Word.14 新たなル試練 〈1〉
言ノ葉町の小さな八百屋『あさひな』こと、朝比奈家。朝七時。
「んん~っ…」
二階の一室では、朝比奈家の四男坊、末っ子のアヒルが、いつものように気持ち良さそうに眠っている。
「切り干しっ…大根…」
「何ぃっ!?」
こちらもいつものように、アヒルをへの目覚まし作戦を行おうと待機していた朝比奈家の父と、篭也、囁の三人であったが、アヒルの寝言を聞いた父が、突然、焦りの声をあげた。
「しまったぁ!人生最大の失敗だ!」
「どうしましたか?お父上」
「アーくんが折角、野菜を呼んだというのに、今日はゴボウを用意しちゃったんだよぉ!」
「大した失敗とは思えないけど…フフっ…」
篭也の問いかけに、両手いっぱいにゴボウを持って、困ったように叫ぶ父を見て、囁がそっと微笑む。
「読み誤ったかぁ!仕方ない!篭也くん、囁ちゃん、下に行って、急いで大根を持ってくるよぉっ!」
「来んでええわいっ」
「ぎゃうっ!」
慌てて大根を取りに行こうとした父の背中に、いつの間にか起きた様子のアヒルの蹴りが、勢いよく炸裂する。父はそのまま勢いよく、顔面から床へと倒れ込んだ。
「痛いよぉ~、アーくぅ~んっ」
「ったく、いっつも全然違うもん、投げてくるくせに、なんで大根にはこだわるんだよっ」
「そりゃあ、やっぱりぃ~、野菜屋さんだからぁ?」
「じゃあ野菜投げんなよ」
起き上がりながら、大きく首を傾げる父を見下ろし、アヒルが呆れた表情を見せる。
「あら…起きちゃったの…?アヒるん…」
「あんだけ騒いでたら、普通、起きんだろ」
アヒルが顔を上げ、今度は囁へと呆れた表情を向ける。
「残念…ゴボウをアヒるんの鼻の穴に入れて、大笑いしたかったのに…」
「ああ。ついでに口にも入れて、窒息死させたかった」
「何してくれようとしちゃってんだよ!お前らはっ!」
何の躊躇いもなく答える篭也と囁に、アヒルは朝から勢いよく怒鳴りあげた。
数分後。朝比奈家、居間。
「だいたい朝っぱらから、ゴボウで自分とこの神、窒息死させようとすっかぁ?」
「あら…単なる愛情表現じゃない…」
「どこが愛情表現だよっ!」
制服に着替えたアヒルが、篭也、囁とともに、騒々しく会話を交わしながら、二階から一階の居間へと降りてくる。
「おはよう、アヒル君」
「あっ、おはよ。ツー兄」
居間へと入ったアヒルが、篭也や囁への文句を一旦止め、先に居間で座っているツバメへと笑顔を向けた。
「おっ、今日は遅刻しなくて済みそうじゃねぇーかっ」
「さすがにこれ以上、連続遅刻すると、担任に殺されそうだし…」
「ハハハっ!恵ちゃん、怖ぇーからなぁっ」
浮かない表情で答えるアヒルに、ツバメの隣に座るスズメが、どこか楽しげに笑う。
「さぁ、とっとと飯食ってって、うおっ!?」
ツバメの横へと並ぶようにして座ったアヒルが、テーブルの上に並んでいる朝食を見て、思わず驚きの声をあげる。そこに並んでいるのは、いつもの、いかにも売り物の残りといった料理ではなく、見たこともない、見映えから美しい、創作料理の数々であった。
「何だよ!今日の飯はえっらい美味そうだなぁ!今日はどっちが当番でっ…って、あれっ?」
顔を上げ、問いかけようとしたアヒルが、途中でその言葉を止める。いつもは片方、台所で食事の準備をしているはずのスズメとツバメが、今日は揃って居間にいる。
「あれっ?今日の食事当番てっ…」
「あっ!アヒルさぁ~んっ!」
