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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
325/347

Word.81 別離 〈3〉

「父さん…」

「ツーくん」

 ツバメと熊子、塗壁の三人を乗せた巨鳥、スワ郎が、やって来る。皆の集まる場所の先頭、ウズラたちの立つすぐ傍の地面へと、スワ郎が着地すると、その背から、ツバメたちが降りてきた。

「ただいま戻りました、神」

「戻っただぁ、神」

「ご苦労さま、熊子、塗壁」

「スズメは?」

 熊子や塗壁へと微笑みかけるウズラの横から、茜が身を乗り出し、不安げにツバメへと問いかける。

「保くんと、ハ行の五人を乗せてから来るって…」

 茜の問いに答えながら、ツバメが後方を振り返り、遠くに見える城を見つめる。

「間に合えばいいけど…」

 本格的に崩れ落ちてきている城を見つめ、ツバメは、浮かない表情で呟く。

「うぅーん…」

「浮かない表情ですね、神」

「ん?」

 熊子に声を掛けられ、ウズラが首を傾けて、振り向く。

「そりゃ、世界の言葉が終わるかも知れないって時に、浮いた顔は出来ないよぉ」

「あなたは、浮いた顔以外、出来ないものと思っていました」

「ひどいなぁ。熊子はぁ」

 冷たく言い放つ熊子に、ウズラが困ったような笑みを浮かべる。

「城崩壊と永遠のこと以外にも、気になっていることがあるのでは?」

「熊子には、敵わないね」

 鋭く問いかける熊子に、ウズラが小さく頭を掻く。

「確かに気になってる」

 笑みを止め、真剣な表情を見せたウズラが、細めた瞳でまっすぐに、城の方を見据える。

「本当に、創造が終わったのかどうか…」




「うおっとっと!」

 吹き荒ぶ風に、空に浮かせていた体を持っていかれそうになり、慌てて近くのトラトラ子の体を掴む兵吾。暗くなった空は、時間帯によるものだけではなく、荒れ始める天候により、天の光が遮られ、厚い雲が、空全体を覆い始めている。

「この世の終わりって感じの天気じゃん」

「城が崩壊するというのも、どうやら本当のようだ」

 下方に広がる城を見下ろし、ヒロトが冷静に呟く。先程まで皆が居た屋上は、最早、見る影もなく崩れ去っている。他の塔も下からの崩壊が進み、崩れゆく地響きのような音が、上空にいるヒロトたちにも届いていた。

「本当に決まってんだろ。んな、つまらねぇ嘘つくかよ」

 ヒロトの言い分に、口を尖らせるスズメ。

「もう時間がねぇ。とっととここを離れねぇと、崩壊に巻き込まれる」

「灰示様」

 スズメの言葉を受けたヒロトが、答えを求めるように、灰示の方を見る。不二子や兵吾、蛍もまた、同じように灰示を見つめた。スズメの言葉は理解しているようだが、灰示以外の者の指示に、従うつもりはないようである。

「退避だ。ただし、保の治療は続けて」

『はい!』

 灰示の言葉にしっかりと頷くと、不二子がトラトラ子を動かし、背中の保と、保の治療を続ける蛍をそのままに、トラトラ子ごと、スズメのチュン吉の上へと乗り込む。トラに続き不二子も乗り込み、それにヒロト、兵吾が続く。

