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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
319/347

Word.80 消エユク言葉 〈1〉

―――我が魂は、永遠に、我が神と共に…―――


 永遠とわの居城。左塔、最上階。

「…………」

 永遠のすぐ近くに、不意に現れる、小さく弱々しい白色の光。少し戸惑うような表情を見せた永遠が、その光へと左手を伸ばす。その光に永遠が触れると、光は一瞬、強く輝き、次の瞬間、光を失った白い言玉が、永遠の左手の上へと落ちた。落ちた言玉を見て、永遠がそっと表情を曇らせる。

「君も、俺を置いて、逝ってしまうんだね」

 左手で言玉を握り締め、永遠が低い声を落とす。

「桃雪…」

 共に在った神附きの名を呼び、永遠は、どこか哀しげな笑みを浮かべた。



「ハァ…ハァ…ハァ…!」

 その頃、桃雪の言葉によるカモメの幻覚を倒した恵は、ひたすらにその足を動かし、永遠の待つ最上階を目指して、長い階段を上り続けていた。長く続く階段に、息を乱し、滲む汗を辺りに撒き散らしている。

「ん?」

 その時ふと、恵が何かに気付いた様子で顔を上げ、階段の途中で足を止める。どこからか、低く重い音が響いてくる。まるで底の方から崩れ落ちようとしているような、地響きのような音だ。音が響き始めたと同時に、天井や壁が震え始めると、恵はすぐさま、表情をしかめた。

「城が、崩れ落ちようとしているのか…?」

 その考えが過ぎると、恵はさらに一層、険しい表情を見せる。

「クソ…!」

 響く崩壊の音の中、それでも今更、引き返すことも出来ず、恵が再び、階段を駆け上り始める。

「朝比奈っ…」

 どこか不安げに、アヒルの名を口にする恵。

遠久とをひさ…!」

 必死に名を呼ぶその声がさらに、恵の足を速めた。




 永遠の居城、屋上。

「行くぜ、チュン吉!」

 巨大な金色の巨鳥の背に立ち、一気に空を下降して、屋上で待つ終獣へと、気合い十分の様子で向かっていくスズメ。スズメが右手を振り上げ、大きく口を開く。

「す…!」

「グアアアアア!」

「何!?」

 スズメが終獣との距離を詰め、攻撃の言葉を向けようとしたまさにその時、屋上の床の一部が突然崩れ落ち、崩れ落ちた部分に後ろ脚を取られた終獣が、激しい叫び声をあげる。終獣の叫びを聞いたスズメが、戸惑いの表情を見せながら、慌ててその場で動きを止める。

「こ、これは…」

 チュン吉を上昇させながら、屋上のある右塔全体を見渡し、表情を曇らせるスズメ。突如、崩れ落ちたのは屋上だけではなく、右塔の外壁の至るところにもヒビが入り、塔全体が、崩れ落ちようとしている。

「スズメ!」

「ツバメ」

 唖然とした様子で、崩れゆく塔を見つめていたスズメが、自分の名を呼ぶ声に振り向く。すると、チュン吉の飛ぶすぐ横の方向に、ツバメのスワ郎が飛びあがっていた。スワ郎の背の上には、ツバメの他に、熊子と塗壁の姿もある。崩れゆく屋上の上から、ツバメが二人を回収したのだろう。

「熊子、これは…」

「原因は分かりかねますが、この城全体が崩れ始めているのは確かです」

 戸惑いの表情で問いかけるスズメに、熊子が冷静な口調で答える。

「スズさんたちの弟さんがぁ、永遠を倒したんじゃあ、ねぇのかぁ?」

「それは、ありません」

 塗壁の考えを、熊子があっさりと否定する。

「そうであれば、あの獣も消えるはずです」

「そ、そうかぁ」

「ですが、城内で何かが起こったことは、間違いないでしょう」

 塗壁が少し残念そうに肩を落とす中、冷静な言葉を続ける熊子。

「とにかく、ここに居ては危険です。幸い、足元を取られ、あの獣も動けない状態です。今のうちに一旦、避難を、スズメ氏」

「ああ」

 熊子の言葉に、スズメが表情を引き締め、頷く。

「ツバメ、お前は熊子と塗壁を連れて、先に親父たちの居るところまで、降りといてくれ」

「スズメは…?」

「俺は、たもっちゃんとハ行の連中を回収してから行く」

「わかった」

 スズメとツバメが頷き合うと、二羽の巨鳥は、それぞれ別の方向へと、飛び立っていった。




 永遠の居城、正面部。

「うおおおお!」

 無数に生み出され続ける黒い影との、戦いを続けていた以団いだんの金八が、急にやって来る地震のような地面の激しい揺れに、焦りの声をあげる。

「な、何…あ!」

 しっかりと足を踏ん張りながら、戸惑いの表情で城を見上げた金八が、また大きく声をあげる。前方に見える城の、堅く閉ざされていた巨大な正門が、中央から大きくねじ曲がり、地面へと崩れ落ちていた。崩れていっているのは正門だけではない。城全体が揺れ動き、下方から一気に崩れ落ちようとしている。この巨大な城の崩壊が、周囲の地面すらも揺らしているのだ。

