表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
333/347

Word.83 想イヲ、言葉ニ 〈3〉

 アヒルが再び手にした銃から放たれた弾丸は、先程まで以上の速度で空中を駆け抜け、永遠がアヒルへと向けた終末の光を、力強く弾き飛ばす。

「何、だと…!?」

 冷静だったその表情に、大きく衝撃を走らせる永遠。アヒルの弾丸が、永遠の光を弾いたことにというよりも、アヒルが言葉を放ったことへの驚きの方が、大きいだろう。光を弾いた弾丸は、まっすぐに永遠へと向かっていく。防ぐ準備など整えていなかった永遠は、きつく唇を噛み締めた。

「ぐうぅぅ…!」

 正面から、もろに弾丸を喰らい、後方へ吹き飛ばされこそしなかったものの、永遠の口から、苦しげな声が漏れる。

「何故、何故だ…?」

 弾丸を浴び、全身を斬り裂かれた永遠は、わずかに呼吸を乱し、肩を上下させながら、戸惑いの表情をアヒルへと向ける。

「君の言葉は、確かに、“封じた”はず…」

 戸惑いに揺れる瞳が、激しい傷を負いながらも、両手に銃を持ち、再び立ち上がったアヒルの、その鋭い瞳を捉える。

「なのに何故、言葉を口に出来る…!?」

 動揺からか、先程までの冷静な口調とは一転、声を張り上げて問いかける永遠。

「叫び続けてた」

 アヒルが短く、答えを投げかける。

「心の中で、叫び続けてた。ずっと」

「叫び、だと…?」

「ああ」

 さらに戸惑いの色を濃くし、聞き返す永遠に、アヒルがゆっくりと頷く。

「そしたら、想いが、言葉になった」

 アヒルの言葉が、迷いなく、はっきりと響き渡る。

「俺の想いが、言葉になった」

「“想いが言葉に”、だと…?」

 先程と同じように、永遠がアヒルへと問いかける。だが、先程よりも表情は険しくなり、その音調は少し低くなったようにも聞こえる。

「ああ」

 永遠の変化も気にせず、アヒルがまた、ゆっくりと頷く。

「想いを乗せるのが、言葉。自分の中の想いを、相手に伝えるのが、言葉だ」

 戻った言葉で、アヒルは、自身の主張を進める。

「想いを力に変えるのが、言葉だ」

 さらに熱が入るように、その言葉がより一層、はっきりと響く。

「俺の知っている五十音士は…」


―――神附きであることを、何よりも誇りに思っている!―――

―――すべての“痛み”を消す…この、言葉で!―――

―――俺が、俺だけが“神”だ!―――

―――言葉に贖わせる…それが、言葉の神である、俺の役目!―――


「全員、その強い想いを力に変えて、言葉を口にしていた」

 かつて戦った者たちの言葉を思い出し、アヒルがどこか、懐かしむように、口元を緩める。

「強い想いを持って、その文字に誇りを持って、言葉を放っていた」

 少し視線を下へと向けていたアヒルが、また上を向き、永遠を見つめる。

「確かにお前は、五十音、すべての文字の力を持っているのかも知れない。お前一人で、五十音、すべての言葉が放てるのかも知れない。けど」

 言葉を付け加えたアヒルの瞳が、鋭く光る。

「お前は、他の五十音士たちの代わりになんて、なれない」

 もう決まっていることのように、アヒルがはっきりと言い放つ。

「自分の文字を誇るのが、自分の想いを言葉に込めるのが、五十音士だ」

 アヒルが銃を握り締める両手に、精一杯の、力を込める。

「ただ、自分の苦しいって想いを、辛いって想いを、力で、相手に押しつけるだけのお前に、皆の代わりなんて、出来ない!」

 主張を強めるように、大きく声を張り上げるアヒルに、永遠の表情が、あからさまに大きく歪む。だが、歪んだその表情は、すぐに平静さを取り戻した。

「参ったな…」

 小さく、短く、そっと言葉を落とす永遠。

「まさか、俺が神になった頃には、生まれてもいなかったような子供に、俺自身の言葉を否定されるとは、思ってもみなかった…」

 静かに続くその言葉には、単調だが、確かに、怒りがこもっている。

「本当に君は、どれだけ、俺の心を傷つければ、気が済むんだろう…?」

 誰へでもない問いかけを向けながら、永遠がゆっくりと視線を動かしていく。

「ねぇ、アヒル…」

 突き刺さるような永遠の視線を浴びると、アヒルの額から、静かに汗が流れ落ちる。永遠の纏う、威圧感は重たく、ただ見られただけだというのに、アヒルの全身に悪寒が走るようであった。

