表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
317/347

Word.79 神ニ、誇ル 〈3〉

――――三十数年前。


「ぎ、ぎゃあああ!」

 闇夜に響く、凄惨な悲鳴。

「や、やめろ!やめてくれ!」

 真っ暗な道端に腰をついたまま、後退していきながら、必死に前方へと右手を突き出し、命乞いをする、まだ若い男。

「な、何故だ!?何故なんだ!?桃雪!」

 戸惑いと恐怖に満ちた表情で、男が、目の前に立つ者の名を呼ぶ。

「俺は、お前の神で…!」

「“えろ”」

「う、うわああああ!」

 男の言葉を遮り、その者が酷く冷たく言葉を落とすと、真っ白な炎が男を包み込み、容赦なく、男を焼いた。男の激しい悲鳴が響き渡り、その悲鳴も、やがて聞こえなくなる。

もろいものだ…」

 闇夜に輝く炎を見つめながら、そっと呟く、まだ十代半ばほどの、幼さを表情に残した青年であった。目立つ桃色の髪に、氷のような、冷たい瞳をしている。

「残念ながら、あなたは僕の、神ではなかったようだ」

 自身の神だった男を焼く炎を見つめながら、桃雪は、感情のない声で呟いた。



 当時、韻本部。

「“の神”が重体で見つかった?」

 着物を身に纏った美しい女性、和音の先代である言姫は、韻の従者からの報告を受け、困ったような表情を見せた。

「またですか…」

「はい。命に別状はないようですが、酷く怯えた様子で、神を辞めると、そう申し出ております」

「はぁ…」

 続く従者の報告を聞き、言姫が、深々と溜め息をつく。

「困ったものですね」

 肩を落とし、目を細める言姫。

「“毛守ももり”百井桃雪」

「追及し、処罰しますか?」

「いいえ」

 従者からの問いかけに、言姫はすぐさま、首を横に振った。

「彼のことです。証拠など、一切、残していないでしょう。追及したところで、何にもなりません」

「ですが、このままでは…」

「神が」

 従者の言葉を遮り、言姫が口を開く。

「彼の心を満たす神が、一刻も早く、現れてくれると良いのですがね」

 そう言った言姫は、少し祈るような、遠い瞳を見せていた。




 数年後。

「ウズラ、てめぇ!」

「うわあぁ」

 韻本部に設けられている“の神”の部屋に、まるで道場破りか強盗かのような勢いで、扉を蹴破って入ってきたのは、怒りに満ちた表情を見せた恵であった。恵の怒鳴り声に、部屋のソファーでのんびりと寝転がっていたウズラが、飛び起きる。

「びっくりしたなぁ、もう~。なぁにぃ?恵ちゃん」

「ウズラ、てめぇ!神試験で、遠久を“遠の神”にしやがったとは、どういうことだぁ!?」

 起き上がったばかりのウズラの胸倉を掴み上げ、恵がさらに声を張る。

「ああ!遠久くんだっけ?とっても優秀だったよぉ~さすがは、恵ちゃんの弟でっ…」

「誰が誉めろっつったぁ!」

「ぎゃああ!」

 恵に殴り飛ばされ、ウズラがソファーの後ろへと、転がり落ちる。

「か、神!」

「恵さま、落ち着いて!」

 倒れたウズラへ駆け寄る宗吉と、まだ怒りの収まっていない様子の恵を、必死に宥める芽衣子。

「今の“遠の神”の神附きが、どんな野郎かってことくらい、てめぇだって知ってんだろうが!」

「遠の神の神附きぃ~?」

 宗吉の手を借り、ゆっくりと体を起こしながら、ウズラが恵の言葉を繰り返し、思い出そうと頭を掻く。

「ああ、問題児の、毛守くんだっけ?」

「気に入らなかったからって、自分の神を次々と重体にしてくる奴が、問題児なんて、可愛いもんか!」

 恵が、どこか吐き捨てるように、言葉を放つ。

「あんな野郎の神にして、遠久に何かあったら、どうしてくれるんだよ!ああ!?」

「そんなこと、言われてもぉ~」

「大丈夫だよ、お姉ちゃん」

 恵の責め立てに、ウズラが困ったように口を尖らせていたその時、二人とはまた別の声が、部屋へと入ってきた。その声にウズラと恵が同時に振り向くと、部屋の入口に、まだ幼い少年が立っていた。神になったばかりの、まだ十四歳の遠久であった。

