Word.78 創造ト終焉 〈4〉
「うがああああ!」
「兵吾!」
現の攻撃を受け、吹き飛ばされていく兵吾に、思わず身を乗り出す不二子。
「“討て”」
「あ…!」
だが、兵吾の身を案じる間もなく、現はさらに、不二子へも言葉を向ける。迫り来る金色の光の塊に、険しい表情を見せる不二子。不二子の言葉程度では、どうにも出来ないことを、不二子はすでに理解していた。
「ク…!」
不二子が痛みを覚悟するように、強く瞳を閉じる。
「“外れろ”」
瞳を閉じた不二子の耳に、確かに届く一つの言葉。向かってくるはずの光は、いつまで経ってもやって来ず、不二子がそっと瞳を開く。視界に入るその姿に、不二子がすぐさま、嬉しそうに笑みを零す。
「灰示様!」
不二子と現の間の空中を、浮かび上がっているのは、灰示であった。
「まだ立つか」
前方に現れた灰示を見つめ、現が表情をしかめる。
「いい加減、しつこいのぉ!」
「“滾れ”」
嫌気がさした様子で叫びあげた現が、言葉を放とうと右手を振り上げたその時、現の後方から言葉が響き、現が慌てて、後方を振り返る。そこには、しっかりと両手を構えた、保の姿。
「“滝”!」
「う、“受けろ”!」
保の両腕から、まるで滝のように押し寄せた無数の糸を、慌てて突き出した右手で、押さえる現。だが、あまりの糸の数に、現の右手が徐々に押され始める。
「グ…!な、何故じゃ…?あやつの左手は、痺れて動かぬはず…」
強く両手を突き出している保を見ながら、現が戸惑いの表情を見せる。その間にも、現はどんどんと保の糸に押されていき、後方へとさがっていっていた。
「この…!“う…!」
「“挟め”」
「な…!」
次の言葉を放ち、状況を打破しようとした現であったが、また後方から言葉が響き、左右から飛んできた針が現の右腕へと突き刺さって、その動きを止める。動きの止まった現へと、さらに、上空から針を投げ放つ灰示。
「“爆ぜろ”」
「グ…うああああ!」
右腕の動きを封じられた現が、灰示の針の針を直撃し、現の目の前で爆発が起こると、保の糸を受け止めていた態勢も崩れ、爆発の上にさらに、滝の糸が、現を襲った。攻撃を受けた現が、勢いよく屋上へと叩き落とされる。
「グ、うぅ…!」
少し崩れた屋上の地面から、苦しげな声を漏らしながらも、すぐさま起き上がる現。
「何故じゃ…?あやつも、すでに微虫は全身へと回っているはずじゃというのに、何故、あのような動きが…」
ひそめた眉で、現が上空の保と灰示を見上げる。
「何じゃ!?一体、何をした!?貴様ら…!」
考えても答えを導き出せなかった現が、直接、二人へと問いかけを向ける。
「くだらない問いかけだね…」
その現の問いかけを受け、いつものように微笑む灰示。
「他者を見ることもない君には、到底、理解出来ない。答えるだけ、無駄だよ」
上から見下すように言い放つ灰示に、現の表情が大きく歪む。
「お、のれ…!」
湧き上がる怒りに、その声を震わせる現。
「“有象、無象”…!」
現が言葉を放ち、全身から金色の光を放って、その光から、無数の黒い影を次々と生み出していく。
「あの男、また…!」
「まだ、あの数を生み出せるのか…」
生まれいく、おびただしいほどの影の数に、ヒロトたちが険しい表情を見せる。
「また…」
意味もなく生み出される命に、保も目を細め、厳しい表情を作る。
「保」
「うん」
そんな保へと、いたって冷静に声を掛け、一本の針を保の方へと向ける灰示。灰示の呼びかけに頷くと、保は糸の絡まった右手を振り上げた。
「“携えろ”」
保が右手から糸を伸ばし、灰示の差し出した針へと結びつかせる。保の糸の繋がれた針を、灰示は、向かってくる無数の黒い影たちへと、勢いよく投げた。
「“倍せ”」
