Word.74 音士、集結 〈3〉
「刃…あれが“也守”の八城刃か」
アヒルが驚きの声をあげる中、すぐ後ろで、篭也は冷静に声を漏らす。
「伍黄、さん…」
一方、スズメのチュン吉の背に乗り込んでいる保は、現れた刃の姿を見つめ、そっと表情を曇らせた。その刃の姿は、かつて、保が相対したことのある姿。だが、あの時、刃の体は始忌の一人、伍黄により乗っ取られていたため、今の刃とはまるで別人だったのである。
「お前まで」
「はい。それに、もう一人」
「お初にお目にかかります、安の神」
刃の言葉を合図として、突如、弓象の頭の上に、人影が現れる。全身に鎧を纏い、顔も分厚い鉄仮面で覆ってしまっており、その表情すらうかがえない、どこか不気味な男だ。
「“与守”の横川 鎧と申します」
「ああ、あんたが与守か」
「以後、お見知りおきを」
そう言うと鎧が、鉄仮面をはずし、深々と頭を下げる。仮面の下に隠れていた素顔は、意外にまだ若い、彫りの深い顔立ちをした青年であった。
「今度は本物のようだな」
「へ?」
「いや」
聞き返したアヒルに、篭也がすぐさま誤魔化すように、首を横に振る。かつて、始忌の一人、緑呂に乗っ取られていたはずの鎧だが、それは阿修羅の体で、乗っ取られた振りをしていただけだったのである。仮面の下から覗いた顔が、当たり前ではあるが、阿修羅とはまるで別人の顔であったため、篭也は少し安心したように、肩を落とした。
「やっと、約束を果たす時が来ました」
「約束?」
刃の言葉に、アヒルが戸惑うように、首を傾げる。
「初めてお会いした時に、約束いたしました」
晴れやかな笑みを浮かべ、刃がまっすぐにアヒルを見つめる。
「“安の神が危機に瀕した時、必ずや我ら三言衆、安の神の力になる”と」
「ああ、そういや、んなこと言ってたなぁ」
刃の言葉を受け、アヒルがやっと思い出したように頷く。
「団に属していないとはいえ、安の神は我が神も同然」
「我ら三言衆、全力で安の神の力になります!」
刃に続くように、鎧と弓も、それぞれ言葉を放つ。
「んな敬語だらけで敬われても困っけど、でも…」
軽く頭を掻いたアヒルが、真剣な表情を作りながら、ゆっくりと前方の城を振り向く。屋上まで目前に迫ったその前に、阻むようにして溢れ出す、多くの黒い影。
「確かに、こんなところで止まってる場合じゃねぇんだ」
言葉を放ったアヒルの瞳が、決意したように強く光る。
「この場を頼む、刃!」
「すべては神の仰せのままに」
アヒルの言葉に、刃がしっかりと頷く。
「行くぞ!弓、鎧!」
刃の掛け声に、それぞれ頷く弓と鎧。刃が右手の剣を構え、鎧が真っ白な言玉を前方へと突き出す。
「“行け”!弓象!」
「パオオォン!」
弓の言葉に大きな鳴き声で返事をした弓象が、その巨体を金色に輝かせ、目にも留まらぬ速度で空を翔けて、黒い影の集団の中へと飛び込んでいく。
「“淀め”…」
「“焼き尽くせ”!」
刃と鎧の言葉により、一斉に数十匹もの影が掻き消え、再び、屋上への道が開かれる。
「今だ!行こう、スー兄、ツー兄!」
「おう!」
「うん…」
その開かれた道を逃がすことなく、三羽の巨鳥は空を翔け抜け、屋上へと突き進んでいく。
「サンキューな!刃、弓、鎧!」
「ご武運を、安の神!」
「おう!」
弓の声援に軽く手をあげて答えると、アヒルは刃たちに背を向け、永遠の待つ城へと向かっていった。
「おやおや、あっさりと破られてしまいましたねぇ」
刃たちの助けを借り、再度、向けられた影の集団をも越えて、屋上へと向かってくるアヒルたちの姿を視界に入れ、桃雪がどこか楽しげに笑う。
「これもしっかりと、あなたの計算に入っているのでしょうかぁ?」
「ク…」
試すように問いかける桃雪に、現が少し表情を崩す。先程までは余裕のあった現の表情も、今は少し焦りが見える。その表情を見ただけで、これ以上、“有象無象”による影を生み出すことは出来ないのであろうことが、容易にわかった。
「まぁ、あなたが他にどのような汚い策を講じているのか、知りませんがぁ」
屋上の縁に立っていた桃雪が、足音もなく歩を進め、屋上の出口へと進んでいく。
「僕の手を煩わせぬよう、なるべく、減らしといて下さいねぇ」
皮肉たっぷりの笑みを現へと向けると、桃雪はそのまま扉を開き、屋上を後にした。屋上に一人残った現が、桃雪が去り、閉じていく扉を見つめ、強く唇を噛み締める。
「何が“減らしといて下さい”じゃ。偉そうに」
