Word.10 予期セヌ再会 〈3〉
メリーゴーランド近辺。“美守”・箕島雅vs“保守”・穂並蛍。
「“満ちれ”!」
青い言玉を構えた雅の言葉により、どこからともなく生じた大波が、遊園地の地面を走り抜け、蛍へと向かっていく。
「“干せ”」
蛍も雅と同じように白い言玉を構え、自らの言葉を発して、その波を一瞬にして干上がらせる。
「懲りない…何度、消されれば、気が済む…?」
「……っ」
呆れたように、上から目線で言い放つ、雅よりも幼く見える蛍の言葉に、雅が少し眉をひそめながら、眼鏡の縁を人差し指で押し上げた。
「あんたの大波は僕には通じない…それがわからないか…?それとも他に、言葉がないか…?」
「随分と偉そうな物言いですね」
問いかけを続ける蛍に、雅は眉をひそめたままの表情を向ける。
「年上への態度というものがなっていません」
「ほぉー、態度…」
雅の言葉を受け、蛍が嘲笑うかのような笑みを浮かべる。
「そんなもの、一度も習ったことがない…」
「ならここで、教えて差し上げますよっ」
急に表情を鋭くした雅が、言玉を持った右手を掲げた。
「“水柱”っ!」
「うっ…」
突如、蛍の周囲の地面から、幾本かの水柱が突き上がり、蛍が思わず顔をしかめて、後方へと飛び避ける。
「逃がしません」
「何っ?」
後方へと飛んだ蛍を、突き上げた水柱がその柱部分を大きく曲げ、まるで生きているかのように動いて、追っていく。
「クっ…!」
地面に着地した蛍が、そのまま地面を駆け抜け、追ってくる水柱から必死に逃げる。
「ほぉー…熟語か…」
追ってくる水柱を振り返りながら、蛍がどこか感心したように呟く。
「だがっ…!」
「えっ…?」
突然振り向き、水柱と向き合う蛍に、雅が目を丸くする。
「あんただけが、熟語を使えるわけじゃないっ…!」
蛍が勢いよく、言玉を握り締めた右手を前へと突き出す。
「“保護”!」
―――パァァァン!
「なっ…!」
蛍の言葉に反応し、言玉が白い光を放つと、その光は蛍の体全体を包むようにして広がり、蛍へと向かっていた雅の水柱を、次々と受け止め、砕き落とした。飛び散る水飛沫に、雅が驚いたように目を見開く。
「熟語を…」
「僕を、その辺の五十音士と一緒にしてもらっては困る…それにっ…」
圧倒された様子で蛍を見つめる雅に、蛍がまるで勝ち誇ったかのような笑みを向けた。
「僕は“保守”…オ段に属する五十音士…」
「……っ」
蛍の言葉に、雅の表情が曇る。
「その表情…オ段の力を知っている…?」
「言玉の形状は、段によって異なる…」
蛍に答えるように、すぐさま言葉を続ける雅。
「ア段は武器、イ段は水、ウ段は生物、エ段は身体強化、そして…」
雅がそっと、眉間に皺を寄せる。
「オ段はその形状に限りがなく、どんな形状でも複数個使える…言わば、何でもありの力…」
「ほぉー、詳しい…その通りっ」
すらすらと答えた雅に、蛍がどこか満足げに笑う。
「だから、オ段は強い…五段の中で最も…」
蛍を包んでいた保護の光が消え、光の収まった言玉を、蛍が強く握り締める。
「灰示様に敵うとは思ってないが…他の誰より強い自信はあるっ…!」
「あっ…!」
蛍の右手に握り締められた言玉が、再び強い白色の光を放ち始めると、今度はその形状を変えていく。姿を変えていく言玉に、思わず目を見張る雅。
「ほ、砲銃っ…?」
「……っ」
言玉から姿を変えた、バズーカのような巨大な白色の砲銃を、蛍が小さい体の肩に乗せるようにして、力強く構える。
「“砲撃”…!」
「うっ…!」
蛍の言葉に乗り、その砲銃から、白い光の塊のような砲弾が放たれる。
「み、“満ちれ”っ…!」
後ろへと下がりながら、砲弾へ向け、生じさせた波を向かわせる雅。
―――パァァァン!
