場に七架と、チラシ、ニギリの三人だけが残り、どことなく気まずい雰囲気が流れる。

「あの人に期待した私がバカだった…」

 思わず呟き、がっくりと肩を落とす七架。

「にげにげ逃げちゃったよぉ~太守ちんっ」

「面倒だけど追いかけるかなぁ~言玉取んなきゃだしっ」

 保の去っていった方を眺めながら、特に焦った様子も見せず、言葉を交わすチラシとニギリ。

「あの子、ニギリちゃんに任せちゃっていいっ?」

「もちもち勿論だよぉっ、チラシくんっ」

 問いかけるチラシに、ニギリが笑顔で大きく頷く。

「奈守ちんは、私に任せてっ」

「……っ」

 チラシに答えながら、鋭い笑みを向けてくるニギリに、七架が思わず表情を険しくする。

「じゃあ行ってくるねぇ!ニギリちゃん!」

「うんっ、行ってらっしゃい!チラシくんっ」

「あっ…!」

 二人が軽く手を振り合うと、チラシがその場を飛び出し、保の逃げていった方へと駆けていく。

「ま、待っ…!」

「おいおい追いかける気ぃ~っ?」

「うっ…!」

 去っていくチラシに身を乗り出し、手を伸ばそうとした七架であったが、正面から聞こえてくる弾むような声に、その動きを止めた。

「そんなのムリムリ無理だよぉっ」

 ニギリが冷たい微笑みを浮かべながら、青い言玉を持った右手をゆっくりと掲げる。

「以団、以附が一…“仁守にもり”、新渡戸にとべニギリ」

 名を名乗ったニギリが、そっと口端を吊り上げる。

「第二十二音、“に”…解放っ…!」

 ニギリが高々と言い放ったその瞬間、ニギリの言玉が、強い青色の光を放ち始める。

「“にぎれ”っ…!」

「えっ…?」

 ニギリが勢いよく言葉を放つと、七架の後ろの地面から、まるで手のような形をした、巨大な水の塊が突き上げる。

「なっ…ううぅっ…!」

 驚く暇もなく、雪で覆われた地面から突き上げた水の手に覆われるように、七架が体を掴まれる。

「ううぅっ…!あああぁっ…!」

 巨大な水の手に、強い握力で思い切り全身を掴まれ、体を軋ませた七架が、苦しげに声をあげる。

「うぅっ…!」

「神に言われてね、よぉ~くしらしら調べてたのっ、君たちのことっ」

 木の上から地面へと降りてきたニギリが、ゆっくりと歩を進め、苦しんでいる七架の方へと歩み寄っていく。

「奈守ちんてぇ、昨日、五十音士になったばかりなんだってねぇっ」

「……っ」

 感心するように七架の顔を覗き込むニギリに、七架がきつく閉じていた瞳を少し開き、目の前のニギリを見つめる。

「そんな素人さん相手に、ほんほん本気になっちゃうのは、さすがに可哀想だからさぁっ」

 見つめる七架に、ニギリがそっと微笑みかける。

「言玉だけもらっちゃって、さっさと終わりにしてあげるねぇ~その方が奈守ちんも助かるでしょっ?」

「うっ…」

 親切ぶりながらも、どこか小バカにしたような笑みを浮かべ問いかけるニギリに、痛みに引きつった表情を、さらに顔をしかめる七架であったが、今の七架には言い返して戦う力などなく、大人しく口ごもった。

「じゃあ、もらもら貰うねっ、奈守ちんの言玉っ」

 一層微笑んだニギリが、七架が右手に握り締めている言玉へと、手を伸ばす。

「これで三つ目っ」

 手を伸ばしながら、どこか楽しげに声を弾ませるニギリ。

「これでもう、安の神様の合格はないない無いわねぇっ、きっとっ」

「……っ!」

 ニギリが素っ気なく言い放ったその言葉に、七架が大きく目を見開いた。

「朝、比奈…くん…」

 水の手に強く掴まれたまま、七架がそっとアヒルの名を呟く。


―――放った言葉が、誰にも受け止めてもらえなかった時…その言葉はどこに行くんだろうな…―――

―――つい出ちまった言葉の方が、相手を傷つけることもある…―――

―――そのことにちゃんと気づける奴が、“優しい奴”なんだっ…―――


「……っ」

 思い出されるアヒルの姿に、七架がそっと目を細めた。

「これでっ…」

 ニギリが左手で七架の右手へと触れ、確信を持った笑みを零す。

「五十音…第二十一音」

「えっ?」

 言玉を奪おうとした瞬間、七架が小さな声で何かを呟き、言玉に目をやっていたニギリが顔を上げる。

「何?何か言っ…」

「“な”、解放っ…!」

「えっ…!?」

 今度ははっきりと言い放つ七架に、ニギリが大きく目を見開く。

「まさかっ…!昨日目醒めたばかりで、言葉なんてまだ何もっ…!」

「“はらえ”っ!」


―――パァァァァン!


「きゃああああっ!」

 七架の体を掴んでいた水の手が、分解されるように粉々に弾き飛ばされ、その水の一部が目の前に立っていたニギリへと飛んで来ると、ニギリも勢いよく吹き飛ばされた。

「な、なになに何っ…!?」

 地面に足を擦りつけるようにして必死に踏み止まりながら、ニギリが戸惑った様子で七架の方を見る。

「なっ…!」

 顔を上げたニギリが、驚きの表情を見せる。

「決めたの…」

 水の手から解放された七架の、右手に握り締められている言玉が、赤く強い光を放ちながら、徐々にその形を変えていく。

「ううん…」

 長い赤銅色の棒の先端に、大きく曲がった鋭い金色の刃。その刃と棒の付け根から左右に、金色の羽根のような形をした装飾が顔を出している。棒の部分に『奈』と刻まれたその武器は、薙刀であるが、刃と装飾の先端部分は、金の色と形から、まるで十字架のようにも見えた。

「決めてたの…」

 言玉から姿を変えたその薙刀を、ゆっくりと構える七架。

「あの人のために、私は戦うって…!」

 鋭い表情で顔を上げた七架が、堂々と言い放った。




 遊園内、放送も届かない地下。熱帯の森地点。

「あっぢぃぃ~っ…」

 袖を捲り、汗ばんだ手で必死に顔を扇ぎながら、ジャングルのような道もない森を、ひたすらに歩くアヒル。地下で太陽もないというのに、室内はサウナのように強力に蒸しており、アヒルは干からびる寸前であった。

「どう行きゃ、みんなのとこに戻れるんだぁ?」

 流れる汗を拭いながら、アヒルは大きく首を傾げた。




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