桃雪への怒りに表情を歪めながらも、現が体の向きを変え、こちらへとまっすぐに向かってくる、三羽の金色の鳥の姿を見つめる。
「たっぷりと減らしといてやろうじゃないか」
その細い瞳をさらに細め、鋭く変える現。
「最早、策などいらぬ」
数歩進み、現が、屋上に陣取った、巨大な生物の前足のすぐ横へと立つ。
「お前さえ居れば…のぉ?我が最高傑作よ」
その巨大過ぎる生物を見上げ、現はいやらしく、微笑んだ。
「見えたぞ、屋上!」
「止まらず、この勢いのまま、降りるんだ」
「わかった!」
先頭を切るアヒルたちの乗ったガァスケが、もう城の屋上寸前のところまで辿り着く。スズメの後方から恵が冷静に指示を送ると、アヒルはその言葉にしっかりと頷き、速度を緩めることなく、屋上にガァスケを着地させようとした。
「グアアアア!」
「何…!?」
その時、屋上の奥で、その巨体を堂々と立ち上がらせた金色の獣、終獣が、やって来たアヒルたち目がけて、大きく口を開き、そこから強い光の玉を弾き飛ばす。
「あれは、浮世現の…!」
「クッソ!」
向かってくる光玉に、アヒルたちが皆、焦りの表情を見せる。
「こうなりゃ強行突破だ!ガァス…!」
「避けろ!」
アヒルがガァスケと共に突破を試みようとしたその時、恵の大きな声が響き渡る。
「少しでも掠ったら、言葉を止められるぞ!」
恵の言葉に、皆の表情が強張る。
「塗壁…」
「おうだぁ!“抜けろ”!」
「為介!」
「“誘え”」
ツバメとスズメがそれぞれ塗壁と為介に呼びかけると、二人が言玉をかざし、自身の言葉を発する。するとその言葉に従い、二人の巨鳥が、光玉の直撃コースから素早く逃れる。
「ええぇ!?ちょちょちょ…!」
去っていく兄たちの鳥に、アヒルが焦りの声をあげる。
「俺はどうしたら…!うわ、うわ、うわ!」
焦っている間にも、さらに近付いてくる光玉に、さらに焦りの声をあげるアヒル。
「“かわせ”」
焦るアヒルの後方から、篭也が冷静に言葉を落とすと、ガァスケが大きく体をそらし、無事に光玉を避ける。光玉が誰もいない空へと消えていくと、焦っていたアヒルは、額に噴き出した汗を拭った。
「ふぅ~、助かったわ、篭也」
「まだ助かっていない」
「へ?」
厳しい表情で言い放つ篭也に、アヒルが戸惑うように首を傾げる。
「グアアアアア!」
「う…!」
篭也の方を振り返っていたアヒルが、再び前方を見ると、またしても終獣が光玉をこちらへ向けて放ってくる。大きく口を開いたまま、どんどんと屋上の前に突き進み、アヒルたちへと攻撃を続ける終獣。一瞬掠めても、言葉が終わらされてしまうその光に、アヒルたちは何よりも避けることを優先し、むしろ屋上から離されてしまう。
「フハハ、フハハ!いいぞ、いいぞ。我が可愛い獣よ!」
「あれは…!」
終獣の後方の空に浮かび、いやらしい笑い声をあげるその姿に、皆が視線を集める。
「浮世現…!」
皆の中でも、一際、険しい表情で、現を見上げる保。
「無能な五十音士の言葉など、一つ残らず消し去ってしまうがいい!」
「グアアアアア!」
現の言葉に従い、終獣はさらに光玉を飛ばし続ける。
「ク…!このままじゃ降りるなんて到底、無理だぞ!?恵先生!」
答えを求めるように訴えるアヒルであったが、恵も策を思いつけないのか、険しい表情を見せ、固く腕を組むだけであった。
「五十音第八音“く”、解放」
「五十音第二十三音“ぬ”、解放」
皆が攻める手を考えられずにいたその時、ツバメの鳥に乗っていた熊子と塗壁が、自身の金色の言玉を解放させ、それぞれ大熊のおクマとゴリラのゴリ男へと変化させた。
「我々があの獣を引きつけます」
「その間に、スズさんが皆を屋上の出口へ誘導するだよぉ」
熊子と塗壁の言葉に、アヒルたちが衝撃を走らせる。
「何言ってんだよ!あいつの攻撃に当たったら、言葉止められちまうんだぞ!?引きつけるなんて、んな危険なマネ…!」
「このまま城の中にすら入れなかったら、どの道、言葉は終わるよ…」
「ツー兄」
荒々しいアヒルの言葉を遮ったのは、落ち着いたツバメの声であった。光玉が飛び交い、巨鳥が必死にそれを避ける中、ツバメがまっすぐにアヒルを見つめる。
「このまま、皆の言葉が終わってしまうなんて、アヒルくんは嫌でしょう…?」
「そりゃあ、そうだけど…」
「僕も嫌だ」
はっきりと答え、ツバメが少し俯く。
―――私、ツバメさんのことが…!―――
思い出される、想子の姿。
