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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
334/347

Word.83 想イヲ、言葉ニ 〈4〉

<“はじまれ”…>


「え…?」

 眩い光の降り注ぐ中で、一つの言葉が耳に届いたような気がして、保がふと、顔を上げる。

「今の、は…」

 弾け飛んだ光がすべて降り落ち、やっと元の空へと戻った上空を見上げ、戸惑うように呟く保。周囲を確認するが、誰も戸惑ったような表情は見せていない。言葉が聞こえた様子があるのは、保だけだ。

「ん、んん~」

「紺平!」

 大きく響き渡るその声に、保が思わず振り返る。

「あ、あれ?僕…」

「紺平!紺平、紺平ぃぃ~!」

「空音、さん…?」

 保が振り返ると、ゆっくりと起き上がった紺平に、勢いよく抱きつき、涙を流す空音の姿があった。空音の様子に、目を覚ましたばかりの紺平は、ひどく困惑している。

「何故、紺平が…」

「オウ、リーゼントマン!」

 目を覚ました紺平に戸惑っていた檻也が、そのすぐ隣の場所で響き渡る声に、振り向く。紺平同様、目を覚まし、起き上がった守に、ライアンが、喜び溢れる大声を向けていた。

「良かったぁ!リーゼントのお兄ちゃん!」

「ホント良カッタデェース!コレゾ、私ノ日頃ノ行イノ賜物!」

「よくわかんねぇけど、絶対、お前の日頃の行いは関係ねぇ」

 起き上がったばかりの守に、心底、嬉しそうに、笑顔を向ける六騎とライアン。まだ少し寝ぼけたような表情で、乱れた髪型を整えながらも、守がしっかりと、ライアンに突っ込みを入れる。

「チラシくん!」

「ニギリちゃん…?」

「誠子、徹子、音音!」

「お姉さま、わたくしたち、一体…」

 紺平と守だけでなく、チラシや誠子など、先程の戦いで、言葉を終わらされたはずの音士たちが、次々と目を覚ましていく。再び動き出した仲間の姿に、皆、歓喜し、涙を流す。

「何故、皆さんが…」

「ふわぁ~、よく寝たぁ」

「あ…」

 不思議そうに、目覚めた皆を見回していた雅が、背後から聞こえてくる、よく聞き覚えのあるその声に、大きく目を見開く。すぐさま振り返りたい気持ちはあったが、雅はどこか恐る恐る、ゆっくりと後方を振り返った。そこには、皆と同じように起き上がった、一人の男の姿がある。

「おはよ、雅クン」

 男は、振り返った雅の方を見て、穏やかに笑う。

「もう、夜中ですよ。為介さん」

 そんな為介に、雅は珍しく表情を崩し、大きな笑みを浮かべた。

「何故、失われたはずの音士の言葉が…」

「…………」

 戸惑いの表情で、目覚めた皆を見つめている和音の横で、篭也が真剣な表情を見せ、少し考え込むように俯く。


<“はじまれ”…>


「え…?」

 耳に届く一つの言葉に、篭也がハッとなって、目を開く。周囲を見回すが、すぐ隣の和音にも、紺平のもとへと歩み寄っていく檻也にも、言葉が聞こえている様子はない。空耳だったかと、思おうとした、その時であった。


<“はじまれ”…>


「聞こえる…」

 また耳に届くその言葉に、篭也が、今度は確信を持って呟く。

「篭也?」

「言葉が、聞こえる…」

 和音が不思議そうに首を傾げる中、自身の耳を左手で押さえ、篭也がもう一度、確認するように言葉を発する。

「私にも聞こえるわ…」

「私も!」

 篭也と同じように、その耳に言葉が届いたのか、囁と七架が、大きな笑顔を見せ、篭也へと声を掛ける。二人につられるようにして、篭也も笑みを浮かべると、三人は同時に、まだ空を見上げている保の方を、振り向いた。

