Word.14 新たなル試練 〈3〉
「こいつらはっ…?」
『“以の神”伊賀栗イクラと、以団の陽気な仲間たちでありまっすぅ!いえぇ~い!』
「以の神、だとっ…?」
明るく自己紹介をしながら立ち上がるチラシたちに、篭也が一気に表情を曇らせる。
「イクラだなんて…これはまた、アヒるんに負けず劣らずの変な名前ね…フフっ…」
眉をひそめる篭也の横で、そっと微笑む囁。
「こっらぁ!ウチの神の名前、バカにしてんじゃねぇ!神だってわかってんだよぉ!俺が泣くぞぉ!?」
「そうだ…神の名は、可愛い名前だ…神の強面な顔に合ってないだけ…」
「お前ら…」
囁へと言い返す金八とシャコの、あまりフォローになっていない言葉を聞き、思わず顔をしかめるイクラ。
「なぁ、“いの神”って確か、扇子野郎じゃなかったっけ?」
「前に言っただろう?あいつは“い”の旧字体“ゐ”の力を持つ“為の神”で、“い”の力を持つ“以の神”は別に居ると」
「あ、そういえば聞いたかもっ」
篭也の言葉を受け、アヒルが何やら思い出すように首を捻る。
「で…?その以の神様が、我が神に何の用なのかしら…?」
「あんたたちの神に、神試験を受けさせるために来た…」
「なっ…!」
「神試験っ…?」
シャコの言葉に、篭也と囁がすぐさま表情を変える。
「馬鹿なっ…!神試験の申請など、僕たちは行っていないぞ!?」
『“安の神はすでに神試験を受ける実力あり”と、韻から強い推薦がありましたぁ!』
「韻からっ…?」
チラシたちの言葉に、眉をひそめる篭也。
「和音っ…」
一人の人物の姿が浮かび、篭也が険しい表情を見せる。
「俺たちはあくまで試験官…試験を受けるかどうかは、受験する神が決めることとなっている…」
空き地の端にいたイクラが、ゆっくりとした足取りで金八やチラシたちのもとへとやって来て、やがてアヒルの正面に、向き合うようにして立った。
「決めるのは安の神、お前だが…どうする…?」
「えっ…?」
イクラの低い声に問いかけられ、戸惑いの表情を見せるアヒル。
「っつーか、こっちがわざわざ、こぉんな辺鄙な町にまで足運んでんのにっ、受けないとか無しだろぉ!?」
「金八…くだらないこと言うな、空気読め、屈伸運動、カス」
「さすがに俺、泣くぞぉ!?シャコ!っつーか、最後の屈伸運動って何っ!?」
金八とシャコが、緊張のかけらもない会話を展開する。
「おい…」
『…………』
イクラに突き刺すような瞳を向けられ、今度はさすがに大人しくなる金八たち。
「で、どうする…?安の神…」
「えぇっと」
「試験を受けるつもりはない」
「へっ?」
もう一度、問いかけるイクラに、悩んでいたアヒルよりも先に答えたのは、篭也であった。はっきりと言い放った篭也を、アヒルが少し戸惑うように見る。
「俺は安の神に聞いたんだが…」
「僕は安附だ。安の神の代わりに判断する資格は、十分にある」
「……っ」
イクラの突き刺すような視線に、負けることなく強い瞳を投げかけてくる篭也を見て、イクラがそっと目を細める。
「“安附”、か…」
その高い視線で、見下ろすように篭也を見るイクラ。
「随分と熱心なんだな…もっと適当にやっているのかと思っていたが…」
「何っ…?」
イクラの言葉に、篭也が眉をひそめる。
「お前にとって、“安附”は仕方なくやっていることなんだろう…?」
「……っ?」
そっと口端を吊り上げるイクラに、首を傾げるアヒル。
「なぁ…?神に成り損ねた五十音士よ…」
「……っ!」
「えっ…?」
イクラのその言葉に、篭也が大きく目を見開き、アヒルが戸惑いの表情を見せる。
「神に、成り…損ねた…?」
その言葉の意味はわからぬまま、ただ繰り返しながら、少し遠慮がちに篭也の方を見つめるアヒル。
「お前も大変だなぁ。神の一族に生まれながら、神としての資質がなく、家からも見放されて…」
「……っ」
続くイクラの言葉に、篭也が唇を噛み締め、深く俯く。
「その上、今度は、自分が成れもしなかった神の附き人とはっ…本当に哀れなもんだっ」
言葉とは裏腹に、イクラは嘲笑うような表情で、篭也を見下す。
「まぁ、成り損ないのお前が附いているような神、試験などしなくても、実力は知れるがなぁ」
「なっ…!」
―――パァァァン!
