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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
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Word.84 をワラヌ明日ヘ 〈2〉

「“そそげ”!」

 背中の両翼を大きく広げ、言葉を発する永遠。永遠の翼から、羽根のような無数の白い光が飛び出し、一気にアヒルへと迫っていく。向かってくる羽根を見つめ、アヒルはまた、その瞳を鋭くすると、左手の金色の銃を、前方へと向けた。アヒルを囲っていた金色の言玉の一つが、その構えられた銃へと、吸収されていく。

「何?」

 その光景に、永遠が眉をひそめる中、アヒルは大きく口を開いた。

「“い込め”!」

 言葉と同時にアヒルが引き金を引くと、無数にやって来ていた羽根が、一つ残らず、アヒルの銃口の中に、勢いよく吸い込まれていく。羽根を吸い込んだ銃へと、また別の金色の言玉が、吸収されると、アヒルはもう一度、引き金を引いた。

「“かえ”!」

 銃口から、先程の無数の羽根が、強い金色の光を帯びて、今度は逆に、永遠へと迫っていく。

「ク…!“まもれ”!」

 背中に広げていた翼を丸めるようにして、前方に壁を作り、戻って来た羽根たちを、何とか凌ぐ永遠。羽根をすべて受けとめ切ると、翼が自然と、両側に開いていく。

「言玉を銃に吸い込み、その文字の言葉を…」

 アヒルが行った戦闘方法を分析しながらも、険しい表情を見せた永遠の額からは、一筋の汗が流れ落ちる。

「そんなことが、有り得るのか…?」

 その問いかけに、誰が答えてくれるはずもないことを知りながらも、思わず口にしてしまうほどに、戸惑いを感じている永遠。

「しかも第一音、最弱の“あ”を持つ者などにっ…」

 永遠が戸惑いを言葉にし、漏らす中、アヒルはまた、金色の銃へと、新たな言玉を吸収した。

「“つらぬけ”!」

 アヒルの左手の銃から、金色の光線のような、強い弾丸が放たれ、まっすぐに永遠へと向かっていく。

「た、“えろ”!」

 少し焦ったように言葉を詰まらせながらも、自身の前へと壁を張り、その弾丸を受け止める永遠。だが、その間にも、アヒルは次の言玉を銃へと充填し、引き金を引いていた。

「“くだけ”!」

「ううぅ…!」

 新たに注がれる弾丸に、永遠が張っていた壁が押され、永遠の足が、少し後ろへと押しやられる。だが、それでも、永遠は必死に歯を食いしばり、その場で何とか留まる。

「この程度の攻撃ではっ…」

「“こわせ”!」

「何…!?」

 二発目の弾丸も何とか凌ぎ切り、わずかに笑みを零す永遠であったが、またしても響き渡る言葉と、迫り来る新たな白い弾丸に、その瞳を大きく見開いた。

「ううぅ…うがああああ!」

 三発目の弾丸までも受けとめることは出来ずに、あっさりと前方の壁を撃ち砕かれた永遠が、正面から弾丸を浴び、後方へと吹き飛ばされていく。

「グ…!」

 床へと倒れ込んだ永遠が、すぐさま、その体を起こす。永遠は全身に切り傷を負い、ほとんど無傷に近かったその体から、赤い血を流していた。口元に流れる血を拭い、永遠がその場で立ち上がる。鋭く睨みつける、その視線の先には、多くの言玉に囲まれ、二丁の銃を構えた、アヒルの姿があった。

「お、のれ…!」

 悔しげに表情を歪め、永遠がまた、言玉を持つ右手を掲げる。

「“ちれ”!」

 言葉を発し、背中の翼に、力を集めていく永遠。先程のアヒルの弾丸により、少し欠けていた翼が、また元の美しい姿に戻り、より一層の輝きを放っていく。

「“きざめ”!」

 光を集めた翼が、その光を解放するように、一際強く輝くと、一面に広げられた翼から、目にも留まらぬ速さで、無数の羽根が放たれる。先程の羽根よりも速く、そしてその先は、鋭く尖っている。だが、アヒルは動じず、すぐ傍にあった赤い言玉を、右手の赤い銃へと吸収させた。

