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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
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Word.15 タイムリミット 〈3〉

「神に、執着…か…」

 先程の為介の言葉に少し不安と疑問を抱きながら、アヒルは一人、『いどばた』からの帰り道を歩いていた。居残って資料室の掃除をした日であれば、空は暗いのだが、今日はまだ明るく、人通りも多い。


―――彼の試験、君は合格できるかなっ…?―――


「……っ」

 試すような、あの問いかけが何度も頭の中で巡り、アヒルは一気に浮かない表情を作る。

「あぁ~!ダメだダメだ!始まってもいねぇのに、弱気になってどうすんだよっ!」

 両手で頭を抱え、必死に首を横に振って、アヒルが、自分に言い聞かせるように必死に叫ぶ。

「っつーか、まず、奈守が見つかんねぇーと、試験に出ることすらっ…」

「おらおらぁ!早く来いよぉ!」

「あっ?」

 悩み込むように俯いたアヒルが、どこからか聞こえてくる大きな子供の声に気づき、顔を上げた。

「ほらほらぁ!」

「か、返してよぉ!」

「あっ…」

 アヒルが左横を振り向くと、町の小さな公園で、大きなランドセルを背負った少年が、胸にもう一個、ランドセルを抱え、両脇に仲間らしき少年を従え、公園中を駆けていた。その三人の少年を、ランドセルも持っていない小柄な少年が、必死に追いかけている。

「ガキのケンカかぁ?」

 思わず立ち止まり、公園の中のその様子を見つめるアヒル。

「返して!返してよぉ!僕のランドセル!」

「返して欲しいなら、とっとと取り返してみろっての!ほれ!」

「あっ…!」

 三人の少年はパスを回すようにランドセルを投げ合い、小柄な少年が、ランドセルを取り返せないようにする。その行為に、さらに困った顔を見せる小柄な少年。

「い、いい加減にしてよ!僕っ、ランドセルないと家に帰れなっ…!」

「別に帰んなくてもいいだろぉ?お前、家帰っても、親いないんだからさぁ!」

「……っ!」

 その言葉に、少年が大きく目を見開く。

「……っ」

 ランドセルを取り返そうと、必死に伸ばしていた手を力なく下ろし、その場に立ち止まって、深く俯く少年。

「そうそっ!おかえりって言ってくれる相手もいないんだから、帰る意味ねぇよなぁ!」

「このまま、この公園で寝てけよぉ?誰もいないんだから一緒だろっ?」

「言えてる!アハハハハっ!」

「おいっ…」

『へっ…?』

 背後から聞こえてくる、低く重い声に、高々と笑っていた三人の少年たちが、ゆっくりと振り返る。

「随分と楽しそうだなぁ…ええっ…?」

『うっ…!』

 少年たちが振り返った先に立っていたのは、その辺りの不良学生も飛んで逃げそうなほど、恐ろしく鋭い目つきを見せたアヒルであった。そんなアヒルに睨まれ、少年たちが背筋を震え上がらせる。

