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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
303/347

Word.76 共ニ 〈1〉

 永遠の居城、正面右方向部。於団おだん、戦闘場所。

「…………」

「神?」

 戦いの手を一度止め、何やら考え込むような、気難しい表情を見せ、永遠の居城を見上げる檻也の様子に、近くで戦っていた空音も手を止め、戸惑うように首を傾げる。

「いかがなされました?神。どこか、お怪我でも…」

「ずっと、考えていた」

「え?」

 檻也からの突然の言葉に、空音がさらに不思議そうに、眉をひそめる。

「俺が“於の神”となり、篭也が、於崎の屋敷を出されたあの日から」

 懺悔でもするかのように、重苦しく言葉を落とす檻也を見つめ、空音がそっと目を細める。

「篭也にとって俺は、ただ、奪うだけの、苦しみを与えるだけの存在だったんじゃないかと」

 檻也が神となり、おかしくなってしまった兄弟の仲。篭也は言葉の自由を奪われ、実の親から家を追い出され、名字すらも変えた。そのすべての要因は、先に“お”の文字に目醒めた、檻也にある。

「ずっと、後悔していた」

「神…」

 かける言葉も見つからず、空音はただ、険しい表情で檻也を呼ぶ。

「でも、檻也くんが“於の神”にならなかったら、神月くんは“加守”にならなかったよね」

 そこへ入って来る、もう一つの声。声と共にその場に現れたのは、穏やかな笑みを浮かべた紺平であった。

「紺平」

「檻也くんがいなかったら、神月くんは、神附きにならなかったかも知れない」

 檻也が振り向く中、紺平がさらに、言葉を続ける。

「そんなの、勿体無いよ」

 紺平がさらに大きく、檻也へと微笑みかける。

「だって神月くんは、俺が、一番憧れてる神附きだもん」

 そう言い放った紺平が、まるで自分のことのように、得意げに笑う。

「それに神月くんだって、昔は違ったかも知れないけど、今は、神附きであることを、ガァの神附きであることを、とっても誇りに思ってると思う」

 言葉と共に、何の曇りもない瞳を、紺平は檻也へと向けた。

「檻也くんに、感謝してると思うよ」

 その紺平の言葉を受け取り、檻也は、何か込み上げてくるものを堪えるように、強く、唇を噛み締める。

「……済まない」

 少し俯いた檻也の口から零れ落ちた礼に、紺平は何も言わず、ただ、そっと微笑んだ。

「さぁーて、じゃあ影退治の続きを…!ん?」

 気合いを入れて、戦いの場に戻ろうとした紺平が、何やら不満げな表情で、こちらを鋭く睨みつけている空音に気付き、首を傾げる。

「そ、空音さん?」

「ちょっと、神の為にいい発言したからって、調子に乗らないでよね!」

「アハハ…」

 何故か紺平へと、対抗心を剥き出しにしてくる空音に、紺平が少し、困ったように笑った。




 左塔、四階部。

「篭也…」

 仲間たちの協力もあり、やっと永遠とわの居る左塔へと辿り着いた、アヒルと篭也。待ち構えていた桃雪と直面すると、篭也は、自身が桃雪と戦うことを決め、アヒルへ先に進むよう告げた。そんな篭也の方を振り向き、驚いた様子ではないが、どこか複雑そうな表情を見せているアヒル。

