Word.9 招カレザル客 〈1〉
言姫・和音の依頼により、忌増発の裏で動く五十音士の一人、“波守”・波城灰示の討伐を任された、アヒルたち安団の面々は、和音より提供された、波城灰示の根城と思われる、廃園となった遊園地へと足を踏み入れた。
そこに待ち受けるものが、何なのかも知らずに……。
「広いな…」
電灯も点いていない薄暗い遊園地跡を、和音からもらった懐中電灯で照らしながら、大きく体を動かして、見渡すアヒル。道の端に小さく造られた門からは予想外なほどに中は広く、小さな町にあったにしては、様々なアトラクションが並んでいた。だがそのアトラクションも、勿論どれ一つ、動いていない。
「アヒるん…私、ジェットコースターに乗りたいわ…」
「勝手に乗って来いっ」
並んでいるアトラクションの一つ、巨大で長いジェットコースターを指差し、まるでデート中のカップルのように楽しげに言い放つ囁に、アヒルが冷たく答える。
「釣れないわねぇ…」
「釣られてたまるか!無駄口叩いてっと、また篭也に注意されんぞっ!」
「僕はメリーゴーランドに乗りたい」
「だあああっ!」
注意するどころか、ジェットコースターの横のメリーゴーランドを、目を輝かせながら見つめている篭也に、アヒルが勢いよく倒れ込んだ。
「お前まで何言ってんだよ!しかも乙女チックっ!」
「この前の恋盲腸で、ヒトミと先生が乗っていたんだ」
「何、デロ甘に憧れてんだよ!」
いたって真面目な表情で言う篭也に、立ち上がり、全力で突っ込みを入れるアヒル。
「恋盲腸の良さがわからんとは、まだまだだな、神」
「んなもん、一生わからんでいいわっ!」
「ウフフっ」
『……っ』
どこからか聞こえてくる笑い声に、あれこれと言い合っていたアヒルと篭也、そして囁が、同時に表情を鋭くし、互いの背中を合わせ、それぞれ違う方向を警戒するようにして、身構える。
「気付かれたみたいだな」
「どこかの神が、大声で騒ぐから…」
「お前らが騒がせたんだろうがっ!」
「ウフフフフっ!」
「……っ」
囁に怒鳴っていたアヒルが、再び聞こえてくる笑い声に、言葉を止めて、険しい表情を見せる。
「誰だ!?どこに居やがる!?」
「ウフフっ…ジェットコースターに、メリーゴーランド…?そんなに乗りたいならっ…」
上方を見上げ、叫びあげたアヒルに答えるように返ってくる、可憐な少女の声。
「乗せてあげるっ…!」
「んなっ…!?」
その声に反応するように、突然、メリーゴーランドの馬が動き出し、周囲を包む柵を越え、アヒルたちのもとへとまるで駆けるように迫って来て、ジェットコースターのレールを、誰もいない列車が駆け抜け、レールを飛び越え、アヒルたちのもとへと飛び込んでくる。
「んなぁぁっ!?」
向かって来る馬と列車を見つめ、大きく目を見開くアヒル。
「イ、 イリュージョンっ!?」
「あらあら…凄いわね…」
「感心している場合か」
どこか楽しげに笑っている囁に、注意するように呟きながら、篭也がポケットから言玉を取り出す。
「早く構えろ。死ぬぞ」
「あ、ああっ!」
「ええ…フフっ…」
篭也に言われ、アヒルと囁もそれぞれポケットから、赤い言玉を取り出した。
「第一音“あ”…」
「第六音、“か”」
「第十一音…“さ”…」
三人が右手で、言玉を握り締める。
『解放っ…!』
三つの言玉が同時に赤く強い光を放つと、言玉はそれぞれ姿を変え、アヒルは銃を、篭也は格子を、囁は横笛を構えた。
「“欠けろ”っ…!」
篭也が格子を放り投げると、格子は上空で六本へと分かれ、迫り来るメリーゴーランドの馬たちの足元へと向かい、その足を砕いて、馬を横倒しにし、動きを止めた。
「“妨げろ”…」
篭也に続くように、囁が言葉を発し、横笛を奏でる。するとその音色は大きな振動の塊を生み、向かってくる馬たちを、正面から吹き飛ばした。
「よぉーし!俺もっ!」
二人の戦い振りを見て、後に続けと、気合いを入れて銃を構えるアヒル。
「“当たれ”!」
