Word.14 新たなル試練 〈4〉
「ふぅ~っ」
五人がいなくなり、ホッとしたように一息つくアヒル。
「ああ、何か疲れっ…」
「何を勝手なことばかりしているっ!?」
「うわっ!」
ホッとしていたところに、至近距離から放たれる怒声に、アヒルが驚き、思わず胸を押さえる。
「な、何っ…」
「神試験などっ、まだ言葉もロクにない、熟語も使えないあなたが受けて、受かるはずがないだろうっ!?」
「うっ…」
責め立てるように怒鳴る篭也に、アヒルが少し顔をしかめる。
「そ、そんなのやってみなけりゃ、わかんねぇーだろっ!?」
「やってみてからでは遅いから、言っているんだ!」
負けじと言い返すアヒルに、篭也がさらに怒声を浴びせる。
「まぁまぁ、二人ともぉ~っ」
『引っ込んでろ!』
「うぅ~っ」
止めようとした為介であったが、二人に睨みつけられ、あっさりと挫折する。
「雅くぅ~んっ」
「情けない声、出さないで下さい。吐き気がします」
「がぁ~んっ!」
「旧世代の神の名が泣くわね…フフフっ…」
体を丸め、落ち込んでいる為介を、冷たい言葉を投げかけ、さらに落ち込ませる雅。二人の様子を横から見つめ、囁がそっと微笑む。
「まぁまぁ二人とも…」
為介と同じように、今度は囁が二人を止めに入る。
『だから引っ込んでっ…!』
「黙らないと…すんごい手を使って、黙らせるわよ…?」
『…………』
不気味に呟く囁のその言葉に、あっという間に静かになるアヒルと篭也。
「おおぅ、止まったぁっ」
「フフフっ…」
感心するように言う為介に、囁が得意げに微笑む。
「す、すんごい手って…知りたいような、知りたくないような…」
囁の言葉の意味を考えながら、アヒルが複雑そうな表情を浮かべる。
「もう試験は受けることになっちゃったんだし…今更グダグダと言い争っても仕方ないでしょう…?」
「それはそうだがっ…」
宥めるように言う囁に、篭也があまり納得のいっていない様子で俯く。
「だが、それにしたって…」
篭也が表情を険しくし、先程のイクラの言葉を思い出す。
―――まぁ、成り損ないのお前が附いているような神、試験などしなくても、実力も知れるがなぁ―――
「あんな安い挑発でっ…」
「あそこでアヒるんが、挑発に乗って銃ぶっ放さなくても…試験は受けることになってたと思うわ…」
「えっ…?」
囁の言葉に、篭也が戸惑うように顔を上げる。
「私が挑発に乗って、以の神をぶん殴ってただろうからっ…」
「……っ」
そっと微笑む囁に、篭也が驚くように、大きく目を見開く。
「だろぉ?やっぱムカついたよなぁ?あのイクラちゃんっ」
「ええ…食べ物のイクラも嫌いになりそうなほどに、イラっとしたわ…」
「…………」
深々と頷き合っているアヒルと囁を見ながら、どこか浮かぬ表情のまま唇を噛み締め、両拳を握り締める篭也。
「まぁ色々言ってたって仕方ないってぇ!前向きに行こうよぉっ、前向きにぃ~!」
「あ、居たんだっけ?」
「雅くぅ~ん!」
「僕の名前、呼ばないで下さい。吐き気がします」
「がびぃ~んっ!」
皆に明るく声を掛けようとした為介であったが、アヒルに存在すら忘れられており落ち込み、雅の言葉でさらに落ち込みを深くする。
「そういや扇子野郎、あんた、あの以の神と知り合いでっ…」
「まぁ、今考えるべきは、三日後の神試験だよねぇ~」
「へっ?」
アヒルの言葉を遮るように、すぐさま落ち込みから立ち直った為介が、話題を変える。
「どういう試験内容かは知らないけど、今の朝比奈クンの実力を考えるとっ…」
「えっ…?」
為介が真剣な表情で、まっすぐにアヒルを見つめる。
「まぁ、まず無理だろうねぇ~っ」
「そうですね。百パー、無理です」
「うっせぇ!んなに思いっきり言い切るんじゃねぇっ!」
あっさりと言い放つ為介と、為介の言葉に何度も頷く雅に、アヒルが思わず怒鳴りあげた。