「これはまた、予想通りの言葉ですねぇ」

 二人の会話を聞き、桃雪が嘲笑うように言葉を投げかける。

「僕が予想した言葉と、一言一句違っていませんでしたよ。先程のあなたの言葉」

「あなたは、神附きとして、自身の神のもとへは向かわせまいと、僕らを足止めしようとしている」

 篭也が鋭い瞳で桃雪の方を見つめながら、言葉を続ける。

「そして僕は、神附きとして、自身の神を、前へと進めようとしている。別に間違ってはいないだろう?」

「ええ、勿論です」

 篭也の問いかけに、桃雪が微笑み、すぐさま頷く。

「どうぞ、好きにして下さい」

 桃雪が両手を広げ、まったく阻止しようとする気がないことを強調するように、二人に言葉を投げかける。そんな桃雪の様子に戸惑い、目を見合わせるアヒルと篭也。

「どう思う?」

「さぁな。相変わらず、読めない男だ」

 問いかけるアヒルに対し、少し眉をひそめ、答える篭也。

「だが、いつまでもグダグダと考えていては、時間が勿体ない」

「じゃあ強行突破か?」

「ああ、何とかなるだろう」

「おっしゃ!」

 篭也の言葉を聞いたアヒルが、気合いの入った様子で、大きく頷き、少し前かがみになって、走り出す準備の態勢を取る。

「行くぜ!」

 大きく声を張り上げ、勢いよくその場を飛び出していくアヒル。こちらへと駆け出してくるアヒルを見て、桃雪がそっと冷たく笑う。

「どうぞ、好きにして下さい」

 涼しげな目元で、アヒルを見つめる桃雪。

「こちらも、好きにさせて頂きますので」

 微笑んだ桃雪が、飛び出して来たアヒルへと、白い言玉を向ける。

「“え尽きろ”」

「え?」

 床へと小さく落ちた白い炎が、何か仕掛けでもされていたのか、一気に燃え広がり、駆け出してきていたアヒルの全身を、あっという間に包み込んで、燃え上がる。真っ白な炎の中に、見えなくなるアヒルの姿。

「残念ですが、あなたには、我が神の姿を見ることなく、燃え尽きていただきます」

 目の前で広がる炎を見つめ、桃雪が満足げに笑う。

「安の神」

「こんなことだろうと思っていた」

「何…?」

 炎の中から聞こえてくる冷静な声に、桃雪が眉をひそめ、すぐさま表情を曇らせる。

「“鎌鼬かまいたち”」

 白い炎の中から強い風が巻き起こり、周囲の炎を吹き飛ばすようにして、掻き消す。消えた炎の中から、まっすぐに立った人影の姿が、明らかとなっていく。

「本当に、どこまでも喰えない男だな。あなたは」

「神月、篭也…」

 炎の中から姿を現したのは、アヒルではなく、どこか呆れたような表情を見せた篭也であった。

「では、安の神は…」

「“たれ”!」

 篭也の後方から響く声に、戸惑っていた桃雪が視線を移す。篭也の後方、先程、アヒルが飛び込んで来る前に、篭也が居たはずの場所で、今後は逆にアヒルが、右手に構えた銃を天井へと向け、弾丸を放ち、天井に、上へと続く、大きな穴をあけていた。

「まさか、姿を…?」

「ああ、“えて”いた。この塔に入る前、連絡通路を駆けている間に」

 問いかける桃雪に、篭也が当然のごとく答える。

「この塔であなたが待ち構え、何かを仕掛けてくることなど、容易に予想出来ていたからな」

 見透かすように言い放つ篭也に、桃雪の表情が、かすかに歪む。

「篭也っぽく喋るの、すっげぇ堅苦しかったぜぇ」

「お互い様だ。だが、あなたにしては、上出来だった」

 大きく肩を落とすアヒルに、篭也が誉めているともけなしているとも取れるような、言葉を投げかける。

「何せ、この男を騙せたくらいだからな」

「誉め言葉として、受け取っておきましょうか」

 篭也の言葉を受け取り、桃雪がどこか不敵に笑う。

「予定通り、ここは僕が抑える。行け、神」

「篭也」

「とっとと行け。時間の無駄だ」

 呼びかけるアヒルに対し、篭也が少し冷たく言い放つ。篭也の言葉を受けると、アヒルは、天井へと向けていた銃口を、自身のコメカミへと向けた。

「篭也」

「聞こえなかったか?時間の無駄だ。早く…」

「“また明日”!」

 もう一度、アヒルに先へと進むよう、促そうとした篭也であったが、アヒルの口から出たその言葉に、言葉を止め、少し目を見開く。篭也がゆっくりとアヒルの方を振り返ると、アヒルは満面の笑顔を、篭也へと向けていた。