「よぉーし。皆、乗ったな」

 乗り込んだ皆の姿を確認し、スズメが満足げに頷く。

「後はてめぇだ…」

「朝比奈スズメ、とかいったっけ?君」

 灰示に呼びかけようとしたスズメが、急に名を呼ばれ、首を傾げる。

「ああ、そうだけど?」

「しっかり、安全なところまで運んでね」

「へ?」

 灰示の言葉に、戸惑うように、眉をひそめるスズメ。

「頼んだよ…」

 スズメへと託すようにそう言って、儚げな、今にも消えてしまいそうな笑みを浮かべる灰示のその姿に、ただならぬ何かを感じ、スズメが険しい表情を見せる。

「お前、何言って…」

「フハハハハハハ…!!」

 スズメが灰示へと、その真意を問いかけようとしたその時、地の底から這い上がるような、低く重い笑い声が響き渡り、辺りを包み込む。

「な、何だ?」

「あれ…!」

 皆がその笑い声に戸惑う中、チュン吉の背の上に立った不二子が、前方の空を、勢いよく指差す。皆が不二子の指差した方を一斉に振り向くと、その途端、大きく目を見開いた。

「あ、あれは…」

「フハハハハハハ!!」

浮世うきようつつ…!」

 皆の居る辺りよりも、少し上方で、荒れ狂う空を背負うようにして浮かんでいるのは、現であった。すっかり老人の小さな体型に戻り、服の破れた、皺だらけの上半身が明るみとなっている。すでに体はボロボロで、とても戦える状態には見えない。杖もなく、何も持っていない両手を左右に広げ、ただ、ただ、大きな笑みを浮かべている。

「生きて、生きていたのか…」

「そんなっ…灰示様たちが確かに、倒したはずなのに…」

「生きていた?倒した?とんだ絵空事じゃのぉ」

 ヒロトや不二子の言葉を、現が高らかと笑い飛ばす。

「わしは、唯一無二の絶対神!神は不滅じゃ!フハハハハ…!」

 自信を持って言い放ち、現がまた、激しい笑い声をあげる。

「不滅ねぇ」

 そんな現の様子に、少し額から汗を流しながらも、スズメがそっと笑みを浮かべる。

「そのわりには、随分とボロボロに見えるぜ?絶対神さんよぉ」

 スズメがまるで、挑発するように、現へと言葉を向けながら、右手を鋭く身構える。

「今の、言玉も持たない、あんた程度ならっ…」

「わしが、トドメを刺されるためだけに、ノコノコ、こんな場所まで出てくるとでも思ったか?音士の小僧」

「何?」

 現の含んだその言葉に、スズメが眉をひそめる。

「見よ!」

「グアアアアアア!」

『な…!?』

 現が高らかと手をあげると同時に、上空へと姿を現したのは、崩れ落ちた屋上の瓦礫の中に沈んだはずの、終獣の巨体であった。金色のその巨体を見て、スズメたちが大きく目を見開く。

「ば、馬鹿な…あいつはもう、言玉を失ったはずなのに、どうしてあの獣を…」

「例え言玉が無くとも、かつて生み出したものを、動かすことは可能なようじゃ」

 戸惑うスズメに答えるように、現が笑う。

「そして、これの溜め込んだ力を、この場で爆発させることもなぁ」

「……!」

 現のその言葉に、スズメの表情が凍りつく。

「まさか、阿修羅の時と同じことを…?」

「ああ、そうじゃ!今度こそ、跡形もなく消し去ってやるわ!この町も、お前等もなぁ…!」

「そんな…」

 告げられる事実に、不二子やヒロトたちも皆、怯えたような、凍りついた表情となる。終獣の溜め込んでいる力の強大さは、近距離に居る皆に、ビリビリと伝わってくるほどである。この力がすべて爆発すれば、現の言葉の通り、間違いなく、この町も、この場に居る皆も、一気に消え去ってしまうであろう。

