Word.10 予期セヌ再会 〈4〉
ジェットコースター横。“加守”・神月篭也vs“比守”・昼川ヒロト。
「“囲え”っ…!」
篭也が強く言葉を発すると、六本の鉄格子が、ヒロトへ向けて次々と飛んでいき、ヒロトの周囲を取り囲むように地面へと突き刺さり、ヒロトの行動範囲を狭めた。
「閉じ込められたかぁ、ヒヒっ」
周りを囲む格子に、焦った表情一つ見せず、そっと微笑んだヒロトが、右手に持った言玉を握り締める。
「“引き裂け”っ」
ヒロトの言玉が青く輝くと、ヒロトの足元から細長い水の柱が何本か突き上げ、その先端を刃のように鋭く尖らせ、ヒロトの周囲に突き刺さる格子を弾き飛ばした。
「クっ…」
「“浸せ”!」
弾き飛ばされた格子を受け止めながら、険しい表情を見せる篭也に、ヒロトがさらに言葉を発する。すると先程の刃のような水が、一斉に篭也へと向かい、篭也の体を浸し始めた。
「チっ」
篭也が舌を鳴らしながら、六本の格子を一本へとまとめる。
「“涸れろ”…!」
「……っ」
一本となった格子を、篭也が水の浸食する地面へと突き刺すと、格子から赤い光が放たれ、高さを上げていた水を、あっという間に掻き消した。その光景に、ヒロトが少し驚いたように目を見開く。
「ナイスワードっ。イ段には最適の言葉だっ」
すぐに驚きの表情を笑顔へと戻し、冷静に言い放つヒロト。
「さっきは避けただけだったのに、今、思いついたわけ?」
「ああ」
「ヒヒっ、さすがは安附ってとこ?」
短く頷く篭也に、ヒロトが感心した様子で微笑む。
「じゃーあ、こういうのって、どう?」
「……っ?」
再び右手を挙げるヒロトに、篭也が眉をひそめる。
「“冷えろ”!」
ヒロトが言葉を発すると、右手の中の言玉が青く輝き、篭也の周囲の地面から、今度は水ではなく、氷が、山を積み上げるように、徐々に空へ向け上がってくる。
「こ、氷っ…?うっ…!」
地面に突いていた篭也の格子も、その氷に呑まれ、凍りついて動かなくなってしまう。顔をしかめながら、必死に格子を引き抜こうとする篭也。
「イ段の能力には、水が状態変化した氷も含まれるっ。知ってる?ヒヒっ」
氷の上に立ちながら、ヒロトがどこか得意げに話す。
「さぁ、これで武器は使えないっ。どうする?安附っ」
「……っ」
挑発するように問いかけるヒロトに、曇る篭也の表情。
「ヒヒっ、やっぱ大したことないね、安団なんてもっ…」
「あまり…」
「んっ?」
篭也の口から発せられる声に、ヒロトが言葉を止めて、顔を上げる。
「あまり、安団をナメるなよ」
「何っ…」
「“解凍”」
「……っ!」
ヒロトが問いかけ終える前に、篭也が言葉を口にすると、篭也の凍りついた格子が赤い光を放ち、その光に当たれるようにして、徐々に周囲の氷が溶け始めた。溶けていく氷に、ヒロトが険しい表情を見せる。
「熟語っ…」
「イ段には最適の言葉だろう?」
表情を曇らせるヒロトへ、篭也が強気に問いかける。
「為の神が忌を凍りつかせて倒したのを見た時に、相手がイ段ならば、この言葉が有効だと考えていた」
「……ヒヒっ」
冷静に話す篭也に、少し間を置いた後、ヒロトがそっと笑みを零す。
「さっすがは安附ってとこ?」
「ああ、僕は安附だ」
先程と同じ言葉を繰り返すヒロトに、篭也が自信を持って頷く。
「だから、あなた如き比守に負けはしない」
「……っ」
挑発的な篭也の言葉に、ヒロトの表情が、明らかに歪む。
「言ってくれるなぁ。けどっ」
ヒロトが不意に目つきを鋭くし、右手の言玉を光らせる。
「そっちこそっ…!あんまりオレをナメないでくれるかなぁっ!ヒヒっ!」
青く強い光を放つ言玉を、ヒロトが高々と掲げる。
「“氷結”っ…!」
「なっ…!」
ヒロトがそう叫ぶと、篭也が言葉で解凍したはずの氷が、再び生じ、先程よりも速い速度で、辺り全体を包み、空まで届きそうなほどに氷の壁を築きあげていく。
「熟語っ…!」
周囲に出来上がっていく氷の壁を見回しながら、篭也が険しい表情を見せる。