「高市」

「“始まれ”…」

 篭也たち同様、言葉が届いた様子で、空を見上げたままの保は、耳に届いたその言葉を、ゆっくりと繰り返し、目を細める。

「“始まれ”…“は”の、言葉…」

 保が唇を震わせ、その瞳に、わずかに涙を滲ませる。

「神月くん、これっ…」

「ああ」

 今にも泣き出しそうな表情で振り向いた保に、穏やかな笑みを見せた篭也が、大きく頷きかける。

「言っている」

 確かな自信を持って、篭也が、言葉を紡ぐ。

「灰示が、僕たちに、“諦めるな”と言っている…」

 篭也のその言葉に、保は一層、泣き出しそうに目を細めるが、涙を堪えるように、強く唇を噛み締め、何度も、何度も頷いた。

「はい…はい!」

 しっかりと頷いた保の表情にも、溢れんばかりの笑顔が浮かぶ。

「灰示様が、終わらされた言葉を、始めさせた…」

「ヘヘ、やるじゃん。灰示様!」

「当ったり前でしょ~不治子の灰示様は、最強で最高なんだから!」

 篭也と保の会話を聞き、灰示の言葉が関与していることを知ったハ行の面々も、嬉しそうな笑みを浮かべ、特に不治子は、妙に得意げに胸を張る。

「四人の想いが言葉となり、四人の言葉が波城灰示に伝わり、波城灰示の想いが、言葉となったというのか…」

 先程まで、赤い光の降り注いでいた空を見上げ、恵が、どこか遠くを見つめるような瞳を見せる。

「そんな、ことが…」

「“奇跡”って、やつじゃねぇの?」

 横から入って来るその声に、恵がゆっくりと振り向く。そこには、大きな笑みを浮かべたスズメの姿があった。

「スズメ…」

「“言葉は奇跡”って、どっかの誰かもよく言ってたし?」

「奇跡…」


―――言葉は奇跡なんですよ、先生!―――


「ああ、まさに今が、そうだ」

 思い出される笑顔に、恵も、強張っていた表情を綻ばせる。

「カモメ…」

 かつてカモメの放ったその言葉を誇るように、大きく笑顔を見せながら、恵は周囲を見回した。

「んあ?何だ?」

 ニギリやシャコと共に、目覚めたチラシに駆け寄っていた金八が、突然、自分の右手の中から飛び出し、顔の前へと浮かび上がってくる言玉に、戸惑うように首を傾げる。

「言玉が…」

 同じように手を離れ、浮かび上がった言玉を見つめ、眉をひそめるエリザ。言玉が勝手に動き出したのは、金八やエリザだけではない。今、目覚めた音士をはじめ、その場に居るすべての音士の言玉が動き出し、何か意志でも示すかのように、淡く輝きを放っている。

「為介さん、これは…」

「言玉は、理解してくれているんだよ」

 言玉へと向けていた視線を、為介へと流す雅に答えながら、為介が、その場でゆっくりと立ち上がる。

「ボクらの、想いを」

 目の前に浮かぶ言玉に、軽く指を当て、為介が微笑む。

「言玉…」

 皆が戸惑うように自身の言玉を見つめる中、篭也は一切、戸惑いの色など見せずに、目の前に浮かぶ自身の言玉を見つめた。淡く輝く言玉が示すその意志を、篭也はもうすでに、十分に理解しているようだ。

「行ってくれるか?僕らの代わりに、我が神のもとへ」

 篭也の問いかけに、快く返事でもするかのように、篭也の言玉は一瞬、強く輝いた。

「篭也…」

「神月くん」

「ああ」

 囁や保、七架をはじめとする皆が、篭也の名を呼び、篭也へと視線を向ける。その呼びかけに答えるように、しっかりと頷く篭也。すると、皆の言玉が自然と篭也の方へと寄っていき、篭也のすぐ上で、一箇所に集まっていく。集まった言玉を見据え、篭也は、真剣な表情を見せた。

「すべての言玉よ、すべての文字よ…」

 篭也が両手を広げ、集まった言玉へと声を掛ける。

「我が神のもとへ」

 はっきりと言葉を口にし、篭也が鋭い瞳を見せる。

「“けろ”…!」

 篭也の言葉が放たれると、集まった言玉は強く輝き、一斉に、アヒルの居る空間へと、飛び出していった。




「“て”…!」

 左手の金色の銃の引き金を引き、正面に立つ永遠へと、金色の弾丸を向けるアヒル。その背に、白い光の翼を生やした永遠は、焦りの色一つ見せずに、言玉を持つ右手を伸ばした。

「“はじけ”」

 軽く右手を一振りし、少しも苦戦する様子を見せずに、永遠が、アヒルの弾丸を弾き飛ばす。だが、そんなことなど予想していたかのように、アヒルは動じず、今度は右手の赤い銃を、永遠へと向けた。

「“たれ”!」

「懲りないね…」

 またもや向かってくる赤い弾丸に、永遠が少し、呆れるように肩を落とす。

「“つらぬけ”」

 短く落とされた言葉と共に、言玉から放たれる、白い光線。瞬く間に駆け抜けた光線が、あっさりとアヒルの弾丸を砕き、アヒルへと迫りいく。

「う、うあああああ…!」

 光線に胸を貫かれ、後方へと勢いよく吹き飛ばされていくアヒル。またしても壁際まで追いやられ、その場で力なくしゃがみ込む。

「う、ううぅ…」

「君がどんなに頑張ったところで、持っている文字数の差は、決して埋められない」

 苦しげな声を漏らすアヒルに、永遠が忠告するように声を掛ける。

「それに、君の力も、最初の頃と比べると、ずっと力が落ちてきている」

 指摘するように、左手の人差し指で、アヒルを指差す永遠。

「傷を負い過ぎたんだ。もう君は、満足に言葉の力を発揮することも出来ない」

 永遠からの言葉に、アヒルが険しい表情を見せる。永遠の言葉は、事実であった。傷を負い、血を流し過ぎた体はフラフラで、銃を持つ手に力も入らない状況だ。弾丸を放てば、逆に腕が軋み、連続して攻撃することも出来ない。アヒルの体はすでに、限界に達している。

