表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
39/347

Word.10 予期セヌ再会 〈4〉

 ジェットコースター横。“加守”・神月篭也vs“比守”・昼川ヒロト。

「“かこえ”っ…!」

 篭也が強く言葉を発すると、六本の鉄格子が、ヒロトへ向けて次々と飛んでいき、ヒロトの周囲を取り囲むように地面へと突き刺さり、ヒロトの行動範囲を狭めた。

「閉じ込められたかぁ、ヒヒっ」

 周りを囲む格子に、焦った表情一つ見せず、そっと微笑んだヒロトが、右手に持った言玉を握り締める。

「“引き裂け”っ」

 ヒロトの言玉が青く輝くと、ヒロトの足元から細長い水の柱が何本か突き上げ、その先端を刃のように鋭く尖らせ、ヒロトの周囲に突き刺さる格子を弾き飛ばした。

「クっ…」

「“ひたせ”!」

 弾き飛ばされた格子を受け止めながら、険しい表情を見せる篭也に、ヒロトがさらに言葉を発する。すると先程の刃のような水が、一斉に篭也へと向かい、篭也の体を浸し始めた。

「チっ」

 篭也が舌を鳴らしながら、六本の格子を一本へとまとめる。

「“れろ”…!」

「……っ」

 一本となった格子を、篭也が水の浸食する地面へと突き刺すと、格子から赤い光が放たれ、高さを上げていた水を、あっという間に掻き消した。その光景に、ヒロトが少し驚いたように目を見開く。

「ナイスワードっ。イ段には最適の言葉だっ」

 すぐに驚きの表情を笑顔へと戻し、冷静に言い放つヒロト。

「さっきは避けただけだったのに、今、思いついたわけ?」

「ああ」

「ヒヒっ、さすがは安附ってとこ?」

 短く頷く篭也に、ヒロトが感心した様子で微笑む。

「じゃーあ、こういうのって、どう?」

「……っ?」

 再び右手を挙げるヒロトに、篭也が眉をひそめる。

「“えろ”!」

 ヒロトが言葉を発すると、右手の中の言玉が青く輝き、篭也の周囲の地面から、今度は水ではなく、氷が、山を積み上げるように、徐々に空へ向け上がってくる。

「こ、氷っ…?うっ…!」

 地面に突いていた篭也の格子も、その氷に呑まれ、凍りついて動かなくなってしまう。顔をしかめながら、必死に格子を引き抜こうとする篭也。

「イ段の能力には、水が状態変化した氷も含まれるっ。知ってる?ヒヒっ」

 氷の上に立ちながら、ヒロトがどこか得意げに話す。

「さぁ、これで武器は使えないっ。どうする?安附っ」

「……っ」

 挑発するように問いかけるヒロトに、曇る篭也の表情。

「ヒヒっ、やっぱ大したことないね、安団なんてもっ…」

「あまり…」

「んっ?」

 篭也の口から発せられる声に、ヒロトが言葉を止めて、顔を上げる。

「あまり、安団をナメるなよ」

「何っ…」

「“解凍かいとう”」

「……っ!」

 ヒロトが問いかけ終える前に、篭也が言葉を口にすると、篭也の凍りついた格子が赤い光を放ち、その光に当たれるようにして、徐々に周囲の氷が溶け始めた。溶けていく氷に、ヒロトが険しい表情を見せる。