「へっ?」
戸惑っていたアヒルが、台所から聞こえてくる、どこかで聞いたことのあるその声に振り向く。
「た、保っ!?」
「おはようございます~っ」
朝比奈家の台所から顔を出し、アヒルへと笑顔で朝の挨拶を向けるのは、いつもはスズメかツバメが着ているエプロンを、制服の上から纏った、保であった。
「な、なんでお前がここにっ…!」
「はぁ!俺みたいな、居るだけで部屋の二酸化炭素濃度上がりそうな奴が、お邪魔しちゃってすみませぇ~んっ!」
「い、いやっ…」
いつもの如く、叫び散らしながら頭を抱える保に、途端に鬱陶しそうな表情を見せるアヒル。
「で、何でお前が俺ん家にいるんだ?」
「あ、はい!一人暮らしだと話したら、真田さんが一緒にご飯を食べようと誘って下さいましてっ!」
「囁がぁ?」
保の答えを聞き、首を傾げながら、アヒルが囁の方を振り向く。
「これで少しはマシなものが食べれるわ…フフフっ…」
「明らかに私欲だな」
満足そうに保の作った料理を頬張っている囁を見て、アヒルが一気に冷めた顔つきとなる。
「これからも毎日作りに来てくれていいぞぉ!たもっちゃ~ん!」
「遠慮なんてしなくていいから、毎日おいで…保君…」
「は、はい!こ、こんな俺にっ、ありがとうございますっ!俺っ、嬉しくて三点倒立しちゃいそうですっ!」
「感動すんなって。食事当番押しつけようとしてるだけなんだから」
二人の兄の言葉に、目を輝かせている保に対し、冷静な言葉を投げかけるアヒル。
「うん、確かに美味い」
「でしょう…?」
囁の隣に座り、保の作った料理を口に運んだ篭也が、感心した様子で頷く。
「良し。僕の前に存在することを許してやる」
「あ、ありがとうございますぅ~!俺っ、感動です!」
「色々とおかしいだろ、その会話」
この上なく偉そうな篭也と、その篭也を素直に受け入れ、喜んでいる保の様子を見て、アヒルが呆れた表情を見せながらも、保の手作り朝食を食べていく。
「おはようございまぁーすっ」
「あ、紺平っ」
店の通用口の方から聞こえてくる、聞き慣れた紺平の声に、箸を止めて顔を上げるアヒル。
「おはよう、ガァ、みんなっ」
「おう、おはっ…」
「おはようございます、小泉君。今日も高校球児の一滴の汗のように、爽やかですね」
「そ、そうっ…?今日も神月くんの方が、至って爽やかだと思うけど…」
「…………」
紺平がやって来た途端に、爽やかな笑顔を浮かべ、先程までの偉そうこの上ない態度を一気に捨て去る篭也を見て、アヒルが呆れきった表情を見せる。
「あれ?保くん?」
「はぁっ!こんな制服もロクに似合ってない俺が、エプロン姿なんかで存在しちゃってすみませぇ~ん!」
「あ、えっ…いやっ…」
「んあっ?」
保と紺平の会話になっていない会話を聞いていたその時、ふと何かに気づいたような顔となるアヒル。
「お前、保には、その気色悪りぃ猫かぶり、しねぇーんだな」
「波城灰示であるアイツに、気を遣う必要はないだろう」
すぐさま爽やかな笑顔を消し去り、篭也がいつもの口調で答える。
「だがあなたは、あまり気を許さない方がいい」
「へっ?」
鋭く言い放つ篭也に、アヒルが首を傾げる。
「和音は大丈夫と言っていたが、いつまた、波城灰示が出てくるかもわからないんだからな」
「うぅ~んっ…」
篭也の言葉を聞きながら、考え込むように首を捻るアヒル。
「あいつ、そんなに悪い奴じゃねぇーと思うけどっ…」
