表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
49/347

Word.13 戦イノオワリ 〈1〉

「んっ…」

 アヒルが深く閉じていた瞳を、ゆっくりと開く。

「俺っ…」

「ようこそ、地獄へっ…フフフっ…」

「へっ…?」

 目を開いたアヒルの視界いっぱいに入り込んでくるのは、不気味に微笑んだ囁の顔。

「うぎゃあああああっ!」

 思わず悲鳴のような声をあげ、勢いよく起き上がったアヒルが、すぐ傍に座り、アヒルの顔を覗き込んでいた囁から、地面に腰を下ろしたまま、手足を動かし、逃げるように距離を取る。

「って、痛ててててっ…!」

 大きく動いたアヒルが、急に体中に走る痛みを感じ、その場にうずくまった。

「まだすべて傷を塞いだわけじゃないんだ。無暗に動くな」

「か、篭也っ」

 うずくまっていたアヒルのもとへと歩み寄ってきて、そう声を掛けたのは、篭也であった。篭也を見上げたアヒルが、少し驚いたような顔を見せる。

「お前ら、無事だったんだなっ」

「当たり前だろう」

 安心したような笑顔を見せるアヒルに、篭也は腕を組み、素っ気なく答えた。

「この通り、私はピンピンしてるわ…」

「っつーか、マジで地獄かと思っただろうがよっ」

「フフフっ…そう…?」

 再びアヒルのすぐ横へとやって来た囁が、少ししかめた表情を向けるアヒルを見て、満足げに微笑む。

「朝比奈くん」

「へっ?」

 近くから聞こえてくるもう一つの声に、アヒルが戸惑うように振り向く。

「み、雅さん!?」

 篭也や囁と並ぶようにして立っている雅に、驚きの表情を見せるアヒル。

「傷以外に痛むところや、体で動かしにくい場所などは、ありませんか?」

「へっ?あ、いやっ、別にねぇーけどっ…」

「それは良かった」

 アヒルの答えを聞き、雅が穏やかな笑顔を見せる。

「な、なんで雅さんがここにっ…?」

「為の神の命で冷やかしに来たそうだ」

「扇子野郎のっ?」

 代わりに答える篭也に、アヒルが目を丸くする。

「篭也はその冷やかしで来た彼に、とても助けられたみたいよ…?」

「囁」

「フフフっ…」

 余計なことを言うなとばかりに名を呼ぶ篭也に、囁がどこか楽しげに笑う。

「そっか…って、そういや俺っ…!あ、あれっ?」

 何かを思い出したように顔を上げ、周囲を見回したアヒルが、周りに広がる光景に、戸惑うように首を傾げる。そこは暗い空の広がる屋外で、遊園地の広場のような場所であった。

「俺…恐怖の館に居たはずじゃっ…」

「ああ、あれのことか?」

「あれっ?」

 篭也の言葉を聞き、アヒルが篭也の見ている先へと視線を送る。

「あっ…!」

 アヒルが動かした視線の先にあったのは、アヒルが足を踏み入れた頃の姿など、見る影もなく崩れ落ちた、恐怖の館の残骸であった。ただの瓦礫の山と化している館に、アヒルが唖然とした表情を見せる。

「な、なんでっ…」

「崩れ落ちちゃったのよ…派手に戦い過ぎたんじゃない…?フフフっ…」

「えっ?」

 微笑む囁の言葉に、アヒルが少し驚いた顔となる。

「けど俺、あんなとこから、どうやって外に…」

「ああ、それは彼女がっ…」

「こちらでしたか」

『……っ』

 戸惑うアヒルに篭也が答えようとしたその時、よく響く凛とした声が入って来て、二人は言葉を止め、同時に振り返った。

「あっ…!あんたはっ…!」

「十時間ぶりくらいですわね、安の神」

 その場に現れたのは、着物姿の美しい少女。昼間に突然、アヒルたちの前へと現れ、灰示の討伐を依頼していった、言姫、和音であった。同じ黒色の着物を着た従者を、数名連れている。