熟語イディオムっ…」

「イ段には最適の言葉だろう?」

 表情を曇らせるヒロトへ、篭也が強気に問いかける。

「為の神が忌を凍りつかせて倒したのを見た時に、相手がイ段ならば、この言葉が有効だと考えていた」

「……ヒヒっ」

 冷静に話す篭也に、少し間を置いた後、ヒロトがそっと笑みを零す。

「さっすがは安附ってとこ?」

「ああ、僕は安附だ」

 先程と同じ言葉を繰り返すヒロトに、篭也が自信を持って頷く。

「だから、あなた如き比守に負けはしない」

「……っ」

 挑発的な篭也の言葉に、ヒロトの表情が、明らかに歪む。

「言ってくれるなぁ。けどっ」

 ヒロトが不意に目つきを鋭くし、右手の言玉を光らせる。

「そっちこそっ…!あんまりオレをナメないでくれるかなぁっ!ヒヒっ!」

 青く強い光を放つ言玉を、ヒロトが高々と掲げる。

「“氷結ひょうけつ”っ…!」

「なっ…!」

 ヒロトがそう叫ぶと、篭也が言葉で解凍したはずの氷が、再び生じ、先程よりも速い速度で、辺り全体を包み、空まで届きそうなほどに氷の壁を築きあげていく。

熟語イディオムっ…!」

 周囲に出来上がっていく氷の壁を見回しながら、篭也が険しい表情を見せる。

「クっ…!」

 地面に広がった氷が積み重なり、篭也の足元をも凍りつかせていく。

「クソっ…!“解とっ…!」

「“引き裂け”っ」

「うっ…!」

 格子を構え、言葉を放とうとした篭也の右腕を、地面から突如、突き上がって来た鋭い氷が、勢いよく斬り裂いた。格子とともに、氷に映える真っ赤な血が、地面へと落ちる。

「クっ…」

「ヒヒっ」

 格子を手放し、傷ついた右手を左手で押さえて、顔をしかめる篭也を見て、ヒロトが楽しげに笑う。

「グっ…!クっ…!」

 地面に落ちた格子を拾おうとする篭也であったが、すでに下半身は上がってきた氷により凍らされており、足の指一本動かすことの出来ない状態であった。

「これで解凍も出来ないねぇ?安附っ」

「くっ…」

 ゆっくりと歩み寄ってくるヒロトの方を見つめ、篭也が表情を険しくする。

「やっぱり、“たかだか安附”、だったかな?ヒヒっ」

 篭也のすぐ前に立ったヒロトが、篭也の険しい顔を覗き込むようにして、笑う。

「きっと君の神様も“たかだか神”で、オレの仲間に、あっさり倒されてるんだろうねぇっ」

「……っ」

「ヒヒっ、怒った?」

 ヒロトのその言葉に、今まで以上に強く、表情をしかめる篭也に、ヒロトがどこか楽しむかのように、聞き返す。

「さっきも怒ってたよねぇ?オレが君の神様を馬鹿にしたらっ」

 ヒロトが試すような口調で、大きく首を傾ける。

「そんなにあがめちゃうなんて、やっぱり変わってるよねぇ、団の連中ってっ」

 ヒロトがさらに言葉を続ける。

「だからオレ、団の連中って嫌いなんだよね」

 微笑みを浮かべながら、笑っていない冷たい瞳を、篭也へと向けるヒロト。

「“神様がすべて”?“すべては神のために”?ヒヒっ、馬鹿馬鹿しいっ」

「……っ」

 鬱陶しそうに声を大きくするヒロトに、篭也の表情が曇る。

「人間っ、本当に信じられるのは自分だけでしょうっ?オレは神様なんて信じないっ」

 笑ったヒロトが、はっきりと言い切る。

「オレが信じてるのは、オレだけっ!ヒヒっ!」

「…………」

 さらに笑みを大きくするヒロトを、篭也は細めた瞳で、逸らすことなく、まっすぐに見つめる。

「別に、いいんじゃないか?」

「えっ…?」

 返ってくる思いがけない言葉に、ヒロトが眉をひそめた。

「あなたがあなただけしか信じなくても」

 篭也がまっすぐな瞳を、ヒロトへと向ける。

「別に僕は、あなたに“自分を信じるな”とも、“神を信じろ”とも言う気はない」

 追いこまれた状況にあっても、まるで攻めるような口調で、ヒロトへの言葉を続ける篭也。

「僕の神は、僕が信じていれば、それでいい」

「……っ」

 篭也が、まっすぐに言葉をぶつけてくることが気に食わなかったのか、ヒロトが不快そうに、その顔を歪ませる。

「ヒヒっ、何、それっ?どっかの宗教っ?」

 歪ませた表情を笑みへと変え、小バカにしたように問いかけるヒロト。

「異常信者じゃあるまいし、今時、神神って流行らなっ…」

