Out Of Word. あノ夏ノ日 〈4〉
「グウウウゥゥゥ…」
『…………』
コトノハレンジャーの格好で、舞台の上に立ったまま、忌に取り憑かれた綴と向き合う、アヒルたち安団。
「安二木」
「ああ?」
アヒルが、同じく舞台に立ったままの、アニキックスの格好をした守を呼ぶ。
「観客の皆を守っといてくれ。万が一、攻撃が飛んでも大丈夫なように」
「そりゃ、いいけどよぉ」
頷きながらも、守が眉をひそめる。
「それなら、逃がした方が安全じゃねぇか?子供だって、たくさん居るわけだし」
「…………」
「朝比奈?」
守の提案に答えようとせず、ただ気難しい表情で、まっすぐに綴を見つめているアヒルを見て、守が首を傾げる。
「観客を逃がし、このまま劇を終わらせてしまっては、小花司の痛みは、拭えなくなるのではないか」
横から入って来る声に、アヒルと守が同時に振り向く。
「篭也」
「そう考えているのだろう?」
アヒルの考えなど、見通しているように言い放つ篭也に、アヒルが口元を緩め、そっと笑みを浮かべる。
「ああ、よくわかったな。さっすが、俺の神附き」
「当然だ」
微笑むアヒルに、篭也が得意げに答える。
「それくらい、私だってわかってたわよ…」
「わ、私もだよ!」
「何をムキになっている」
少しケンカ腰に、口々に主張する囁と七架に、篭也が呆れたように表情をしかめる。
「すみません!俺、全然わかりませんでしたぁー!」
「あなたには、何も期待していない」
大声で謝る保に、冷たく言い放つ篭也。
「そういうことなら、仕方ねぇなぁ。おい、お前等!」
納得するように頷いた守が、傍に立っている子分たちの方を振り向く。
「お前等の出番は終わりだってよ。先に舞台袖に下がっとけ」
『はい、アニキ!』
守の言葉に素直に頷き、子分達は皆、足早に舞台袖へと下がっていった。アヒルたち五人を舞台に残し、守が舞台を降りて、観客席のすぐ前へと立つ。
「五十音、三十一音“ま”、解放!」
右手に握り締めた言玉を、自身の文字を解放し、二つの円月輪へと変える守。両手に構えた円月輪を、空へと高々と放り投げ、守が大きく口を開く。
「“守れ”!」
円月輪が空を舞うと、舞台と舞台袖、そして観客席を遮るようにして、薄い赤色の光の膜が張られる。張られていく膜を、観客たちは、興味深く見つめていた。
「よぉぉーし、これで粗方の攻撃はっ…」
「ねぇねぇ」
「あ?」
円月輪を手元に戻し、自らが張った膜を見上げ、満足げに頷いていた守が、後方の観客席の方から、可愛い声に呼ばれ、振り返る。守が振り返ると、まだ幼い二人の子供が、黒目ばかりの瞳をまっすぐに、守へと向けていた。
「アニキックスは、わるいやつじゃないの?」
「なんで、コトノハレッドのいうこと、きいてるの?」
「へ!?あ、えぇ~っと、それはぁ」
子供たちからの素朴な疑問に、焦るように表情をしかめながら、守が考えを巡らせる。
「心を入れ換えたんだよぉ!悪い奴だって、反省して、イイ奴になったりするんだぞぉ!?」
『ふぅ~ん』
必死に言葉を紡ぎ、何とか子供たちを納得させる守であった。
「“包め”…」
「ん?」
静かに言葉を発し、守の張った膜に被せるようにして、目には見えないほどの薄い、金色の結界を張るツバメに気付き、スズメが振り向く。
「二重にしたのか?」
「一応ね…安二木くんの力だけじゃ、何か頼りないし…」
「ま、そりゃ言えてるな」
ツバメの言葉に、納得するように頷くスズメ。勿論、守本人には聞こえているはずもないが、相当に酷い発言をしている。
「それで…?アヒルくんたちの手助け、するの…?」
「んん~、別にしなくていいんじゃね?」