「えっ…?」
イクラのあまりの言葉に、思わず顔を上げ、何かを言おうとした篭也であったが、篭也の言葉よりも先に、その場に響き渡ったのは、一つの銃声であった。
「……っ」
すぐ横を駆け抜けていった弾丸に、イクラのオレンジ色の髪が数本、地面へと落ち、イクラがその表情を冷たくする。
「…………」
睨みつけるように見るイクラの視線の先には、言玉から姿を変えた、赤銅色の銃を構えた、鋭い表情のアヒルが立っていた。
「か、神っ…」
篭也が少し驚くように、アヒルを見る。
「て、てっめぇっ!何してくれちゃってんだよっ…!」
唖然としていた皆の中で、一早く声を発した金八が、イクラの横から身を乗り出す。
「神への手出しは、五十音士最大の罪だぞ!?てっめぇ、それ、わかっててやってっ…!」
「騒ぐな、金八」
「……っ」
強く怒鳴りあげる金八であったが、イクラの声に言葉を止める。
「けど、神っ…!」
「俺の言葉が、理解出来ないかっ…?」
「うっ…」
イクラに鋭い視線を向けられ、金八が大人しく黙り込む。
「で、何のつもりだ…?安の神…」
「受けてやるよ、その神試験ってやつっ」
再びアヒルの方を向いたイクラに、アヒルがはっきりと言い放つ。
「なっ…!神…!」
アヒルの言葉を聞き、篭也が焦りの表情を見せる。
「安い挑発に乗るな!神!試験はまだ、あなたにはっ…!」
「お前も黙ってろ、篭也。これは俺が決めることだ」
「……っ」
いつもよりも低く重い声で言い放つアヒルに、篭也が思わず口を噤む。
「俺たちの神試験を受ける、ということでいいのか…?」
「ああ」
確認するように問いかけるイクラに、アヒルが大きく頷く。
「お前の試験くらい、一瞬でクリアしてやるさっ」
「フンっ…」
挑発のようなアヒルの言葉に、少しも顔をしかめることなく、むしろ軽く笑みを浮かべるイクラ。
「お前のような右も左もわかっていない神が、早々簡単に、俺の試験をクリア出来ると思うか…?」
「やってみりゃわかる」
「……っ」
試すようなイクラの問いかけに、一歩も退くことなく、強く言い切るアヒル。イクラの言葉に負けない姿勢のアヒルの姿に、イクラがその笑みを一瞬消し、瞳を鋭く光らせた。
「随分な自信だな…」
再び笑みを浮かべながら、イクラが懐へと右手を入れる。
「その自信、この場で砕き落としてやろうか…?」
「何っ…?」
アヒルが戸惑うように眉をひそめる中、イクラが右手を引き、懐から何かを取り出そうとする。
「ストォォーっプ!」
『……っ!』
そこへ割って入ってくる声に、アヒルとイクラが思わず目を見開き、それぞれの動きを止める。
「あ、あんたはっ…」
「どうもぉ~、ご無沙汰だねぇ。朝比奈クンっ」
どこからともなく、何の気配も感じさせぬまま、二人の間へと現れたのは、どこか怪しげな笑みを浮かべた、袴姿の男、為介であった。為介はいつも持っている扇子を閉じたまま、その先を鋭く、何かを取り出そうとしたイクラの右手に向けている。
「雅さんも」
「どうも」
為介のすぐ後ろには、相変わらず眼鏡の縁を人差し指で押し上げている、雅の姿もあった。
「井戸端…為介…」
「君も久し振りだねぇ、イクラくんっ…」
静かに名を呼ぶイクラの方を振り向き、為介が少し目つきを鋭くする。
「ここは、平和な町のど真ん中だよぉ?一体、何をしようとしてたのかなっ…?」
「……っ」
腹の中を探るように問いかけてくる為介に、軽く眉を引きつるイクラ。
「先に銃を抜いて、手を出したのはあいつだ…」
「君の今しようとしたことが、“手を出す”なんて、可愛らしいことのようには、とても思えなかったけど…?」
為介がさらに鋭い瞳で、見透かすような笑みをイクラへと向ける。
「フンっ…」
少し肩を落とすと、イクラが懐に入れていた右手を下ろした。
「随分とご執心じゃないか。何十年も姿を暗ましてた奴が、ここに来てしゃしゃり出てくるなんざっ」
「まぁ、君よりは気に入ってるかもねっ…」
「……っ」
挑発するように言い放ったイクラへ、挑発するような言葉を返す為介。為介のその言葉に、イクラはあからさまに表情をしかめる。
「……っ?」
二人の間に何か因縁のようなものを感じ、戸惑うように首を傾げるアヒル。
「フンっ…まぁいい…」
そっと笑みを零したイクラが、金八たちのいる後ろへと下がり、為介との距離を離して、再びアヒルたちのいる正面を振り向く。
「安の神、朝比奈アヒル」
「……っ」
イクラに名を呼ばれ、アヒルが顔を上げる。
「試験は三日後。場所はこちらで指定した。そこへ来い」
「こちらが場所の書かれた地図になりまぁっすぅ!」
「んっ?」
ニギリが軽い足取りでアヒルへと歩み寄り、場所の記された地図を手渡す。
「今回の神試験は団単位での試験となりまっすぅ!」
「安の神は安附の四名、加守、左守、太守、奈守と共に、指定された場所へと集合して下さぁ~い!」
「団、単位っ…?」
説明を行うチラシとニギリの言葉に、篭也が眉をひそめる。
「ちょ、ちょっと待っ…!」
『一度、承諾された試験を、拒否することは叶いません』
「……っ」
篭也の声を遮るように放たれる、二人の突き放すような声。
「試験の拒否は、神であることを放棄することとなりますので、ご了承ください」
「試験日の集合は正午です。三十分以上の遅刻も試験の拒否と見なし、神失格となりますので、お気を付け下さい」
「だがっ…!」
「わかった!」
「神!?」
あっさりと頷くアヒルに、篭也が非難するように声をあげる。
『以上で説明は終わりました、神様』
「ああ、ご苦労っ…」
深々と頭を下げるチラシとニギリを、イクラが短く労う。
「試験日を楽しみにしている…安の神…」
「ああっ!」
「……っ」
大きく頷くアヒルを見て、イクラがどこか満足げに笑う。
「行くぞ…お前ら…」
『はっ!我が神!』
イクラの言葉に、声を揃える四人。イクラが飛び上がり、その場から姿を消すと、他の四人も、イクラに続くようにして飛び上がり、その場を去っていった。