「なんで、あんたがここにっ…」

「僕が連絡した」

「十一時十分前でしたので、仕方なく、出て差し上げましたわ」

 篭也が答えると、その着物姿には似合わぬ携帯を持ちながら、和音がどこか含みのある笑みを浮かべた。

「わたくしの依頼を、見事に聞き届けて下さって、ありがとうございました。安の神」

「へっ?」

 急に礼を言われ、アヒルが間の抜けた声を漏らす。

「あなたのお陰で、波城灰示は倒れ、もう一人の神も、無事に救出することが出来ましたわ」

「もう一人の、神っ…?」

 和音の言葉に、アヒルがしばらく考え込むように間を置く。

「ああっ…!!」

 急に思い出した様子で、大きな声をあげるアヒル。

「やっべ!そういや俺っ、波城のことでいっぱいいっぱいで、もう一人の神のこと、すっかり忘れてたっ!」

 焦ったように、アヒルが言葉を放つ。

「そういや波城に捕まってるんだったよなっ!?やっべぇ!一体、どこにいんだぁっ!?」

「えっ…?」

 もう一人の神を探すように、必死に周囲を見回すアヒルに、和音がどこか驚いた表情を見せる。

「神なら、ずっとあなたと一緒に居ましたよ」

「へっ?」

 和音の言葉に、アヒルが目を丸くする。

「何言ってんだぁ?俺がずっと一緒に居たのは、保とザべスでっ…」

「はぁ…」

「……?」

 戸惑うように呟くアヒルに、和音が少し呆れるように、深々と肩を落とす。そんな和音の様子に、アヒルが戸惑うように首を傾げた。

「安の神に、自分が神であること、お話していらっしゃらなかったのですか?」

 そう問いかけながら、和音がそっと後ろを振り返る。

「“の神”」

「えっ!?」

「へっ…?」

 和音が振り返った先で、深々と地面に座り込んでいたのは、先程までアヒルと共に灰示と戦っていた、エリザであった。和音の言葉に、焦ったように声を出すエリザと、そんなエリザを見つめ、しばしの間、固まるアヒル。