「お兄ちゃんも混ぜてくんねぇーかなぁっ…?」

『ひっ…ひええぇぇぇ~っ!』

 アヒルに睨みつけられながら問われ、震え上がった少年たちは、その場に小柄な少年のランドセルを投げ捨て、逃げるように公園を駆け去っていった。

「ったく、ロクな育ち方してねぇーなぁ。クソガキがっ」

 呆れたように言い放ちながら、アヒルが三人の投げ捨てていったランドセルを拾いあげる。

「ほらっ」

「あ、ありが…とう…」

「……っ」

 顔を上げぬまま、ランドセルを受け取る少年に、少し目を細めるアヒル。

「おいっ、大丈夫かぁ?」

 俯いたままの少年を心配するように、アヒルが大きく腰を折り、少年と目線を近づけながら問いかける。

「悪ガキどもの言葉なんか、聞く必要なっ…」

「聞いてないよ…」

「へっ?」

 遮るように返ってくる言葉に、アヒルが少し首を傾げる。

「聞いてないから…ムカっともしてないし、イラっともしてない…」

 受け取ったランドセルを握り締めながら、少年がことばを続ける。

「そんなことしたって…いなくなった人が、帰ってくるわけでもないんだからっ…」

「……っ」

 どこか諦めたような少年の言葉に、一気に曇るアヒルの表情。

「お、おい、おまっ…」

「……っ!」

「あっ…!」

 アヒルが声を掛けようとしたその時、少年はランドセルを抱えたまま、勢いよくその場を駆け出し、あっという間に公園を出ていってしまった。

「あっ…」

 伸ばそうとした手をゆっくりと下ろし、少年の去っていった公園の出口を見つめるアヒル。

「痛、い…?」

 アヒルは自分の左胸を押さえ、どこか晴れぬ表情で呟いた。



「はぁっ…!はぁっ…!はぁっ…!」

 公園を飛び出した少年は、一度も足を止めぬまま町中を走り抜け、十分ほど走ったところで、やっと足を止めた。

「はぁっ…」

 足を止めた少年が、呼吸を整えるように一つ、深い息を吐く。

「あれ?六騎むつき?」

「えっ…?」

 少年が六騎と呼ばれ、ゆっくりと顔を上げる。

「お、姉ちゃん…」

 六騎が顔を上げると、そこには、六騎を覗き込むように少し首を傾げた、奈々瀬が立っていた。奈々瀬を姉と呼ぶ六騎。よく見れば、茶色の髪や大きな瞳が似ている。

「どうかしたの?今日は遅かったんだね」

「あ、うん。えと、掃除当番でっ…」

 どこか誤魔化すように、奈々瀬から視線を逸らしながら、六騎が歯切れ悪く答える。

「そう、今日も学校楽しかった?」

「あ、う、うんっ…」

 微笑んで問いかけてくる奈々瀬に、無理やり作ったような笑みを浮かべて、大きく頷く六騎。

「お姉ちゃん、今からバイト?」

「うん。今日は遅番だから、先お風呂入って、寝てていいからね」

「わ、わかった」

 奈々瀬の言うことに、六騎が素直に頷く。

「じゃあ行ってくるねっ」

「うん、行ってらっしゃい」

 横を通り過ぎていく奈々瀬に、六騎が軽く手を上げ、笑顔で見送る。

「…………」

 奈々瀬が去った後、六騎はしばらくの間、その場で立ち尽くし、何やら神妙な表情を見せていた。




 その日、夜。朝比奈家、アヒル自室。

「十時半、か…」

 夕飯を食べ、風呂にも入り、ジャージ姿ですっかり寝る態勢となって、ベッドへと寝転がったアヒルが、机の上に置いてある時計を見ながら、少し眉をひそめる。

「まだ、奈守探してんのかなぁ?あいつら…」

 窓から、隣の家に明かりがついていないことを確認し、ポツリと呟くアヒル。篭也と囁は、朝出掛けて以来、一度もアヒルに姿を見せておらず、まだ家にも戻っていないようであった。

「試験まで、後半日…おっと!ボヤいてる間に、勉強勉強っと!」

 時計の隣に置いてあった辞書を持ち上げ、ベッドに寝転がったまま、顔の上に広げるようにして、辞書を開くアヒル。

「えぇ~っと?浅漬け、明日、アスパラガスっ…」

 辞書の“あ”のページを、アヒルがひたすらに読んでいく。

「……っ」

 だが、ふと気が逸れ、アヒルが再び机の上の時計を見た。

「あぁ~!ダメだ!何かもう色々気になって、とても、じっとしてらんねぇっ!」

 閉じた辞書をベッドの上へと置くと、アヒルは勢いよくベッドから起き上がり、足早に部屋を出た。階段を降り、一階の居間へと入っていく。

「おっ?どうしたぁ?アヒル」

 居間で寛いでいた、風呂上がりらしき様子のスズメが、座ったままアヒルを見上げ、声を掛ける。

「ちょっと散歩行ってくる」

「んな時間からかぁ?」

 靴を履き、もう閉まっている店の方へと出ていくアヒルを、目を丸くしながら見送るスズメ。

「補導されんなよぉ?」

「喝上げしちゃダメだよ…?アヒル君…」

「犯罪者にはならないでねぇ~!アーくぅ~んっ!」

「ならねぇよっ!」

 口々に言いながら見送る家族に怒鳴りあげながら、アヒルが店の通用口を出て、すっかり暗い外へと出た。

「ったく、人を危険人物みたいに言いやがってっ」

 家族の言葉に不満を感じながら、アヒルが道を歩き始める。昼間は活気のある商店街も、もう、すべての店が閉まり、静まり返っていた。ろくに人通りのない道を、ゆっくりとした足取りで進むアヒル。

