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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
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Word.84 をワラヌ明日ヘ 〈6〉

「遠久…」

 辺りに放たれるように砕け、散り逝く遠久の光の残骸が、朝日に照らされ、明るくなり始めた空に、きらきらと輝きながら、舞い落ちる。その美しい光景を、まっすぐに見つめながら、アヒルはそっと、目を細めた。

「いつか、絶対、また会おう」

 散り逝く光に、アヒルがまるで、誓うように声を掛ける。

「“また、明日”」

 もう一度、約束するように、その挨拶を口にして、アヒルは、遠久の安らかな眠りを、希望溢れる明日を祈るように、深く、その瞳を閉じた。

「……あれ?」

 その時、突然、アヒルの全身を包み込んでいた、淡い赤色の光が掻き消え、アヒルの体が、勢いよく落下し始める。

「あれあれあれぇぇぇ~!?」

 昇りゆく太陽よりも上空から、真っ逆さまに落ちていく体に、焦りの声をあげるアヒル。

「どわああああ!助けてぇぇぇ~!」

 アヒルの間抜けな叫び声が、朝やけの空一面に、大きく響き渡る。



「神!?」

 高い空の上から、勢いよく落下してくるアヒルの姿に気付き、篭也が大きく目を見開いて、身を乗り出す。

「あらぁ~、言葉の力が途切れちゃったみたいだねぇ」

「マズいわねぇ」

「冷静に言っている場合じゃないでしょう!?親!」

 まるで他人事のように言いながら、落下しているアヒルを悠長に見つめているウズラと茜に、篭也が思わず怒鳴りあげる。

「とにかく!誰か、言葉で何とかしてくれ!」

 避難していた後方から、また篭也たちの居る前面へと集まってきた音士たちの方を振り返り、篭也が助けを求めるように、必死に声を出す。

「何とかしてくれって言われてもよぉ、俺ら全員、言玉持ってねぇぜぇ?」

「あ…」

 守からの指摘に、今、気付いたといわんばかりの声を漏らす篭也。ここに居る音士全員の言玉は、篭也の言葉により、アヒルのもとへと送られている。今、この場に、言葉を使える音士は居ないのである。

「そう、だった…」

「冷静な神月クンが、随分と焦ってるねぇ~」

 思い出した様子で頷き、がっくりと俯く篭也を見て、為介がどこか、感心したように言う。

「ぎゃあああぁぁ~!」

「あ、ああああ朝比奈くん…!」

 その間にも、激しい叫び声をあげながら、どんどんと落下してきているアヒル。アヒルを見上げながら、七架も身を乗り出し、焦った表情を見せる。

「ど、どどどどどどうしよぉ!?囁ちゃん!」

「“勝負に勝って、重力に負けた”ってところかしらね…フフフ…」

「囁ちゃん!」

 不気味に、そしてどこか楽しげに微笑む囁に、七架が怒ったように声をあげる。

「今、従者を送っていますが、恐らく、間に合わないでしょう」

「サラっと言うな!」

 再び篭也のすぐ横までやって来た和音の、何の救いにもならない言葉に、また怒鳴り声をあげる篭也。

「ガァ…」

 紺平が、檻也や空音と共に、不安げに、落ちてくるアヒルを見上げる。

「えぇーっと、あぁーっと、どうしたら…」

「はぁ~!こんな時に何にもいい案の浮かばない、無能な俺で、すみませぇ~ん!」

「気が散るから、黙っておけ。それに、あなたが無能なのは、今に始まったことではない」

 勢いよく謝り散らす保に、篭也は考える姿勢を崩さぬまま、冷たい言葉を投げかける。

「えぇーっと…!」

「クワアァァァ…!」

「え…?」

 頭を強く掻きながら、必死に考えを巡らせていた篭也が、上空から聞こえる、甲高い鳴き声を耳に入れ、俯けていた顔を上げる。空へと顔を向けた篭也の、その視界の中を大きく駆け抜け、アヒルの落下していっている空へと、羽ばたいていく、一羽の金色の鳥。