「ええぇぇぇっ!?ザべスがぁぁぁ!?」

「エリザよっ!」

 両手で頭を抱え、激しく驚くアヒルに対し、エリザが名前の呼び名の訂正だけをしっかりと入れる。

「って、“えのかみ”って何だ?」

『あららっ』

 驚いたわりには、不思議そうに首を傾げるアヒルに、エリザや和音たちが一斉に肩を透かす。

「安附の君たち、戦いの最中から言おうと心に決めてたけど、神への教育がなってないんじゃないの?」

「まったくだな」

「言い返す言葉もないわね…フフっ…」

「ちったぁ反論してくれよっ…」

 エリザの指摘に、うんうんと頷く篭也と囁を見て、アヒルが少し落ち込んだ表情を見せる。

「衣の神は五十音、第四の音“え”の力を持つ者。“五神いづがみ”の一人で、衣団えだんに属する五十音士を束ねる方だ」

「まぁつまり、アヒるんと同じ“神様”というわけ…フフフっ…」

「ええぇぇっ!?ザべスが神様ぁぁぁっ!?」

「だからエリザだっつってんでしょうがっ」

 改めて驚きの声をあげるアヒルに、エリザがもう一度、名前の訂正を入れる。

「んなっ…!なななななっ…!」

「本当に言ってなかったようですわね」

「アハハっ…色々あって、つい言いそびれちゃったっていうかっ…」

 まだ信じられないといった表情を見せているアヒルに、和音が少し呆れたように、エリザを見る。するとエリザは、誤魔化すような、苦い笑い顔を和音へと向けた。

「衣の神には、篭也から報告を受ける以前から、この言ノ葉町で、忌増発の原因を探っていただいていたのです」

 和音がアヒルの方を向き、経緯を説明するように、言葉を続ける。

「わたくしが“安の神が目醒めた”という報告を聞いたのも、彼女からでしたのですが…」

「えっ?」

 和音のその言葉に、驚きの表情を見せるアヒル。

「じゃあ、あの時…お前が忌に襲われてたのってっ…」

「調査の一環よ」

 戸惑うように見つめるアヒルに、エリザはすぐさま答えを放った。

「まぁ、どの程度の言葉で忌が取り憑くかって、軽い気持ちで試しちゃったことは反省してるけどっ」

「本当、神として、あるまじき行為でしたわよねぇ」

「うっ…」

 どこか棘のある口調で言い放つ和音に、思わず顔をしかめるエリザ。

「おまけに、巻き込んじゃった一般人は安の神で、ホント、色々とあった調査だったわっ」

「……っ」

 困ったような笑みを浮かべるエリザに、アヒルがやっと驚きをおさめ、落ち着いた表情を見せる。

「エリザが神…」


―――私だって、一般人の家鴨あひるくんを巻き込むわけにはいかないのよっ!―――

―――うちへの任務だったのに、ったくっ…―――


「ああっ…」

 エリザが神であったと、そうわかると、今までのエリザに対しての疑問が、すべて自動的に解き明かされていくようであった。忌の存在を知っていたことも、何故、この場で再び出会ったのかも、すべてに納得がいく。

「そういう、ことだったのかっ…」

「館が崩れ落ちた時も、衣の神が“え”の力を使って、あなたたちを外まで連れ出したんだ」

「へっ?エリザが?」

「ああ」

 聞き返すアヒルに、篭也が短く頷く。

「でなきゃ、アヒるん…今頃、あの瓦礫の下で生き埋めよ…?フフフっ…」

「不気味に言うな。夢に見る」

 まるで脅すように耳元で呟く囁に、アヒルが少し引きつった表情を見せる。

「ありがとうなっ、ザべス」

「エリザよ」

 アヒルが笑顔を見せ、礼を言うと、エリザはいつものように、きっちりと呼び名の訂正を入れた。

「まぁっ、あれくらい、私の力を使えば簡単でっ…」

「そういえば、衣の神」

「勢いよく割って入ってくるわね…言姫…」

 得意げに話そうとしたエリザであったが、自分のペースを乱さない和音に、あっという間に言葉を遮られ、少し引きつった笑みを見せる。

「あなたの附き人が、どうしても来たいと言って聞かなかったので、同行を許可しましたわよ」

「げっ…」

「附き人?」

 和音の言葉に、エリザがさらに嫌そうに顔を引きつり、アヒルが首を傾げる。

「附き人って、エリザの仲間のこっ…」

「エリザ様ぁぁぁっ!!」

「どわあああっ!」

 問いかけようとしたアヒルのすぐ目の前へと、空から降ってくるようにして突如、人が現れ、アヒルは思わず大きな声を出して、体を逸らした。

「って…」

「エリザ様ぁぁぁっ!」

「に、忍者っ…?」

 アヒルの目の前へと降りてきたのは、本物の忍者のような装束を纏った、長い黒髪を一つに束ねている、黒く大きな瞳の少女であった。年はアヒルたちよりも少し下くらいであろうか。忍者のような装束ではあるが、その色は派手な緑色で、どこに居ても目立ちそうである。

「ご無事でっ…!ご無事で何よりでございますぅ~っ!」

「あぁ~、ハイハイっ…」

 大きな瞳に涙を浮かべ、至近距離まで駆け込んでくる、その忍者の少女に、エリザがどこかうんざりしたような表情を見せる。ハーフのエリザと、忍者の組み合わせというのも、妙な違和感がある。

