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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
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Word.78 創造ト終焉 〈3〉

「“ち込め”!」

 若返った現が、よく通るその声を張り上げると、現の突き出した言玉から、雨粒のように、無数の金色の光粒が降り注ぐ。

「“はじけ”」

 針を投げ放ち、降り注ぐ光粒を弾き飛ばす灰示。だが、あまりの光粒の数に、投げる針の本数が追いつかず、弾き切れなかった光粒が、灰示へと差し迫る。

「弾ききれないか…“はずれろ”!」

 二つ目の言葉を放ち、残った光粒もすべて、自身の直撃コースから外させる灰示。

「“て”」

「あ…!」

 だが、いつの間にか、灰示の後方へと回っていた現が、言玉から伸ばされた、金色の長い光の棒を振り上げ、振り返りきれていない灰示へと、勢いよく振り切る。

「うううぅ…!」

 棒に強く左腕を叩かれ、体を傾けながら、灰示が険しい表情を見せる。

「どうした?動きが鈍いぞ」

 左腕を右手で押さえ、少し身を屈める灰示に、いやらしい笑みを向ける現。

「お前が動けば動くほど、体内で蠢く微虫の動きは活発化し、お前の体の自由を奪う」

「ク…!」

 灰示が唇を噛み締め、体の向きを後方へと変えきって、現へと針を向ける。

「遅いな」

 灰示のその動きよりも早く、灰示の顔前へと、自身の言玉を突き出す現。

「“て”」

「うあああああ!」

 現の言玉から放たれた金色の光の塊を、至近距離から直撃し、灰示の体が、勢いよく後方へと吹き飛ばされていく。

「灰示…!」

「他人の心配をしている場合か?」

 吹き飛ばされた灰示の方へ、思わず身を乗り出した保へと、現がすぐに狙いを変え、言玉を構える。

「“まれろ”」

 輝く言玉から生み出される、獅子のような金色の生物。その生物が空を翔け抜け、まっすぐに保へと突っ込んでいく。

「“うなれ”」

「グアアアア!」

 現の言葉に従うようにして、激しい咆哮をあげるその生物。生物の咆哮が、強い金色の閃光となって、保へと迫り来る。

「“たすけろ”」

 保が両手を前に突き出し、素早く糸を重ね合わせていく。

「“たて”!」

 重ね合わせた糸を盾とし、保が、やって来た閃光を受け止める。

「あ…!」

 だが、閃光とぶつかり合った瞬間、盾がすぐさま綻び始め、あっという間に解けて、打ち破られる。

「そんな…!さっきは止められたのに…!」

 焦りの表情を見せる保へと、盾を破った閃光が迫る。

「ああああああ!」

 閃光を直撃した保が、勢いよく落下し、中央塔の上へと、背中を叩きつけるようにして倒れ込む。斬り裂かれた腕や足からは血が滲み、倒れた地面に、力なく落ちた。

「う、うぅ…」

 表情を歪めた保の口から、苦しげな声が零れ落ちる。

「脆いものじゃのぉ、音士の小憎」

 倒れた保を、現は空中から、高々と見下ろす。

「今、楽にしてやる」

 言玉を向ける現に、保は険しい表情を見せるが、まだ体も、口も動かすことが出来なかった。

「“て”」

 動けぬ保へと、現が容赦なく、光の塊を放つ。

「“はばめ”」

 割って入るように言葉が響き、保へと向かっていた光が、保の前に張られた赤い光の膜により止められ、上空へと大きく弾き返された。保に届かなかった攻撃と、響いたその言葉に、現がそっと眉をひそめる。