「うっ…!」
だが砲弾は、波をあっさりと突き抜け、雅へと向かってきた。
「波なんかで止められるはずない…」
険しい表情を見せる雅とは対極に、勝ち誇ったように微笑む蛍。
「うっ…!うあああああっ!」
波を突き抜けた砲弾を受け、雅が勢いよく後方へと弾き飛ばされる。
「うっ…!くっ…」
何とか踏み止まった雅が、所々血の流れる体を必死に支える。
「グウゥっ…!」
「えっ…?」
すぐ背後から聞こえてくる獣の声に、雅が戸惑うように振り向く。
「イヌっ…?」
雅が振り向くと、そこには一匹の白いイヌの姿があった。睨みつけるように雅を見上げており、その体全体は、淡い白色の光で包まれている。
「あっ…!まさかこれも言玉っ…!?」
「“吼えろ”っ!」
「グアアアっ!」
「ううっ…!」
雅が焦りの表情を見せたその時、蛍が大きく言葉を発すると、その言葉に応えるように、イヌが激しい咆哮をあげ、勢いよく雅へと飛びかかって来た。
「うあっ…!」
イヌに足を噛みつかれ、思わず、その場に倒れ込む雅。
「う、うぅっ…」
「ほぉー…」
倒れた雅を見つめ、どこか満足そうに微笑みながら、蛍がイヌを、もとの言玉の姿へと戻す。
「どうだ…?わかったか…?」
もとに戻った言玉を右手で転がしながら、蛍がゆっくりと雅の方へと歩み寄って来る。
「これがオ段の力…僕の力…イ段のあんたごときの力、相手にもならない」
「偉そうな…口振りですね…」
倒れたまま顔を上げた雅が、刺すような視線で、蛍を見上げる。
「当たり前…強い者が偉いのが、この世界…あんたより僕が強いから、あんたより僕が偉い…」
「そうですか…」
蛍の言葉に頷いた雅が、上げていた顔を下ろし、下を向く。
「では年上への態度を教える前に、あなたに勝つとしましょうか」
「何っ…?」
その言葉を聞いた途端に、蛍が眉をひそめる。
「この状況で何を馬鹿なことをっ…」
「“満ちれ”」
「……っ」
下を向いたままの雅が言葉を発すると、二人の周囲から勢いよく波が吹き出し、天高く突き上げたところで合流して、二人を包むようにして、水のドームのようなものを形成した。
「今更、こんな水で何をっ…」
そう言って軽く笑うと、蛍が再び、言玉を砲銃へと変えた。
「言葉も発せなくしてやるっ…!」
砲銃を、雅へと向ける蛍。
「“砲撃”っ…!」
白い光の塊が、勢いよく雅へと放たれた。
―――パァァァン!
「なっ…!」
砲弾を受けた雅の体が、水飛沫となって、勢いよく弾け飛ぶ。
「水っ…!?」
飛び散る水を見回し、蛍が少し焦ったような声を出す。
「どこを撃っているんです?」
「……っ!」
背後から聞こえてくる声に、蛍が勢いよく振り返る。すると波で出来た水壁にもたれるようにして、平然とした表情の雅が立っていた。
「そこかっ…!“砲撃”…!」
再び砲弾を、雅へと向ける蛍。
―――パァァァン!
「うっ…!」
だが、またしても砲弾に撃ち抜かれた雅の体は、水飛沫となって飛び散っていった。
「また…水っ…?」
「どこを撃っているんです?」
「……っ!」
同じように聞こえてくる声に、蛍がさらに目を見開く。
「どこを撃っているんです?」
『どこを撃っているんです?』
「なっ…」
重なるようにして聞こえてくる、雅の、まるで同じ声の、まるで同じ言葉。蛍が顔を上げ、周囲を見回すと、水の壁一面に立ち並ぶ、幾人もの雅の姿がそこにあった。視界に入る複数の雅の姿に、蛍が思わず言葉を失う。
「こ、これはっ…」
『“水鏡”と言います』
戸惑う蛍に答えるように、周囲に並ぶ雅が、一斉に声を揃える。
「水、鏡っ…」
『ここまでのようですね。保守くん』
「……っ」
幾人もの雅の言葉に、蛍が勢いよく顔をしかめる。
「何を言っている…!?数が増えたくらいで、オ段の僕に勝てるわけがっ…!」
『確かにあなたは強かった』
強く叫ぶ蛍の声を、幾つもの声で遮る雅。
『ですが…僕よりは弱かったようですよ』
「なっ…!」
強く言い切る雅のその言葉に、何か強いものを感じ、蛍が表情を曇らせる。
「偉そうな口をっ…!こんな水鏡っ、片っ端から撃ち抜いてやっ…!」
『そんな時間はありません』
「えっ…?」
砲銃を構えた蛍に対し、周囲を取り囲んだ雅たちが、一斉に右手を上へと掲げる。
「ま、まさかっ…!」
焦ったように、上方を見上げる蛍。
『“充たせ”』
「……っ!」
ドームのように蛍の上方を覆っていた水が、一気に崩れ落ち、滝のように激しく、蛍へと落ちてくる。
「うっ…!」
歪む、蛍の表情。
「うわあああああっ!」
落ちてくる水に、呑み込まれていく蛍。
―――バァァァァンっ!
「…………」
崩れ落ちていく水のドームを、少し離れたアトラクションの柵の上から、遠い瞳で見つめる雅。やがてずべての水が地面へと流れ落ちると、水はすぐさま姿を消し、地面に気絶して、倒れ込んだ蛍の姿だけが残った。
「ふぅっ」
一息ついた雅が、人差し指で眼鏡の縁を上げる。
「あ、そういえば、年上への態度教えるの、忘れましたね」
“美守”・箕島雅vs“保守”・穂並蛍。勝者・雅。