「ま、まだ三日あるんだ!三日間、みっちり辞書読んで、言葉探せば何とかっ…!」
「そうねぇ…それもいいけれど…」
「その前に、まずはメンバー集めだろう」
「へっ?」
耳に入る篭也の言葉に、目を丸くするアヒル。
「三日で二人を見つけるのか…厳しいな」
「試験は団単位って言ってたものねぇ…やっぱり揃ってないと、失格かしら…?」
「えっ…?」
さらに続く二人の会話に、さらにアヒルが間の抜けた表情となっていく。
「も、もしかして安団のメンバーって、全員揃ってねぇのっ!?」
「ええ…今居るのは、ここに居るこの三人だけよ…」
「つまり、太守と奈守は誰かもわからない上に、五十音の力にも目醒めていない可能性があるということだ」
「ま、まじっ…?」
二人の言葉を聞き、引きつった表情となるアヒル。
「お、俺…てっきり、もう居るもんだとっ…」
「だからやめろと言ったんだ」
「まぁまぁ…もう仕方のないことなんだから…フフっ…」
がっくりと肩を落とすアヒルに、強い口調で投げかける篭也。そんな篭也を宥めるように、囁がそっと笑う。
「三日で二人か…確かに厳し過ぎかもっ…」
「そう悲観することもないよぉ~」
「へっ?」
落ち込むように呟いていたアヒルが、横から聞こえてくる暢気な声に、顔を上げる。
「二人くらい、すぅ~ぐ見つかるってぇ」
大きな笑顔を見せた為介が、軽い口調でアヒルへと言い放つ。
「また適当なことをっ…」
「ホントだよぉ。その証拠にほらっ」
呆れたように呟く篭也にもう一度、言い放ち、為介がゆっくりと空き地の入口の方を振り返る。
「“太守”クンなら、もうそこに居るしぃ~っ」
『えっ…?』
為介の指差した方向を、一斉に振り向くアヒルたち。
「えぇっ!?」
『あっ…』
空き地を囲う柵の裏から姿を見せているのは、指を差され、ひどく慌てた様子の保であった。
「た、保っ!?」
「あらあら…フフっ…」
驚くアヒルの横で、囁が不敵な笑みを浮かべる。
「保が何だって、ここにっ…」
「ひえぇ~!一人じゃ道も聞けない俺なんかが、一丁前に皆さんを追って来ちゃってすみませぇ~んっ!」
「はぁ…」
こちらへとやって来ながら、いつものように叫び散らす保に、アヒルが深々と溜息をつく。
「僕は付いてくるなと言ったはずだが…?」
「いやぁ~、そう言われると、付いて来たくなっちゃうのが人間の心理といいますかっ…」
冷たい視線を向ける篭也に、保が両手の人差し指を合わせながら、ひっそりと呟く。
「はぁ…?」
「ひえぇ~!そもそも人間として“どうなの?”って感じの俺が、心理とか語っちゃってすみませぇ~ん!」
ひどく怒っている様子の篭也に睨みつけられ、いつもよりも必死に謝る保。
「まぁまぁ、篭也…」
「それにぃ…この玉のことっ…」
「……っ?」
囁が篭也を宥めていると、保が急に真面目な口調となり、制服のポケットへと手を入れる。
『あっ…!』
「皆さんが同じ玉を持ってるの見て、何となく気になっちゃってっ…」
そう言って保がポケットから取り出したのは、赤色の言玉であった。
「こ、言玉っ…?」
「あっ…」
篭也と囁が驚きの表情を見せる中、前に一度、保がその言玉を落としたところを見ていたアヒルは、あの時のことを思い出し、ハッとした表情を見せる。
「赤い言玉…確かに、ア段の五十音士しか持っていないものだけど…」
「だが、こいつのは、波城灰示のものじゃないのか…?」
保に聞こえないよう、小声で為介へと問いかける篭也。
「じゃあちょっと、試してみるぅ~?」
「試す?」
「そこの君ぃ~っ」
「は、はいっ!」
首を傾げるアヒルの横を通り抜け、為介が保へと呼びかける。保は少し怯えるように肩を震わせながらも、大きな返事でそれに答えた。
「名前、なんていうのぉ?」
「た、高市保です!」
「そっかぁ~、高市クンっ」
