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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
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Out Of Word. あノ夏ノ日 〈1〉

 それは、ある夏の終わり。

 すべての始まりは、明日から夏休みを控えた、一学期の終業式のホームルームでのことだった。


 言ノ葉高校、一年D組。

「あぁー、皆も知っての通り、夏休み最後の土日に、クソ面倒臭いことに、例年通り、言ノ葉町をあげての納涼祭が行われる」

 祭りの華やかな花火の案内を片手に、どこか煩わしげな表情で説明をする、教壇の上の恵。

「ウチの学校でも毎年、催し物をやるんだが、クソ面倒臭いことに、今年はその催しをやる係りに、我が一年D組が選ばれた」

 案内の紙を教壇の上に置き、恵が顔を上げ、前に座る生徒たちの方を見る。

「そこで、クソ面倒臭いが、このホームルームを使って、納涼祭の打ち合わせをする」

「ってか、面倒臭いって言い過ぎだろ」

 いちいち付いている恵の言葉が気になり、大人しく自分の席についていたアヒルが、思わず突っ込みを入れるように言葉を落とした。

「私は、不満がすぐ、言葉に出るタイプだ」

「それでも教師かよ」

「うっせぇ、トンビ」

「俺は、アヒルだ!」

 恵とアヒルの言い合いを、他のクラスメイトたちは、いつものこととばかりに、慣れた様子で見ている。

「とにかく、何か色々と話し合うことがあんだろ?クラス委員」

「はい」

「へ?」

 恵の呼びかけに応えるようにして立ち上がったのは、アヒルのすぐ後ろの席に座っていた紺平であった。立ち上がった紺平の方を振り返り、アヒルが目を丸くする。

「紺平、おっ前、風紀委員だけじゃなくて、クラス委員までやってんのかよぉ?物好きだなぁ」

「悪かったね。というか、今まで俺がクラス委員って、知らなかったの?ガァ」

 アヒルに少し呆れた視線を向けながら、紺平がアヒルの横を通り過ぎ、教室の前へと出て、少し扉の方へと避けた恵に代わり、教壇の上に立つ。教室の逆側からは、想子が前へと出て来て、紺平と共に、教壇の上へと並んだ。

「想子もクラス委員かよ」

「えぇー、それでは話し合いを始めたいと思います」

 物珍しそうにアヒルが見つめる中、想子が小さなノートを取り出し、話を始める。

「催しの内容は、学校から指定があり、劇を行うこととなりました。前回のホームルームで、劇の演目を決め、出演者を選ぶ投票を行ったわけですが…」

「投票なんてやったか?」

「さぁ~?」

 想子の説明に疑問を持ったアヒルが、横の席に座る保へと問いかけると、保が大きく首を傾げる。

「はぁ~!こんな何の取柄もない俺が、せっかくのアヒルさんの問いかけに、答えられなくてすみませぇ~ん!」

「うっさい!」

「ひぃ~!こんな普段から迷惑極まりない俺が、ホームルームの邪魔までしちゃって、すみませぇ~ん!」

 アヒルへと謝り散らしていた保に、想子が思わず怒鳴りつけると、保はさらに謝り散らし、想子はまた、大きく表情を歪めた。

「あんたらが団体で、一週間も休んでた時のホームルームでやったのよ!わかった!?」

「あぁ~、そういうことか」

 想子の言葉に、納得したように頷くアヒル。最近、五十音士関連のことで特に、学校を休むことが多かったため、その間にことが進んでいても、何らおかしくはない。

「じゃあ早速、投票で決まった、劇出演者を発表したいと思います」

 アヒルと保のせいで、すっかり不機嫌になってしまった想子に代わり、紺平は落ち着いた様子で淡々と、話を続ける。

「出演者は、朝比奈君、神月君、真田さん、高市君、奈々瀬さんの五人に決まりました」

「はっ?」

 紺平からの発表に、思わず間の抜けた声を発するアヒル。

「ちょっと待て!決まりましたって、何だよ!?それ!」

「ガァ、ダントツ一位で選抜入りだよ。凄いね」

「んな一位、いらねぇよ!」

 投票結果を見せてくる紺平に、アヒルが思わず立ち上がって抗議する。

「どうせ、その時居なかった俺らに、皆で面倒なこと、押しつけたとか、そういう感じだろうが!」

「いいじゃない?あんた、声デカイし、舞台映えするわよ。きっと」

「いいわけあるかぁ!んな全員揃っても居なかった時の選挙なんて、無効だ、無効!」

 想子の無責任な発言に、アヒルがさらに怒鳴りあげる。

「なぁ!?お前等だって、劇なんて嫌で…!」

『神月クン、頑張ってぇ~!』

「任せておいて下さい。僕が素晴らしい演技を、皆さんにお見せしますよ」

 アヒルが教室の後方を振り返ると、一番後方の席では、篭也が、黄色い声援をあげる女子生徒に、満面の爽やかな笑顔を向けていた。

「舞台だなんて、腕が鳴るわね…フフフ…」

「ええぇ!?こ、こんな俺なんかが、皆さんを代表して舞台なんて、出ちゃっていいんですかぁ!?」

「ぶ、舞台のヒ、ヒロインで…朝比奈くんが相手役なんて、そ、そんなのっ…緊張しちゃうなぁ」

「…………」

 女子生徒に笑顔で応えている篭也だけでなく、囁、保、七架の三人も、それぞれ反応は異なるが皆、やる気は満々の様子であった。そんな仲間たちの様子に、アヒルが思わず固まる。