「しつこいのぉ」

 どこかうんざりとした様子で呟きながら、現が声の聞こえてきた後方を振り返る。

「お前さんも」

「ハァ…ハァ…」

 現が振り返ったその先には、針を構えながらも、苦しげに息を乱した、灰示の姿があった。傷も多少は負っているが、受けている外傷以上に、灰示は苦しげである。

「すでに蠢く微虫は、全身に回っておる。普通ならば、動けるはずもないのじゃが」

 現のその言葉を受け、灰示は、苦しげに表情を歪めながらも、口角を吊り上げ、そっと笑う。

「足りないね…」

 乱れた呼吸で、言葉を落とす灰示。

「この程度の、“痛み”じゃ…」

「……そうか」

 微笑む灰示に少し表情を曇らせた後、ほんの少しの間を置いて、現がゆっくりと頷く。

「ならば、もっと“痛み”をやろう」

 現が灰示へと、言玉を向ける。

「笑う気力など、なくなるほどのなぁ!“ち抜け”!」

 素早く駆け抜けた、目にも留まらぬ金色の光が、灰示の胸を勢いよく貫くと、灰示は声すらもあげずに、後方へと倒れ込んでいく。

「灰示!ク…!」

 撃たれた灰示の姿を見て、何とかしようと、必死に口を開く保。

「“ち、上がれ”…!」

 すでに左手は痺れており、自由がきかず、右手だけでは上半身を起こすのが、やっとであった保は、言葉を使い、糸を足へと絡めて、その絡めた糸を右手で引っ張るようにして、自身の体を立ち上がらせる。

「言葉を使ってまで、立ち上がるとはのぉ」

「あ…!」

 やっとのことで立ち上がった、保の目の前に立ち塞がる、若返り、大きくなった現の体。

「“た…!」

「フハハハ!

「うううぅ…!」

 保が言葉を放つその前に、現が太くなったその左腕で、保の首を難なく掴み、体ごと勢いよく持ち上げる。保は苦しげな声を漏らしながら、必死にもがいたが、体は動かず、首を絞められ、上手く言葉を発することも出来なかった。

