Word.14 新たなル試練 〈2〉
一方、その頃、謎の少女に連れ去られたアヒル。
「お、おい!おいっ!」
少女の細い肩に何故か軽々と担ぎあげられたまま、水の縄で動きを封じられた状態で足だけをバタつかせながら、アヒルが必死に少女の背中へと呼びかける。
「お前、一体、何者なんだよ!?俺をどうしようっていっ…!」
「着いた…」
「へっ?って、どわああっ!」
急に立ち止まった少女が、担いでいたアヒルを、地面へと投げ落とす。
「痛ってぇ~っ…」
地面に強く背中を打ちつけ、アヒルが思わず表情を引きつる。
「ここはっ…?」
仰向けに倒れたまま、視線だけを動かし、周囲を見回すアヒル。そこはアヒルもよく見覚えのある、言ノ葉町の空き地であった。先程、アヒルたちの居た場所から、そう遠くは離れていない。
「何だって、こんなとこにっ…」
「ほら…」
「へっ?」
倒れているアヒルへ向け、少女が言玉を光らせると、アヒルの胴と腕を縛り付けていた水の縄が、流れ落ちるようにして解けた。体の自由が戻ったアヒルが、その場で起き上がり、すぐ前に立つ少女を見上げる。
「あれっ?なんで縄っ…」
「ん…?何だ、縛られていたかったのか…?」
戸惑いの表情を見せているアヒルに、眉をひそめる少女。
「悪いけど…あたいにそういった趣味はっ…」
「俺にだってねぇよっ!誤解してんじゃねぇ!」
困ったように腕を組む少女に、アヒルが勢いよく怒鳴り返す。
「っつーか、んなとこに連れてきて、一体、俺に何のよっ…!」
「ソイツが“安の神”かぁ?シャコっ」
「あっ?」
新たに聞こえてくる男の声に、アヒルが少し眉をひそめ、振り向く。
「衣の神が苦戦したっつー、イ級超えの忌を倒したっつーから、もっとゴっツいヤローかと思ってたぜっ」
アヒルが振り向いた先に立っていたのは、大きめのジャンパーに、ダボダボのジーンズを履き、目元のすぐ上まで深々とニット帽を被った、一人の青年であった。空き地に無造作に置かれているドラム缶の上に、身を丸めて、しゃがみ込んでいる。
「ただの学生チャンじゃねぇーのっ」
「……っ」
口端を吊り上げる青年に、アヒルが少し顔をしかめる。
「てめぇがコイツの神か?」
「えっ?」
厳しい表情を見せ、鋭く問いかけるアヒルに、青年が驚いた顔を見せる。
「神!?俺がっ!?」
「へっ…?」
ドラム缶の上で立ち上がって、自分を指差し、目を輝かせる青年に、アヒルが戸惑うように声を漏らす。
「俺が神に見えちゃったって!?マジかぁ!そうかそうかぁ!」
「はっ?」
何やら勝手に一人で、満足げに踏ん反り返っている青年に、思わず眉を引きつるアヒル。
「まぁ無理もねぇよなぁ!俺から溢れ出るオーラが神々しいもんなぁ!まさに神!」
「いや、えぇ~っと、あの…」
片手を空に掲げ、何やら熱く語る青年に、アヒルがいまいち口を挟むことも出来ず、困ったような表情を見せる。
「金八…」
「んんっ?」
少女に名らしきものを呼ばれ、上げていた顔を下ろす青年。
「うるさい、ウザい、鬱陶しい、カス」
「泣くぞぉ!?そこまで言われたら、さすがに俺泣くぞぉ!?シャコっ!」
「…………」
悪口を連ねる少女、シャコに、金八と呼ばれた青年が、今にも泣きそうな表情で叫ぶ。そんな二人の様子を、どこか呆れた表情で見つめるアヒル。このやり取りを見ていると、思わず警戒も解け、アヒルは身構えていた姿勢を少し緩めた。
「っつーか、さっきから言ってっけど、お前らは一体何者で、俺に一体何の用でっ…!」
「それはボクたちっ!」
「私たちから説明するわっ!」
「へっ?」
アヒルが再び問いかけようとしたその時、どこからともなく新たな声が降ってくると、金八の立つドラム缶の前に、空中から飛び降りてくるようにして、二人の人間が姿を現わした。
「お、お前らはっ…」
「ボクの名前はチラシっ!」
「私の名前はニギリっ!」
戸惑うアヒルにアピールするように、両手を合わせながらポーズを取る、一人の青年と一人の少女。似たような髪色、瞳の色に、お揃いのデザインのスーツを着ている。髪の長さこそ違えど、前髪の分け目は逆で、対称性を出しているように見えた。
『こんな二人は、ただの他人っ!』
「他人なのかよっ!紛らわしいな!」
笑顔で他人と名乗る二人に、てっきり兄妹か何かだと思っていたアヒルは、思わず突っ込みを入れる。
「チラシ、ニギリ…」
『んんっ?』
アヒルの横に立つシャコに名を呼ばれ、二人が明るいノリで振り向く。
「うるさい、ウザい、鬱陶しい、カスども」
「泣くぞぉ!?そこまで言われたら、さすがのその二人でも泣くぞぉ!?シャコ!」