「そういう楽観的な考えが、己の身を滅ぼすんだ」
「はぁっ…」
厳しく言い放つ篭也に、アヒルがそっと息を吐く。
「疑り深い奴っ…」
―――わたくしが見てきた限り、彼は、周りを誰一人信用しておらず、自分すら信じていないように見えました―――
「あっ…」
思わず呟いたアヒルの脳裏に、初めて出会った時の和音の言葉が過ぎった。
「何だ?」
「あ、いやっ…」
すぐさま問いかける篭也に、アヒルが誤魔化すように首を振る。
「……っ」
首を振った後、何やら考え込むように俯く、アヒルであった。
「こ、こんなデカい図体のわりに歩幅の狭い俺が、皆さんと一緒に登校なんかしちゃってすみませぇ~ん!」
「へぇへぇ、わかったから、もうちょい静かに歩けよ」
すぐ後ろを歩き、相変わらず叫び散らしている保の方を振り返りながら、アヒルが呆れた表情で注意するように言い放つ。朝食を終えたアヒルたちは、迎えに来た紺平に、新たに保も加えて、五人で学校への道を進んでいた。
「すみませぇ~ん!俺が、素敵声でも何でもない声のせいで、アヒルさんを不快にぃ~っ!」
「だっから、うっさいっつってんだろうがっ!」
「まぁまぁガァ、今現在、ガァの方がうるさいからっ」
保へと怒鳴りあげるアヒルに、横から紺平が宥めるように言葉をかける。
「平和ねぇ、フフっ…」
「ああ」
三人と少し距離を置いた後方に並び、見守るようにアヒルたちを見ながら、言葉を交わす篭也と囁。
「波城灰示の一件が片付いて以来、忌もぱったり出なくなったからな」
「フフっ…平和ボケしちゃいそうよねぇ…アヒるんもすっかり、辞書読まなくなっちゃったし…」
囁が微笑みながらも、少し呆れたように言い放つ。
「何か起こってくれないと…折角、波城灰示との戦いで成長した力も、衰えちゃうわ…」
「…………」
囁の言葉を聞きながら、そっと俯く篭也。
―――近いうちに、会いに来るかも知れませんわね…―――
「……っ」
和音の言葉を思い出し、篭也がそっと表情を曇らせる。
「浮かない顔…」
「えっ…」
囁の声に、俯いていた篭也が顔を上げる。
「最近多いわよ…どうかした…?」
「……別に、何でもない…」
問いかける囁に、再び俯き、素っ気なく答える篭也。
「そうっ…」
口元を緩めた囁が、篭也の答えに、すぐさま頷く。
「どうせ話す気がないんだったら…もう少し上手く、誤魔化してほしいものね…」
「……っ」
「フフっ…」
顔をしかめる篭也を見て、囁がどこか不敵に笑う。
「ぼ、僕は別にっ…」
「おぉ~い!朝比奈ぁっ!」
『……っ』
そんな囁に進言しようとした篭也の声が、前方から聞こえてくる、大きな品のない声に遮られる。その声を受け、篭也と囁、それに前を歩くアヒルたちが、一斉に前を向いた。
「ここで会ったが百年目ぇっ!」
『毎日会ってます!アニキ!』
「うるっしゃーいっ!」
アヒルたちの前方に現れたのは、毎度お馴染み、アニキとその連れのヤンキー集団であった。
「今日という今日こそっ、コテンパンのパンの耳にしてやるぜぇいっ!」
「出た出た…」
気合い十分のアニキを前に、どこか疲れたように肩を落とすアヒル。
「今日こそは遅刻厳禁なんだから、早めにね」
「わかってるよっ」
「が、頑張って下さい!アヒルさん!」
釘を刺すように言う紺平の横で、保がアヒルへとエールを送る。
「ああっ!お、俺みたいなケンカはおろか、ジャンケンでも勝ったことのない奴が、応援なんてしちゃってすみませぇ~ん!」