問いかけるツバメに、どこか適当な口調で答えるスズメ。
「なんせ」
スズメが言葉を続けながら、ゆっくりと視線を動かしていく。
「アーくぅ~ん、頑張ってぇぇ~!」
「親父、盛り上がってるし」
「そうだね…」
応援幕を振り上げ、舞台上のアヒルへと声援を送る父に呆れつつ、頷き合うスズメとツバメであった。
「第六音“か”、解放」
「第十一音“さ”、解放…」
「第十六音“た”、解放!」
「第二十一音“な”、解放…!」
篭也たち四人が、言玉を解放し、それぞれの武器を構える。一瞬で言玉から武器へと姿を変えさせ、見たこともない武器を勇ましく身構える四人に、観客席からは、感動の声が漏れる。
「ナナってば、薙刀なんて持っちゃって。すっごい演出ねぇ~」
真っ赤な薙刀を構えた親友の姿に、舞台袖で見つめる想子が、観客たち同様、感心した様子で言う。
「あいつ等、いつの間に、こんな演出作ってたのかしらぁ?練習じゃ、一度もやってなかったのに」
「そうだね。ハハハ…」
事情を知る紺平は、感心する想子の横で、乾いた笑みを浮かべている。
「ってか、監督の私に内緒って、どういうこと!?」
「さ、さぁ?」
「まったく!終わったら、文句言ってやるんだから!」
「そうだね。アハハ…」
想子の言葉に頷きながら、今は、この劇が無事に終わることを願う紺平であった。
「言玉を解放はしたものの、あれでは攻撃出来ないな」
「ああ。何とかして、忌を綴から切り離さねぇと」
互いに武器を構えたアヒルと篭也が、まっすぐに綴を見つめながら、観客に聞こえないように、静かに言葉を交わす。忌が綴に取り憑いている状態で、忌を攻撃すれば、綴の体まで傷つけることになってしまう。それを、アヒルは避けたかった。
「もう一度、彼等に謝ってもらう…?」
『ひぃぃ~!ごめんなさぁぁ~い!』
囁が舞台の上から、舞台前に座り込んだままのスタッフの男たちへと、鋭い視線を送る。すぐにその視線を感じ取り、男たちはまた、深く頭を下げ、謝罪の言葉を叫ぶ。必死な叫びは十分に、心からの謝罪に聞こえるが、だがやはり、綴の中から忌は出ていかない。
「やはり、反応はないな」
「じゃあ彼等は用済みね…リーゼントくん、回収しておいて…」
「はいはぁーい、真田さぁ~ん!」
囁の言葉に大きく頷き、守が、綴を傷つけた三人を、守の張った膜の中へと引き込む。
「謝られても忌が出ないとは、小花司の傷は、相当に深いようだな」
「ああ。けど、何とかしねぇと…」
「グウウゥゥゥゥ…“砕”!」
『あ…!』
アヒルたちが、何とかして綴から忌を切り離す策を考えているその時、綴が舞台上に居るアヒルたちへと右手を向け、言葉を発し、また強い衝撃波を放つ。
「“上がれ”!」
「“高くなれ”!」
向かって来た衝撃波に対し、アヒルは自身へと銃口を向け、言葉により飛び上がり、保も言葉により、糸を広げ、他の三人を連れるようにして、空中へと舞い上がる。衝撃波は誰も居なくなった舞台を直撃し、特設ステージは粉々に崩れ落ちた。
「え、演出にしても、ちょっとやり過ぎじゃない…?」
崩れ落ちた特設ステージに、思わず引きつった表情を見せる想子。
「ガァ…」
飛び上がったアヒルたちを見上げ、紺平が不安げな表情を見せる。
「助かったわ…転校生くん…」
「ありがとう、高市くん」
保の赤い糸に引っ張られるようにして、空中へと移動し、衝撃波を避けることの出来た囁と七架が、保へと笑顔を向ける。
「ふわぁ~!こんな情けなさ全開の俺が、一丁前に、皆さんを助けちゃってすみませぇーん!」
「こんな奴に助けられるなど、一生の不覚だ」
「残念だったわね…フフフ…」
