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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
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Word.10 予期セヌ再会 〈1〉

 波守・波城灰示の討伐のため、遊園地跡へと乗り込んだアヒルたちを待ち受けていた波行の五十音士たち。招かれざる客である雅と保も加え、アヒルたちは波行との戦いを繰り広げた。そして部守を倒したアヒルは、半ば無理やり付いてきた保とともに、遊園地の最奥・恐怖の館へとやって来ていた。


「うっわぁ~、さらにも増して不気味な雰囲気ですねぇ~」

「…………」

 いつの間にかアヒルの懐中電灯を手にし、アヒルよりも前を歩き、薄暗い恐怖の館の中をどんどんと突き進んでいく保。そんな保の後ろを付いていくように歩きながら、アヒルが呆れた表情を見せる。

「ん?どうしたんですかぁ?アヒルさん。こう言っちゃなんですけど、ププっ、怖い、とかぁっ?」

「笑うな!ちょっと薄気味悪い所が苦手なだけだっ!」

 小バカにしたように笑う保に、思わず怒鳴り、苦手なことを認めてしまうアヒル。

「だいたいビビりのお前が、何でこんなとこ、平気なんだよ?」

「俺、昔っから、こういうとこは大丈夫なんですよねぇ~。コーヒーカップとかは死ぬほどダメなんですけど」

「普通、逆だろっ…」

「何かこうっ…」

 保が懐中電灯の光を地面に向け、真っ暗な天井を見上げる。

「暗闇が、落ち着くっていうかっ…」

「……っ」

 いつもとは違う、どこか大人びた笑顔を見せる保を、アヒルは少し驚いたように見つめた。

「たもっ…んあっ?」

 保に呼びかけようとしたアヒルが、ふと何かに気づく。

「何だよ?お前、怪我してんじゃねぇーかっ」

「へっ?」

 アヒルが保の左腕を指差すと、保が目を丸くして、左腕を見下ろした。確かに制服の裾が破れ、白いシャツに血が滲んでいる。

「ぎゃああぁ~!血ぃぃ~っ!」

「落ち着け、明らかに軽傷だっ」

 先程の大人びた笑顔はどこにいったのか、激しく取り乱す保に、アヒルが一気に呆れた表情となる。

「俺が吹っ飛ばした時に、切っちまったかぁ?まぁとりあえず、これでも巻いてろよっ」

「ふぇっ?」

 アヒルが取り乱している保へと差し出したのは、鳥のアヒル柄の、可愛らしい一枚のハンカチであった。

「こ、こここれって、も、もしかして、ア、アヒルさんのっ…」

「笑うんじゃねぇ!アホ親父が買ってきたから、仕方なく使ってんだよっ!仕方なくっ!」

 笑いを堪えるように声を震わせる保に、アヒルが勢いよく怒鳴りながら、半ば無理やり、そのアヒルのハンカチを手渡す。

「ハハハっ、ありがとうございますっ」

 ついに笑いを零しながら、保が傷に巻こうと、ハンカチを広げる。

「はぁっ…!!」

「あっ?」

 急に大きな声を出す保に、首を傾げるアヒル。

「も、もしハンカチに、俺みたいなB型の血がこべりついちゃって、赤染みドバンとなってしまったらっ、どうしましょうっ!?」

「そん時はやるよ、そのハンカチ」

 慌てふためく保に対し、アヒルは至って冷静に答える。

「でも折角、アヒルさんのお父さんが買ってきてくれたものをっ…!」

「ウチの親父なら、そういうの逆に喜ぶから大丈夫だって。むしろ、すぐに次のハンカチとか買ってきそうだしっ」

「……っ」

 嫌そうに答えるアヒルを見て、保がそっと目を細める。

「とっても仲がいいんですね」

「んなことっ…あっ」


―――親は…いないので…―――

 その時、思い出されたのは、昼間の保の言葉であった。