聞いたばかりの保の名を呼びながら、閉じていた扇子を広げる為介。
「ちょっと、その玉を握り締めた状態で、朝比奈クンへ向けて、“高い高い”って言ってみてくれるぅ~?」
「へっ?」
「あ、は、はい!」
アヒルが目を丸くする中、為介の言葉に、とても素直に頷く保。
「ちょ…!ちょっと待っ…!」
「“高い高い”!」
アヒルが止める間もなく、右手に握り締めた言玉をアヒルへと向けた保が、大きな声で、その言葉を放つ。すると、保の右手の中の言玉が、強い赤色の光を放った。
「だああああああっ!」
言玉から放たれた赤い光に包まれたアヒルが、勢いよく空へと上昇していく。
「ぎゃああああああ!」
「ふわぁ…アヒルさんて、空も飛べるんですねぇ」
空中で叫びあげるアヒルを、不思議に思うこともなく、感心した様子で見上げる保。
「間違いなく“太守”だ…安団、安附の一人」
「でしょぉ?」
保の言葉が発動したことを確認し、さらに驚いた表情となる篭也に、為介が何やら得意げに笑顔を向ける。
「内に潜む波城は“波守”なのに…不思議ね…」
「彼の両親は共に五十音士で、父親が“太守”、母親が“波守”であったそうです」
戸惑う囁に答えるように、雅が話し始める。
「太守と波守の力は、血によって受け継がれます。ですから彼には、“た”と“は”、両方の力があるはずなのですが…」
「忌である波城灰示が入り込んだことで、力が二人に分割されちゃったのね…フフっ…」
「んっ?」
保に聞こえないよう、小声で話す囁と雅に、保が大きく首を傾げている。
「っつーか、とっとと下ろせぇっ!!」
「と、朝比奈君が叫んでいますが、為介さん、下ろす言葉、考えてあるんですか?」
「あっ」
雅の問いかけに、いかにも、うっかりとした声をあげる為介。
「み、雅くぅ~んっ!」
「僕は知りません」
「いっやぁ~!見捨てないでぇ~!」
「はぁっ…」
情けない声をあげている為介を見て、篭也が深々と溜息をつく。
「囁」
「ええ…」
篭也の呼びかけに頷き、囁が右手に持っていた横笛を構える。
「“下がれ”…」
囁の言葉の後に、美しい音色が空き地に響く。
「ふぃ~っ…」
赤い光に包まれながら、やっと遥か上空から帰還するアヒル。
「助かった…」
「景色はどうだったぁ~?朝比奈クンっ」
「お前、いつかブン殴ってやるっ…」
陽気に問いかけてくる為介に、アヒルが拳を握り締め、怒りを燃えたぎらせる。
「まぁこれで太守まで揃ったしぃ、良かったじゃなぁ~いっ」
「全然良くねぇーよっ!」
「なんでぇ?」
「なんでってだなぁっ…!……っ」
アヒルが保を気にするように少し振り返り、為介のすぐ前まで寄っていって、保に聞こえないよう、耳元に口を近づける。
「あいつは親が五十音士だったことも、自分の中に波城灰示がいることも知らないんだぞっ!?」
必死の口調で、訴えるアヒル。
「第一、 安附として試験に参加させたりなんかしてっ、その最中に波城灰示が出てきでもしたらっ…!」
「頼もしい限りじゃなぁ~いっ、朝比奈クンよりよっぽど、頼りになりそうだよぉ~?彼ぇ~」
「なるかぁっ!」
暢気に答える為介に、アヒルが勢いよく怒鳴りあげる。
「あいつが出てきた時点で、安団で内輪モメになって終わりだろぉ!?どう考えても!」
「それは言えてるわね…フフっ…」
「だが…」
微笑む囁に横から、篭也がゆっくりと口を挟む。
「太守があいつである以上…あいつを参加させないと、試験を放棄することになる…」
「うっ…」
厳しい表情で言い放つ篭也に、思わず顔をしかめるアヒル。
「あ、あいつの他に太守って…!」
「“た”の力は血によって受け継がれるんだよぉ~?高市クンは、天涯孤独っ」
「転校生クンに、急いで子作りさせても…とても三日じゃ間に合わないわねぇ…フフっ…」
「うっ…」
為介と囁の言葉に、アヒルは反論する力すら失くす。