「どうじゃ?わしの四字熟語ラスト・イディオムの力は。音士の小憎よ」

 答えられないとわかっている保へと、問いかけを向ける現。

「“生まれろ”の言葉により、全身のありとあらゆる細胞を若返らせ、力を増させる我が四字熟語、“有頂天外”」

 現が、自身の言葉を解説するように話す。

「素晴らしいじゃろう?わしの言葉、“生まれろ”は」

 強調するように言って、現が大きく微笑む。

「この言葉こそ、神に最も相応しき言葉」

 現が保の体をさらに上方へと持ち上げ、言葉を続ける。

「万物創生の言葉。まさに神にのみ、与えられし能力」

 現の言葉に、力が入る。

「この言葉こそ、わしが神たる所以じゃ!」

 張り上げられ、辺りへと響き渡る声に、保がそっと目を細める。

「誰にも否定などさせん!わしの言葉こそが、神の言葉!わしこそが、誰よりも神じゃ!神じゃあ!」

 熱の入る現の言葉を、保が、静かに聞く。

「ぉ…れ、は…」

「ん?」

 保の口から零れる小さな声に気付き、現がその言葉を聞き入れようと、保の首を握り締めている手の力を、保の体が落ちない程度に、軽く抜く。

「何じゃ?音士の小憎」

 発言を許すように、現が保へと視線を送る。

「俺は、少なからず…あなたのその、“生まれろ”の言葉に、感謝しています。神」

 まだ呼吸の荒い中、保がまっすぐに現の見つめ、言葉を放つ。

「あなたのその言葉があったから、俺は、灰示に出会えた」

 保のその言葉に、屋上の端で、うつ伏せに倒れ込んでいる灰示の体が、少し動く。

「灰示に出会えたから、俺は、“痛み”を乗り越えられた」

 苦しげだった保の表情に、明かりが灯るように、そっと笑みが浮かぶ。

「“痛み”を乗り越えられたから、俺は、今っ…」

 微笑んだ保が、次の言葉を噛み締めるように、間をあける。

「仲間と共に、戦える…!」

「“ひるがえせ”!」

「何?」

 保の声が響き渡った途端、横から新たな言葉が入り、地面から舞い上がった水飛沫が、現の左腕を襲って、現の手から、保の体が離れる。

「“へこめ”!」

「“み潰せ”、私のトラトラ子!」

「チ…!」

 溢れ出した水飛沫に、思わず飛び上がった現へと、それぞれの攻撃を繰り出す兵吾と不二子。二人の姿に、現が大きく舌を鳴らす。

「雑魚共が…!」

 吐き捨てるように言いながら、現は言玉を持つ右手を振り上げた。

「蛍!」

「ヒロト」

 倒れた灰示のもとへと駆けつけ、すでにその体を起こし上げている蛍のもとへ、保を連れて、ヒロトがやって来る。

「すぐに二人の回復を」

「うん」

「フハハハハ!」

 冷静に言葉を交わす二人であったが、上空から高々と響く笑い声に、同時に顔を上げる。

「無駄無駄無駄ぁ!そやつらの体を蝕むは、我が言葉!旧世代の神クラスならともかく、貴様ごとき音士の言葉に、どうにか出来るものではないわぁ!」

「ク…!」

 勝ち誇ったような笑みを浮かべ、自信満々に言い放つ現に、ヒロトと蛍が、その表情をひそめる。だが、現の言葉が事実であろうことは、二人にも予想がついていた。

「無駄でも構わない。蛍、二人に回復の言葉を…」

「いい」

 ヒロトの蛍への言葉を止める、落ち着いた声。

「灰示様」

 その声を放ったのは、蛍に支えられるようにして起き上がった、灰示であった。すでに全身に、現の放った微虫が回っているのだろう。顔色も青白く、見るからに生気が失われていっている。

「ですが、このままでは…!」

「保」

 進言しようとしたヒロトの言葉を遮り、灰示がそっと保の名を呼ぶ。自分を呼ぶその声に、保が、深く俯けていた顔を上げ、ゆっくりと灰示の方を見た。

「僕に一つ、考えがある」

「考、え…?」

 真剣な表情で言い放つ灰示に、少し戸惑うような表情を見せる保。保もすでに、左腕の痺れが上半身に渡っており、体の自由が、ほとんど奪われていた。

「何…?」

 動かぬ首を少し傾け、灰示の言葉を待つ保。

「君と僕の言葉で、君と僕の“痛み”を、それぞれ半分ずつにする」

『な…!?』

 灰示のその答えに、驚きを示すヒロトと蛍。だが保は、それほど体が動かないこともあってか、まったく驚きを示そうとはしなかった。

「半分、に…?」

「ああ」

 聞き返す保に、灰示がそっと頷きかける。

「君のその痺れと、僕のこの体内の微虫を、それぞれ、半分ずつに分けるんだ」

「そんな無茶なこと…!」

「蛍」

 保の代わりに、否定しようとした蛍を、ヒロトが止める。振り向く蛍に、首を横に振るヒロト。これは、保と灰示が決めることであって、他の者が口を挟むべきことではないことを、ヒロトはすでに、理解していた。

「そうすれば、やがて僕らは、彼の言葉の影響により、体の自由を奪われ、完全に動けなくなるだろう…」

 少し曇る、灰示の表情。

「だが」

 付け加えられる言葉と共に、灰示の瞳に、光が宿る。

「そうすれば僕らは、ほんの少しの間だけ、二人とも、自由に動ける」

 光の灯るその瞳で、灰示がまっすぐに保を見つめる。

「その、ほんの少しの間に、彼を倒すんだ」

 まっすぐに見つめる灰示に応えるように、保も真剣な表情で、まっすぐに灰示を見つめる。

「無茶な作戦で、とんでもない賭けだけどね…」

 そう呟いて、灰示が自嘲するような笑みを浮かべる。

「どうだい?保」

 問いかける灰示に、保はすぐに口を開こうとはしなかった。しばらくの間、灰示を見つめ、そして保がゆっくりと、その表情に笑みを浮かべる。

「うん、いいよ」

 笑顔で頷く、保。

「“痛み”を分かち合うっていうのが、初めて出会った時からの、君と俺との約束だったしね」

 保のその言葉を聞き、灰示も穏やかな笑みを浮かべた。

「それに」

 言葉を付け加えた保が、どこか嬉しそうに笑う。

「無茶は、俺の神様の得意技だ」

「そうだったね…」

 いつも無茶ばかりのアヒルの姿を思い出し、保と灰示がそれぞれ、思い出すように笑みを浮かべる。笑みを浮かべたまま、保はまたまっすぐに、灰示を見つめた。

「分かち合おう」

 保が、痺れていない右手を、ゆっくりと灰示の方へと伸ばす。

「そして、乗り越えよう」


―――君も、“痛い”の…?―――

 初めて出会った日と同じように、灰示から保へと伸ばされる、一本の手。


「灰示」

「ああ、保」

 呼ばれる名に頷き、伸ばされた保の手に、灰示もゆっくりと、手を伸ばした。


―――うん、“痛い”よ…―――

 初めて出会った日と同じように、灰示が、保のその手へと、自身の手を伸ばす。


 二人の手が重なると同時に、重なった手から、真っ赤な光が放たれる。

「“はこべ”」

「“辿たどれ”」

 二人の口から、それぞれの言葉が同時に零れ落ちると、その瞬間、さらに強い赤色の光が、二人の体を包み込んだ。



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