「わ、悪いっ」

「いえ、気にしないで下さい」

 申し訳なさそうな顔を見せるアヒルに、保が笑みを向ける。

「昼間も言いましたけど、もう、いないことに慣れちゃったんで、特に悲しいとか、そういうのないですから」

「……っ」

 微笑んだまま答える保を見つめ、アヒルが目を細める。

「お前の親、その、何でっ…?」

「自宅が火事になって、その時、両親ともに…もう十年くらい前の話です」

「そう、かっ…」

 保の答えを聞き、アヒルが歯切れ悪く頷く。

「最初はすごく辛かったですけど…俺、両親との楽しい思い出とか、全部忘れるようにしたんで、もう大丈夫なんですっ」

「えっ…?」

 笑顔で答える保に、アヒルの表情が曇った。

「忘れる…?」

「はい。ずっと憶えていたら、笑うことすら出来なくなってしまいそうで…ならいっそ、楽しかった思い出ごと、忘れた方がいいと思ってっ」

「…………」

 保がさらに言葉を続けると、アヒルはその視線を暗い恐怖の館の床へと落とし、考え込むような表情を作った。

「俺は…忘れたくないな…」

「へっ…?」

 突然、呟き落とすアヒルに、保が戸惑うように顔を向ける。

「すっげぇ悲しかったし、今だって思い出す度に痛いけど…でも、忘れなかったし、これからも忘れない…」

「ア、アヒルさんっ…?」

「……っ」

 困惑する保を前に、アヒルがそっと目を伏せる。


―――アーくん、朝御飯だよぉっ―――

 楽しかった、思い出。

―――兄ちゃんなんかっ!いなくなればいいんだっ…!!―――

 何よりも痛い、傷痕。


「あの人が“生きてた”ってことっ、忘れたくない」

「……っ」

 顔を上げ、まっすぐな瞳で言い放つアヒルに、保は思わず目を見開いた。アヒルの過去を知らない保にとって、何故、アヒルがこんなことを言うのかなど、理解の出来ないことではあったが、その言葉には、確かな力があった。

「この痛みを忘れたら、俺は一生っ…本当の笑顔で、笑えなくなる気がするからっ…」

「…………」

 再び俯き、そっと左胸に手を当てるアヒルを、保が真剣な表情で見つめる。

「あ…あの、アヒルさっ…」

「……っ!」

「えっ?」

 呼びかけようとした保が、急にその表情を鋭くし、前方を見つめるアヒルに、戸惑うように首を傾げる。

「アヒルさっ…」

「黙れっ」

「んっ!」

 アヒルに制するように手を出され、保が慌てて両手で口を押さえる。

「誰か来るっ…」

「えっ…?」

 近づいてくる足音に、アヒルと保が、その表情を険しくする。

「……っ」

 保の前に立ち、保の懐中電灯の光の差す方向を見つめ、右手に持った銃を身構えるアヒル。

『…………』

 徐々に大きくなる足音に、アヒルと保が息を殺し、意識を集中する。

「……っ!」

 現れたその人物へ、鋭く銃口を向けるアヒル。

「誰だっ…!」

「誰っ…!?」

 静かな廊下で、重なる声。

『えっ…?』

 互いに重なった声に、アヒルとその人物が戸惑うように、声を漏らす。

「あっ…!」

 だが、その人物の姿を、懐中電灯が照らし出した瞬間、アヒルが大きく目を見開いた。

「おっ、お前っ…!」

「アヒルさんっ?」

 懐中電灯が照らしだしたのは、アヒルと同じように驚きの表情を見せる、金色の巻き毛の美しい少女。そんなアヒルを、後ろから保が、戸惑うように見つめる。

「お前はっ…」


―――あれは忌っ…―――

―――私を信じて…お願いっ…―――

 それは、初めて忌に遭遇した日、出会った少女。


「あの時、のっ…」

「君はっ…」

 少女もアヒルを見つめ、声を発する。

「朝比奈…アヒルっ…?」



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