「遠久、なんでここに…」

「あれだけ大声出してたら、韻本部のどこに居ても聞こえるよ」

 戸惑う恵に、遠久が困ったような笑顔を向ける。

「ごめんね、ウズラさん」

「いやいやぁ~全然いいよぉ。ちょっと痛かったけどぉ」

 恵の代わりとばかりに謝る遠久に、ウズラが優しい笑みで答える。

「ウズラさんを責めないでよ、お姉ちゃん。俺、遠の神になれて、本当に嬉しいんだから」

「だが遠久!お前の神附きになる、あの男は…!」

「大丈夫だよ」

 恵の言葉を遮り、遠久が、大きく微笑む。

「俺、頑張って、歩み寄るから」

「駄目だ。危険すぎる!」

「最初から駄目だなんて決めつけたら、誰とも交われないよ」

 姉の恵に対し、遠久がどこか大人びた表情で、まるで諭すように、言葉をかける。

「俺、俺の言葉を信じてみたいんだ」

「遠久…」

 まっすぐな笑顔を見せる桃雪に、困ったような表情を見せる恵。

「わ、わかったよ…」

 肩を落とした恵が、渋々、頷く。

「弟くんには、めっぽう弱いねぇ~恵ちゃん」

「うるさい!」

「ぎゃああ!」

 茶化すように口を挟んだウズラに、恵の蹴りが飛んだ。




 それから数日後。遠久と桃雪の顔合わせが行われた。

「新しく“遠の神”になった、目白遠久。よろしくね、桃雪」

「……よろしくお願いします」

 自己紹介をし、大きな笑顔を向ける遠久に対し、桃雪は同じように、よろしくとの言葉は呟いたものの、見定めるような、そんな冷たい瞳で、遠久を見つめていた。年相応のあどけない笑顔に、桃雪のことを知っているだろうに、まるで警戒心のない明るさ。言葉の神としての貫禄など、たったの一つも持ち得ていないその少年に、桃雪が呆れるように顔を俯ける。

「また、僕の神じゃない…」

 俯いた桃雪が、遠久には聞こえないほどに、小さな声で呟く。だが、その言葉が届いたのか、遠久はそっと目を細め、穏やかに微笑んだ。

「ねぇ、桃雪」

 名を呼ばれ、桃雪が顔を上げる。

「今から俺と、戦わない?」

「え…?」

 遠久の思いがけない言葉に、桃雪はただ、戸惑いの表情を見せた。



「“やせ”…」

「“をののけ”!」

 それから、韻の実習室を借りて、遠久と桃雪は、本当に戦いを始めた。桃雪の放った炎を、遠久が強い光で弾き返す。すでに戦いは一時間に及び、その間中、二人は互角の戦いを見せていた。

『ハァ…ハァ…』

 さすがに疲れが見え始め、二人が、乱れた呼吸を重ね合わせる。肩を揺らし、大きく口を開けて呼吸する、前方の遠久を見つめながら、桃雪がそっと目を細める。

「強い…今までの、どの神よりも…」

 また見定めるように、桃雪が遠久を見つめる。

「最年少で神になっただけのことはあるか…」

「桃雪」

 どこか考え込むような表情で俯いた桃雪が、呼ばれる名に、またすぐに顔を上げる。桃雪が顔を上げると、目の前の遠久は、とても穏やかな表情で、まっすぐに桃雪を見つめていた。

「俺はまだ子供だし、お姉ちゃんやウズラさんたち、他の神に比べたら、まだ全然弱いけど」

 口元を緩め、遠久が笑う。

「いつか必ず、君の望む神になってみせる」

 はっきりと放たれた、どこまでも純粋なその言葉に、思わず目を見開く桃雪。

「約束する」

 力強い言葉を続け、遠久が桃雪を見つめる。

「だから、ねぇ桃雪。君も、約束して」

 一つの曇りもない、まだあどけない、それでもどこか強い笑みを、桃雪へと向ける遠久。

「俺が、君の望む神に、誰よりも強い神になるその日まで、俺に、附いてくるって」

 まるで目が離せなくなったように、ただ遠久を見つめ、桃雪が真剣な表情を見せる。氷のようだった、感情の見えなかったその瞳には、何か熱いものが、灯り始めたようにも見えた。

「例え俺が」

 遠久が桃雪へと、右手を伸ばす。

「どんな道を、選んだとしても」

 その力強い言葉に吸い寄せられるように、桃雪も、差し出されたその手へと、左手を伸ばす。

「仰せのままに、我が神」

 桃雪がその言葉を口にしたのは、その日が、初めてのことであった……――――




―――例え俺が、どんな道を選んだとしても…―――


「ええ、我が神」

 思い出される遠き日の言葉に、答えるように呟き、白い光の中で、桃雪が微笑む。

「附いて行きましょう、例えどんな、茨の道であったとしても」

 溢れ出す思いを言葉へと変え、桃雪が上階の遠久へと捧ぐように、両手を突き上げる。

「あなたを最強の神とし、あなたの願いを叶える、その日まで…!」

 桃雪が声を張り上げると、その声に呼応するように、光も一層、輝きを増す。

「ううぅ…!」

 眩い光が、まるで強い圧のように、篭也にのしかかり、思わず身を屈めた篭也が、苦しげな声を漏らす。これほどの光は、今までに見たことがない。阿修羅たちとの戦いで見た、四字熟語の光よりも、遥かに強い力を感じた。