「“かこめ”!」

 アヒルが上空へ向けて、弾丸を放つと、アヒルの周囲に集まっていた言玉が、アヒルの前方へと移動し、きれいに並んで、壁を作る。言玉で出来た壁が、永遠の力強い攻撃を、アヒルの前で、難なく受け止める。

「“かべ”」

 言玉が攻撃を止めている内に、自身の言葉を使って、上空へと舞い上がるアヒル。高く上がった位置から、下方に居る永遠へと、赤い銃で、狙いを定める。

「“たれ”…!」

 アヒルが引き金を引き、永遠へと、真っ赤な弾丸を向ける。永遠は言葉を放とうとはせず、まっすぐに弾丸を見上げたまま、あっさりとその弾丸を浴びた。

「あ…!」

 だが弾丸が当たった途端に、永遠の体が、白い光の塊となって、砕け散る。

「あれは、桃雪の…」

「“せ”、だよ」

「ク…!」

 すぐ後ろから聞こえてくる声に、アヒルが焦った表情を見せ、すぐさま振り返る。だが、アヒルが振り返った時には、もうすでに、光り輝く言玉が、アヒルへと向けられていた。

「“ちろ”」

「うあああああ!」

 永遠が言葉を放つと同時に、天井から、白い雷のようなものが落ち、勢いよくアヒルを貫く。全身を焼かれたアヒルは、力なく地面へと落下した。

「ク、うぅぅ…」

 床にうつ伏せに倒れ込んだアヒルが、苦しげな声を漏らしながらも、すぐに、その上半身を起こす。アヒルを追うようにして、アヒルのもとへと集まって来た言玉たちが、アヒルを心配するように、淡い光を発する。その中の一つ、赤い言玉がより一層輝き、何かを求めるように、アヒルのすぐ横へと寄って来る。

「いや、いい…」

 優しく断り、寄って来た言玉へと、軽く右手を振るアヒル。

「いいのかい…?」

 言玉の意志を知るように、アヒルへと問いかけたのは、アヒルを追って、地面へと降りてきた永遠であった。

「その言玉、“な”だろう?」

 アヒルへと寄っていった言玉を指差し、永遠がそっと微笑む。

「ひどい傷を負っている。“治せ”の言葉を使って、その傷を治療すればいい」

 助言するように言う永遠に、アヒルが少し眉をひそめる。アヒルが傷を治すことを、勧めているのは、余裕の表れだろうか。アヒルは、右手の銃を握る手に力を込めると、重たそうに体を動かし、ゆっくりとその場で立ち上がった。

「お前だって、“治せ”使えんのに、使ってねぇだろ?」

 立ち上がったアヒルが、まっすぐに永遠を見る。

「お前が使ってねぇのに、俺だけ使うなんて、何かフェアじゃねぇ。だから、使わねぇ」

 アヒルが強い意志を持って、はっきりと言い放つ。

「アハハ」

 そんなアヒルの主張を聞くと、永遠は突然、とても可笑しそうに笑い出した。

「フェア?随分と、悠長なことを言うんだね。世界中のすべての人間の、“明日”が懸かってるっていうのにさ」

「お前が言ったんだろ?」

 嘲るように笑う永遠へと、ただ、真剣な表情を見せるアヒル。

「“勝負だ”って」

 またしてもはっきりと言い放つアヒルの、その、何の曇りもない瞳が突き刺さるようで、永遠は浮かべていた笑みを止め、そっと目を細めた。

「そうだね。これは勝負だ」

 アヒルの言葉を肯定するように言い、永遠が鋭い表情で、アヒルへと言玉を向ける。

「だから、もう二度と、回復の時間なんて、あげないよ」

 永遠の右手の中で、強く輝く言玉。

「“をおえ”」

 永遠の言葉と同時に、空間内の天井へと広がっていく、強い白光。

「“れ”」

 天井へと広がった光から、槍のように鋭く尖った光が、豪雨のように一気に、下方に居るアヒルへと降り注ぐ。降って来る光を見上げながら、近くの赤い言玉を、真っ赤な銃へと吸収させ、そのまま銃口を、空へと向けるアヒル。