「ん、んな馬鹿なこと…!」

 スズメが動揺に震える声を、必死に荒げる。

「てめぇ、今回は幻じゃねぇんだろ!?こんな所で爆発なんかさせたら、今度はてめぇだって…!」

「最早、“まれろ”の言葉は使えぬ」

 必死のスズメの言葉を、あっさりと遮る現。

「とうに寿命を超えた我が命は、“生まれろ”の言葉がなければ、後は朽ち逝くのを待つだけじゃ…」

 怖いとさえ思えるほどの冷たい表情で、現が言葉を続ける。

「どうせ消えるのであれば、わしは、この世界と共に消える」

 強く言い切り、現が口角を吊り上げる。

「そして、わしは、世界の神になるのじゃ!フハハハハ…!」

 響く笑い声に気圧されるように、思わず体を後ろへと引くスズメ。

「狂ってる…」

 笑い声を続ける現を見つめ、ポツリと言葉を落とす不二子。そこに居るのは最早、神ではなく、神というものに取り憑かれた、一人の男であった。

「フハハ!フハハ!フハハハハ!」

 徐々にその体内へと、力の凝縮を始めている終獣と共に、笑い声を響かせながら、上空へと昇っていく現。舞い上がっていく現のその姿を、皆が、険しい表情で見上げる。

「クッソ…!」

 歯を食いしばり、悔しげな声を吐き捨てるスズメ。

「こうなりゃ、ダメもとでも…!」

「“はばめ”」

「な…!」

 チュン吉を上昇させ、現の後を追おうとしたスズメであったが、それは、空に張られた赤い光の膜により、遮られた。スズメが鋭い目つきで、言葉の聞こえてきた方を振り向く。

「何すんだよ!?」

「君に頼んだのは、そんなことじゃないよ」

 強い口調で問いかけるスズメに、灰示がそっと、笑みを向ける。

「早く行って」

「え…?」

 灰示の言葉に、戸惑うように眉をひそめるスズメ。先程の灰示の言葉が思い出され、スズメは、何かに気付いたように、ハッとした表情を見せた。

「まさか、お前っ…」

 眉間に皺を寄せたスズメが、思い当たったその考えを、まだ信じ切れていないといった様子で、膜の向こうに立つ灰示を見つめる。

「お前…」

「早く行った方がいいよ」

 灰示がスズメの方を見て、再び促す。

「僕の気が、変わらないうちにね…」

 そっと微笑む灰示のその表情を見て、一際、険しい表情を見せた後、スズメは込み上げるものを押し殺すように、きつく唇を噛み締め、そして、何かを振り払うように、何度も首を横に振った。

「チュン吉!」

 スズメに呼ばれ、チュン吉が大きく翼を広げ、その場から飛び立つ。

『え?』

 灰示を残し、その場を離れていくチュン吉に、戸惑いの表情を見せる不二子たち。

「何やってんのよ?まだ、灰示様が…」

「いいんだ」

 不思議そうに問いかける不二子に、スズメがはっきりと答える。

「これが、あいつの意志だ」

「灰示様の、意志…?」

 スズメの言葉を繰り返し、不二子が大きく首を傾けた後、突然、ハッとなって、大きく目を見開く。

「まさか…!」

 チュン吉の上から必死に身を乗り出し、後方へと遠ざかる灰示の方を、見つめる不二子。

「灰示様…!!」



「……随分と、くだらないことをするようになったものだね。僕も…」

 どこか自嘲するような笑みを浮かべると、両手に針を身構え、灰示が、現の上がっていった上空を見上げ、真剣な表情を見せる。

「“はこべ”」

 短く言葉を落とし、自分の足元へと針を投げ放つ灰示。針が淡い赤光へと変わると、灰示の体はその光に押し上げられ、ゆっくりと上昇していく。暗い空の中を進んでいくと、やがて、巨大な獣の姿が見えてきた。全身から金色の光を溢れさせたそれは、最早、生物ではなく、ただの力の塊と化している。その塊の前に、小さな人影が見えた。人影は、灰示に気付いた様子で、こちらを振り向く。