「クっ…!」
地面に広がった氷が積み重なり、篭也の足元をも凍りつかせていく。
「クソっ…!“解とっ…!」
「“引き裂け”っ」
「うっ…!」
格子を構え、言葉を放とうとした篭也の右腕を、地面から突如、突き上がって来た鋭い氷が、勢いよく斬り裂いた。格子とともに、氷に映える真っ赤な血が、地面へと落ちる。
「クっ…」
「ヒヒっ」
格子を手放し、傷ついた右手を左手で押さえて、顔をしかめる篭也を見て、ヒロトが楽しげに笑う。
「グっ…!クっ…!」
地面に落ちた格子を拾おうとする篭也であったが、すでに下半身は上がってきた氷により凍らされており、足の指一本動かすことの出来ない状態であった。
「これで解凍も出来ないねぇ?安附っ」
「くっ…」
ゆっくりと歩み寄ってくるヒロトの方を見つめ、篭也が表情を険しくする。
「やっぱり、“たかだか安附”、だったかな?ヒヒっ」
篭也のすぐ前に立ったヒロトが、篭也の険しい顔を覗き込むようにして、笑う。
「きっと君の神様も“たかだか神”で、オレの仲間に、あっさり倒されてるんだろうねぇっ」
「……っ」
「ヒヒっ、怒った?」
ヒロトのその言葉に、今まで以上に強く、表情をしかめる篭也に、ヒロトがどこか楽しむかのように、聞き返す。
「さっきも怒ってたよねぇ?オレが君の神様を馬鹿にしたらっ」
ヒロトが試すような口調で、大きく首を傾ける。
「そんなに崇めちゃうなんて、やっぱり変わってるよねぇ、団の連中ってっ」
ヒロトがさらに言葉を続ける。
「だからオレ、団の連中って嫌いなんだよね」
微笑みを浮かべながら、笑っていない冷たい瞳を、篭也へと向けるヒロト。
「“神様がすべて”?“すべては神のために”?ヒヒっ、馬鹿馬鹿しいっ」
「……っ」
鬱陶しそうに声を大きくするヒロトに、篭也の表情が曇る。
「人間っ、本当に信じられるのは自分だけでしょうっ?オレは神様なんて信じないっ」
笑ったヒロトが、はっきりと言い切る。
「オレが信じてるのは、オレだけっ!ヒヒっ!」
「…………」
さらに笑みを大きくするヒロトを、篭也は細めた瞳で、逸らすことなく、まっすぐに見つめる。
「別に、いいんじゃないか?」
「えっ…?」
返ってくる思いがけない言葉に、ヒロトが眉をひそめた。
「あなたがあなただけしか信じなくても」
篭也がまっすぐな瞳を、ヒロトへと向ける。
「別に僕は、あなたに“自分を信じるな”とも、“神を信じろ”とも言う気はない」
追いこまれた状況にあっても、まるで攻めるような口調で、ヒロトへの言葉を続ける篭也。
「僕の神は、僕が信じていれば、それでいい」
「……っ」
篭也が、まっすぐに言葉をぶつけてくることが気に食わなかったのか、ヒロトが不快そうに、その顔を歪ませる。
「ヒヒっ、何、それっ?どっかの宗教っ?」
歪ませた表情を笑みへと変え、小バカにしたように問いかけるヒロト。
「異常信者じゃあるまいし、今時、神神って流行らなっ…」
「僕は僕の神を信じている」
「えっ…?」
ヒロトの言葉を強く遮る篭也に、ヒロトが戸惑ったように声を漏らす。
「だから、僕の神を侮辱する者を、僕は許しはしない」
「……っ!」
篭也のその言葉に、ヒロトが大きく目を見開く。
「あ、そうっ」
ヒロトが深く俯き、少し低い声を発する。
「じゃあっ、やってみなよっ…!」
冷たい声が、氷の地面へと落ちる。
「“氷柱”っ…!」
ヒロトが大きな声で言葉を発すると、右手の中の言玉が強く輝いて、ヒロトの右手全体が氷で包まれた。指先の氷が鋭く尖り、腕自体が、まるで氷の刃のように姿を変える。
「こいつで君の心臓を突き刺してっ、それで終わりだっ!」
「……っ」
向けられる氷の刃の先端に、篭也が表情を厳しくする。
「君の神様にっ、最期の祈りでも送るといいよっ!ヒヒっ!」
「……っ!」
振り上げられる刃に、大きく目を見開く篭也。
「か…」
篭也が、自らの言葉を呟く。
「“火炎”っ…!」
―――バァァァァンっ!