『アハハぁ~!カスって言われちゃったぁ~!』
「…………」
先程と同じように悪口を連ねるシャコに、自分が言われたわけでもないのに泣きそうになっている金八、そして暢気に笑っているチラシとニギリを見て、呆然と立ち尽くすアヒル。
「な、何なんだ…?こいつら…」
「あ、そうだったぁ!説明説明!」
アヒルが表情を引きつっていると、ニギリが思い出したように手を叩き、アヒルの方を振り向く。
「安の神、朝比奈アヒルさん!」
「……っ?」
ニギリに勢いよく名を呼ばれ、アヒルが思わず目を丸くする。
「な、何だ?」
「あなたには今からっ…」
勿体ぶるように、ニギリが少し間を置く。
『“神試験”を受けてもらいまっすぅ!いえぇ~い!ぱふぱふっ!』
「はっ…?」
またしてもポーズを取り、何やら勝手に盛り上がるチラシとニギリに、アヒルが固まる。
「神、試験っ?」
『そうでっすぅ!』
戸惑うように聞き返すアヒルに、二人が大きく頷く。
「何だ?それっ」
「んだよっ、附き人から聞いてねぇーのっ?」
「へっ?」
二人の後ろから口を挟む金八に、アヒルがさらに戸惑った表情を見せる。
「神試験とは、新たに五十音の力に目醒めた神を」
「五神の一人として良いか、神としての資質を見極める試験のことです」
「神としての、資質っ…?」
チラシとニギリの説明を聞き、表情を曇らせるアヒル。
「じゃあもし、資質がないってなった場合はっ…?」
『勿論、神をやめていただきますっ』
「……っ」
笑顔で答える二人に、アヒルがごくりと息を呑む。
「試験って、一体何をっ…」
「試験の内容は、最も最近、神試験に受かり、五神となった神が決め…」
「その神を含めた、神の率いる団が、試験を取り行います」
「神が、神を試験する…?」
『はい』
曇らせた表情のまま問いかけるアヒルに、二人が笑顔で大きく頷く。
「今回、あなたの神試験を実施するのは、三ヶ月前、五神となったばかりの神」
「そして、我らが“以団”を率いる神」
「……っ?」
そう説明した途端、その場で片膝をつき、深々と頭を下げるチラシとニギリ。アヒルの横のシャコもしゃがみ込み、金八はドラム缶から飛び降りる。
「お前が、安の神か…」
「えっ…?」
新たに聞こえてくる五つ目の声に、しゃがみ込んだ四人を戸惑うように見下ろしていたアヒルが、ゆっくりと振り向く。
「あっ…」
「…………」
空き地の右端の大木にもたれかかるようにして立っているのは、全身黒一色の服を纏った、派手なオレンジ色の短髪に、鋭い切れ長の瞳の、一人の男。纏う空気は冷たく、アヒルは、目が合っただけで突き刺されるような、そんな感覚を覚えた。
「お前が…こいつらの、神っ…」
『はい』
男へと放たれたアヒルの言葉に頷いたのは、深く頭を下げたままのチラシとニギリであった。
『五十音第二音、“い”の力を持ちます、“以の神”、伊賀栗イクラ様でございます』
「イ、 イクラっ…?」
その名に、緊張感を持っていたアヒルの表情が、一気に緩む。
『こんな名前ですが、一応は本名でございます!いえぇ~い!ぱふぱふっ!』
「顔と合ってない、完全に名は体を表してない、海産物、神」
「泣くぞぉ!?さすがの神でも泣くぞぉ!?しかも海産物はお前もだぁ!シャコっ!」
「……っ」
先程と同じような調子で、会話を展開する四人に、木の幹から背を離したイクラが、少し眉を引きつる。
「うっせぇぞ…お前ら…」
『すみませぇ~んっ!アハハぁ~!』
「でも神、事実だし…」
「言ってやんなぁ!神だって、生まれ持った宿命を気にしてんだからよぉ!シャコっ!」
「…………」
イクラの圧のかかった言葉にも動じず、ヘラヘラと笑って謝るチラシ、ニギリに、謝ろうともせずに呟くシャコと、そんなシャコに注意するように叫ぶ金八。四人の様子を見つめ、イクラがさらに顔をしかめた。
「何だろ…微妙に他人な気がしねぇっ…」
名前で馬鹿にされているイクラに、妙な親近感を覚えるアヒル。
「でも確か、“いの神”って…」
「神っ…!」
「……っ」
後方から聞こえてくる声に、アヒルがゆっくりと振り返る。
「篭也、囁っ」
「無事…?アヒるん…」
空き地へとやって来たのは、篭也と囁であった。どうやら先程の波を受け流し、アヒルを追って、ここまで来たようである。空き地へ足を踏み入れた二人が、イクラたち五人を警戒しながら、アヒルの傍へと駆け寄る。
「附き人も来て、これで役者は揃ったって感じかぁ?」
『……っ』
軽い笑みを零す金八に、篭也と囁が顔をしかめ、少し身構える。