「“さまたげろ”!」

 アヒルが弾丸を放つと、その弾丸がアヒルの上空で、淡い光の膜となって広がり、降って来る光を受け止める。

「“ちろ”」

「あ…!」

 だがそこに加わるようにして、無数の白い雷が降り落ち、アヒルの張った膜を、あっという間に破る。

「うううぅ…!」

 膜を破られたアヒルが、槍のような光と雷を、一斉に浴び、苦しげな声をあげる。だがアヒルは、痛みに怯んだ様子は見せず、すぐに、真っ赤な銃でもう一度、空へと向けて放った。

「“れろ”、“あらし”!」

 アヒルが銃口から風の塊を放ち、周囲に激しい竜巻を巻き起こして、次々と迫り来ていた槍光と雷を、天井へと弾き返す。目の前で吹き荒れる嵐へと、さらに、金色の銃を向けるアヒル。

「“け”…!」

 金色の弾丸が嵐を撃ち抜くと、激しく逆巻く風の団体が、勢いよく永遠へと吹き抜けた。

「ううぅ…!」

 あまりの勢力に逃げ場もなく、永遠が正面から、その風を浴びる。風に全身を斬り裂かれ、永遠の赤い血が、辺りへと飛び散った。だが、永遠も、痛みに苦しむ時間など取らずに、すぐさま右手の言玉を、アヒルへと向ける。

「“をそえ”…!」

 荒々しい獣を象った巨大な光を、アヒルへと向かわせる永遠。

「“け止めろ”!」

 アヒルが自らの前方に、金色の壁を作り、襲いかかって来た光の獣を、正面から受け止める。今にも壁を突き破り、飛び掛かって来そうな獣へと、アヒルがさらに、赤い銃を向けた。

「“かえせ”!」

 アヒルの放った弾丸が、獣を貫くと、獣は一瞬、大きく目を見開いた後、その巨体の向きを変え、今度は永遠に向かって、勢いよく襲い掛かってくる。返って来た獣を見ながら、永遠は落ち着いた表情で、獣へと言玉を向けた。

「“もどせ”」

 永遠の放った光を浴び、獣がまた、その向かう先を、アヒルへと変える。

「え!?あ、えとっ…」

 再びやって来ることを想定していなかったアヒルは、次の言葉に迷い、思わず声を詰まらせてしまう。その隙に、獣はあっという間に、アヒルとの距離を詰め、そして、襲いかかった。

「うわああああ…!」

 獣に真正面から、勢いよく突進され、アヒルの体が軽々と浮き上がって、後方へと吹き飛んでいく。獣が光となって消えいく中、アヒルが力なく、地面へと倒れ込んだ。

「ここで差が出たね、アヒル」

 うつ伏せに倒れ込んだままのアヒルを見つめ、永遠が、もうすでに勝ったかのように、得意げに、言葉を向ける。

「例え、持っている文字の力が五十対五十、対等になったとしても、国語が苦手で、あまり言葉を知らない君では、俺には勝てない!」

 永遠は、今までの冷静だった口調でも、怒り狂った口調でもない。アヒルに勝ちたいという思いを強く滲ませた、自分の感情に満ちた口調だ。それほどに真剣に、本気で、永遠がこの戦いに臨んでいるということだろう。

「さぁ、そろそろ諦めてっ…」

「五十対五十じゃねぇさ」

「何?う…!」

 かすかに聞こえてくる声に、永遠が眉をひそめたその瞬間、永遠の背中に広がる翼を、無数の青色の光が貫いた。翼を打たれた永遠が、驚いた様子で、大きく目を見開く。

「“抜け”…」

 ゆっくりと上半身を起こしたアヒルが、すでに発動したその言葉を、静かに落とす。

「グ、クウゥ…!」

 穴だらけになり、そのバランスを崩して、一気に折れていく永遠の翼。自らの力で広がることが出来なくなった翼が、永遠の体へと重く圧し掛かってくるのを、永遠が足を踏ん張り、必死に堪える。