「はぁっ…何か気の紛れることねぇーかなぁっ…」

「朝比奈クン?」

「へっ?」

 ふらふらと歩いていたアヒルが、左方から聞こえてくる、自分の名を呼ぶ声に、振り向く。

「こんな時間に歩いてるから、見間違いかと思っちゃったっ」

「奈々瀬」

 アヒルが振り向いた先に立っていたのは、笑顔を見せた奈々瀬であった。

「こ、こんばんは!きょ、今日も絶好の遠足日和だねっ!」

「そ、そうか…?っつーか、後一時間くらいで、今日終わるけどなっ…」

 気合いの入った言葉を掛けてくる奈々瀬に、アヒルが少し呆れた表情を見せる。

「んっ?」

 アヒルが、奈々瀬の後ろに見えるコンビニを見る。

「今日もバイトだったのか?」

「う、うんっ」

「こんな時間まで大変だな」

「きょ、今日はたまたま遅番頼まれちゃってっ…いつもはもうちょっと早いんだけどねっ」

 アヒルの言葉に、奈々瀬が少し緊張するように声を上ずらせながらも、嬉しそうな表情で答えていく。

「朝比奈クンは、こんな時間にどうしっ…」

「お待たせぇ~!ナナっ!」

「あ、リンちゃんっ」

「あっ」

 奈々瀬がアヒルに問いかけようとしたその時、コンビニから少女が出てきて、奈々瀬へと手を振り上げた。その少女を見て、少し驚いたような顔を見せるアヒル。それは以前、忌に取り憑かれた、あのリンという少女であった。リンは忌のことを覚えていないが、もし思い出してしまったらと気にかかり、アヒルが思わず顔を下へ向ける。

