Word.16 安団集結 〈3〉
弾丸が忌を貫くと、忌は激しい叫び声をあげながら、赤い光に呑み込まれ、その影の体はあっという間に掻き消されていった。大きな音とともに光が砕け、公園に夜の静けさが戻る。
「ふぃ~っ!」
大きく息を吐きながら、力なくその場に座り込むアヒル。右手に握り締めた銃が、戦いの終わりを察してか、光を放って、元の言玉の姿へと戻った。
「黒い影が…消えた…」
忌のいなくなった空を見上げながら、アヒルから少し離れた位置で、奈々瀬がゆっくりと立ち上がる。
「あれは一体っ…それに…」
戸惑うように呟きながら、奈々瀬がそっと視線を下ろす。
「これは…」
広げられた奈々瀬の右手のひらの上には、光の止んだ、赤い言玉が乗っていた。
「お姉ちゃんっ…!」
「六騎っ」
そんな奈々瀬のもとへ、逃げようと公園の出口付近まで行っていた六騎が、気を失ったタカシを背負ったまま、勢いよく駆け込んできた。
「だ、大丈夫っ…!?お姉ちゃんっ…!」
駆け寄って来た六騎が、姉へと不安げな表情を向ける。
「色々光ったり、吹っ飛んだりしてたけど、一体、何だったのっ…!?」
「えっ…?えぇ~っとぉ…」
六騎に問いかけられ、途端に困った顔となる奈々瀬。自分でもよくわかっていないことを、弟に説明出来るはずもない。
「ねぇ!お姉ちゃっ…!」
「“催眠”…」
「んっ…?」
「む、六騎っ…!?」
呼びかけの途中で急に目を閉じ、その場に倒れ込む六騎に、奈々瀬が焦った表情で駆け寄る。
「ぐぅ~、ぐぅ~っ」
「ね、寝てるっ…?」
「間一髪ね…フフフっ…」
「えっ?」
先程まで話していたというのに、すっかり眠りこけている六騎に、戸惑っていた奈々瀬が、すぐ傍から聞こえてくる声に、ゆっくりと顔を上げた。
「これで…すべては夢になるわ…フフフっ…」
「さ、真田…さん…?」
奈々瀬が顔を上げた先に立っていたのは、横笛を片手に、不気味に微笑む囁であった。
「囁?」
「遅くなった、神」
「……っ」
現れた囁に、起き上がったアヒルが、背後から聞こえてくる声に振り向く。
「まったくだぜ。お前ら、それでも安附かよっ」
「こちらにも、こちらの事情があったんだ」
口を尖らせるアヒルに、負けじと言い返すのは、篭也であった。囁とともに、ここへやって来たようである。
「か、神月くんまでっ…」
囁に続き現れた篭也に、奈々瀬がさらに驚いた表情となる。
「それに神ならば、ハ級の忌一匹、僕たちなどいなくても、余裕で勝ってみせるのが普通だろう」
「ああっ!?」
「まぁまぁ…」
篭也の厳しい言葉に、勢いよく表情を引きつるアヒル。そんな二人を宥めるように声を掛けながら、囁が二人のもとへと歩み寄っていく。
「こうして、アヒるんもその他の皆も無事だったんだから、何よりじゃない…?それに…」
「……っ?」
流れた囁の視線が、奈々瀬を捉える。
「“奈守”も見つかったみたいだし…フフフっ…」
「えっ…?」
含んだ笑みを浮かべる囁に、奈々瀬が大きく首を傾げる。
「やっぱ奈々瀬が“奈守”なのかっ?」
「赤い言玉はア段の五十音士の証…それにアヒるんの傷を、言葉を使って“治した”…間違いないわ…フフフっ…」
「そうだよなぁ…」
囁の言葉を受けながら、どこか浮かない表情で頷くアヒル。
「んっ?っつーか、なんでお前が、奈々瀬が俺の傷治したこと、知ってんだよっ?」
「見てたからよ…」
「そっかぁ。見てたのかぁ…って!見てたんなら、助けろよっ!」
アヒルが、一度は頷いたものの、ハッと気づき、勢いよく怒鳴りあげる。
「奈守が目醒める絶好のチャンスかなと思って…フフフっ…」
「チャンスって、俺、結構危なかったんだぞっ!?」
「まぁその時はその時よ…フフフっ…」
「その時はって、お前なぁっ…」
不気味に微笑む囁に、アヒルがどこか疲れたように、深々と肩を落とした。
「しかし…」
あれこれと話しているアヒルと囁の横から、篭也が鋭い視線で奈々瀬を見つめる。
「本当に、こんなに近くに“奈守”が居たとはなっ…」
「だっから言ったでしょぉ~っ?」
「うっ…」
耳元で聞こえてくる、暢気極まりないその声に、篭也が勢いよく顔をしかめる。
「そうだって言ってんのに、神月クンてば、バッカみたいに真面目に調査しちゃうんだもんねぇ~っ」
「為の神っ…」
「扇子野郎っ!」
いつの間にか篭也のすぐ横へと立ち、ペラペラと陽気なしゃべりを繰り広げるのは、為の神、為介であった。アヒルが驚いたように為介を見る中、嫌味のような発言を向けられた篭也は、怒りを震わせながら、拳を握り締めた。
「何だって扇子野郎まで、ここにっ…」
「アヒルさぁ~んっ!」
「保ぅっ?」
為介の後ろから、横に出るようにして姿を見せたのは、こちらも陽気な笑顔を見せた保であった。その横には、眼鏡を押し上げている雅の姿もある。大きく手を振る保に、アヒルが顔をしかめる。
「保まで、一体どうしっ…」