「この、言葉はっ…」

「“門戸もんこ開放かいほう”」

 戸惑う篭也に答えるように、放った言葉を再び口にする桃雪。その声に、篭也が苦しげな表情のまま、ゆっくりと顔だけを上げる。

「体の制御をはずし、自身の力を最大限に発揮することの出来る、僕の四字熟語ラスト・イディオム

「制御を、はずし…?」

 桃雪の言葉を繰り返し、篭也がそっと眉をひそめる。

「そんなことをしたら、あなたの体が…」

「構いません」

 桃雪の身を案じるように呟いた篭也に、桃雪は迷うことなく答える。

「僕のすべては、我が神の為に在る。我が神の願いを叶え、朽ち逝けるなら、本望」

 晴れやかに笑う桃雪に、益々表情を曇らせる篭也。

「さぁ、始めましょうか」

「え…?」

 そう言って微笑んだ桃雪の姿が、篭也の視界から、突然消える。

「ど、どこに…」

「も…」

「あ…!」

 一瞬にして、篭也のすぐ左側へと、姿を見せる桃雪。戸惑った表情で、周囲を見回していた篭也が、突如現れた桃雪に焦りながらも、必死に武器を振り上げる。

「か、“駆け…!」

「“もげろ”」

 言葉を放とうとした篭也であったが、桃雪の言葉の方が先に落ち、強烈な白光が、篭也へと襲い掛かった。

「うああああ!」

 鋭い光に左肩を抉られるように、切り裂かれ、篭也が痛々しい叫び声をあげながら、後方へとさがる。ボタボタと流れ落ちる血が、一気に床へと広がっていく。

「“やせ”」

 必死に左肩の傷を押さえ、呼吸を整えていた篭也だが、篭也に休む暇すら与えず、桃雪が言葉を放ち、またしても白い炎を篭也へと向ける。左肩の傷で、血に染まった右手で、何とか武器を握り締めた篭也が、刃を、向かってくる炎へと振り上げる。

「“けろ”、“火炎かえん”!」

 刃に纏わせた赤い炎を放ち、桃雪の炎と衝突させる篭也。だが二つの炎がぶつかり合った瞬間、篭也の炎が、あっという間に桃雪の炎に呑み込まれてしまう。

「え…?う、うあああ!」

 あっさりと敗れてしまった自分の力に、戸惑う間もなく、向かってきた桃雪の炎に焼かれ、後方へと吹き飛ばされる篭也。全身に火傷を負った篭也が、刃を床へと食い込ませ、それを支えとして、何とか必死に体を起こす。

「同じ言葉でも、さっきまでとは、力のレベルが、全然違う…」

 受けた言葉を冷静に分析しながら、それでも苦しげな表情のままで、篭也が言葉を落とす。

「考え事をしている場合ですか?」

 向けられる桃雪の言葉に、篭也が顔を上げると、すでに篭也へと、言玉を向けている桃雪の姿が、前方に見えた。少し唇を噛み締め、篭也が上方の刃を見る。

「“かくせ”、“陽炎かげろう”!」

 篭也が言葉を放つと、一瞬、強い赤色の光が瞬いて、篭也の周囲の姿が霞み、篭也の姿がどこへともなく消えていく。見えなくなった篭也の姿に、少し眉をひそめる桃雪。

「傷の回復のため、一度、身を隠したといったところですかね」

 余裕の笑みを浮かべた桃雪が、言玉を握り締める。

「“模索もさく”…」

 そっと言葉を呟き、そのまま黙り込んで、訪れる静けさに、耳を澄ませる桃雪。部屋全体に広がった白い光が、周囲を探るように波打ち、そして、その波が部屋の隅の一ヶ所に辿り着いた途端、激しく波打つ。

「そこですか」

 鋭く微笑んだ桃雪が、激しく波打ったそこへと、言玉を向ける。

「“もたらせ”」

「うあああああ!」

 床から激しく突き上げた波に押し出され、叫び声をあげながら、篭也が再び姿を現す。波に突き上げられた篭也は、そのまま勢いよく、床へと叩きつけられた。

「かくれんぼなど、僕には無意味ですよ」

「ク…」

 冷たく微笑む桃雪に、床に倒れ込んだまま、顔だけを上げた篭也が、表情を歪める。篭也の負った傷は、特に治っている様子もない。すぐに見つけられたため、回復をする時間がなかったのだ。

「さぁ、あまり長い時間、我が神の手を煩わせたくはない」

 冷静に言葉を落とし、桃雪がその瞳を鋭くする。

「あなたの言葉、終わりにさせていただきますよ」

 桃雪の冷たい笑みに、曇る篭也の表情。だが、どうにかしたくとも、篭也の傷だらけの体は、すでに動いてくれる状態ではなかった。

「“藻掻もがけ”」

 言玉を輝かせ、桃雪が言葉を落とすと、篭也の倒れている辺りの床から、白い光の波が突き上げ、篭也の体を包み込み、軽々と持ち上げる。波に囲われ、宙に浮いた状態となった篭也が、呼吸が出来ないのか、波の中で苦しげな表情を見せる。

「さようなら、神月篭也」

 波の中で苦しむ篭也を見つめ、桃雪がどこか、楽しげに笑う。

「大丈夫。すぐにあなたの神も、送って差し上げます」

 安心させるような、だが、まったく優しくはない言葉。

「だから先に逝って、神を待っていてあげて下さいね」

 桃雪がまた、言玉を握り締めると、篭也を包み込む光波が、より一層、強さを増した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