「あれは…」

 ウズラや為介たちも、その鳥を見上げ、目を見張る。

「ったく」

 皆と同じように鳥を見上げ、スズメが少し呆れた様子で、肩を落とす。

「相変わらず、イイとこ持ってくよなぁ~あの人は」

「フフ…そうだね…」

 少し不満げに口を尖らせるスズメの横で、ツバメが穏やかに笑う。

「あれは…あの、鳥は…」

 大きく両翼を広げ、優美なまでに、朝やけの空を翔けていくその鳥は、篭也にとって、よく見覚えのある鳥。その鳥を見つめ、篭也がそっと、目を細める。

「カー、坊っ…」

 翔け抜けていく、先代の力であったその鳥を見つめ、篭也はどこか、泣き出しそうな笑みを浮かべた。



「ぎゃああああ!死ぬぅぅぅ~!」

 どんどんと加速を増していく体を、近付いてくる地面に、どうすることも出来ずに、声が枯れそうなほどに叫び声をあげるアヒル。そんなアヒルの下方に、篭也たちの居る空から、翔け抜けてきた金鳥が横から入り、落ちてくるアヒルの体を、背中で受け止めた。

「ひぎゃああぁぁ~!ああぁぁ~!って、あれ?」

 突然、落下の重力から解放され、背中に柔らかな感触を覚えて、アヒルが叫び声を止め、目を丸くする。

「お、俺…あっ…」

 戸惑いながら、体の向きを変えたアヒルが、驚いた様子で目を見張る。アヒルのすぐ下にあるのは、金色の光の巨体。その背にアヒルを乗せ、大きく翼を広げながら、ゆっくりと下降していくその鳥を見下ろし、アヒルがそっと、目を細める。

「お前、は…」

 アヒルのガァスケではない。スズメのチュン吉でも、ツバメのスワ郎でもない。この鳥が、誰の力であるか、誰からのものであるか、アヒルは一瞬で、すぐに理解した。

「ありがとう…」

 カー坊の大きな頭を撫で、アヒルが零れんばかりの、大きな笑みを浮かべる。

「ありがとう、カー兄…!」

「クワアアァァ!」

 アヒルの言葉に応えるように、カー坊は、明るい空に、どこまでも響き渡る、大きな鳴き声をあげた。


「おっしゃああぁ~!朝比奈ぁぁぁ!」

「神…!」

「ガァ!」

「朝比奈くん…!!」

 カー坊の背に乗り、ゆっくりと地面へと降りてくるアヒルのもとへと、傷だらけの仲間たちは、その傷など気にすることなく、一直線に、駆け出していった。




「ふぃ~」

 地面へと着地したカー坊の背の上から降り、無事、その地に足を付けたアヒルは、ひどく安心した様子で、肩を落とし、大きく息を吐いた。ホッと胸を撫で下ろしたアヒルが、ここまで送り届けてくれた、カー坊の方を振り返る。

「ありがとうな」

 アヒルの言葉を聞き、喜ぶように目を細めると、カー坊は、金色の光の塊となり、空へと舞い上がるようにして、その場から去っていった。空の遥か向こうへと消えていく光を、アヒルが細めた瞳で、どこまでも見送る。

「神…!」

「アヒルさぁ~ん!」

「朝比奈くん!」

 背後から聞こえてくる声たちに、アヒルが上げていた視線を戻し、ゆっくりと振り返る。振り返った先には、ボロボロに傷を負いながらも、嬉しそうな笑顔を見せ、こちらへと必死に駆けてくる仲間たちの姿があった。その姿に、アヒルの表情も、一気に綻ぶ。