「はぁ…」
「な、何かよくわかんないけど、俺、頑張りますよっ!アヒルさん!」
落ち込むように肩を落とすアヒルに、保が必死に明るい笑みを浮かべ、何とか励まそうと声を掛ける。
「ああ!こんなピーマン食べれない俺なんかが、アヒルさんの心配しちゃってすみませぇ~んっ!」
「はぁっ…」
相変わらずの保の姿に、先が思いやられ、アヒルはさらに深々と溜息をついた。
「とはいえ…転校生クンが太守だったから、見つけるのは後一人ね…」
「ああ。三日で後一人なら、まぁ可能性はなくもない」
薄く笑みを浮かべる囁に、篭也が冷静に言い放つ。
「後一人、“奈守”か…」
「奈守…」
「朝比奈クンっ」
「へっ?」
篭也の言った“奈守”という言葉を繰り返していたアヒルが、為介に名を呼ばれ、振り向く。
「周りをよぉ~く見てみることだよっ」
「えっ…?」
為介の言葉に、アヒルが眉をひそめる。
「附き人は、自然と神のもとに集まるものだ。最後の一人は、もう君の傍にいるかも知れないよっ?」
「もう、俺の…傍にっ…?」
その頃。言ノ葉高校、一年D組。
「お前が遅刻なんて、珍しいなぁ、小泉っ」
「はぁ…」
恵の立つ教壇のその前で、浮かない表情を見せているのは、紺平であった。
「どうした?何かあったか?」
「それがぁ…よく覚えてないんですよねぇ。大波に襲われる夢見たと思ったら、道のど真ん中に寝てて…」
「はっ?」
紺平のよくわからない言葉に、恵が強く顔をしかめる。
「んでぇ?今日は、朝比奈はどうしたぁ?」
「さぁっ…?一緒に登校してたような気もするんですけど…起きたらいなかったし、夢だったのかも…」
「はぁっ?」
曖昧なことばかり言う紺平に、さらに顔をしかめる恵。
「まぁいい。お前はとっとと座れ。じゃあ出席取んぞぉ!」
「はい」
浮かぬ表情で返事をすると、紺平が自分の席へと歩いていく。
「相沢!」
「はい」
「朝比奈!は、いないっと…」
返事が返ってくるはずもなく、恵が出席簿に印をつける。
「これで八日連続…あのクソガキっ、今日という今日は絞め上げてやるっ…」
『ひぃっ!』
そう言って、右手のペンをへし折る恵に、クラス中の生徒たちが、思わず震え上がる。
「次!磯野!」
「はい!」
へし折ったペンの教壇に置き、引き続き出席を取っていく恵。
「ガァの奴、まぁ~た遅刻かぁ。懲りないわねぇっ」
教室の後方の席で、アヒルの幼馴染み、想子が、呆れた表情を見せる。
「うんっ…」
想子の前の席で、どこか考えるような表情を見せ、そっと頷く、想子の友人、奈々瀬。
「でも、今日は神月クンと真田さんもいないし…お家で何かあったとかかも…」
「そういえば、あのうるさい転校生もいないわねぇ~」
空席の目立つ教室内を見回し、言葉を交わす想子と奈々瀬。
「奈々瀬!」
「うぅ~ん…」
「んっ?」
出席を取る恵が、続いて奈々瀬の名を呼ぶが、考え込むように首を捻っている奈々瀬は、それに気づかない。返って来ない返事に、恵が出席簿から視線を上げる。
「奈々瀬七架!いないのかっ!?」
「あ、は、はいっ!」
恵がもう一度、大きな声で名を呼ぶと、奈々瀬はやっと気付いた様子で、少し慌てながら返事をした。
「ふぅっ…」
「アハハっ」
「えっ?」
ホッと一息ついていた奈々瀬が、後ろから聞こえてくる笑い声に、少し振り返る。
「もうっ、笑わないでよ、想子ちゃん」
「ごめんごめんっ」
口を尖らせる奈々瀬に、想子が軽く笑みを向ける。
「けど、ナナの名前って、フルネームで改めて聞くと、ホント“な”ばっかだよねぇっ」
「何それ、今更っ」
「アハハっ、確かに今更かっ」
顔をしかめる奈々瀬に、想子がまた笑みを浮かべる。
「もうっ…」
少し呆れるように前を向き、再び視線を、空いているアヒルの席へと移す奈々瀬。
「どうしたのかなぁ…朝比奈クン…」