銃から放たれた弾丸が、まっすぐに、駆け込んでくるジェットコースターの列車へと向かっていく。
「よしっ!って、ありっ?」
弾丸は、列車の真っ赤な鋼鉄のボディを貫きはしたが、小さく穴をあけただけであって、その速度を緩めることはなかった。その光景を見つめ、アヒルが間の抜けた声を漏らす。
「うわわっ!どわああああ!」
引き続き迫り来る列車に追われ、その場から必死に走り出すアヒル。
「神っ…!」
「あらら…ダサい…」
列車に追いかけられ、遊園地のさらに奥へと一人、遠ざかっていくアヒルに、篭也が焦ったように声を出し、囁が呆れきった笑みを浮かべる。
「動きを止めたければ、普通、車輪を撃つだろうっ!?」
「アヒるんの頭が、そこまで回るはずないじゃない…」
少し怒るように、誰にともなく問いかける篭也に、冷静に答える囁。
「ウフフフっ…神様はあっちねっ…」
『……っ』
先程の声が、アヒルの走り去っていく方向へと消えていくことに気づき、篭也と囁が表情を鋭くする。
「狙いはアヒるん…?」
「チっ」
眉をひそめる囁の横で、篭也が少し舌を鳴らす。
「“囲え”…!」
篭也が言葉を発すると、馬の足を砕き続けていた六本の格子が、一列に並ぶように地面に突き刺さり、馬たちを押さえて、前へと進む道を作った。
「ここは僕が抑える。神を追え、囁っ」
「えっ…?」
篭也の言葉に、囁が少し驚いた顔を見せる。
「あら…一人で大丈夫なの…?」
「誰に向かって言っているっ」
「フフっ…」
試すように問いかけた囁であったが、すぐさま答える篭也に、そっと笑みを浮かべた。
「じゃあ遠慮なく、そうさせてもらうことにするわ…」
「ああ。神は頼んだぞ」
「勿論よっ…」
大きな笑みで頷くと、囁は篭也の作った道を進み、アヒルの後を追って、遊園地の奥へと駆け出していった。
「ふぅっ…んっ?」
囁を進めることに成功し、一息ついていた篭也であったが、迫り来る馬たちの勢いに、格子の囲いが壊され、吹き飛ばされた格子が、一本に戻って、篭也の右手へと返って来る。
「一頭ずつ相手にしていては、キリがないな」
向かってくる大勢の馬に、少し肩を落とすと、篭也が格子を身構えた。
「“変格”」
篭也がそっと呟くと、赤い光を放ち、先端から曲線を描く刃を生やして、格子が鎌へと姿を変える。
「“刈れ”っ…!」
篭也が勢いよく鎌を振り切ると、鎌の刃部分から放たれた、大きな赤色の一閃が、一瞬にして馬たちの間を駆け抜け、一頭残らず馬の胴体を斬り裂いた。砕けた馬が地面に崩れ落ちると、その場に静けさが戻る。
「ふぅっ…」
鎌を下ろし、もう一度、一息つく篭也。
「早く二人の後をっ…」
「ヒヒっ、それが“変格活用”ってヤツ?」
「……っ!」
アヒルの囁の後を追うため、遊園地の奥へと進もうとした篭也が、横から聞こえてくる声に目を見開き、進もうとしていた足を止める。
「噂には聞いてたけど、初めて見たやぁ。ヒヒヒっ」
静かなその場に足音を響かせ、ゆっくりと篭也のもとへと歩み寄って来るのは、女性のような柔らかな顔立ちをした青年と、長い前髪が少し怪しげな雰囲気を演出している、小柄の少年であった。
「……っ」
歩み寄って来る二人に対し、篭也が警戒するように、鎌を身構える。
「あなたたちは一体っ…」
「オレたち、ハ行に、変格はないからね」
「ハ行っ…?」
青年の放った言葉に、素早く眉をひそめる篭也。
「じゃあまさかっ、あなたたちはっ…!」
「波行、“比守”・昼川ヒロトっ、ヒヒっ」
「同じく波行…“保守”、穂並蛍…」
青年が青い玉を、少年が白い玉をそれぞれ取り出しながら、それぞれ名を名乗る。
「言玉…五十音士っ…」
二人が持ち出したその玉を見つめ、表情を曇らせる篭也。
「波守だけじゃないのかっ」
「第二十七音“ひ”、解放っ」
「第三十音…“ほ”、解放…」
それぞれの言葉に反応し、ヒロトと蛍の言玉が、強い光を放ち始める。
「さぁっ、オレたちに見せてよ。安団の実力ってヤツをさっ」
「クっ…」
楽しげに笑うヒロトに、篭也は険しい表情を見せた。