「皆っ…」

 仲間を見回し、穏やかに微笑むアヒル。そんなアヒルの姿に、篭也たちと共に先頭を切って、その場へと辿り着いた七架が、勢いよく瞳を潤ませる。

「朝比奈くん…朝比奈くん…!」

「奈々瀬…」

 その大きな瞳から、大粒の涙を流れ落とし、今にも泣き崩れそうなほどの涙に暮れる七架を見て、アヒルが少し困ったように笑う。

「ああああ朝比奈くん…!きょ、今日は本当に、プチトマト日和だねぇ!朝比奈くん…!」

「そ、そうか…?ま、まぁ、後でウチでプチトマト、買ってけ」

 いつものように意味のわからない発言をする七架に、アヒルが少し呆れながらも、慣れた様子で言葉を返す。

「けど良かった…!朝比奈くん、本当に…!無事で良かった…!」

「んなに、泣くなよ。奈々瀬」

 アヒルがゆっくりと歩を進め、涙を流す七架のもとへと歩み寄っていく。

「俺なら、この通り、全然大丈夫でっ…」

「アーくぅぅぅ~ん!」

「がはぁ!」

 七架のすぐ前へと立ち、七架に、その元気な姿を見せようとしたアヒルが、前方から勢いよく突っ込んできたウズラにより、後方へと弾き飛ばされる。

「アーくんが無事で、お父さん、本当に嬉しいよぉ~!」

 呆然とする七架を、舞い踊るウズラ。ウズラが明るい声を響かせる中、後方に吹き飛ばされたアヒルが、ただでさえ痛む体を押さえ、ゆっくりと起き上がる。

「こんのっ…」

 怒りに震える左拳を、力強く握り締めるアヒル。

「クソ親っ…!」

「カワイイ女の子より、先に抱きつきに行ってんじゃないわよ!このヒゲがぁぁ!」

「ぎゃああああ!」

「あ…」

 アヒルが握り締めたその拳を繰り出す前に、ウズラの腹部へと飛び蹴りを決め、ウズラを勢いよく吹き飛ばしたのは、茜であった。

「アヒルの青い春を、何だと思ってんの!?ええぇ!?」

「ごめんなさぁ~い、茜ちゃ~ん!」

「だから、怖えぇーって…」

 父へと容赦なく怒鳴りあげる母の姿に、ただならぬ恐怖を感じ、アヒルが思わず表情を引きつる。

「よっ!」

「お疲れ…」

「スー兄!ツー兄!」

 母に恐怖していたアヒルの両側から、笑顔で現れる二人の兄。無事な兄たちの姿を見て、アヒルも嬉しそうに笑みを零す。

「お前にしては、よく頑張ったな」

「偉そうに言うなよっ」

 乱雑にアヒルの頭を撫でながら、言い放つスズメに、アヒルが少し不満げな表情を見せる。

「アヒルさぁ~ん!」

「うお!」

 大声を発しながら、突然すぐ横へと現れる保に、思わず背筋を立たせ、驚くアヒル。

「お、おお。保、お前も無事だったか」

「はいぃ~!」

 少し引き気味に声を掛けるアヒルに対し、保は興奮冷めやらぬ様子で、全力で返事をする。

「こんな何の取柄もない俺ですけど、何でも言って下さい、アヒルさん!俺、今、アヒルさんのためなら、何でも出来そうな気がするんですぅ~!」

「じゃあ、黙っててくんね…?お前の大声、傷に響く…」

「んん~!」

 アヒルの要求通り、両手で口を塞いだ保が、まだ興奮した様子で、言葉はないが、全力の返事をする。

「はぁ」

「フフフ…喜び方すらも鬱陶しいわね、転校生くんって…」

「うお!囁!」

 背後から、不気味な笑みを浮かべ、現れる囁に、アヒルが少し怯えた様子で体を引く。だが、元気そうな囁の姿を見ると、アヒルはホッとしたように笑みを浮かべた。

「お前も無事でっ…」

「早速なんだけれど、アヒるん…」

「へ?」

 遮る囁の言葉に、アヒルが戸惑うように首を傾げる。

「これ、私が作った栄養ドリンク…たぁんと、召し上がれ…」

「いや、いいわ」

 何やら泡の吹き零れている、不気味な紫色の液体の入ったボトルを差し出され、アヒルが瞬時に断りを入れる。

「神」

 呼ばれるその名に、アヒルがハッとした様子で、振り向く。

「篭也」

 振り向いた先に立つ篭也を見て、また、笑みを零すアヒル。篭也も笑みを浮かべ、アヒルへと大きく頷きかける。その頷きに、アヒルもまた、大きな頷きで返した。

「あ…」

 集まった多くの音士の中、皆、嬉しそうな笑顔を見せている中で一人、悲しげにも見える笑みを浮かべている人物を見つけ、アヒルがそっと目を細める。ゆっくりと歩を進めていくアヒルに、周囲の音士たちは後方へと下がり、その人物までの道を作っていく。

「恵先生…」

 恵のすぐ前へと立ったアヒルが、浮かべていた笑みを止め、真剣な表情で、恵を見つめる。恵もまた、真剣な表情を作り、まっすぐにアヒルを見つめた。

「遠久、は…?」

 少し躊躇いがちに、恵が、アヒルへと問いかけを向ける。恵のその問いに、アヒルは迷うように俯いた後、一瞬瞳を閉じ、また、顔を上げた。

「“また明日”、会う約束をした」

 大きく微笑んで答えるアヒルに、恵がそっと、目を細める。

「そうか…」

 細めた瞳にかすかに涙を浮かべ、恵は、今にも泣き出しそうな表情で、しっかりと頷いた。

「よっしゃあ、朝比奈ぁ!ここで会ったが、百年目ぇぇ~!」

「ダカラ空気読ムデェ~ス、リーゼントマン!」

 しんみりとした雰囲気をぶち壊すように、大きな叫び声をあげて、アヒルへと飛び掛かって行こうとする守を、ライアンが必死に押さえつける。

「あれ?ガァ」

「んあ?」

 不意に紺平に声を掛けられ、アヒルが振り向く。

「銃がすっごい光ってるけど、大丈夫?」

「へ?」

 紺平に右手を指差され、アヒルが握り締めた銃へと視線を移す。確かに、しっかりと握り締めたままの銃は、赤や金だけではなく、様々な光を放って、強く輝いていた。今までも光ってはいたが、どうも、今までの光り方とは異なっている。