「僕は僕の神を信じている」

「えっ…?」

 ヒロトの言葉を強く遮る篭也に、ヒロトが戸惑ったように声を漏らす。

「だから、僕の神を侮辱する者を、僕は許しはしない」

「……っ!」

 篭也のその言葉に、ヒロトが大きく目を見開く。

「あ、そうっ」

 ヒロトが深く俯き、少し低い声を発する。

「じゃあっ、やってみなよっ…!」

 冷たい声が、氷の地面へと落ちる。

「“氷柱ひょうちゅう”っ…!」

 ヒロトが大きな声で言葉を発すると、右手の中の言玉が強く輝いて、ヒロトの右手全体が氷で包まれた。指先の氷が鋭く尖り、腕自体が、まるで氷の刃のように姿を変える。

「こいつで君の心臓を突き刺してっ、それで終わりだっ!」

「……っ」

 向けられる氷の刃の先端に、篭也が表情を厳しくする。

「君の神様にっ、最期の祈りでも送るといいよっ!ヒヒっ!」

「……っ!」

 振り上げられる刃に、大きく目を見開く篭也。

「か…」

 篭也が、自らの言葉を呟く。

「“火炎かえん”っ…!」


―――バァァァァンっ!


「何っ…!?」

 篭也が言葉を発すると、地面に落ちていた篭也の格子が赤く輝き、激しい炎へとその姿を変えて、篭也へ向けて振り下ろされていた、ヒロトの氷の刃を、一瞬にして溶かし尽くした。

「馬鹿なっ…!うああああああっ!」

 驚きの表情を見せていたヒロトが、氷を溶かした炎に右腕を焼かれ、苦しげな叫び声をあげる。

「うっ…うぅっ…!」

 ヒロトの焦げた右手から、力なく落ちる青い言玉。その瞬間、周囲を取り囲んでいた氷の壁が、一気に消え去る。

「こ、こんなっ…!」

「…………」

 右手を押さえながら、篭也の前から数歩後退していくヒロトを前に、篭也は至って落ち着いた表情で、火炎から姿を戻し、地面に落ちていた格子を、ゆっくりと拾い上げた。

「ア段の言玉の形状は武器のはずっ…!なんで火なんかっ…!」

 少し息を乱しながら、困惑した表情を、篭也へと向けるヒロト。

「まさかっ…君はっ…!」

「あなたに話す必要はない」

 何かを思いついた様子のヒロトへ、冷たく言い放つ篭也。

「“変格”」

 篭也がそう呟くと、格子の先端から刃が伸び、格子が鎌へと姿を変えた。

「終わりだ」

「うっ…!」

 鎌を構える篭也に、ヒロトの表情が歪む。

「“れ”っ…!」

 篭也が鎌を振り下ろすと、ヒロトへ向けて、赤い一閃が放たれた。

「ううぅっ…!」

 言玉もなく、ただ表情を引きつるヒロト。

「うああああああああっ!」

 正面から篭也の一閃を喰らい、ヒロトは全身から血を流して、後方へと倒れていった。ヒロトが地面に倒れた音を最後に、辺りに静けさが戻る。

「ふぅっ」

 少し肩を落とした篭也が、鎌を言玉の姿へと戻し、一息つく。

「神と囁、それに雅はっ…」

「ヒヒっ…」

「……っ?」

 他の皆が気になり、すぐにその場を離れようとした篭也が、後方から聞こえてくる、かすかな笑い声に、戸惑うように振り返った。

「ヒヒ…ヒヒヒっ…」

「……何がおかしい?」

 倒れ込んだまま、薄く笑みを浮かべているヒロトに、篭也が眉をひそめ、問いかける。

「言ったよね…?“招かれざる客が二人来てる”って…」

 もうあまり力強くもない声で、ヒロトがゆっくりと言葉を発する。

「その言葉の後に、灰示様はこう言った…」

 ヒロトがそっと、目を細める。

「“本当は、自分一人のはずだったのに”って」

「なっ…!」

 そのヒロトの言葉に、篭也が大きく目を見開く。

「さぁて…君の神様は大丈夫かな…?ヒヒヒっ…ヒっ…ヒ…」

 笑い声が徐々に小さくなると、ヒロトはついに力尽きたのか、その瞳を閉じ、がくりと首を落とした。

「……っ」

 ヒロトの笑い声が止み、再び静かになったその場で、表情を曇らせた篭也が立ち尽くす。

「波城灰示が、招かれざる客として、ここへ来ている…?」

 篭也が顔を上げ、遊園地の奥を見つめる。

「神っ…」

 篭也の不安げな声が、その場に響き渡った。


 “加守”・神月篭也vs“比守”・昼川ヒロト。勝者・篭也。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