「はいはい、わかったわかった」
鬱陶しく叫んでいる保に鞄を手渡し、アヒルが手ぶらとなって、アニキと向き合うように数歩、前へと出る。
「ほら、とっとと、かかって来いっ」
「んなっ!余裕ってかぁ!?この野郎っ…!」
手招きするような動作を見せるアヒルに、アニキが表情を引きつる。
「上等だぁ!目にもの見せてやっ…!」
「どきな…」
「へっ?うっぎゃああ!」
背後からの声に振り返った途端、後ろから飛んで来た何かに、アニキが勢いよく吹き飛ばされる。
『アっ、アニキぃぃ~!』
「あっ?」
吹き飛んでいくアニキを、慌てて追いかけていく子分たちを見ながら、首を傾げるアヒル。
「何だぁ~?」
「あんたが安の神か…」
「……っ」
あっという間に見えなくなっていくアニキを見つめ、戸惑うような表情を見せていたアヒルであったが、前方から聞こえてくる声に眉をひそめ、すぐさま振り向いた。
「誰だっ…!?」
少し身構えるように、厳しい表情を作って、アヒルが叫ぶ。
「……っ!」
「名前は確か…」
アヒルの前方、先程までアニキの居た辺りに立っているのは、左右で長さの違うショートカットに、ミリタリースタイルで、ハーフパンツから惜しみなく長い足を出した、ボーイッシュな少女であった。見慣れぬ少女の姿に、アヒルがさらに眉をひそめる。
「朝比奈…ヒヨコ…?」
「アヒルだ!可愛さの増す名前にすんじゃねぇっ!」
名前を間違える少女に、アヒルが勢いよく怒鳴りあげる。
「ああ、そうそう…アヒルだ。そうだ…」
少女が納得したように、軽く手を叩く。
「安の神、朝比奈アヒル…」
「俺が神だって知ってるって、まさかお前っ…」
「神っ!」
『……っ』
背後からの篭也の声に、アヒルが振り返り、少女がふと視線を逸らす。
「フフっ…また厄介事…?」
「わからない。だが、あまりいい予感はしない」
短く言葉を交わしながら、篭也と囁が、それぞれの言玉を取り出す。
「神月くん?真田さん?」
「あの玉って…」
そんな二人の方を振り返り、戸惑いの表情を見せる紺平と保。
「五十音、第六音“か”っ…」
「第十一音“さ”…」
「お、おいっ…!」
言玉を解放しようとしている二人に、アヒルが慌てた様子で声をあげる。
「や、やめろって!紺平も保もいっ…!」
「遅い…」
「へっ?」
すぐ傍から聞こえてくる声に、再び前を振り向くアヒル。
「あっ…!」
黒いグローブを付けた右手を、篭也たちへと向けている少女の、その右手の中には、青く輝く宝石のような玉が握られていた。その玉を見て、大きく目を見開くアヒル。
「あれはっ…!」
「言玉っ…?」
アヒルと同じように、驚きの表情を見せる篭也と囁。
「し…」
言玉を構えた少女が、ゆっくりと口を開く。
「“沈め”…」
「んなっ!?」
少女がそう呟いた途端、アヒルのすぐ後方の地面から、壁のように広がった水が勢いよく突き上がった。
「み、水っ?」
「な、何なのっ!?」
「ひええぇぇぇ~っ!」
「あっ…!」
突き上げた水を戸惑うように見上げていたアヒルであったが、その壁のような水が大波を形成し、紺平や保の方へと流れ込んでいくのを見て、焦ったように声をあげる。
「紺平!保!」
「チっ…!」
アヒルが身を乗り出す中、顔をしかめた篭也が、言玉の解放が終わっていない内に、大波の迫る二人の前へと飛び出していく。
「“か”、解放…!」
「篭也っ…!」
―――バァァァァァン!