投げ放たれた灰示の針が、一本から二本、二本から四本と、空中でどんどんと増えていく。針と共に、結びついていた保の糸も増え、青い空に、赤い糸が一気に広がった。広がった赤い糸を見上げ、保が大きく口を開く。
「“倒せ”!」
「んな…!?」
どんどんと増殖した針が、無数に生まれる黒い影の胸を、一匹残らず貫き、保の言葉が響くと同時に、弾けるような大きな音を響かせ、一瞬にして掻き消える。先程まで無数に存在した、自身の生み出した生物が、一瞬にして消え失せたその光景に、思わず大きく目を見開く現。
「な、な…」
「“奔れ”」
あまりの衝撃に言葉を奪われ、茫然としてしまっている現へと、灰示が容赦なく、次の針を放つ。
「ううぅ!」
灰示の針に右肩を貫かれ、立ち上がったばかりの体の、バランスを崩される現。
「“束ねろ”」
現が態勢を整えようとしているその間に、保が、幾本もの糸を重ね合わせ、太い一本の糸を作り、勢いよく振り上げた。
「“叩け”!」
「ぐあああああ…!」
振り下ろされた保の糸に、腹部を強く払われ、現が後方へと吹き飛んでいく。
「グ…!」
何とか堪え、空中で体を止めた現が、両拳を力強く握り締めながら、その表情を歪ませ、保と灰示の姿を見つめる。
「貴様等…」
少し乱れた呼吸で、言葉を漏らす現。
「一体、どこに、そんな力が…」
「さぁね」
問いかける現に対し、灰示がそっと微笑み、答える。
「僕も不思議だよ。“痛み”以外に、こんなにも、自分を強くしてくれるものがあるなんて、知らなかった」
自身でも驚いた様子で話し、灰示が左手を、自分の胸へと当てる。
「これが、人の言う、仲間と共に戦う力ってものなのかな」
「力、じゃと…?」
涼しげに笑う灰示の言葉を受け、現が表情を歪め、唇を噛む。
「くだらぬことを…!“生まれろ”!」
現がまたしても言葉を放ち、巨大な金色の獣を造り上げる。
「“唸れ”!」
生み出されたばかりの獣が、激しい咆哮をあげると、その声が光の塊となって、二人の方へと押し寄せる。だが二人は顔色一つ変えず、一歩前へと出た保が、冷静に両手を突き出した。
「“耐えろ”」
辺りに糸を張り巡らせ、向かってきた咆哮を受け止める保。その間に、灰示が獣へ向け、鋭く針を放った。
「“張り裂けろ”」
灰示により放たれた針を食らった獣が、針の突き刺さった部分から、全身を斬り裂かれるようにして、掻き消えていく。獣が消え、咆哮の光も消えたところで、保が糸を、灰示が針を、同時に構えた。
「“放て”」
「“猛ろ”!」
「ぐああああああ!」
二人の攻撃がほぼ同時に、現へと直撃し、現が下方へと勢いよく降下していく。背中から屋上に落ち、屋上の隅へと転がり込んだ現の全身は、すでに傷だらけで、勝ち誇っていた先程までの余裕は、一切、なくなっていた。保と灰示がゆっくりと屋上へ降り立ち、鋭い表情で、必死に上半身を起こしている現を見つめる。
「もう、いいだろう」
終わりを告げるように、冷静に、現へと言葉を向ける灰示。
「もう、君の“生まれろ”は、僕らには、通じない」
はっきりと言い放つ灰示のその言葉に、俯いていた現の表情が、音を立てるように、大きく動く。
「何故、じゃ…」
片膝を立たせ、何とか上半身を起こしながら、現が二人へと、疑問の言葉を投げかける。
「何故、何故、わからぬ…?」
責めるような、だが困惑したような、そんな表情を、二人へと向ける現。
「遥か昔から、人は、多くの道具を、手技を、英知を生み出してきた!」
突き刺すような鋭い瞳で、現が二人を睨みつける。
「人の有りとあらゆる欲望が、数多くのものを生み出し、それが人を進化させ続けてきた…!」
床についていた両手を、左右へと広げ、現が言葉に力を込める。
「人は、“生み出して”こそ、力を得る!“生まれろ”こそが、人の力じゃ!」
力強く胸に当てた右手を、血が滲みそうなほどに、握り締める現。