「言葉が戻ったくらいで、俺に勝った気でもいるのか?」

 鋭い瞳を向けたまま、永遠が今度は、アヒルへと問いかける。

「言葉で、言っておいてやるよ。君の言葉が戻ったところで、君は俺には勝てない」

 確信を持って、はっきりと言い放つ永遠。

「“し去れ”」

「う…!」

 言葉を放ちながら、アヒルの方に向かって、永遠が右手を一振りする。軽く払っただけなのに、アヒルの正面へと強い風が吹き抜けると、アヒルの体を纏っていた、淡い青色の光が、一瞬にして消し飛んだ。空中へと掻き消えていく青色の光を目にし、アヒルが思わず、小さく声をあげる。

「扇子野郎の、言葉がっ…」

「これでもう、“きろ”の言葉は、無効化された」

 アヒルの周りから消え去った青光に、永遠が、満足げに笑う。

「これで、心置きなく、終わらせることが出来る」

 目を細めた永遠の笑みが、冷たいものへと変わる。

「君の、言葉を」

 永遠のその言葉に、アヒルの表情が、より一層、厳しいものへと変わる。為介の言葉が無効化された今、一瞬でも永遠の終末の光を浴びれば、その時点で、アヒルの言葉は、すべての行動は、停止されてしまう状態となったということだ。

「“ちれ”」

 永遠が言葉を発すると、背中の翼が広がり、翼の持つ輝きが、またどんどんと増していく。光と共に集約していく、言葉の力を肌に感じ、アヒルの眉間に皺が寄る。

「さぁ、本当に終わりにしよう。アヒル」

 まるで宣言でもするように、永遠がはっきりと告げ、言玉を持った右手を振り上げる。

「“げ”…!」

「グ…!」

 向けられる無数の光に、アヒルは、険しい表情で、唇を噛み締めた。




「圧倒的不利ですわね…」

 永遠の城跡から遠く離れた場所で、ウズラや他の音士たちと共に待機している和音が、ポツリと言葉を落とす。その声に気付き、和音のすぐ横に立っていた篭也が、振り向いた。

「見えるのか?」

「わずか、ですが…」

 篭也の問いに答える和音の、その視線の先には、和音の言玉の変化した姿である、真っ赤な手鏡。鏡の中に映っているのは、霞み過ぎていてわかりにくいが、アヒルと永遠の様子であった。両手で手鏡を握り締めた和音は、食い入るようにして、その鏡の中を覗き込んでいる。