「神、城が…!」

 焦った様子で、後方に立つイクラの方を振り返る金八。

「城が、城が崩れてってる!」

「そんなもの、見ればわかる。いちいち、口にするな。死ね」

「泣いちゃうよぉ!?そんな冷たいこと言うと、俺、泣いちゃうよぉ!?」

 吐き捨てるように言い放つイクラに、すでに泣き出しそうな表情で、金八が訴える。

「城が崩れるのは、どうでもいい。問題は別にある」

「別?」

 イクラの言葉の意味を探すように、金八がまた、城の方を振り向く。

「な…!?」

 振り向いた瞬間、金八が大きく目を見開く。先程、地面へと崩れ落ちた正門が、白い光に包まれ、分解されていくように無数の光の塊を生むと、その光が、金八たちの戦っている黒い影へと姿を変えた。正門だけではなく、崩れ落ちていく城のあらゆる部分が、その姿を、黒い影へと変えていく。

「ど、どうなってやがんだよ…?」

「知るか」

 戸惑いのあまり、疑問を口にしてしまった金八に、イクラが冷たく答えながら、表情をしかめる。

「神…」

 そこへ、イクラの横から、不安げな表情のシャコが声を掛ける。シャコが一瞬、視線を後方へと流し、言葉を終わらされてしまったチラシと、そのチラシを抱え、未だ泣いているニギリの姿を、瞳に捉え、またイクラの方を見る。

「すでに、こちらも限界です。一旦、退かねば、このままでは全滅します」

「…………」

 シャコの言葉に、イクラは眉間に皺を寄せ、気難しい表情を見せた。



「エリザ様…」

 以団と同じように、城の変化に気付き、困惑したような、険しい表情を見せながら、前方に立つエリザへと、呼びかける慧。

「アヒル…」

 その場に立ち尽くし、エリザはただ、アヒルの名を呟いた。



「檻也くん」

「神」

 それぞれ不安げな表情を見せながら、すぐ横へと立つ檻也へと、視線を投げかける紺平と空音。二人の視線を感じながら、檻也は厳しい表情で城を見つめる。

「ここまでか…」

 檻也の口から、どこか諦めるような、弱々しい言葉が零れ落ちた。




 永遠の居城、程近くの公園。

「あれは…」

 遠目からでも十分に確認出来る、城の崩壊。その地響きのような音は、離れた場所に居るウズラたちの耳にも、届いていた。その音を聞き、崩壊していく城を見つめながら、茜がより一層、不安げな表情を見せる。

「あなた、あれは…」

「恐らくは、あの城を造り出していた者が死んだ影響で、言葉の効果が消えて、城が崩れ始めてるんだろうね」

「城を、造り出した者…?」

 ウズラの言葉に、茜が首を傾げる。

「では、百井桃雪が…」

「うん、たぶん」

 眉をひそめ、その名を呟いた茜に、ウズラがそっと頷く。

「では、城の残骸が、黒い影へと姿を変えているのは?永遠が、桃雪の言葉をも呑み込んだということですか?」

「いいや」

 茜の問いかけに、ウズラが静かに首を横に振る。

「あれは、死んでもまだ、永遠の力になりたいっていう桃雪の思いが、形になったんじゃないかな」

「思いが、形に…?」

「うん」

 戸惑いの表情で聞き返した茜に頷きながら、ウズラがどこか、遣り切れない表情を見せる。

「神への忠義の点では、彼ほど、神附きに相応しい者はいなかったからね」

 ウズラの言葉を背中で聞きながら、和音がそっと視線を地面へと落とす。


―――我が神に再び会う為なら、僕は何でもしますよ―――


 思い出される、共に在った頃の、桃雪の言葉。桃雪に利用され、酷い目に遭わされた和音にとって、桃雪はとても許せるような存在ではないが、桃雪の、ただ自身の神を復活させたいという思いは、ただ、母親の記憶を取り戻したいという和音の思いと、どこか通じるものがあった。利用する者と、利用される者になってしまったが、和音と桃雪の、自身の願いを叶えようとするまっすぐな気持ちは、同じだったのかも知れない。