「我が言葉こそ、何よりも偉大な言葉…」
自分に言い聞かせるように、現が言葉を続ける。
「それが、何故、わからぬ…!?」
向けられる強い問いかけに、灰示は冷静な表情を崩さなかったが、保はどこか困ったような表情で、そっと目を細めた。
「別に、わかっていないわけじゃありません」
「何…?」
保のその答えに、現が眉をひそめる。
「“生み出す”ことの大切さも、“生まれろ”の言葉の偉大さも、ちゃんと、知っています」
「ならば…」
保の言葉を聞き、すぐさま口を開く現。
「ならば、何故…!」
「生まれ出ずるものは、皆すべて、いつか必ず、散り逝く」
さらに問いかけようとした現に、その問いかけが終わる前に言葉を向けたのは、灰示であった。まっすぐに現を見つめる灰示は、落ち着いた、ひどく穏やかな表情を見せていた。
「創造の後に、必ず、終焉は訪れる」
「終焉、じゃと…?」
灰示の言葉を繰り返し、まるで初めて聞く言葉かのように、戸惑った表情を見せる現。
「はい」
聞き返した現に、灰示の代わりに頷く保。
「いつか終わりが来ることを知っているから、皆、自分の命を、誰かの命を、大切に思えるんです」
保も穏やかな笑みを浮かべ、現へと微笑みかける。
「だから、皆、一生懸命、生きられるんです」
微笑んだまま、保がさらに、言葉を続ける。
「だから、皆、強くなれるんです」
「強く、じゃと…?」
保のその言葉を受け、現がさらに、眉間へと皺を寄せる。
「はい」
戸惑う現へと、もう一度、頷きかける保。
「それが、俺の信じる、“人の力”です」
先程の現の言葉に対抗するように、保がはっきりと、自分の主張を口にする。
「それが、人の力…?何を、何を馬鹿なことを…!」
すぐさま、保の言葉を否定する現。
「そんなものが、人の力であってたまるか!“生まれろ”こそが、欲望こそが、人の力じゃ!」
伝わらぬ自身の思いにか、主張を固持する現への悲しみにか、保がそっと、目を細める。
「わしは、人の力のもととなる、“生まれろ”の言葉を持っておる…!わしは、人の頂点に立つに、相応しき者…!」
声を荒げ、自身を固持するように、必死に言葉を放つ現。
「じゃから、わしが神…!わしが神じゃ…!!」
まるで狂ったように、自身を主張し、現が叫ぶ。
「創造にばかり興味を寄せ、終焉をまったく見ようとしない」
そんな現を見つめ、荒々しい現とはひどく対照的に、灰示が冷静に、はっきりとした口調で言い放つ。
「そんな君に、命の大切さが、人の強さが、わかるはずもない」
どこか諦めたように言い切り、灰示が鋭く、現を見つめる。
「君は、神じゃない」
「ぐううぅ…!」
きっぱりと否定する灰示の言葉に、表情を歪ませ、前歯を大きく出して、唇を噛み締める現。保と灰示の言葉により、自信を揺るがされているのが、目に見えてわかる。
「違う違う違う…!」
現が大きく首を横に振り、先程の灰示の言葉を必死に否定する。
「わしは神じゃ!神じゃあああ!」
叫びあげるような声と共に、全身から強い金色の光を放つ現。放たれるあまりにも眩い光に、保と灰示が思わず目を細める。
「“生まれろ”、“生まれろ”、“生まれろ”ぉぉぉ!!」
天を仰いだ現が、何度も言葉を繰り返し、全身から放たれる光を、どんどんと生み出していく。空へ、辺り一面へ、勢いよく広がっていく光を見つめ、表情を曇らせる保と灰示。
「あれは…」
「言葉に取り憑かれたか…」
眉をひそめる保の横で、灰示が厳しい表情を見せる。
『う…!』
その時、保と灰示が、同時に表情をしかめた。腕に走る痺れ、全身を回る鈍痛。分かち合った痛みも、すでに限界を超え、二人の体を再び、蝕み始めていた。このままいけば、もう数分と経たずに、二人は動けなくなってしまうであろう。
「どうやら、タイムリミットのようだね…」