「じゃ、アヒル以外は皆、賛成ってことで、多数決により、このメンバーで決定ねぇ~」

「そ、そんな…」

 これが、すべての始まりであった。




 八月中旬。言ノ葉高校、体育館。

「あ、ここで会ったが百年目ぇぇ~!」

 体育館の舞台の上で、その大きな声を張り上げているのは、派手なリーゼント頭にサングラス、裾の長い学ラン姿の男、アニキこと、守であった。いつもよりも大きな身振り、手振りを見せる守は、いつもの数十倍、煩わしい。

「今日という今日こそ、コッテンパンのパンの耳にしてやるぅ~!」

『よ、アニキ!』

 守の後方から、嬉しそうに声をかける、色取り取り、形様々な頭をした、守のいつもの子分たち。

「さ、ここでヒーロー登場よ!」

 舞台の下から、舞台を見上げている想子が、メガホンで声を出し、まるで監督のように、指示を送る。舞台袖で構えていた生徒が、ラジカセのスイッチを入れ、ノリのいい音楽が流れ始めると、同じく舞台の袖から、アヒルたち五人が、舞台上へと現れた。

「キュートな視線に、クッギづけ!桃色プリティパワー、コトノハピンク!」

 少し恥ずかしそうにしながらも、完璧な言い回しとポージングを決める七架。

「大好物はカレーです!黄色い閃光ビッリビリパワー、コトノハイエロー!」

 七架に続いて、どこかノリノリでポーズを決める保。

「漆黒の闇へあなたを誘う…すべてを呑み込む黒色パワー、コトノハブラック…フフフ…」

 背後に黒い闇が見えそうなほどに、不気味に登場する囁。

「時に静かに、時に荒々しく、深き清流、青色パワー、コトノハブルー!」

『きゃあああ!神月クン!』

 クールに、格好付けた様子で篭也が現れると、舞台下で見ていた女子生徒たちから、歓声があがる。

「あぁ、えぇっと」

 四人に続き、アヒルが舞台の中央へとやって来る。

「も、燃え盛る…何だっけ?情熱?何とかかんとかの赤色パワーは、えぇーっと」

「カット、カット、カットぉぉ!」

 アヒルが言葉に詰まっていたその時、舞台下の想子が大きく手を叩き、舞台上の皆へと声が掛かった。皆が演技を止め、想子へと視線を集める。

「ふぅ~」

 集まった視線を確認しつつも、メガホンをすぐ横の机の上へと置き、どこか困った様子で頭を抱える想子。想子が顔を上げ、まっすぐにアヒルの方を見る。

「下手クソ」

「うっせぇなぁ!」

 シンプルな言葉に、アヒルが勢いよく怒鳴りあげる。

「正直、僕も、いくら何でも下手過ぎだと思うぞ。神」

「ええ…正直、ね…フフフ…」

「あのぉ、すみません。アヒルさん、俺も正直、ひど過ぎるかと…」

「ごめんね、朝比奈くん。わ、わたしも正直…」

「正直正直、うっせぇなぁ!」

 想子に続き、口々に言う仲間たちに、さらに表情をしかめるアヒル。

「そうだ!俺のこの、素晴らしい演技をちったぁ見習え、朝比奈!」

「お前のどこに、演技が必要なんだよ」

 偉そうに言い放つ守に、アヒルが鋭く言い返す。

「だいたい何で、安二木たちが出てんだよ?」

「催しは隣校と合同で行うのが、決まりなんですって…それで今年は、向こうも一年D組が代表で…」

「それが、あいつ等のクラスだったというわけか」

「すっごい縁だね」

 囁と篭也の言葉を聞き、七架が感心した様子で呟く。

「ったく、タヌキでも、もうちょっとマシな演技するわよ?あんた、本当に人としての進化をしてきたわけ?」

「うっせぇなぁ、俺は演技とか、そういうの苦手なんだよ!だから、劇に出るなんて嫌だっつったのに」

 怒鳴りあげたアヒルが、不貞腐れた様子で、舞台上に座り込む。

「だいたい、何だって、祭りの催しがヒーローショーなんだよ?劇っつったら普通、桃太郎とかだろうが」

「それは…」

「それは、ヒーローショーこそが、すべての人の心を揺さぶるもの!誰の心にも強い、感動を生むものだからだよぉ!」

 アヒルの問いかけに答えようとした想子の言葉を遮り、舞台俳優並みに声を響かせて、その場へと現れたのは、黒い眼鏡を掛けた、少し地味な見た目の、一人の男子生徒だった。男子生徒は、踊るような軽い足取りで、想子のすぐ横までやって来る。