「な、何っ…おおぉわ!」

 アヒルが戸惑った様子で、銃を見ようと持ち上げた、その瞬間、銃は、弾け飛ぶような大きな音を立てて、辺りに、纏っていたその光を撒き散らした。放たれる眩い光に、その場に居る誰もが、一度、目を閉じる。光が収まったことを瞼の向こうから感じ、アヒルがゆっくりと、目を開いた。

「あっ…」

 目を開いたアヒルの目の前に浮かぶ、一つの丸い玉。

「これは、言玉…」

 よく見覚えのある赤いその玉は、アヒルがずっと共に戦ってきた、“あ”の言玉であった。言玉が目の前に浮かんでいるのは、アヒルだけではない。他の音士の前にも、それぞれの言玉が浮かんでいる。ウズラの前には、今までアヒルと共に在った、“う”の言玉が浮かんでいた。

「そっか。合わせてた皆の言玉が、またバラバラに…」

「言玉が、消えゆくのです」

「え…?」

 その衝撃的な言葉に、アヒルが険しい表情となって振り向く。アヒルが振り向いた先には、落ち着いた表情を見せた和音の姿があった。和音のすぐ前にも、“わ”の赤い言玉が浮かんでいる。

「言玉が、消える…?」

「はい。あなたと永遠との戦いで、“を”の言玉が砕け、すべての言葉の力が無効となり、“遠の神”永遠も消えました」

 “上がれ”で浮かんでいたはずのアヒルの体が、急に落下したことを思い出し、アヒルがそっと眉をひそめる。あれは、アヒルの言葉の力が、消えてしまったことを表していたのだろう。

「“を”の文字が消えれば、他のすべての文字も消えゆく。それがこの、五十音の世界の決まり」

 アヒルから目を離した和音が、音士たちの傍に浮かぶ、多くの言玉を見回し、そっと目を細める。

「これで、すべての文字の力が、すべての五十音士という存在が、消えるのです」

 和音の告げるその言葉に、皆が一際、真剣な表情を見せ、自身の言玉を見つめた。

「お別れ、か…短い間だったけど、色々とありがとう…」

 自身の白い言玉へと指先を当て、少し寂しげに微笑む紺平。

「“神”の名がなくとも、認められるような人間になるよ…」

 檻也は、自身の言玉に、誓いを立てるように、言葉を放つ。

「楽しかったわ!ありがと!」

 目の前の緑色の言玉に、撫でるように触れて、エリザが、悲しみの色もなく、明るく礼を口にする。

「泣いちゃうよぉ~!お別れとか、俺、泣いちゃうよぉ~!」

「フン…」

 もうすでに涙を流した状態で、強く言玉を握り締めている金八の様子に、呆れ切った様子で鼻を鳴らした後、イクラがゆっくりと視線を動かし、自身の青い言玉へと、視線を移す。

「……恩に着る」

 短い言葉は、誰に聞こえずとも、言玉には届いたであろう。

「長い間、お疲れ様…」

 共に在った、他の音士たちよりも遥かに長い時間を思い出し、為介が、労うように、言玉へと声を掛ける。

「俺の代わりに、俺の息子たちの力になってくれて、ありがとう…」

 両手のひらに、金色の言玉を包み込み、ウズラがそっと、言葉を掛ける。

「長い間、苦労をかけたな…」

 すぐ傍の緑色の言玉に触れ、恵が穏やかな笑みを浮かべる。その言玉は、恵の“ゑ”の文字だけではなく、恵の神附きであった、芽衣子の“め”の遺志も持つ、恵にとっては特別過ぎる、言玉であった。

「ゆっくりと、眠れ…」

 その言葉は、ずっと恵のことを心配していたであろう、芽衣子へと向けられた言葉のようにも聞こえた。

「本当にお別れなんだね」

「ああ…」

「悲しいですぅ~!」

「フフ…そうね…」

 皆が言玉との別れを済ませる中、安団の五人もまた、それぞれの赤い言玉を見つめ、名残惜しそうな、悲しげな表情を見せていた。

「お別れ、か…」

 自身の言玉を見つめ、七架がそっと、目を細める。


―――“何とかしなきゃ”…!―――

―――あの人のために、私は戦うって…!―――

―――“な”、解放…!―――


 巡り合った初めての戦いを、それからずっと共に在った日々を思い出し、七架が懐かしむような、笑みを浮かべる。七架に力をくれた言葉。七架に、アヒルのために戦う力を、くれた言葉。

