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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
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Word.79 神ニ、誇ル 〈4〉

「う、ううぅ…」

 包む光は輝きを増し、最早、光の向こうの桃雪の姿は見えない。呼吸を封じられた篭也は、負った傷の痛みもあり、すでに意識を飛ばしかけていた。目に焼きついてくる光すらも霞み始め、重かった体も軽くなり、どんどんと意識が遠のいていく。

「もう…」

 どこか諦めるように呟き、篭也が、逆らうことなく、閉じていく瞳を、遠のいていく意識を、受け入れようとする。


―――諦めるのは、一番、最後でいい―――


「……っ」

 思い出されるその言葉に、もうほとんど閉じかけていた篭也の瞳が、はっきりと開かれる。

「神…」

 救いを乞うように、篭也の口から零れ落ちる声。

「神」


―――そんな神附きと、俺は一緒に戦えない―――

―――俺に附いてきてほしい!―――

―――篭也、俺、決めたよ―――


「まったく…」

 言葉を零した篭也が、そっと口元を緩める。

「相変わらず厄介だな、あなたの言葉は…」

 困ったように微笑みながらも、徐々にその意識をはっきりさせ、動かなかった体を、奮い立たせていく篭也。

「僕から、諦めを奪う…!」

 力強く声をあげ、篭也が右手で、鎌を振り上げる。

「“し退けろ”、“鎌鼬かまいたち”!」

 刃に風を纏わせ、鎌を大きく振り切って、篭也が、自身を包み込んでいた光波を、強い風で一気に切り裂く。ヒビ割れるような、甲高い音を立てて、光波を破り、桃雪の前へと再び姿を見せる篭也に、桃雪が初めて、あからさまに表情を曇らせた。

「“お”と“か”の文字を、組み合わせた…?」

 篭也の放った言葉を、はっきりと耳に入れ、桃雪が眉をひそめる。

「何と、型破りな…」

「すべてを懸けて、神の願いを叶えようとする、あなたのその精神は、同じ神附きとして、尊敬に値する」

 動揺を隠し切れない桃雪に対し、高らかとよく響く声を、堂々と向ける篭也。

「だが」

 篭也が瞳を一気に鋭くし、射るように桃雪を見つめる。

「同じ神附きとして、神への忠義で、あなたに負けるつもりはない!」

 力強く言い放ち、篭也が鎌を高々と振り上げる。

「“開放かいほう”!」

 振り上げられた篭也の鎌から、放たれる強烈な赤色の光。部屋中を覆い尽くしていた、桃雪の白光に負けじと、どんどんと広がっていく。

「“開放”…制御を外した。僕と、同じように」

 部屋の中で、徐々に赤色の光に押され始める自身の光を見回しながら、その光の中心に立つ篭也を見つめ、桃雪がそっと目を細める。


―――俺は、世界中のすべての人の、言葉を守りたい!―――


「僕も、僕も、神の願いを叶える。その為に、戦う」

 アヒルの言葉を思い出し、力いっぱい左拳を握り締め、篭也が決意のこもった、強い瞳を見せる。

「僕のこの、すべてを懸けて!」

 声を張り上げた篭也が、勢いよく鎌を振りかぶった。

「“けろ”、“火炎かえん”!」

 篭也が鎌を振り下ろすと共に、下方へ降ろされた刃に纏っていた赤々とした炎が、勢いよく桃雪へと迫っていく。

「無駄なことをっ…“やせ”!」

 真っ白な炎を放ち、向かってくる赤色の炎へと飛ばす桃雪。もう何度目かになる、赤と白、二色の炎のぶつかり合い。花火のような閃光を撒き散らして、二つの炎が、ぶつかり合った瞬間に、互いに砕け散る。