「誰だ?」

「同じクラスでしょ」

 こっそりと問いかけるアヒルに、想子が呆れた視線を向ける。

「僕こそが、今回のこの“コトノハレンジャー”の脚本兼演出を手掛けた、小花司おばなしつづるだよ、朝比奈君!」

 大きく両手を広げ、綴が、アヒルへと堂々と名を名乗る。

「自分で言うのも何だが、この話は、相当に面白く、素晴らしい出来に仕上がったんだよぉ!」

「そうか…?」

 舞台の上に置いてあった台本を手に取り、パラパラを見送りながら、アヒルが思わず声を漏らす。

「まぁ、出演者の希望があったとかで、イエローとブラックの性別を、入れ替えたりもしたんだけどねぇ」

「フフフ…だって、暗闇のブラックって、私にピッタリなんだもの…」

「はぁ~!こんな大して好かれてない俺が、国民皆に愛されてるカレーを大好きな、イエローレンジャー役ですみませぇ~ん!」

 綴の言葉に、囁が不気味に微笑み、保がいつものように謝り散らす。

「入れ替えなんて、些細なことさ。そんなものでは揺るがないほどに、僕の作品は素晴らしい」

「凄い自信だね」

「ある意味、感心だな」

 自分に酔っているかのようなあ綴の言葉に、篭也と七架が、どこか呆れた視線を向ける。

「だが、僕の何者も寄せ付けない、素晴らしいこの作品を、今まさに、揺るがすほどに邪魔をしているもの…それが君だ!朝比奈君!」

「うえ?」

 綴に勢いよく指差され、アヒルが少し焦ったように声をあげる。

「コトノハレッドは、五人のヒーローのリーダー!この話の主役だ!」

 綴の言葉に、さらに熱が入る。

「そのレッドである君が、こんな状態では、いくら他の皆がいい演技をしても、すべてが締まらず、この作品はブチ壊しになってしまう!」

「だったら、他の奴がレッドやればいいだろ?」

 熱の入る綴とは対照的に、とても冷めた様子で言葉を返すアヒル。

「何回も言うけど、俺、演技とかこういうのって、向いてねぇんだって」

「むぅぅ」

 アヒルのやる気のない発言を聞いた綴が、腕組みをし、考え込むように首を捻る。

「まぁ、そうだな。まだ時間もあることだし、もう少しマシな人間と配役を代えても…」

「レッドが降りるなら、僕も降りる」

「へ?」

「はぁ!?」

 篭也の思いがけない発言に、アヒルと綴がそれぞれ、驚きの声をあげる。

「いい感じで交代出来そうだったのに、な、何言ってくれちゃってんだよ!?篭也!」

「例え、舞台の上だけであっても、僕は、あなた以外の後ろに附く気はない」

「はぁぁ~?」

 はっきりと言い放つ篭也に、アヒルが理解し難い様子で、強く眉間に皺を寄せる。

「そうね…私も、アヒるんが出ないなら、降りようかしら…つまらないし」

「お、俺、アヒルさんと劇、出たいです!はぁ~!こんな俺が、偉そうにすみません!」

「わ、私も出来れば、朝比奈くんと一緒がいいっていうか、そのっ…」

「おいおい、お前等ぁ…」

 篭也の意見に同意していく皆に、アヒルが益々、困り顔となっていく。

「うぅーん、何故かは知らないが、皆からの信頼は絶大のようだね」

 他の四人の様子を見て、綴が感心したように言う。

「うんうん、コトノハレッドに一番必要なものは、その信頼だ!君をレッド役で続行しよう、朝比奈君!」

「ええぇ!?」

 また力強くアヒルを指差す綴に、アヒルが困った様子で声をあげる。

「ちょ、ちょっと待てよ!俺は…!」

「神」

 綴への説得を続けようとしたアヒルが、篭也からの声に呼び止められ、振り返る。

「“諦める”のか?」

「……!」

 篭也からのシンプルな問いかけに、大きく目を見開くアヒル。アヒルが少し考えるように俯いた後、勢いよく顔を上げ、舞台の上で、立ち上がる。

「よっしゃあ!やってやろうじゃねぇかぁ!」

「その気合いこそが、レッドだよ!朝比奈君!」

 アヒルの勢いある叫び声に、綴が少し、興奮した様子で声をあげる。

「これから本番へ向け、毎日、練習をしていこう!」

「おうよぉ!」

「……単純」

 綴の言葉に、迷うことなく返事をする、すっかりやる気満々となったアヒルを見て、想子がどこか呆れた様子で肩を落とす。

「毎日って、人をどんだけ、休日出勤させる気だよ。あいつ等」

 少し離れた場所で一連の様子を見ていた恵が、困ったように溜息を吐いた。


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