「あっ…!」
言玉を格子へと変える篭也であったが、その後すぐに大波が押し寄せ、溢れるばかりの水の中に、篭也たち四人の姿が消えていった。水に呑み込まれた仲間たちに、アヒルが大きく目を見開く。
「みんなっ…」
「これで邪魔者はいなくなった…」
「クっ…!」
聞こえてくる声にアヒルが顔をしかめ、胸ポケットから言玉を取り出しながら、少女の方を振り向く。
「てめぇ!一体っ…!」
「安の神、朝比奈アヒル…」
言玉を取り出し、身構えるアヒルに、少女は落ち着いた様子で呼びかける。
「ウチの神が呼んでる。あたいと一緒に来てもらうよ…」
「ウチの、“神”っ…?」
少女のその言葉に、途端に表情を曇らせるアヒル。
「神って、じゃあっ…」
「“縛れ”…」
「へっ?」
少女が再び言葉を放つと、どこからともなく生じた水が、まるで縄のように細長い形を作って、アヒルの胴と両手を力強く握り締めた。あっという間に動きを封じられ、目を丸くするアヒル。
「よっ…」
「へぇっ?」
動けなくなったアヒルの体を、軽々と片手で持ち上げる少女。その怪力っぷりに、アヒルがさらに間の抜けた表情となる。
「行くか…」
「へぇぇぇっ!?」
アヒルを抱えたまま、少女が素早い身のこなしで、その場を去っていく。アヒルの困惑の叫び声が、その姿とともに徐々に小さくなり、やがて消えていった。
「……“涸れろ”」
静かになったその場に、小さな声が響くと、道の中心で大きな塊を作っていた水が、蒸発するようにあっという間に涸れ果て、その塊の中から、格子を構えた篭也が姿を現わした。
「無事か?囁」
「ええ…」
篭也が振り返ると、そのすぐ後ろに、横笛を構えた囁がしゃがみ込んでいた。
「二人は?」
「大丈夫よ…ちゃんと“催眠”の言葉で眠らせ…」
「はぁ~っ、すっごい大波でしたねぇ~」
「えっ…?」
すぐ傍で横たわり、眠っている紺平を見ながら、答えようとした囁が、聞こえてくる暢気な声に言葉を止める。
「今日、波浪警報出てたかなぁ?」
「…………」
眠っている紺平の横に座り、不思議そうに首を傾けている保の姿に、唖然とした表情を見せる囁。
「私の言葉が効かないなんて…」
「一応は、波城灰示の宿主だからな」
驚いている囁に、篭也が冷静に答える。
「それより神だ。理由はまったくわからないが、どうやら攫われたらしい」
「身代金目的かしら…?フフフっ…」
「ええぇ!?アヒルさん家に、身代金出せる甲斐性なんてあるんですかっ!?」
囁の言葉に敏感に反応し、焦ったように叫ぶ保。
「はぁっ!俺みたいな働いてもいない学生が、一丁前に一般家庭の心配しちゃってすみませぇ~ん!」
「とっとと行くぞ」
「ええ…」
叫び散らしている保を完全に無視し、アヒルを追うべく、態勢を整える篭也と囁。
「あ、えっ?あ、あのっ…!」
「あなたはソイツと一緒に学校へでも行っていろ。間違っても付いてくるな。邪魔だ」
「は、はぁっ…」
冷たく言い放つ篭也に、逆らうことも許されず、保が大人しく頷く。
「行くぞ、囁」
「ええ…フフっ…」
篭也の呼びかけに囁が頷くと、二人は、少女が去っていった方角へと、勢いよく駆け出していった。
「あっ…」
見えなくなっていく二人の背に、座っていた保が思わず立ち上がる。
「“言玉”…?」
戸惑うように呟いた保のその右手には、先程、篭也や囁が持っていたものと同じ、赤色の言玉が握り締められていた。
「すみません、紺平さん…」
眠っている紺平を見下ろし、保がそっと呟く。
「俺、行かないとっ…」
そう言って、意を決した表情で顔を上げると、保は二人の後を追うようにして、その場を走り去っていった。