「何…!?」

 砕け散った炎に、驚きの表情を見せたのは、桃雪だけであった。先程は、圧倒的な強さで篭也の炎を呑み込んだというのに、今回は、あっさりと相殺してしまったからだ。

「あちらも制御を外して、互角になったということか…」

「“れ”」

 桃雪が険しい表情を見せる中、篭也が、間を置くことなく、炎を放った方とは逆側の刃を、桃雪へ向けて突き出す。

「“鎌鼬かまいたち”!」

 鎌から放たれる、強い風の塊。

「“もうけろ”!」

 目の前に光の膜を張り、やって来た風を受け止める桃雪。膜に風が勢いよくぶつかるその後ろで、篭也がさらに、鎌を振り下ろした。

「“し切れ”!」

「な…!」

 新たな言葉を受け、勢力を増す風に、桃雪が大きく目を見開く。

「うあああああ!」

 次の言葉を放つ間もなく、膜を突き破られ、風の塊をもろに食らって、後方へと吹き飛ばされていく桃雪。壁へと背中を激突させ、力なくその場に座り込む。

「“けろ”、“火炎かえん”!」

 座り込んだままの桃雪へ、篭也がまた、炎を放ち、怒涛の攻撃を見せる。向かってくる炎を視界に入れ、険しい表情を見せて、唇を噛み締める桃雪。

「調子に、乗らないで下さい!」

 声を荒げた桃雪が、座った状態のまま、言玉を持った右手を振り上げる。

「“もちいろ”!」

 桃雪が言葉を放つと、桃雪へと向かっていた篭也の炎が、まるで吸い取られるように、桃雪の右手に纏わりつき、篭也の炎を纏った右手を、桃雪が篭也へと突き出す。

「“もたらせ”!」

 新たに言葉を発した桃雪が、篭也の真っ赤な炎と、自身の白い光波の混ざり合った巨大な塊を、篭也へ向けて、思い切り放つ。自身の力も取り込まれたその攻撃を、防ぐ術はなく、篭也はそれを受けた。

「うあああ…!」

 炎に焼かれ、波に切り裂かれ、篭也が後方へと転がるようにして、倒れ込む。篭也が倒れると、今度は交代に立ち上がる桃雪。

「負けるわけには、負けるわけにはいかないんです…」

 少し呼吸を乱しながらも、桃雪が、何かに取り憑かれたかのように、大きく見開いた瞳を見せ、自分に言い聞かせるように、必死に言葉を放つ。

「僕はずっと、ずっと、神をもとめてきた。何人もの神を、この手にかけて…」

 血が滲むほど、力いっぱい握り締めた手を、左胸へと当てる桃雪。

「僕はずっと、ずっと、我が神を待ち続けてきた。自分の年齢をもどして、二十何年も、ひたすらに…」

 紡ぐ桃雪の声が、かすかに震える。

「あの日の約束を」


―――俺が君の望む神に、誰よりも強い神になるその日まで、俺に、附いてくるって―――


「あの日の約束を、果たすために…」

 唇を噛み締め、言葉を噛み締め、桃雪が勢いよく、顔を振り上げる。

「我が神の願いを、叶えるためだけに…!」

 桃雪の力強い声に呼応し、さらに輝きを増す言玉。

「“もげろ”!」

 向かってくる白光の一閃を見て、篭也が痛みに表情を引きつりながらも、必死に体を起き上がらせる。血だらけの右手で、何とか鎌を前へと向ける篭也。

「か、“れ”!」

 鎌を突き出し、赤色の一閃を放つ篭也。二人の丁度、中央で、互いの一閃が力強く、ぶつかり合う。

『ぐ、くぅ…!』

 一歩も譲らぬ衝突に、大きく表情をしかめる篭也と桃雪。どちらも最早、自身の明日のために、自身の命のために、戦っているのではない。ただ、自身の神への忠義と、神附きとしての誇りを懸けて、戦っているのだ。

「諦め、ない…」

 激しい衝突を繰り広げながらも、その間に立ち上がり、言葉を落とす篭也。

「絶対に!」

 篭也の声に反応し、鎌が一層、強く輝く。

「“かがやけ”…!」

 篭也の言葉を受け、その言葉通りに、輝きを増す篭也の赤色の一閃。輝きを増した途端に、一気に桃雪の一閃を押し切り、桃雪へと勢いよく飛び出していく。

「ううぅ!うがああああ!」

 物凄い速度でやって来た、輝く一閃を、避ける言葉を放つ間もなく食らい、全身を切り裂かれ、またしても壁へと叩きつけられる桃雪。全身から赤い血を流しながらも、何とか足を踏ん張り、立ち上がった状態のままで堪える。