「ほぉ、お前さんか」

 灰示の姿を見て、現は別段、驚いた表情も見せず、むしろ、予想していたかのように、納得した表情を見せる。

「お前さんも、消えずに残っておったようじゃな」

「君が生きていてくれたお陰でね」

「成程。わしの“生まれろ”で存在するものが、まだ残っておったか」

 感心するように笑う現に、灰示もそっと、笑みを浮かべる。

「随分と、元気そうじゃのぉ。音士の小憎の方は、すっかり気を失っておったのに」

「君のお陰で、僕は、“痛み”を力へと変えることが出来るようになってるからね」

「そうじゃったのぉ。お前は、痛みの成れの果て」

 現が鋭く細めた瞳で、まじまじと灰示を見つめる。

「その、人の“痛み”の塊であるお前が、ここに来たということは…わしを止め、人の世界を救おうとでもいうのか?」

「別に、そんなくだらないことは、考えちゃいないよ」

 涼しげな笑みを浮かべたまま、現の言葉を、あっさりと否定する灰示。

「ただ、思い出しただけ」

「思い出した?」

 灰示の言葉に、現は戸惑うように、眉をひそめる。

「そう、思い出しただけ」

 目を細めた灰示が、懐かしむように、穏やかな笑みを浮かべる。

「馬鹿まっすぐな神様の」


―――俺は絶対、諦めない!―――


「ただ愚かな、あの言葉を」

 思い出される言葉を噛み締めるように、灰示が、胸の前へと持ってきた左手を、強く握り締める。

「フン、意味のわからぬことを」

「君には到底、理解出来ないさ」

 鼻を鳴らす現に対し、灰示は、上から見下ろすような笑みを浮かべる。

「さぁ、君にも贈ろう」

 灰示が静かに言い放ち、両手に持った針を、そっと身構える。

「この、“痛み”を」




「戻って!今すぐ、戻って!」

「無理だ」

 形振り構わず叫び散らす不二子に、スズメが前を向いたまま、はっきりと答える。

「俺はあいつに、お前等全員を、安全な場所まで連れていくよう、頼まれた」

 前を見据え、不二子の方をまったく見ようとしないスズメの、力一杯握り締められた拳が、わずかだが、震えている。

「その約束を、俺は絶対に果たさなきゃいけねぇ」

「そんなの、何よ!」

 静かに強い意志を宿らせるスズメの言葉を、不二子が一瞬にして、払いのける。

「私は、別に死んだっていい!他の誰が死んだっていい!灰示様…!灰示様の命の方が、大事よ!」

「不二子!」

 大きく体を揺らし、必死に叫ぶ不二子を、後ろから抑え、宥めるように声を掛けるヒロトと兵吾。

「これは、灰示様の意志じゃん。わかれじゃん?」

「そうだ。灰示様はご自身の命を懸け、我々と、この世界を救おうとしておられるのだ」

「何が世界よ!世界なんて、どうだっていいわ!」

 二人の説得も聞かず、不二子はさらにまた、声を張り上げる。その大きく見開かれた瞳からは、大粒の涙が溢れ出していた。

「もういいわ!私…!私が灰示様を止めてくる!離して、離してぇぇ…!!」

「不二子…!」

 灰示のもとへ行くため、チュン吉の上から飛び出していこうとする不二子を、ヒロトと兵吾が、必死になって抑え込む。

「不二子…」

 そんな半狂乱の不二子の様子を見つめ、悲しげに目を細める蛍。

「“たかくなれ”」

「え…?」

 その時、蛍のすぐ前から声が響き、そこで横たわっていたはずの人影が、起き上がって、飛び出していく。

「な…!?ちょっと!」

 慌てたような蛍の大声に、ずっと前を見据えていたスズメが、戸惑うように振り向く。蛍が止めるのも聞かず、チュン吉の上から飛び出していくその人物に、スズメが大きく目を見開いた。

「バ…!」

 スズメが後方を振り返り、思いきり身を乗り出す。

「馬鹿野郎!戻れ!」

 遠ざかっていくその者へと、必死に声を張り上げるスズメ。

「戻れ、戻るんだ!保!」

 スズメの制止の声も聞かず、まだ治療も終了していない保は、ふらつく体を何とか支えながら、必死にもといた場所へと戻っていく。

「灰示っ…灰示…!」

 険しい表情を見せた保の口から、灰示の名が、何度も零れ落ちた。



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