「地球外生命体の先行部隊がやって来て、アヒルさんとビーム戦を繰り広げてるって聞いたんで、急いで駆けつけましたぁっ!大丈夫ですかぁっ!?」
「…………」
勢いよく問いかけてくる保に、一気に表情を凍りつかせるアヒル。
「おいっ…」
「アハハァ~、まぁまぁっ」
睨みつけてくるアヒルに、為介が少し引きつった笑みを向ける。
「はぁっ…!地球の生命体としてもイマイチな俺が、一丁前にアヒルさんの心配なんかしちゃって、すみませぇ~んっ!」
「お前はちったぁ黙ってろっ!」
「んっ!」
アヒルに怒鳴りあげられ、保が両手で口を押さえて黙り込む。
「ったく」
「まぁ、でも良かったじゃなぁ~いっ」
「はぁ?何が良かったっていっ…」
「これで君の附き人、加守、左守、太守、奈守の四人、全員揃ったんだからぁっ」
「えっ…」
笑顔で言い放つ為介に、ハッとした表情を見せるアヒル。
「全、員…?」
アヒルがゆっくりと首を動かし、篭也たち四人を見回す。
「まぁ、内容はともかく、揃ったは揃ったな」
「フフフっ…そうね…」
「んっ、んん~っ!」
「えっ…?」
相変わらずの落ち着いた口調で話す篭也、不敵な笑みを浮かべている囁、口を押さえたまま嬉しそうに叫んでいる保、まるで意味のわかっていない様子で首を傾げている奈々瀬。
「そっか…これで安団が全員っ…」
「そう、君の団は完成したんだよぉっ」
四人を見つめ、感慨深い表情を見せるアヒルに、為介がもう一度、大きく頷きかける。
「まさか、本当に三日で集まるとは…」
為介の横で、少し意外そうに呟く雅。
「いっやぁ~!ボクは初めっから、君なら出来るって信じてたよぉ~!」
「嘘ですね」
「ウソだな」
胡散臭さ全開の笑みで言い放つ為介に、雅とアヒルが冷たい視線を送りながら、頷き合う。
「あ、あのっ、朝比奈くん」
「へっ?」
急に名を呼ばれ、アヒルがゆっくりと振り向く。するとそこには、困惑しきった表情を見せた奈々瀬が立っていた。
「さ、さっきから私…まるで話が見えないっていうか…その、他に聞きたいことも色々あってっ…」
「あ、そっか。そういや、奈々瀬に、ちゃんと説明しねぇーといけねぇんだったなっ」
ひどく混乱した様子の奈々瀬を見て、アヒルが思い出したように軽く手を叩く。
「えぇ~っと、まずだなぁ、俺たちはぁっ」
「説明はいい、神」
「へっ?」
奈々瀬に五十音士のことなどを話そうとしたアヒルを、横から割って入るようにして止めたのは、篭也であった。
「何だよ?説明しなきゃ、奈々瀬も意味わかんねぇーだろっ?まさか保みたいに、適当話す気じゃっ…」
「違う。奈々瀬七架には、後からちゃんと説明をする。だが、今はそれよりも時間を見ろ」
「時間?」
篭也に言われ、アヒルが公園に立っている柱時計を見る。針は丁度、十二のところで長針と短針が重なり合っていた。
「うわっ、もう十二時かよっ」
「ああ、そうだ」
「じゃあ一先ず全員、帰って、ゆっくり寝るかぁ?」
「……っ」
暢気なアヒルの言葉に、勢いよく顔をしかめる篭也。
「信じられないほど、国宝級に馬鹿だな」
「ああっ!?んだとぉっ!?」
「まぁまぁ…」
険悪な空気となって睨み合う二人を、囁が慣れた様子で宥める。
「十二時ということは、明日の正午、つまり神試験まで、後十二時間しかないということだ」
「あ、そっか」
篭也の言葉に、気付いたようにポンと手を叩くアヒル。
「じゃあ益々、ゆっくり寝っ…」
「ほざけっ」
「ああっ!?」
アヒルが言い終わらないうちに、冷たい一言を放つ篭也に、アヒルがまたしても顔をしかめる。
「あなたにはこの十二時間で、出来る限り言葉の勉強をして、新しい言葉を覚えてもらう」
「げぇ~っ!まじかよぉっ!?」
篭也の言葉に、心の底から嫌そうな顔をするアヒル。
「アヒルさんも大変ですねぇ~」
「あなたもですよ、高市君」
「あ、はい…はぁっ…」
顔をしかめているアヒルを他人事のように見ていた保であったが、横に立つ雅から冷たく言い放たれ、小さく頷いた後、深々と溜息を吐いた。
「奈々瀬七架への説明と力の指導は、囁に任せる」
「私…?」
急に指名され、意外そうな顔を見せる囁。
「とにかく時間がない。すべて任せるぞ」
「あら、責任重大ね…フフフっ…」
真剣に言い放つ篭也に対し、囁はあまり焦った様子もなく、どちらかというと楽しむように微笑んだ。
「高市保のことは、あなたに任せたままでいいか?為の神」
「う~んっ、全然いいよぉっ」
篭也の問いかけに、暢気に手を挙げる為介。
「では、神」
「んあっ?」
振り向く篭也に、アヒルが少し首を傾げる。
「今から、僕があなたの指導を行う。十二時間後まで、出来る限り力を上っ…」
「ちょっと待てっ」
「……っ」
止めるように入ってくるその声に、篭也が眉をひそめた。
「誰だ?」
「何だぁ?二、三日休んだだけで忘れたかぁ?」
「この声っ…」
聞こえてくるその声に、アヒルがハッとした表情で振り向く。
「毎日、有り難ぁ~いホームルームやってやってる、私の声をっ」