「エリザ様にもしものことがあればっ…!私はっ、私はっ…!」

 言葉を詰まらせながら、感情の高ぶっている様子で、さらに声を張り上げるその少女。

「大好きな大福モチすら食べられないほど、三日間、落ち込むところでしたぁ~っ!」

「わりかし小さい落ち込みようだな…」

 叫びあげる少女のその言葉に、アヒルが思わず突っ込みを入れてしまう。

「あぁ~ハイハイっ、この通り、無事よっ。そこの家鴨クンのお陰でね」

「うぇっ?」

 エリザに指を差され、アヒルが目を丸くする。

「アナタ様が安の神でございますねっ…!」

「うおっ」

 急激に接近してくるその少女に、驚き、思わず後ずさるアヒル。

「我が神を助けていただき、誠にありがとうございましたぁ!この御恩っ、墓に入っても忘れませんっ!」

「いや、そこまで行ったら忘れろよっ…」

 少女の必死の叫びに、アヒルが引きつった表情で、突っ込みを入れる。

「っつーか、我が神ってことは、お前はっ…」

「はいっ!私、衣団、衣附えつきが一、“計守けもり”、慧左衛門子けいざえもんこと申します!」

「俺が言うのも何だけど、変な名前だな…」

 アヒルの前で片膝をつき、笑顔で名乗る忍者の少女のその名に、アヒルが少し顔を引きつる。

「普段はけいとお呼び下さいませっ!」

「はぁ…」

 大きな笑顔を見せる慧に、強く突っ込みを入れることも出来ず、大人しく頷くアヒル。

「まぁ見ての通り、うちの連中は、個性強いのが多くって。うっ…」

「エリザっ?」

「エリザ様っ…!」

 どこか困ったように、少し肩を落として話していたエリザが、急に顔をしかめ、身を屈める。そんなエリザにアヒルは首を傾げ、慧はすぐさま駆け寄った。

「お前、傷っ…!」

「僕が治そう」

「大丈夫っ」

「えっ…?」

 心配する表情を見せたアヒルの横から、篭也が名乗り出るように前へと出たが、そんな篭也に、エリザは軽く右手を突き出した。

「だがっ…」

「他団の人間の手を煩わせるまでもないわ。慧っ」

「はっ!」

 エリザに名を呼ばれると、慧がその場に膝をついたまま、懐へと手を入れ、緑色の宝石のような玉を取り出した。

「言玉っ…」

「五十音、第九の音“け”、解放っ」

 慧がそう言って、緑色の淡い光を放つ言玉を投げ放つと、言玉は慧の長い黒髪へと吸い込まれるようにして消えていく。言玉を吸収した途端、慧の髪留めが取れ、その黒髪がまるで浮き上がるように、大きく広がった。

「“せ”っ…!」

 慧の黒髪から放たれた強い光が、エリザの体全体を包み込む。

「あっ…」

 すると、その言葉の通り、見る見るうちに、エリザの全身の傷が消えていく。掻き消えていく傷を、驚いたように見つめるアヒル。

「“け”だけに、毛っ…」

「フフフっ…言うと思った…」

 どうやら違うところに感心を寄せていたらしいアヒルに、囁が楽しげに笑みを零す。

「それにしても…なかなかの治癒能力ね…」

「あれくらい、僕なら二秒だ」

「フフフっ…負けず嫌いっ…」

 囁が慧の力に感心していると、隣に立つ篭也が、どこかムキになるように様子で言い放った。

「ふぅっ」

 粗方、傷を消し終えると、慧の髪から言玉が分離され、髪が元通りの一つ結びに戻り、慧がホッと一息つく。

「申し訳ありません。すべての傷を、完全に消すことは出来ませんでした」

「随分、楽になったし、問題ないわ」

 そっと頭を下げる慧に、エリザが軽く笑顔を向ける。

「しかし、言葉の力でも、すべてを治しきれないとは…」

 言玉を右手の中に戻しながら、慧が少し驚いた顔を見せる。

「まぁ、ただでさえ傷だらけの状態で力を使い、二人も連れて、外へ脱出したのですもの。無理もないですわ」

「えっ…?」

 不意に口を挟んだ和音の言葉に、アヒルが目を見開く。

「ええっ!?」

「うわっ」

 突然、大声を放つアヒルに、エリザが少し驚く。

「な、何よっ?」

「言姫さんっ!あんた、今っ、“二人も連れて”っつったよなっ!?」

 エリザが戸惑うように見る中、アヒルが確かめるように和音へと問いかける。

「ええ、確かに」

「じゃあっ…!」

「彼なら、そこよ」

「……っ!」

 アヒルが何を気にしているのかわかっている様子で、エリザが指を指し示す。アヒルはすぐさま、エリザの指の先を、振り向き見た。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