「彼の四字熟語が無ければ、もう少し、はっきりと見られるのですが…」

「圧倒的不利とは、どういうことだ?神が押されているのか?」

 篭也はアヒルの様子を気に掛けている様子で、少し焦ったように、次々と問いかけを和音へと向ける。向けられる問いかけに、和音は顔を上げ、厳しい表情を篭也へと向けた。

「はい」

 大きく頷く和音に、篭也が眉をひそめる。

「安の神は、必死に戦っています。その限界を、遥かに超える程の力で。ですが」

 言葉を付け加え、和音が表情を曇らせる。

「持っている文字の力の数が、あまりにも違い過ぎる…」

 そう言って和音は、どこか悔やむように俯いた。

「数とは、どういうことだ?」

 そこへ、篭也の少し後ろに立っていた檻也が、戸惑った様子で口を挟む。

「永遠の持つ文字は、“を”、一つのみのはずだろう?文字の数だけなら、“あ”と“う”の二つの文字を持つ安の神の方が、勝っているんじゃ…」

「“を”の文字は、五十音、すべての文字を司る文字」

 檻也の言葉を遮るようにして、声を発したのは、三人よりも手前に立ったウズラであった。ウズラは檻也たちに背を向けたまま、前方に見える空間を見つめ、言葉を続ける。

「“を”の文字を真に解放した者は、すべての文字の力を得ることが出来る」

「すべての文字、だと…?」

「そんな…」

 ウズラの解説に、一気に険しい表情となる檻也と空音。

「そんな…!そんな、すべての文字の力を持った者になど、勝てるはずが…!あっ…」

 思わず声を張り上げ、和音へと訴えようとした檻也であったが、篭也の姿を目で捉え、言葉を途中で呑み込む。

「す、済まない…」

「いや」

 申し訳なさそうに俯く弟に、篭也は、そっと首を横に振って応えた。

「これは、賭けです」

 二人のやり取りを見ていた和音が、凛とした声を響かせる。

「この世界中の、すべての言葉を懸けた賭け…」

 そっと目を細めた和音が、手鏡から視線を上げ、前方の空に浮かぶ、真っ白な空間を見つめる。

「そして、わたくしたちは、安の神に、彼に賭けた」

 空間を見据える瞳を鋭くし、和音がはっきりと言い放つ。

「だから後は、彼を、神を信じ、祈りましょう」

 力強いその言葉は、まるで、不安がる自分自身に言い聞かせる言葉のようにも聞こえる。和音の言葉に、篭也は頷くことが出来ず、険しい表情で、そっと下を向く。

「クっ…」

「恵ちゃん…」

 悔しげに唇を噛み締める恵を見つめ、心配そうに目を細めるスズメ。

「本当に、祈るだけでいいのかな…」

「え…?」

 迷うようなその声に、和音が振り返る。

「奈々瀬」

 和音の振り返った先に立ち、アヒルの居る空間を、ただまっすぐに見上げているのは、七架であった。同じように振り返った篭也が、和音の代わりに、七架の名を呼ぶ。

「だって、神様に祈るだけで、祈った人が全員、救われるなら、きっと、皆、祈る以外には、何にもしないよ」

 和音たちの方は見ずに、ただ空間だけを見つめ、七架が言葉を続ける。

「きっと皆、一生懸命、頑張ったりしない。神様に祈るだけで救われるなら、きっと人は、頑張ることをやめてしまう」

 七架のその言葉に、どこかハッとしたように、表情を動かす和音。

「それじゃ、いけない。祈るだけじゃ、何にもならない」

 続く七架の言葉を聞きながら、金八やシャコに囲まれ、傷の手当てを受けているイクラが、そっと視線を地面の方へと落とす。


―――祈ったのに…毎日、一生懸命、祈ったのにっ…―――

―――どうして先生を救ってくれなかったんだよぉ…!―――


「……っ」

 祈りの届かなかった過去を思い出し、イクラがそっと目を細める。

「私は、祈るだけでいたくない。何かしたい」

 胸の前で固く両手を握り締め、七架がまるで、願うように、言葉を放つ。

「何か、してあげたい」

 空間を見つめる七架の瞳に、薄らと滲む雫。

「私の神様のために」

 見つめる空間の中に居るアヒルを思い、七架が力一杯、両手を握り締める。

「“なにかしたい”…!」

 七架の言葉に反応するように、握り締められた両手の中で、七架の言玉が、淡い光を放つ。

「奈守さん…」

「お姉ちゃん…」

 今にも泣き出しそうなほどに、必死に、アヒルを思う七架のその姿に、胸を打たれるような気持ちで、和音がそっと目を細める。六騎も、姉のその姿に、悲しげな表情を見せる。

「俺も、なりたいです」

 七架の言葉に同調するように、言葉を放ったのは、保であった。

「アヒルさんの助けになりたい。何でもいい、ほんの少しでもいいから」

 七架と同じようにアヒルの居る空間を見つめ、保がそっと、笑みを浮かべる。

「“たすけになりたい”」

 保の切実な言葉が発せられると、保の右手の中の言玉が、保の気付かないところで、徐々に輝き始める。

「そうね…」

 七架の肩に手を置き、そっと七架のすぐ横へと並んだのは、囁であった。

「私は、支えたいわ…」

 二人同様、アヒルの居る空間を見上げ、囁が穏やかに微笑む。

「皆の言葉を背負って、きっとボロボロになってるだろう、私の神様を」

 遠くに居るアヒルを思い、囁が目を細める。

「“ささえたい”…」

 その言葉に反応し、囁の言玉も、そっと輝く。

「“誰よりも近くで神を支え、誰よりも強く、神の力となれ”」

「篭也…?」

 急に、流れの繋がらない言葉を発した篭也に、和音が戸惑うように振り向く。

「危うく、先代加守の言葉を、忘れるところだった」

 自分自身を咎めるように、額へと軽く手を当てて、またその手を下ろした篭也が、笑みを浮かべ、和音の方を見る。

「僕は、神附き」

 篭也が誇らしげに言葉を放ち、他の三人と同じように、まっすぐに、アヒルの居る空間を見つめる。

「僕は、我が神へ祈りを捧げたいんじゃない。我が神を見守りたいんじゃない。僕は、我が神を」

 次の言葉を強調するように、篭也が言葉の間に、少しの時間を置く。

「勝たせたい。“たせたい”んだ」

 珍しく声を張り、篭也が決意を固めるように、はっきりと言葉を口にする。

「“明日”、共に笑い合うために…!」

 篭也の言葉に反応し、篭也の右手の中で、言玉が強い、赤色の光を放ち始める。輝き始めた四人の言玉は、互いの言玉に呼応するように、その輝きを増し、やがて光が上空へと舞い上がって、一つに合わさっていく。

「な、何だ?」

 青い空の中で、一際輝く赤い光を見上げ、戸惑いの表情を見せるスズメ。他の音士たちも皆、上空を見つめ、その赤い光を見守る。皆の視線が集まる中、光はさらに強さを増し、まるで爆発でもするかのように、勢いよく弾け飛んだ。

『ううぅ…!』

 降り散る眩い光に、見上げていた音士たちが皆、思わず目を伏せる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