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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
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Word.9 招カレザル客 〈3〉

 一方、遊園地跡入口付近の篭也。

「“ひたせ”っ」

「……っ!」

 青い言玉を握り締めた“比守”ヒロトの言葉に反応し、篭也の立っている周囲の地面から、何の囲いもないはずなのに水が溢れ、徐々にその水位を上げて、篭也の体を浸していく。

「水系能力…イ段の言玉かっ…」

 腰まで上がって来る水に顔をしかめながら、篭也が右手の鎌を振り上げ、先端部を水から引き上げて、勢いよく上空へと投げ放つ。

「“原形”っ!」

 上空に投げられた鎌が、篭也の言葉に反応し、もとの六本の格子の姿へと戻ると、篭也が飛び上がり、その格子の一本へと片足をつけた。

「“かさなれ”…!」

 篭也の乗った格子を一番上として、六本の格子が縦一列に重なり、長い一本の格子となると、篭也はその高さを利用して、先程のメリーゴーランドの屋根へと飛び移った。篭也が屋根の上へと降りると、格子がまた一本に戻って、篭也の右手に収まる。

「身軽だねぇっ」

 屋根の上の篭也を下から見上げ、ヒロトがどこか感心するような笑みを浮かべる。

「さすがは安附ってとこっ?ヒヒっ」

「……っ」

 試すように問いかけてくるヒロトに、篭也が眉をひそめる。

「“変格”」

 屋根の上で立ち上がった篭也が、再び格子を鎌の姿へと変え、素早く構えた。

「“刈れ”!」

 篭也が鎌を振り下ろし、笑っているヒロトへと、赤い一閃を向ける。

「……っ」

 向かってくる一閃を見つめながら、ヒロトは特に避ける素振りも見せず、柔らかく微笑んだまま、言玉を持った右手を一閃へと突き出した。

「“ひるがえせ”っ」

「なっ…!」

 ヒロトの言葉が放たれた途端、篭也の放った一閃がピタリと動きを止め、まるで弾き返されたかのように、篭也の方へと戻ってくる。

「チっ…!」

 篭也が顔をしかめ、屋根の上から飛び降りると、返された篭也の一閃は、そのまま突き進み、メリーゴーランドの屋根を斬り裂いた。

「“ひろがれ”っ」

「うっ…!」

 ヒロトが休むことなく言葉を発すると、今度は、地面に降り立った篭也の周囲を囲うように、高さのある水の壁が生じた。

「こんなものっ…!」

 篭也が水を斬ろうと、鎌を構える。

「蛍っ」

「ああ…」

 ヒロトの呼びかけに答え、今までずっとヒロトの横でただ、戦いを見ていた蛍が、右手を掲げ、持っている白い言玉を輝かせ始めた。

「“ほとばしれ”…」

「何っ…!?」

 放たれる白い光に、鎌を振り下ろそうとした篭也が、焦った声をあげる。


―――パァァァァン!


「うああっ…!」

 篭也の周囲を囲んでいた水壁が、突然、勢いよく飛び散り、その衝撃をもろに受け、中にいた篭也が吹き飛ばされる。

「うっ…!うぅっ…」

 アトラクションの囲いへと背中を打ちつけた篭也が、苦しげな表情を見せながら、力なくその場に座り込む。 相当な衝撃でぶつかったのか、その囲いは、篭也の当たった部分だけ大きく凹んでいた。

「安附も、前の附き人たちと同じだねぇ」

 まだ座ったままの篭也のもとへと歩み寄りながら、少しがっかりしたように肩を落とすヒロト。

「大したことないっ」

「クっ…」

 はっきりと言い放ち、嘲笑うかのような笑みを浮かべるヒロトに、篭也が悔しげに唇を噛み締める。

「二人が相手ではっ…」

「この分だと、君んとこの神様ってのも、大したことないんだろうねっ、ヒヒっ」

「……っ」

 ヒロトとその後ろに立つ蛍を見つめ、厳しい表情を見せていた篭也が、ヒロトのその、アヒルをも侮辱する言葉に、思わず顔をしかめた。

「もう少し遊ぼうかと思ったけど、もういいかなぁ?君の相手してても、つまんないだけだしっ」

「うっ…」

 まだ立てない状態で向けられる言玉に、篭也が険しい表情を作る。

「手伝うか…?」

「必要ないよ」

 後方から不気味に問いかける蛍に、ヒロトがすぐさま短く答える。

「この位の相手、オレだけで十分さっ」

 ヒロトが冷たく言い放ち、言玉を強く握り締めた。

「バイバイ、“加守”クンっ」

 微笑んだヒロトの言玉が、青く輝き始める。

「“き裂け”っ」

 ヒロトが言葉を放つと、ヒロトの周囲の地面から細長い水の塊が何本か突き上がり、その先端を刃のように鋭くすると、一斉に篭也へと向かって来た

「クっ…!」

 座った状態のまま、必死に体を動かし、鎌を構えようとする篭也。

「“ちれ”」


―――パァァァァン!