「何っ…!?」
篭也が言葉を発すると、地面に落ちていた篭也の格子が赤く輝き、激しい炎へとその姿を変えて、篭也へ向けて振り下ろされていた、ヒロトの氷の刃を、一瞬にして溶かし尽くした。
「馬鹿なっ…!うああああああっ!」
驚きの表情を見せていたヒロトが、氷を溶かした炎に右腕を焼かれ、苦しげな叫び声をあげる。
「うっ…うぅっ…!」
ヒロトの焦げた右手から、力なく落ちる青い言玉。その瞬間、周囲を取り囲んでいた氷の壁が、一気に消え去る。
「こ、こんなっ…!」
「…………」
右手を押さえながら、篭也の前から数歩後退していくヒロトを前に、篭也は至って落ち着いた表情で、火炎から姿を戻し、地面に落ちていた格子を、ゆっくりと拾い上げた。
「ア段の言玉の形状は武器のはずっ…!なんで火なんかっ…!」
少し息を乱しながら、困惑した表情を、篭也へと向けるヒロト。
「まさかっ…君はっ…!」
「あなたに話す必要はない」
何かを思いついた様子のヒロトへ、冷たく言い放つ篭也。
「“変格”」
篭也がそう呟くと、格子の先端から刃が伸び、格子が鎌へと姿を変えた。
「終わりだ」
「うっ…!」
鎌を構える篭也に、ヒロトの表情が歪む。
「“刈れ”っ…!」
篭也が鎌を振り下ろすと、ヒロトへ向けて、赤い一閃が放たれた。
「ううぅっ…!」
言玉もなく、ただ表情を引きつるヒロト。
「うああああああああっ!」
正面から篭也の一閃を喰らい、ヒロトは全身から血を流して、後方へと倒れていった。ヒロトが地面に倒れた音を最後に、辺りに静けさが戻る。
「ふぅっ」
少し肩を落とした篭也が、鎌を言玉の姿へと戻し、一息つく。
「神と囁、それに雅はっ…」
「ヒヒっ…」
「……っ?」
他の皆が気になり、すぐにその場を離れようとした篭也が、後方から聞こえてくる、かすかな笑い声に、戸惑うように振り返った。
「ヒヒ…ヒヒヒっ…」
「……何がおかしい?」
倒れ込んだまま、薄く笑みを浮かべているヒロトに、篭也が眉をひそめ、問いかける。
「言ったよね…?“招かれざる客が二人来てる”って…」
もうあまり力強くもない声で、ヒロトがゆっくりと言葉を発する。
「その言葉の後に、灰示様はこう言った…」
ヒロトがそっと、目を細める。
「“本当は、自分一人のはずだったのに”って」
「なっ…!」
そのヒロトの言葉に、篭也が大きく目を見開く。
「さぁて…君の神様は大丈夫かな…?ヒヒヒっ…ヒっ…ヒ…」
笑い声が徐々に小さくなると、ヒロトはついに力尽きたのか、その瞳を閉じ、がくりと首を落とした。
「……っ」
ヒロトの笑い声が止み、再び静かになったその場で、表情を曇らせた篭也が立ち尽くす。
「波城灰示が、招かれざる客として、ここへ来ている…?」
篭也が顔を上げ、遊園地の奥を見つめる。
「神っ…」
篭也の不安げな声が、その場に響き渡った。
“加守”・神月篭也vs“比守”・昼川ヒロト。勝者・篭也。