「“何度なんどだって”…」

 ずっと共に在った文字を口にし、七架が穏やかに微笑む。

「“何度なんどだって”、口にするよ。これからも、いつまでも…」

 七架が、言玉へと誓うように言葉を掛ける。


―――“助けて”ぇぇ!―――

―――“痛み”を分かち合うから、優しくなれる…乗り越えるから、強くなれる!―――

―――そうして生きていくんです!俺たちは…!―――


 “痛み”に傷ついた日も、苦しんだ日も、ずっと共に在った言葉。灰示との繋がりをくれ、そして、“痛み”を乗り越えていくための、力をくれた。

「“大切たいせつ”にします…」

 両手で言玉を包み込むようにして触れ、保がそっと、声を掛ける。

「“大切たいせつ”にします。ずっと…」

 言玉の光の温もりを感じ、保は静かに、瞳を閉じた。


―――言葉はいつも、嘘ばかり…―――

―――サヨウナラ…―――

―――すべての言葉に、意味はある―――


 言葉に絶望した自分を、立ち上がらせてくれた。嘘ばかりだと、無意味だと、そう思っていた自分を、変えてくれた。すべての言葉に意味があると、そう信じられる、力をくれた。

「“さみしくなる”わね…」

 名残惜しそうに、自身の文字を口にし、囁がそっと、言玉に指を触れる。

「“さようなら”…」

 また出会うための挨拶と信じ、囁はその言葉を、言玉へと送った。


―――神のせいで、僕の言葉は消えたんだ!―――

―――弟の言葉は、返してもらう―――

―――神附きであることを、何よりも誇りに思っている!―――


 神に拒絶され、自由でなくなった言葉に苦しんでいた自分を、救うように、カモメが与えてくれた言葉。誰かの力になれるのだと、こんなにも自由なのだと、教えてくれた言葉。

「“感謝かんしゃ”する…」

 短い言葉の中に、精一杯の想いを込めて、篭也がまっすぐに、自身の言玉を見つめる。

「“感謝かんしゃする”」

 もう一度、その言葉を繰り返し、篭也は言玉へ向け、深々と頭を下げた。


―――“当たれ”ぇぇぇ!!―――

―――“会いに行く”から…!―――

―――“諦めない”…!―――

―――“明日へ”…!!―――


「…………」

 今まで発してきた言葉の数々を思い出し、アヒルが懐かしむように目を細め、目の前に浮かぶ、“あ”の言玉を見つめる。“あ”の文字に目醒め、神となってからの数ヶ月。ずっと共に在り、ずっと共に戦ってきた。言葉を守りたいと願うアヒルに、守れるだけの力をくれた。ひどい言葉を放ってしまったカモメに、謝ることも出来た。“あ”の文字があったからこそ、アヒルは今、ここに居る。

「伝えたいことは、いっぱいあんだけど…俺、国語下手だから」

 少し困ったように微笑んで、アヒルが、自身の言玉を見つめる。

「一言だけ」

 見つめるその瞳が、さらに薄く、細められる。

「“ありがとう”…」

 自身の文字を口にし、アヒルが大きく微笑む。

「“ありがとう”…!」

 アヒルの言葉に応えるように、強く輝き始める言玉。アヒルの言玉が輝き始めると、他の言玉も次々と強い光を発し、ゆっくりと浮き上がって、上空に一ヶ所に集まっていく。皆が見上げる中、それぞれの言玉の光は、やがて一つとなり、太陽と同じくらい、強く輝いた。


――――パァァァァン!


 強い光を放って、すべての言玉は、明るい空のその中へと、消えていった。


「行ってしまったな…」

「ああ…」

 言玉の消えていった空を見上げ、アヒルと篭也が、静かに言葉を交わす。

「さぁ、帰ろっか!」

 空を見上げていたアヒルの両側から、アヒルの傷だらけの体を支えるようにして現れる、ウズラと茜。明るく声をあげたウズラが、アヒルへと、優しい笑みを向ける。

「皆のお家に!」

 ウズラのその言葉に、アヒルも柔らかく口元を緩め、どこか嬉しそうに微笑む。

「ああ、帰ろう…」



 こうして、アヒルの、“安の神”としての日々は、明日の始まりと共に、終わりを告げた。


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