「違うっ…負けない…負けるはずが、ない…」

 切れた唇で、少し詰まったような口調になりながらも、桃雪が必死に言葉を続ける。

「僕は、何年も…待ってきたんだ…何人もの神を見て、そして、やっと、辿り着いたんだ…」


―――桃雪!―――


「神に、我が神に…」

 出会った頃の、まだあどけない笑顔を見せていた遠久を思い出し、桃雪が力いっぱい、拳を握り締める。


―――桃雪も、俺より先に死ぬの…?―――

―――俺には、明日がない―――

―――世界中の皆の明日が、なくなってしまえばいいのに…―――

 あどけない笑顔の消えた、出会ってから二年後の冬。自身の時間を永遠へと変えられ、年を取ることのなくなった少年は、やがて笑顔を失い、希望を失い、絶望の中で、皆の明日が消えることを望んだ。

―――あなたが望むというのなら、僕も、明日などいりません―――

 そう言って、自ら選らんだ、茨の道。


「神…遠久様…」

 あどけない少年だった頃から、すべての希望を失い、絶望の神となるまで、そのすべてを、桃雪は、誰よりも一番、近くで見てきた。永遠が抱えてきた思いならば、誰よりも知っている。

「僕が、僕が、叶える。遠久様の、願いを…」

 血が流れ、わずかに震える右手で、しっかりと言玉を握り締めたまま、桃雪がゆっくりと、その右手をあげていく。右手を見つめる視線も、その動きに合わせ、徐々に上がっていく。

「その為に、その為だけに、生きてきたんだ」

 感情の高ぶりからか、さらに震えの増す、桃雪の声。

「この覚悟が、他の神附きなどに、負けるはずがない…!」

 右手をまっすぐに突き上げ、桃雪が鋭い瞳で、篭也を見つめる。

「僕は、僕のこの言葉で、我が神を、“最強の神”とする…!!」

 必死に叫びあげる桃雪の、その強い視線を浴びながらも、篭也はその強い思いに圧倒されることなく、どこか冷静な表情で、まっすぐに桃雪を見ていた。

「僕には、その言葉の意味がわからない」

「何?」

 返って来る、妙に落ち着いた篭也の声に、少し戸惑うように眉をひそめる桃雪。

「別に、神附きが何をせずとも…」

 篭也が傷だらけの状態であるというのに、しっかりと先を見据えた、力強い瞳を見せ、高らかと、その声を、言葉を響かせる。

「我が神は」


―――俺が絶対、お前に、言葉で謝らせてやるよ!―――

―――ダチが泣いてんのに、黙ってみてられっかよぉ!―――


「初めから、“最強”だ」

 誇らしく胸を張り、篭也が穏やかに笑う。

「愚かなことを…」

 誇らしく笑う篭也に対し、その篭也の態度が気に入らなかったのか、大きく表情を歪ませる桃雪。当初、不敵に微笑んでばかりいた、あの冷静な桃雪の姿は、最早、そこにはなかった。

「まぁいい。あなたの言葉は、今ここで、僕が終わらせる!」

 突き上げた右手の中で、言玉が明々と輝く。

「“門戸もんこ開放かいほう”!」

 再び四字熟語を放ち、言玉から放たれた強烈な白光に、包まれていく桃雪。眩い光が部屋中に広がる中、篭也は、目を細めることもなく、まっすぐに、その桃雪の様子を見つめていた。

「もう一度、制御を外した…あれはっ」

 ふと気付いた様子で、篭也が、桃雪の顔を見る。桃雪の目尻や口元に皺が寄り始め、突然、年を取り始めたような、一気に老化が進んでいくような、そんな変化が見られた。よく見れば、手の指先にも皺が寄り、体も少し小柄になっていっている。

