Word.12 救イ 〈4〉
「うっ…!」
それぞれの言葉を受けた弾丸と針が正面からぶつかり合い、激しい衝撃を生む。吹きつける強い風に、戦いを見守るエリザは、思わず目を細めた。
「ここに来て…言葉の威力が上がってるっ…」
先程よりも強い衝撃で、揺れ動く館全体に、驚きの表情を見せるエリザ。
「なんて戦いなのっ…」
エリザが目を見張り、爆煙の晴れていく部屋の中央を見つめる。
「はぁっ…はぁっ…」
灰示の爆撃を受け、さらにその傷を増やして、床に膝をついているアヒル。血の流れ落ちる額を押さえ、苦しそうに呼吸をしている。血を流し過ぎたのか、目が霞み始め、意識も朦朧とし始めていた。
「う、うぅ…うっ…」
一方、アヒルの弾丸を直に喰らい、床に倒れ込んでいた灰示は、傷だらけで血の流れ落ちる体を必死に起き上がらせながら、苦しげな声を漏らす。
「何故…何故、なんだっ…?」
上半身を起こし、誰にともなく問いかける灰示。
「何故っ…僕の邪魔をするんだっ…?保っ…」
そう言って灰示が、まだ激しく痛む自分の頭へと左手を触れる。灰示の問いかけている相手は、灰示の中にいる保であった。
「神の、言葉がっ…」
―――言葉の中には“救い”もあるって…俺はそう、信じてるっ!!―――
「あんな…言葉がっ…」
先程のアヒルの言葉を思い出し、大きく顔を歪める灰示。
「君の痛みをっ…救ったとでも言うのかっ…!?」
「波城っ…」
自分の中の戸惑いを前面に押し出すように、激しく声を荒立てる灰示を、アヒルが目を細め、見つめる。
「そんなの…認めないっ…」
灰示が急に、声を低くする。
「僕は…認めないっ…!!」
言葉とともに勢いよく立ち上がった灰示が、素早く両手に針を構える。
「“倍せ”っ…!」
針をアヒルへと放ち、言葉でその数を倍へと増やす灰示。
「……っ」
向かってくる針に、アヒルが少し考え込むような表情を見せた後、すぐに立ち上がり、左手の銃を自分のコメカミへと向けた。
「“あ………”」
誰にも聞き取れないほど小さな声で、“あ”のつく言葉を呟くアヒル。
「……っ!」
赤い光に包まれたアヒルの体が、空中へと飛び上がる。
「“上がれ”だろうっ!?読めてるんだよっ…!」
飛び上がったアヒルに、初めからアヒルの行動を予想していたかのように、構えていた大きめの針をすぐさま投げ放つ灰示。
「“放て”っ…!!」
「うっ…!」
飛び上がっている最中のアヒルへと、高速で放たれる一本の針。銃を構える暇もなく、アヒルが表情を歪める。
「ううぅっ…!」
次の瞬間、灰示の針が、アヒルの左胸へと、勢いよく突き刺さった。
「あっ…」
その光景に、大きく目を見開くエリザ。
「アヒルぅぅぅぅっ…!!」
エリザの悲痛な叫び声が、広間中に響き渡る。
「ハハハっ…」
エリザの叫びを聞きながら、針の突き刺さったアヒルの姿を見上げ、喜びの笑顔を向かべる灰示。
「ハハハハハっ…!」
灰示が喜びに溢れる、大きな笑い声をあげる。
「やったぁ!やったぞ!ついに神をっ…!これで!これで僕はっ…!」
―――パァァァァン!
「何っ…!?」
灰示が勝利を確信し、高々と叫びあげていたその時、左胸に針の突き刺さったアヒルの体が、赤い光の粒となって、勢いよく弾け飛んだ。その光景に、灰示が笑みを一瞬で消し、大きく目を見開く。
「こ、これはっ…!」
「“欺け”…」
「……っ!」
背後から聞こえてくる声に、すぐさま振り返る灰示。
「なっ…!」
「…………」
灰示が振り返った、すぐ先に立っているのは、灰示へと銃口を向けた、鋭い表情のアヒルであった。勿論、その左胸に、針の刺さった傷などない。
「新たな言葉をっ…!?」
「欺きの、弾丸っ…」
アヒルを見つめ、灰示とエリザがそれぞれ、驚きの表情を見せる。
「これで終わりだ、波城灰示っ!」
「うっ…!」
強く言い放つアヒルに、灰示が思わず顔を歪める。
「クっ…!」
「……っ」
針を構えようとする灰示に、アヒルが迷いなく、引き金を引く。
「“当たれ”っ…!!」
―――パァァン!