少し苦しげに額に汗を滲ませながら、灰示がそっと笑う。
「彼の様子を見ても、僕らの体から見ても、次が最後だ。保」
「うん…」
灰示の言葉をよく理解した様子で、保が頷く。
「ねぇ、灰示」
最後の攻撃のため、針を構えようとしていた灰示を、保がそっと呼ぶ。保の声が届くと、灰示は一旦動きを止め、保の方を振り向いた。
「何だい?保」
「一つだけ、聞いてもいい?」
「ああ」
少し躊躇うように、保が問いかけ、そして躊躇いもなく、灰示が頷く。
「あの人を倒したら、君はどうなるの…?」
保のその問いかけに、表情を曇らせる灰示。保は灰示の方は見ずに、光に包まれた現を見つめていた。灰示を見ないというよりは、見れないといった様子だった。そんな保を見つめ、灰示が目を細め、躊躇っていた口を、ゆっくりと開く。
「僕は、彼の言葉により、生み出された存在」
冷静な声とは裏腹に、灰示がどこか、切ない表情を見せる。
「彼の言葉が消えれば、僕の存在も消えるだろう」
灰示の答えに、現を見つめる保の表情が、かすかに動く。それでも、保にとっては、動揺を抑えた方であった。その答えを、予想出来なかったわけではない。現が忌を生み出した創造主であるというならば、現の言葉が消えれば、忌の存在が消えるのは、当然のことだ。だがそれでも、保は、険しい表情を作らずにはいられなかった。
「このまま、すべての言葉が終われば、どうせ消える。同じことだよ」
保の心情を察するように掛けられる言葉に、保がやっとのことで、灰示の方を振り向く。
「君が、悩む必要はない」
「灰示…」
優しく微笑みかける灰示を見つめ、保がそっと目を細める。
「さぁ、行こう。保」
灰示が保へと、左手を差し伸べる。
「僕らの、最後の言葉だ」
「……うん」
灰示のその言葉に、保はしっかりと頷いた。
「“生まれろ”ぉぉぉ!!」
一際大きく放たれた現の言葉により、現の体から放たれた、眩いばかりの巨大な光が、上空で、人のような形を作っていく。その姿は、現自身を象っているようにも見えた。
「わしが神となり、世界を創る…!」
強い思いを、言葉へと溢れさせる現。
「うおおおおぉぉ…!!」
現の激しい叫び声と共に、現を象った光の塊が、保と灰示へと、勢いよく襲いかかっていく。迫り来る、今までで一番、巨大な光にも動じず、二人は落ち着いた表情でそれぞれ、糸と針を構えた。
「た…」
「は…」
とても大切なもののように、二人がそっと、言葉を零す。
「“択言択行”!」
「“白日昇天”」
それぞれの言葉を、思いを乗せ、放たれた糸と針が、強い赤色の光を放ち、その光をどんどんと強くしながら、向かってくる金色の光へと、まっすぐに飛んでいく。糸と針が、その金色の光の人像の胸を貫くと、そこに大きくヒビが入り、大きな音を立てて、光が砕け散っていく。
「うぅ…!」
光を貫いた糸と針が、さらに、まっすぐに現へと向かっていく。現は大きく目を見開いたが、すべての力を結集した光を打ち破られた今、現には、どうする術も残されていなかった。
「う、うあ、うあああああ!」
二人の力を直撃し、自身の攻撃と同じように、胸を貫かれた現が、真っ赤な光に包まれ、押し潰されていく。現の纏っていた金色の光はすべて払われ、言葉により若返っていたその姿も、もとの老人の姿へと戻っていく。
「わしは、わしは、わしは消えん!」
赤い光に呑み込まれていきながらも、老人の姿へと戻った現が、必死に声を張り上げる。
「“生まれろ”、“生まれろ”、“生まれろ”ぉぉぉ…!!」
悲痛なほどに、その言葉を繰り返しながら、赤い光の向こうへと、姿を消していく現。
『…………』
その姿を、横に並んだ保と灰示が、逸らすことなく、まっすぐに見つめる。
「さようなら、創造の神」
消え逝く光を目に焼きつけ、保はどこか悲しげに、別れの言葉を呟いた。