「さぁ、さっさと帰っ…んんっ?」

「うっ…」

 奈々瀬へと駆け寄って来たリンが、まさか見逃すはずもなくアヒルに気づき、アヒルは少し顔を引きつる。

「あなた、確かっ…」

「朝比奈クンていって、わ、私と同じクラスの人なの。今、ぐ、偶然会って」

 眉をひそめるリンに、少し照れたような様子で話す奈々瀬。

「ああっ!」

 奈々瀬の話を聞くと、リンが大きく手を叩き、何やら満面の笑顔を浮かべる。

「あのぉ偶然も何かの縁なんでぇ、ナナ、家まで送っていってもらえますぅ~?」

「へっ?」

「えっ!?」

 笑顔で言い放つリンに、それぞれ驚いた顔を見せるアヒルと奈々瀬。

「ちょっ…!リンちゃんっ…!」

「この子の家までって、結構、薄暗い道多いんですよぉ~もうこんな時間だしぃ、一人じゃ危ないですしぃ」

「何言ってるの!?だいたい私の家、大通り沿っ…!」

「んんっ!?」

「うっ…」

 反論しようとした奈々瀬が、リンに睨みつけるように見られ、思わず言葉を呑み込む。

「じゃっ、私は家、すぐそこなんでぇ~!ナナっ、また明日ねぇ~っ」

「あ、ちょっ…!リンちゃっ…!」

「ばいばぁ~い!」

「あっ…」

 奈々瀬が止める間もなく、大きな笑みを浮かべたリンは、軽やかな足取りで、あっという間にその場を去っていった。リンへと伸ばした手を、奈々瀬が力なく下ろす。

「ご、ごめんね、朝比奈クン」

 リンの去っていった方から、再びアヒルの方を振り向く奈々瀬。

「リンちゃんの言ってたことは気にしないで!私の家、すっごく大通り沿いにあっ…」

「いいよ、送ってく」

「ええぇぇっ!?」

「そ、そんなに驚くとこか…?」

 柄にもない大声を発し、大きく体を反らして驚く奈々瀬に、アヒルが少し呆れるように問いかける。

「け、けど、どこか行くとこなんじゃっ…」

「いや、気晴らしに散歩してたとこだから、丁度いいし。行こうぜ」

「あ、う、うんっ…」

 奈々瀬が少し頬を赤く染めながら、アヒルの横に並び、二人は夜道をゆっくりと歩き始める。

「気晴らしって…何か考え事?」

「まぁなぁ」

「朝比奈クン…三日前くらいから、ずっと考え事してるよね…」

「まぁなぁっ…って」

 一度頷いた後、アヒルがどこか意外そうに奈々瀬を見る。

「なんで奈々瀬が、んなこと知ってんの?」

「えっ!?」

 素朴な疑問を口にするアヒルに、奈々瀬がどこか焦るように声をあげる。

「あ、あのえっとっ…学校で、いかにも悩んでるって感じの顔してたからっ…!」

「えっ?俺、そんなに顔出てたぁ?」

 慌てて答える奈々瀬に、少し驚くように聞き返すアヒル。

「んなつもりなかったんだけどなぁ~、俺、結構わかりやすいなぁ」

「あ、あはは…」

 しみじみと呟くアヒルの横で、奈々瀬が乾いた笑い声を漏らす。

「ね、ねぇ…朝比奈クン…」

「んっ?」

「その、考え事って…」

「……っ」

「えっ…?」

 問いかけようとした奈々瀬が、急に足を止めるアヒルに気づき、二、三歩前に行ったところで立ち止まり、戸惑うように振り返る。

「ど、どうかしたの…?朝比奈クっ…」

「グオオオォォォっ!」

「……っ」

 アヒルの方を振り返っていた奈々瀬が、かなり遠くから聞こえてくる、唸るような重苦しい声に気づき、再び前を見る。

「今、のって…」

「……っ!」

「あっ…!朝比奈クンっ…!?」

 戸惑うように呟く奈々瀬の横を駆け抜け、勢いよく前方へと走り出して行ってしまうアヒル。そんなアヒルに驚いたような表情を見せながら、奈々瀬もアヒルの後を追うように、駆け出していく。

「この気配っ…!まさかっ…!」

 険しい表情を見せながら、アヒルが人通りのない道を、止まることなく駆け抜ける。

「あっ…!」

 暗い道に倒れている人影に気づき、足を止めるアヒル。

「こ、こいつらはっ…」

 倒れている人物の顔を覗き込み、アヒルがさらに眉をひそめる。


―――返して欲しいなら、とっとと取り返してみろっての!―――


「昼間のっ…」

 道端に倒れている二人は、夕方、アヒルが公園で見かけた、小柄な少年のランドセルを奪い、酷い言葉を投げかけていた、三人の少年の内の二人であった。二人は体の所々に傷を負い、血を流している。気を失っているようで、その瞳は深く閉ざされていた。

「こいつらが襲われた…?って、ことはっ…」


―――そんなことしたって…いなくなった人が、帰ってくるわけでもないんだからっ…―――


「あいつが…忌に…?」

 すべてを諦めたような、そんな表情を見せていた、あの時の少年を思い出し、アヒルが表情を曇らせる。

「朝比奈クン…!」

「奈々瀬」

 そこへ、アヒルを追うようにして、奈々瀬が走って来た。

「急にどうしっ…て、あっ!この子たちっ…!」

 戸惑いの表情を見せていた奈々瀬が、倒れている二人の少年に気づき、驚いた表情を見せる。

「怪我してる…!どうしよう!?救急車呼んだ方がいいのかなっ…!?」

「えっ?いやぁ、救急車はちょっとっ…」

 焦ったように問いかける奈々瀬に、答えを濁すアヒル。取り憑いた忌がいるとすれば、今ここに、関係のない人間を集めることは好ましくない。

「あれっ…?」

「んあ?」

 倒れている少年を見つめながら、何かに気づいたような声を漏らす奈々瀬に、アヒルが首を傾げる。

「どうした?」

「この子たち、確か…六騎の同級生のっ…」

「ムツキ?」

「あっ、私の弟の名前っ」

「弟っ…?」

 奈々瀬の言葉に、眉をひそめるアヒル。

「まさか、あいつが…奈々瀬の弟っ…」

 悲しげだった少年の顔を思い出し、アヒルが胸の中の嫌な予感を膨らませる。

「やっべぇなぁっ…」

 アヒルが、右手で軽く頭を掻く。

「奈々瀬は、ここでちょっと、こいつら見ててくれ!」

「えっ…?あ、朝比奈クン!?」

「すぐに戻るから!」

「あっ…!朝比奈クン…!」

 その場に奈々瀬を残し、アヒルは急いで、その場を駆け出していった。


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