「開放する力にすべてを注ぎ過ぎて、“戻れ”で若返らせていた体が、元に戻ろうとしているのか…」

 桃雪の変化を見つめながら、篭也がどこか複雑そうに、表情を曇らせる。

「そこまでして、あなたは、あなたの神の願いを叶えたいのか…」

 篭也が少し俯き、考え込むような表情を見せる。

「だが」

 振り切るように数度、首を横に振り、鎌を握る手に力を込める篭也。


―――また明日な、篭也!―――

 思い出される、自身の神の言葉。


「神が、我が神が、そう言ったんだ」

 アヒルの言葉を噛み締め、篭也が思い切り、顔を上げる。

「僕だって、負けるわけにはいかない…!」

 篭也が強く声を張り上げ、右手に持った鎌を、勢いよく突き上げる。突き上げられた鎌から、桃雪の白光に負けじと発せられる、強い赤色の光。白と赤の光が部屋を埋め尽くす中、篭也と桃雪が、互いを強く見つめ、そして口を開く。

「“え尽きろ”!」

 先に口を開いた桃雪が、力強く言葉を放ち、今までで一番強大な白色の炎を、篭也へと向ける。向かってくる炎を、まっすぐに見据える篭也。桃雪の最後の言葉を、避ける考えは、篭也にはなかった。

「これが僕の、最後の言葉…」

 噛み締めるように呟いて、篭也が目つきを鋭くする。

「“画竜がりょう点睛てんせい”…!!」

 篭也が言葉を放った途端、鎌から放たれた強い赤光が、尾の長い、蛇のような体に、牙の鋭い、龍のような生物を形成し、城全体を震え上がらせるほどの、大きな咆哮をあげて、桃雪へ向け、勢いよく飛び込んでいく。強大な龍を前に、桃雪の放った炎は、あっさりと掻き消された。

「濁点の、四字熟語ラスト・イディオム

 自分の攻撃が敗れたというのに、桃雪は落ち着いた表情で、言葉を呟く。

「本当に、型破りな神附きだ」

 感心するように言って、そっと微笑む桃雪。

「僕の、負けか…」

 向かってくる赤龍を見つめ、桃雪がそっと、目を細める。

「神…」

 祈るようなその声を最後に、龍は、一気に、桃雪へと襲い掛かった。

「うああああああ!」

 赤い光に包まれ、桃雪が、激しい叫び声をあげる。桃雪の発していた光もすべて、篭也の力に呑まれ、部屋全体が、赤色に染まっていく。赤く染まった部屋に、赤い血を流しながら、神のいる上階を見るように、天井を見つめ、そっと目を細める桃雪。

「残った、この力…」

 桃雪が、今にも右手から零れ落ちてしまいそうな言玉を、天井へと向ける。

「我が神に…“っていけ”」

 最後の言葉が力なく落とされると、言玉は、桃雪の手の中から、忽然と、その姿を消した。言玉を失い、さらに押し寄せる赤い光を見ながら、桃雪がそっと、口元を緩める。

「神…」


―――桃雪、俺ね、神になれて、本当に嬉しいんだ―――

 純粋で、まっすぐで、少しの曇りもなかった、あの頃の笑顔。

―――だって、皆の言葉を守るために、戦うことが出来るから―――

 まるで灯し火のように、暗闇を照らしてくれていた笑顔。


―――終わらせろ…この世界の、言葉を―――

 その願いを叶えれば、取り戻せるような気がした、あの笑顔。


「この身、朽ちても…」

 天井を見つめたまま、桃雪が目を細め、どこか遠くを見つめるような瞳を見せる。

「我が魂は、永遠に、我が神と共に…」

 穏やかに微笑んだ桃雪の瞳が、わずかに濡れる。

「さようなら…」

 届かない天井へと、伸ばされる桃雪の右手。

「遠久様…」



―――パァァァァン!


 強い光の輝きが、爆発するように、一気に辺りに散って、その光の中に、桃雪の姿が消えていく。

「…………」

 消えいく桃雪の姿を見送り、篭也は言葉もないまま、どこか、遣り切れない表情を見せた。



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