「えっ…?」

「何っ…!?」

 水の刃がヒロトの言葉通り、まさに篭也を引き裂こうとしたその瞬間、篭也の上方から大波のように、大量の水が流れ落ち、篭也へと向かって来ていた水の刃を、呑み込むように掻き消した。その光景に、篭也とヒロトが、それぞれ驚きの表情を見せる。

「グっ…!」

 ヒロトの刃を呑み込んでも直、波は勢いを止めず、そのままヒロトへと向かっていく。迫り来る波に、顔をしかめながら、後方へと下がるヒロト。

「ほ、蛍っ…!」

「“せ”…」

 呼びかけにすぐさま答え、蛍が言葉を呟くと、ヒロトへと向かって来ていた波が一気に干上がり、あっという間に水一滴なくなってしまった。

「水っ…」

 波が消え、足を止めたヒロトが、濡れた地面を見下ろし、険しい表情を見せる。

「ほぉー…“この位の相手、オレだけで十分さ”…」

「うるさいっ」

 嫌味のように、先程のヒロトの言葉を繰り返す蛍に、ヒロトが思わず顔を引きつる。

「もう一人いるなんて、思ってなかったんだよっ」

 煩わしそうに言い放ち、篭也の方を見るヒロト。

「誰っ?」

「いえ、別に…」

「あっ…!」

 ヒロトの問いかけに答えるように、篭也のすぐ横へとやって来るその人物を見上げ、篭也が驚いた様子で、大きく目を見開いた。

「あなたはっ…!」

「名乗る程の者ではありませんよ」

 篭也の横へと現れたのは、人差し指で眼鏡の縁を軽く上げる、篭也たちと同じ制服姿の青年。それは、為の神・為介とともに居た、あの雅であった。

「確か“美守”の…」

「どうも、言ノ葉高校三年A組、オカルト同好会部長の箕島雅です」

「いや、それはわりとどうでもいい情報だがっ…」

 篭也に対しては丁寧に名を名乗る雅に、篭也が軽く表情を引きつる。

「何故、あなたがここにっ…」

 戸惑うように雅の方を見ながら、篭也がゆっくりとその場で立ち上がる。

「上からの命で仕方なくです。なので、あなたが恩に着る必要はありませんよ」

「上っ…?」

 あっさりと答える雅の言葉に、そっと首を傾げる篭也。

「為の神が…?何故、あの男が僕たちの手助けなどっ…」

「さぁ?あの人の考えは、僕には理解出来ません。まぁ、理解したくもありませんが」

「神相手に、凄い言いようだな…」

 冷たく言い放つ雅に、篭也が少し呆れた表情となる。

「ただ」

「……っ?」

 雅が言葉を付け加えると、篭也は戸惑うように首を傾げた。

「こんなところで、あなた方に死なれては、“面白くない”のだそうですよ」

「面白くない、ね…」

 その意味ありげな言葉を繰り返し、篭也がそっと表情を曇らせる。

「まぁいい、今は緊急事態だ。あの男の腹の中を探るより、あなたの力を当てにさせてもらおう」

「どうも」

 そう言って再びヒロトと蛍の方を向き、鎌を構え直す篭也に、雅が少し笑みを浮かべる。

「ほぉー…さっきの波に、“み”のつく言葉…あれ、お前と同じ、イ段の五十音士か…?ヒロト…」

「そうみたいだね」

 確認するように問いかける蛍に、ヒロトが素っ気なく答える。

「ヒヒっ、どうやらアッチも、ア段だけってわけじゃあないみたいだっ」

 少し肩を落としたヒロトが、吹っ切れたように軽く微笑む。

「そういえば灰示様が言ってたよぉっ」

『……っ?』

 ヒロトの言葉に、篭也と雅が同時に振り向く。

「安の神と安附の三人の他に、“招かれざる客”が二人来てるってねっ」

 左手の指を二本立て、篭也たちへと向けて見せるヒロト。

「メガネのお兄さんが、その内の一人かな?」

「そのようですね」

「二人っ…?」

 ヒロトの問いかけに答えている雅の横で、篭也は先程のヒロトの言葉を繰り返し、困惑するように首を捻っていた。

「雅、あなた、為の神と来たのか?」

「いいえ、ここに来たのは僕一人ですよ」

「えっ…?」

 すぐさま答える雅に、篭也の表情が曇る。

「じゃあ、もう一人は一体っ…」

「さぁて、じゃあ二対二となったところで、第二ラウンドといこうかっ、ヒヒっ」

「……っ」

 篭也に考える暇を与えることなく、ヒロトと蛍が言玉を構え、戦いの態勢を取る。その様子を見つめ、篭也は考えることをやめ、再び鎌を構えた。

「どちらがいいですか?神月君」

「えっ…?」

 問いかけてくる雅に、篭也が少し驚いた顔を見せる。

「何だ?選ばせてくれるのか?」

「一応、あなたの戦いですから」

「それはどうもっ」

 義理堅く答える雅を見て、少し笑みを零した後、篭也が前を向き、並んでいるヒロトと蛍を見比べる。

「じゃあっ…」


―――この分だと、君んとこの神様ってのも、大したことないんだろうね―――


「我が神を侮辱してくれた、比守の方の相手をさせてもらおうかな」

「では僕は保守ですね。了解しました」

 篭也の言葉に反対することもなく、素直に頷いて、雅が蛍のみへと視線を絞る。篭也も構えた鎌の狙いを、ヒロトのみへと向けた。

「ほぉー…あいつら、やる気満々…」

「望むところさっ」

 身構える二人を見つめながら、蛍の呟きに、ヒロトはどこか楽しげに笑う。

「オレたちの言葉の力、もっともっと見せつけてやろうよっ!ヒヒっ!」


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