響き渡る、銃撃音。
「うっ…!」
向かってくる赤い光の弾丸に、針を構えることも出来なかった灰示は、どうすることも出来ず、ただ強く表情を引きつり、唇を噛み締めた。
「うああああああっ…!!」
アヒルの弾丸に貫かれ、灰示が後方へと吹き飛んでいく。
「うっ…!あっ…」
背中から、床へと倒れていく灰示。
「僕、はっ…」
高く、天井を見上げながら、灰示がそっと小さな声を漏らす。
「僕、はっ…世界から…“痛み”をっ…」
灰示の背中が、床へと落ちる。
「“痛み”を…なく、すっ…うぅっ…」
その言葉を最後に、灰示は深くその瞳を閉じ、床に倒れ込んだまま、指一本動かすことはなかった。
「…………」
構えていた銃を下ろし、どこか切なげな表情で、倒れた灰示をまっすぐに見つめるアヒル。戦いの終わりを知っているのか、下ろされた銃が、アヒルの手の中で、言玉の姿へと戻る。
「アヒルっ」
「あっ?」
名を呼ばれ、アヒルがゆっくりと振り返る。
「エリザっ…」
アヒルのもとへとゆっくりと歩み寄ってくるのは、傷ついた足を引きずるようにしている、エリザであった。エリザは大きな笑顔を、アヒルへと向ける。
「やったわねっ、本当に波城灰示を倒したじゃないっ」
「ああ…」
「……っ?」
あまり浮かない表情で、小さく頷くアヒルに、エリザが不思議そうに首を傾げる。
「何?あんまり嬉しくなさそうじゃない?」
「うぅ~んっ…」
エリザの問いかけに、少し唸るような声を漏らしたアヒルが、再び倒れている灰示の方を見つめる。
「やり方は間違ってるって思うけど、こいつの、“痛み”をなくしたいって気持ちだけはっ…」
灰示を見つめ、アヒルがそっと目を細める。
「やっぱり…そんなに間違ってたようには、思えなくてさっ…」
「……っ」
アヒルのその言葉に、エリザも同じように目を細めた。
―――だから、いつまで経っても、傷つく人間が減らないっ…―――
―――人間は“痛み”から解放されるんだっ…!―――
必死に叫ぶ灰示のその思いは、ひどく純粋なもののように思えて、それをすべて否定することなど、アヒルには出来なかった。
「いいんじゃない?君がそう思うなら、それで」
「へっ…?」
あっさりと肯定するエリザに、アヒルは少し戸惑うように振り向く。
「君が無理に、彼を“間違っている”と思う必要はないわ」
「……そっか」
エリザの言葉をもらい、アヒルはどこか安心したような、そんな笑みを浮かべた。
「さぁ、早く君の仲間のところへ行って、傷をっ…」
「うあっ…」
「えっ…?」
急に声にならない声を漏らしたアヒルが、力なく体を傾け、その場に倒れ込んでいく。
「俺、もうっ…限界、かもっ…」
「アヒルっ…!」
倒れていくアヒルを、エリザが抱きとめるようにして受け止め、アヒルを胸に抱えたまま、その場に座り込む。
「アヒルっ…!?」
「すぅーっ…すぅーっ…」
「……っ」
体の向きを変え、アヒルの顔を覗き込んだエリザであったが、穏やかな表情を見せ、気持ち良さそうに寝息を立てているアヒルに、安心したように笑みを零した。
「アハハっ、何かこれも、初めて会った時と同じね」
エリザが、アヒルの寝顔を見つめながら、どこか懐かしむように笑う。
―――ゴゴゴゴゴゴっ…!
「……っ?」
微笑んでいたエリザが、上方から聞こえてくる、響くような重い音に気づき、ふと眉をひそめ、顔を上げる。高い天井からは、パラパラと天井の破片のようなものが落ちてきており、柱や壁、広間全体が、大きく揺れ動き始めた。
「派手に戦ってたからね…崩れ落ちるのも時間の問題って感じか」
表情を曇らせながら、エリザが冷静に呟く。
「アヒル抱えて、入口まで走ってる時間もなさそうだし、それにっ…」
「…………」
エリザが動かした視線の先には、床に倒れている灰示の姿があった。
「仕方ないわね…」
そう言ってエリザが、右手を懐に入れる。懐から取り出したのは、緑色の、小さな宝石のような玉であった。
「第四の音、解放…」
エリザがそう言葉を発すると、その玉が強い緑色の光を放ち、玉を持っていたエリザの右手へと、吸い込まれるようにして消えていく。すると今度は、エリザの右手の指先が、緑色の光を放ち始めた。
「……っ」
顔つきを鋭くし、エリザが輝く指先を、崩れ落ちてくる天井へと掲げる。
「“描け”っ…!!」
―――パァァァァァンっ!