「ア…ヒル…!」

「お前は今まで、たくさんの言葉を使ってきたけど」

 翼が完全に崩れ落ちる中、永遠がきつくアヒルを睨みつける。そんな永遠の視線を浴びながら、ゆっくりと両足を立たせ、傷ついた体を、再び立ち上がらせるアヒル。

「他の神の言葉は、一回も使わなかった」

 落ち着いた様子で指摘するアヒルに、永遠は険しく唇を噛み締めるだけで、否定の言葉は発しない。どうやら、アヒルの考えは、間違っていなかったのだろう。

「お前に、他の神の言葉は使えねぇ。なら、五十対五十じゃねぇ」

 アヒルの声が、どんどんと、その力強さを増していく。

「なら、俺の勝ちだ!」

 堂々と言い放つアヒルに、大きく歪む永遠の表情。

「調子に…乗るなよ!」

 その怒りに呼応するように、強く輝く言玉を、永遠がアヒルへと、鋭く向ける。

「“おののけ”…!」

 永遠の全身から放たれる、鋭い白光。アヒルが、すぐ横へとやって来た緑色の言玉を手に取り、右手の赤い銃へと吸収させ、構える。

「“めっせ”…!」

 向かって来た永遠の白光を、恵の言葉で掻き消すアヒル。迫り来ていた白光が消えると、その向こうから姿を見せた永遠に向け、アヒルはさらに、赤い銃を身構えた。

「“ゑぐれ”…!」

「グウウゥ…!」

 さらに放たれた緑色の弾丸に、腹部を貫かれ、永遠が苦しげな声を漏らす。

「“とせ”!」

 アヒルが今度は檻也の言玉を、左手の銃へと吸収し、永遠と同じ言葉で、永遠へと攻撃を向ける。空から降り注がれる光を、腹部の傷を押さえるようにして蹲っていた永遠は、避けることも出来ずに、もろに喰らい、地面へとひれ伏した。

「ハァ…ハァ…」

 床に倒れ込んだままの永遠へ、吸収していた言玉を外へと出した両銃を、アヒルがまっすぐに向ける。

「“て”、“たれ”!」

 同時に両銃の引き金を引き、アヒルが二つの弾丸を、永遠へと向ける。

「う、うあああああ…!!」

 二つの弾丸を浴び、永遠が後方へと吹き飛ばされていく。勢いよく吹き飛ばされた永遠は、空間の端にある壁へと、背中を叩きつけられるようにして、やっとその動きを止め、力なくその場に倒れ込んだ。

「う、ううぅ…」

 床に倒れ込んだまま、言葉にならない声を漏らす永遠。すでに体は、アヒルにも劣らないほどに傷だらけであり、自由に動かせるような状態ではなかった。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 攻撃を決めたアヒルの方も、苦しげに息を乱し、構えていた両銃を下ろす。激しく傷ついた体で、もう何個目かもわからないほどに言葉を放ってきたアヒルにもすでに、限界は訪れていた。

「う…あぁ…ぅ…」

 言葉にならない声を漏らしながら、永遠がわずかに視線だけを動かし、顔の前で、力なく倒れている右手の中の言玉を、まっすぐに見つめる。


―――おぉーい、遠久とをひさ!―――

 薄く開いた瞳で、言玉を見据える永遠の脳裏に浮かぶのは、優しい姉の、昔の笑顔。


―――遠久、遅っせぇぞぉ?とっとと来い!―――

―――てっめぇ、明!遅刻常習のくせに、遠久に偉そうな口、きいてんじゃねぇよ!―――

―――まぁまぁ、明も恵ちゃんも落ち着いてぇ~ほら、遠久くぅ~ん!―――

 次々と浮かぶ、昔、永遠が言葉の神だった頃、共に神と呼ばれていた者たちの姿。アヒルにより、懐かしい神の言葉を聞いたからだろうか。かつての明やウズラの姿が、どんどんと浮かんでくる。


―――遠久サン、早くしないと、皆、先に行っちゃうよぉ?―――

 永遠よりも幼かった頃の為介が、そう言って、永遠を呼ぶ。そう言って永遠を呼びながら、他の者たちと共に、どんどんと遠ざかっていく。


「嫌だ…」

 頭の中で、どんどんと離れていく皆の姿に、永遠が必死に、それを拒絶するように、動かぬ首を横に振る。

「嫌、だ…」

 もう一度、吐き出された永遠の声が、怯えるように、泣き出しそうなほどに、震える。

「置いて、かないで…」

 その瞳に滲む、わずかな水滴に呼応するように、永遠の手の中の言玉が、また輝き始める。

「“いていかないで”ぇぇぇ…!!」



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