同じように保に助けられ、悔いたような表情を見せている篭也に、囁がそっと微笑みかける。
「お前等、大丈夫か!?」
四人とは別に、空中に飛び上がっていたアヒルが、空を移動し、皆のもとへとやって来る。
「すみません、アヒルさん!こんな普通の名前の俺が、おもしろ名前のアヒルさんを差し置いて、皆さんを助けてしまってぇ!」
「ケンカ、売ってんのか…?」
保のその言葉に、アヒルが思わず表情を引きつる。
「って、おい!」
その時、アヒルの視界に、保の後方から、電柱のような照明器具が、特設ステージが崩れたことにより、ゆっくりと保の方へと倒れていっている様子が入った。気付いていない様子で、首を傾げる保に、アヒルが焦りの表情を見せる。
「保、危ねぇ!後ろ!」
「へ?」
アヒルが必死に声を張り上げるが、保が振り返った時には、照明器具は、もう避けられないところまで傾いてきていた。
「ふ、ふわあぁぁぁ~!」
「保…!」
「高市くん!」
傾いた照明器具に巻き込まれるようにして、保が、崩れた舞台の上へと、勢いよく落下していく。アヒルや七架が不安げに見下ろす中、保は胸から思いきり、舞台の上へと落ちた。
「痛たたたたぁ~」
打ちつけた胸を押さえ、痛みに表情を引きつりながら、保が上半身をゆっくりと起こす。
「“痛い”なぁ。本当に…ん?」
感じる痛みに、保が思わず言葉を漏らしたその時、保の意識が、霧にでも覆い尽くされていくかのように、霞がかっていく。
「これは…」
「避けろ、保!」
「へ?」
上から降り注ぐアヒルの声に、自身の意識に戸惑っていた保が、顔を上げる。
「あ…!」
傾いていた照明器具が、完全に下方から崩れ落ち、舞台の上に居る保の真上へと、落ちて来ようとしていた。迫り来る照明器具に、保が大きく目を見開く。
「クソ…!」
空中を舞うアヒルが、保へと落ちていく照明器具へと銃口を向ける。
「……っ」
アヒルが銃口を向ける中、保は焦りの叫び声をあげることもなく、静かにその場で俯いた。
「第二十六音“は”、解放…」
「え…?」
耳に届くその言葉に、アヒルが思わず、引き金を引こうとしていた手を止める。黒い光に包まれ、舞台の上で、保が俯いたまま、ゆっくりと立ち上がる。
「“果てろ”」
保が顔を上げたその瞬間、その姿は、保から灰示へと変わった。灰示は素早く赤い針を投げつけ、落ちてきた照明器具を破壊する。
「んな!?は、灰示ぃぃぃ!?」
「また、ややこしい時に、ややこしい奴が出て来たな」
現れた灰示に、目を見開き、驚くアヒルの横で、篭也が少し、困ったように肩を落とす。
「誰?」
「誰だ?」
「パパぁ~、あの人、だれぇ~?」
「“誰”…?」
突然、保から姿を変え、舞台へと現れた灰示に、観客席から、疑問の声が飛ぶ。その声が耳に入り、灰示はゆっくりと、観客席の方を振り向いた。
「くだらない、問いかけだね…」
灰示は皆の問いには答えず、そっと、冷たい笑みを浮かべる。
「誰かわかんないけど、カッコいい」
『うんうん!』
微笑んだ灰示に見惚れるように、呟く女生徒と、大きく頷くその他の多くの女生徒。
「この“痛み”を生んだのは、君かい…?」
灰示が観客席から視線を動かし、忌に取り憑かれている綴の方を見る。ゆっくりと問いかけ、新たな針を身構えた右手を振り上げる灰示。
「君にも贈ろう、この“痛み”を…」
「げ!」
灰示の言葉を聞いたアヒルが、焦りの声をあげ、慌てて舞台の上へと降りていく。
「待て待て待て!」
アヒルが、針を身構え、今にも綴を攻撃しそうな灰示の前、立ちはだかるようにして降り立つ。
「待てよ、灰示!」
『ハイジ?』
「あっ」
アヒルが思わず名を呼ぶが、アヒルが呼んだその名に、観客たちの疑問が集まる。