「死してもなお、自身の神に尽くす…」

「うん」

 そっと呟く茜の横で、ウズラが悲しげに微笑む。

「彼もまた、五十音の世界に狂わされた者の一人、だったのかも知れないね…」

 ウズラの言葉を聞き、俯いていた和音が顔を上げ、何かを決意した様子で、固く唇を噛み締める。

「……前方で戦う者たちに、その場を凌ぎ、我々と合流するよう、連絡を」

 和音が近くで待機する従者へと、言葉を向ける。

「和音ちゃん?」

「ここは危険です。もっと離れた場所へ移動しましょう、宇の神」

 首を傾げるウズラの方を振り返り、和音がはっきりとした口調で言い放つ。

「百井桃雪を倒したとはいえ、あの状況では、こちらに不利。これ以上、戦いを続けても、ただ、音士の言葉を失うだけです」

 ウズラへと、真剣な眼差しを向ける和音。

「後は中に居る安の神と、安団の皆さんを信じて、待ちましょう」

 和音のその表情を見つめ、ウズラがそっと目を細める。中に居る篭也のことを思えば、不安なはずがない。それでも気丈に振る舞い、的確な指示を出す和音のその姿は、胸を打たずにはいられなかった。

「うん、そうだね」

 和音の言葉に、ウズラはしっかりと頷いた。




「痛つつつ…」

 壁際で倒れ込んでいたアヒルが、表情をしかめながら、ゆっくりとその場で上半身を起こす。永遠の自室だった最上階は、すでに為介、アヒルとの戦闘により荒れ果て、天井の巨大な鏡は割れ、壁や床も傷だらけとなり、中央に置かれていた永遠の寝台も、壁際へと追いやられていた。

「思いっきり、ケツ打ったぁ。んあ?」

 痛む腰付近を、両手で撫でていたアヒルが、天井や床の下から聞こえてくる、地響きのような、底の方から聞こえてくる重い音に気付き、首を傾げる。

「何の音だ?」

 その音に耳を澄ませ、アヒルが少し眉をひそめる。

「桃雪が死んで、桃雪の“設けろ”の言葉によって造られたこの城が、崩れ落ちようとしている」

「え?」

 アヒルの問いかけに答えるように、口を開いた永遠の言葉に、アヒルが素早く顔を上げる。

「崩れ、落ちる?ここが?」

「ああ」

 不安げに聞き返すアヒルに、永遠が間を置くことなく、すぐさま頷く。その頷きを見て、さらに険しい表情を見せるアヒル。この城の中では、安団の仲間たちがおり、城の傍や屋上でも、多くの仲間が戦っている。今、この城が崩れ落ちればどうなるか、そう考えると、アヒルの表情は強張った。

「皆…」

「逃げるなら、逃げてもいいよ」

「へ?」

 思いがけない永遠の言葉に、アヒルが戸惑いの声を漏らし、顔を上げる。

「仲間たちと、この城からなるべく遠くまで、逃げたらいい」

 穏やかな微笑みを浮かべた永遠は、少しも笑っていない冷たい瞳で、まっすぐにアヒルを見つめている。

「俺は別に、追いかけたりしないから」

「何を…」

「まぁ、君たちが逃げても」

 戸惑うアヒルの言葉を遮り、永遠はまた、笑う。

「崩れゆくこの城から生まれ出る影たちは、やがて世界中に広がって、君たちの言葉を終わらせるだろうけどね」

 涼しげな表情で、永遠が言葉を続ける。

「それまでの間、大切な仲間たちと、ゆっくりと言葉を交わすといい」

 微笑む永遠を見ながら、アヒルが眉間に皺を寄せ、少し考えるように、視線を下へと向ける。一瞬の間、深く目を閉じると、アヒルがその場で立ち上がり、顔を上げた。迷いも戸惑いもない表情で、ただまっすぐに永遠を見つめる。

「俺は、逃げない」

 アヒルの口から放たれる言葉に、永遠が笑みを止める。

「俺は、お前を倒して、言葉の明日を手に入れる」

「……そう」

 笑みを止めた永遠が、特に感情も無い表情で、興味なさそうに頷く。

「折角、仲間たちと言葉を交わせる、最期のチャンスをあげたのに…」

「そんなものはいらねぇさ」

 永遠の言葉にはっきりと答え、右手の中の、真っ赤な銃を握り締めるアヒル。

「俺たちは、また、いくらでも言葉を交わす」

 アヒルが握り締めた銃を振り上げ、その銃口を、永遠へと鋭く向ける。

「明日の中で!」

 はっきりと響くアヒルのその声を聞きながら、永遠がそっと目を細める。

「そう…じゃあ、この崩れゆく城の中で、決めようとしようか。安の神」

 アヒルの言葉に動じた様子一つ見せず、崩れ落ちようとしている城の中でも焦りすらなく、言葉を放った永遠が、左手を強く握り締め、桃雪の言玉を光へと変えて、自身の手の中へと吸収する。

「言葉の明日、その行く末を」

 楽しげに笑う永遠に、アヒルはまた、厳しい表情を作った。


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