「また、明日」

 篭也がどこか噛み締めるように言葉を落とし、そっと笑みを浮かべる。篭也の言葉を聞き、アヒルは満足そうに頷くと、自身へと向けた銃の、引き金を引いた。

「“がれ”」

 自身の弾丸に撃ち抜かれると、アヒルの体が浮き上がり、先程空けた天井の穴をくぐり抜けて、アヒルが上の階へと上昇していく。

「絶対、死ぬなよ、篭也!」

 穴をすぐ頭上とした空中で止まり、アヒルが篭也へと声を掛ける。

「当然だろう。誰の神附きに向かって、言葉を掛けている?」

 自信満々に答える篭也を見て、アヒルはその表情を少し安心したものへと変えると、もう一度、大きく微笑む。

「んじゃまぁ、任せた!」

 その言葉を最後に、アヒルは、天井の上へと姿を消していった。アヒルの消えていった穴を見つめ、篭也がそっと目を細める。

「仰せのままに、我が神」

 姿の見えなくなったアヒルに、篭也はまるで誓うように、小さく呟いた。

「成程」

 納得したようなその声に、篭也がゆっくりと振り向く。

「言われてみれば、確かに不自然でした」

 小さく数度頷いて、桃雪がまっすぐに篭也を見つめる。

「“何とかなる”などという曖昧な言葉は、冷静なあなた、らしからぬ言葉」

「ああ。そういう適当な言葉は、我が神の専売特許だ」

「そうでしたねぇ」

 篭也の言葉を聞き、桃雪がどこか楽しげに笑う。

「ですが、よろしいのですか?本当に、これで」

 少しの間を置いて、桃雪が、最後の確認でもするかのように改めて、篭也へと問いかける。

「共に行かねば、神の最期の姿を、見ることが出来なくなりますよ?」

「人の言葉は、もっとよく聞いた方がいいな」

 試すように問う桃雪に、篭也がまるで注意するように、鋭く言い放つ。

「僕らは、“また明日”と言ったんだ」

「その“明日”が来る保障が、どこにあると?」

「そんなもの、決まっている」

 篭也が当然のように答え、右手に持っていた真っ赤な鎌を、力強く構える。

「この、言葉の中にだ」

 誇らしげに言い放つ篭也を見つめ、少し目を細めると、桃雪はまた、楽しげに微笑んだ。

「素晴らしい自信ですねぇ。眩しくて、眩暈がしそうですよ」

「誉め言葉として、受け取っておこう」

 軽い口調で言い放つ桃雪に対し、先程の桃雪とまるで同じ言葉で、牽制するように言い放つ篭也。

「“共に行かねば、神の最期の姿が見られなくなる”と、そう言ったな?」

「ええ」

 確かめるように問う篭也に、桃雪が微笑んだ表情のまま、あっさりと頷く。そんな桃雪に、篭也は、突き刺すような鋭い視線を送る。

「それは、こちらの台詞だ」

 強気に言い放つ篭也に、桃雪は一瞬、驚いた様子で、その表情を崩したが、すぐにまた微笑み、楽しそうに口角を吊り上げた。

「それも、そうですねぇ」

 篭也の言葉を認めながらも、余裕の態度は崩さずに、桃雪が言う。

「ですが僕も、言葉で自身の時を戻してまで、もう何年もずっと、この日を待っていたのですよ」

 ずっと、人のことを見透かすような発言ばかりをしていた桃雪が、やっと、自身の主張を訴えるような、発言をする。

「我が神が、すべての言葉を終わらせる、この日を」

 強調されるその言葉に、篭也の表情が、険しいものへと変わる。

「ですから僕も、我が神が願いを叶える、その姿を見ずに、朽ち逝くわけにはいかない」

 ずっと様子をうかがうようであった桃雪の言葉に、初めて、決意にも似た、力がこもる。

「ですから、あなたにここで、敗れるわけにはいかない」

 桃雪の冷たい視線が、篭也へと突き刺さった。

「あなたも、敗れるわけにはいかない。僕も、敗れるわけにはいかない」

 ゆっくりと紡がれる、桃雪の主張。

「ですので、あなたと僕とで、決めるとしましょう」

 桃雪が少し誘うように、左手を横へと広げる。

「あなたと僕、どちらが最強の神附きであるかを。そして」

 次の言葉を強調するように一つ、間を置く桃雪。

「あなたと僕、どちらの神が、正しき神であるかを」

 桃雪の言葉に、篭也がその表情を、さらに鋭いものへと変える。

「望むところだ」

 自身の神の望みを背負い、篭也と桃雪が、互いに向き合った。



 永遠の居城、近くの公園。

「篭也…」

 城を見つめる和音は、篭也が戦いの場面に至ったことを、何となく察したのか、言玉を解放させた姿である真っ赤な鏡を胸の前で握り締め、どこか不安げに篭也の名を呟いた。

「大丈夫」

 そんな和音の肩の上に、茜の温かな手が乗る。

「彼は、優秀な神附きですもの」

「茜さん…」

 和音の不安を取り除くように、優しく微笑みかける茜を見つめ、和音がそっと目を細める。自分だって、アヒルのことで不安だろうに、茜は自分よりも和音を気遣い、声を掛けてくれているのだ。

「そうだねぇ」

 茜に続くように、ウズラも微笑み、口を開いた。

「何せ、俺たちの自慢の息子が、ぜひ後継にと、選んだくらいの子だからね」

 得意げに笑うウズラにつられるように、和音もそっと笑みを零す。

「そうですわね…」

 二人の言葉を噛み締めるように、和音は深く、頷いた。



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