「あ、ああぁ~、待つんだ、コトノハグレイ!」
「は?」
アヒルが呼んだその名に、灰示が眉をひそめる。
「前からおかしいとは思っていたけど、ついにトチ狂ったのかい…?安の神様」
「うっせぇ!てめぇが勝手に出て来たんだから、こっちの設定くらい、守りやがれ!」
冷たい視線を投げかける灰示に、アヒルが勢いよく怒鳴り返す。
「彼の名はコトノハグレイ…気まぐれに私たちの前に現れる、敵か味方かもわからない、六人目のコトノハレンジャーよ…」
『へぇぇ~』
いつの間にか舞台上へと降りてきた囁の解説により、観客たちが納得するように頷く。その囁の言葉を聞き、灰示は不満げに表情をしかめた。
「やれやれ…僕がこんな、くだらないことに巻き込まれるなんてね…」
「勝手に出て来た、お前が悪いんだろ」
「まぁいいよ…」
諦めるように肩を落として、灰示が再び、綴の方へと視線を移す。
「僕はただ、無意味な“痛み”を消すだけ…」
「ググ…」
同じ忌である灰示の、鋭い視線を浴びて、綴に取り憑いた忌が、少し怯んだような声を漏らす。
「だから待てって!」
灰示の前へとさらに足を踏み込み、綴を見つめる灰示の視線を遮るアヒル。
「今、お前が攻撃したら、綴まで、忌に取り憑かれてる人間まで、傷つけちまうだろうが!」
「相変わらず、そんなくだらないことを、気にしているのかい…?」
アヒルの主張を聞き、灰示が少し呆れたように眉をひそめる。
「誰一人傷つけずに、ただ“痛み”だけを消し去るなんて、そんなのは理想論に過ぎないよ…安の神様」
「それでも、俺は」
まっすぐな曇りのない瞳で、アヒルが灰示を見つめる。
「それでも俺は、誰も傷つけずにいたい」
アヒルの、思いの詰まった、その迷いのない言葉を真正面から受け、灰示が、感情の見えない表情で、ただ、目だけを細める。二人の間で、しばらくの間、沈黙が続くと、灰示は不意に体の向きを変え、アヒルと綴に背を向けた。
「君にヒントをあげるよ、安の神様」
「ヒント?」
背を向けたままの灰示の言葉に、アヒルが戸惑うように首を傾げる。
「彼の父親は、かつて、ヒーローショーの演者だった」
灰示が首だけを動かし、その視線を、綴へと向ける。
「綴の、父親が?」
「幼い頃から、父親の舞台を見に行っていた彼は、父の勇ましい姿に憧れ、そして、夢を抱いた」
アヒルが戸惑いの表情を見せる中、灰示の言葉が続く。
「“いつか、父のように自分も、ヒーローショーを作りたい”とね」
灰示の言葉を聞き、アヒルがハッとした表情を見せる。
―――すべての人の心を揺さぶるもの!それこそがヒーローショーだからだよ!―――
綴の言葉を思い出し、少し考え込むように俯くアヒル。単純なものかと思っていたが、綴のヒーローショーへのこだわりは強く、そして、深いものだったのだ。だからこそ、それを否定された綴の痛みも、深いものとなってしまった。
「そういうことか…」
「まぁ、僕には関係ないけどね…」
灰示がまた綴から視線を逸らし、アヒルに完全に背を向ける。
「精々、頑張るといいよ。安の神様」
口元だけをそっと微笑ませ、灰示の体がまた、黒い光へと包まれていく。アヒルが呼び止める間もなく、灰示の気配は、その場から掻き消えていった。
「あ、れぇ~?俺、どうしたんでしたっけぇ?」
次の瞬間、その場には、大きく首を傾げた保の姿が現れる。
「ヒントって、朝比奈くんが小花司くんを助けるためのヒントって、受け取り方でいいのかな?」
「相変わらず、わからない男だ」
皆から遅れるようにして、空中から降りてきた七架と篭也が、少し呆れたように言葉を交わす。