「はっきり言うよ?今の君の力じゃ、どう足掻いたって、俺には勝てない」

 その言葉を否定することも出来ず、アヒルが悔しげに、唇を噛み締める。

「“明日”はもう、終わるしかない。それが真実だ。わかるだろ?」

 今までの冷たく嘲笑う表情ではなく、鋭い真剣な表情で、永遠がアヒルへと問いかける。今のアヒルには、永遠に勝つ術も、永遠に勝つ自身の姿も、とても思いつけなかった。だが、その永遠の問いかけに、頷いてしまうわけにはいかなかった。

「俺は…」

 ゆっくりと口を開くアヒルに、永遠の視線が集中する。

「俺は、“あきらめない”…!」

 放たれるアヒルの言葉に、永遠の表情が、冷たいものへと変わる。

「そう、じゃあ…」

 まだ立ち上がることも出来ていないアヒルへと、永遠がまた、言玉を向ける。

「俺が、諦めさせてあげるよ」

 真っ白な光が、強く輝き、永遠が、大きくその口を開く。

「“えろ”…!」

 放たれた強烈な終末の光が、まっすぐに、アヒルへと向かっていく。迫り来る眩い光を、アヒルは目を逸らすことなく見つめるが、最早、体は動かない。

「ク…!」

 諦めたくない想いはあるのに、どうすることも出来ない体に、アヒルはただ、悔しげに唇を噛んだ。アヒルと終末の光との距離が、もう後わずかに迫った、その時であった。


―――パァァァン!


「え…?」

 空間内に大きな音が響き渡ると、まっすぐにアヒルへと向かって来ていた光が、天井の方へと弾き飛ばされる。遠ざかっていく光に、戸惑うように視線を上げるアヒル。何が起こったのかもわからず、アヒルが光の弾かれた前方へと、視線を戻す。

「あ…」

 前を向いた途端、思わず言葉を漏らすアヒル。

「言、玉…?」

 アヒルの前方では、一つの赤い言玉が、眩いばかりの強い光を放ち、アヒルを守るように、輝いていた。

「言玉だと…?」

 突然現れた言玉を見つけ、永遠も戸惑うように、眉をひそめる。

「アヒルの言玉じゃない。何故、あんなものが…?」

 アヒルの両手に存在する、二丁の銃を確認し、アヒルの前に浮かぶ言玉が、アヒルのものではないことを確認すると、永遠が一層、表情を曇らせる。

「なんで、言玉が…一体、誰の…ん?」

 前方の言玉を見つめ、首を傾げていたアヒルが、すぐ横に何か気配を感じ、そちらへと視線を移す。そこには、また別の赤い言玉が浮かんでいた。その言玉は、淡く優しい赤色の光を発し、その光がアヒルの体を照らすと、アヒルの傷だらけの体が、徐々に回復していく。その優しい光は、どこか見覚えがあった。

「これは、“なおせ”…?」

 光に宿る言葉を感じ、アヒルがそっと呟く。

「奈々瀬の、言玉…?じゃあ、あれは…」

 戸惑いながらも、確信を持って呟いて、アヒルがまた、前方の言玉へと視線を戻す。赤く、強い光を持つ言玉。アヒルを守り、アヒルを導くように、輝いている。その光にも、アヒルは見覚えがあった。

「篭也…」

 その言玉に、篭也の姿を感じ取り、アヒルがその名を口にする。

「あ…!」

「な…!」

 次の瞬間、同時に声をあげるアヒルと永遠。“厭離をんり穢土えど”の分厚い光の壁を破って、次々と、色取り取りの五色の言玉が、空間内へと入って来たのだ。

「馬鹿な…!この空間は、外からの介入を一切、許さない、絶対空間だぞ…!?」

 続々と侵入してくる言玉に、信じられないといった表情で、声を張り上げる永遠。永遠の言葉に反し、五十近い、たくさんの言玉が空間へとやって来て、それぞれ、力強く輝いて、しゃがみ込んだままのアヒルの周囲へと集まって来る。

「皆…」

 幾つもの言玉が、励ますように、勇気づけるように、アヒルを照らす。その言玉の一つひとつに、仲間の顔が、浮かぶようであった。

「皆っ…」

 もう一度、言玉を見回し、アヒルが目を細め、大きく笑みを零す。

「“ありがとう”…」

 心からの言葉を放って、アヒルは再び、銃を握る手に、力を込めた。

「永遠」

 呼ばれる名に、戸惑いの表情で言玉を見回していた永遠が、アヒルへと視線を移す。

「明日はまだ、終わらない。俺はまだ、諦めない」

 先程よりも強い決意を込めて、多くの言玉に囲われ、支えられるようにして、アヒルがゆっくりと、その場で立ち上がる。

「お前は、五十の文字を持っているかも知れない。けど」

 顔を上げたアヒルが、まっすぐに永遠を見据え、鋭い瞳を見せる。

「俺には、皆が附いている…!」

 アヒルの言葉に応えるように、集まった言玉は、一斉に、強い光を放った。


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