「あの言葉の続きを聞けないまま、終わってしまうなんて…」
「へ?」
「ううん」
小さい声で呟かれたツバメの言葉を聞き取れず、アヒルが首を傾げるが、ツバメは誤魔化すように首を横に振り、またゆっくりと顔を上げた。
「僕たちが立ち止まってしまったら、その時点で、皆の言葉が終わるんだ。だから、ねぇ、アヒルくん」
ツバメが諭すように、優しい声をアヒルへと向ける。
「迷ってる、場合じゃないよ…」
ツバメのその言葉に、アヒルの表情に浮かんでいた曇りが、一気に晴れていくと、アヒルはどこか、決意したような、強い表情を見せる。
「わかった、頼む」
アヒルの言葉を聞くと、ツバメが嬉しそうに微笑み、小さく頷いた。
「行こうか、熊ちゃん、塗壁…」
「いつでも」
「おうよぉ!」
ツバメの掛け声に、熊子と塗壁がしっかりと答える。
「スワ郎…」
ツバメが名を呼ぶと、三人の乗るスワ郎が大きく体を傾け、屋上に立つ終獣へと、急接近していく。その中で、おクマに乗った熊子が、素早くスワ郎から飛び降り、屋上の端へと着地して、おクマから降りる。
「“砕け”」
熊子の言葉を受け、その鋭い爪を、屋上の地面へと振り下ろすおクマ。すると、終獣の前足部分の乗っていた屋上の地面の一部が砕け、終獣がその巨体のバランスを崩す。
「“濡らせ”!」
塗壁の言葉により、ゴリ男が水を吐き出すと、その水が終獣の両瞳を襲い、終獣は思わず目を閉じて、体をのけぞらせる。
「“貫け”」
そこへすかさず、ツバメがスワ郎を向け、終獣を攻め立てた。
「よっしゃ、今のうちだ!アヒル!」
「お、おう!」
応戦する三人の様子を確認すると、スズメがアヒルへと声を掛ける。チュン吉のすぐ後ろへとガァスケが付けると、スズメが屋上に見える、城へと続く出入口に向けて、両手を突き出した。
「“進め”!」
スズメの言葉に乗り、チュン吉とガァスケが、目にも留らぬ速さで、屋上の出入口へと下降していく。
「行かすか!」
その様子を見て、現がスズメたちへと右手の杖を伸ばす。
「“唸れ”!」
巨大な金色の光の塊を、皆へ向けて放つ現。チュン吉の上に乗ったスズメが、素早くそちらを見上げる。
「“吸い尽くせ”、チュン吉!」
「チュン!」
嘴を向かってくる光の方へと向けたチュン吉が、大きくその口を開き、やって来た光を一気に吸い込む。
「グ…!」
「今だ、アヒル!」
「おう!ガァスケ!」
スズメに攻撃を防がれ、現が顔をしかめている間に、アヒルがガァスケをもとの金色の言玉の姿へと戻し、ガァスケに乗っていた篭也、囁、七架と共に、屋上へと降り立つ。
「皆も行ってくれ!」
スズメの言葉に頷き、保と為介がチュン吉から飛び降り、屋上の上で待つアヒルたちと合流する。二人に続き、降りようとした恵がふと足を止め、現と睨み合いを続けているスズメの方を見る。
「スズメ」
「ん?」
恵の方を振り向かぬまま、声だけを返すスズメ。スズメの背を見つめ、恵が真剣な表情を見せる。
―――じゃあ先生、また明日!―――
その言葉を最後に、もう見ることはなかった、カモメの笑顔。
「……死ぬなよ」
恵がどこか祈るように、スズメへと言葉を向ける。その言葉を背中に受けたスズメは、恵には見えぬところで、少し驚いた表情を見せた。だがすぐに、その表情を笑みへと変える。
「それって、愛の告白って受け取ればいいの?」
「アホ。んなわけないだろ」
「なぁ~んだ」
あっさりと否定する恵に、スズメがどこか、がっかりしたように肩を落とす。
「俺は死なねぇさ。恋盲腸の完結を読み切るまではなぁ」
スズメが微笑んだまま、軽い口調で言葉を向ける。
「俺のことは大丈夫だから、だから、弟を頼む」
「ああ」
スズメの言葉にしっかりと頷くと、恵もチュン吉を飛び降り、屋上へと着地した。
「んじゃまぁ、言葉の明日を頼んだぜ!」
「スー兄、ツー兄、気を付けろよぉ!」
皆を降ろし、上昇していくチュン吉を見上げ、アヒルが屋上から、大きな声を向ける。スズメはその言葉に軽く右手をあげて応え、終獣に応戦するツバメたちに合流した。
「私たちも急ぐぞ」
「ああ」
恵の言葉に皆が真剣な表情で頷き、恵を先頭にして、屋上の出入口を開き、ついに永遠の居城内部へと侵入していく。皆が次々と中へ入っていく中、一人、屋上で足を止めたままの保が、鋭い瞳で上空を見上げる。
「ええい、何をしておる!そんな奴等、とっとと消してしまえ、終獣!」
保の瞳に映る、焦り、怒った様子の現の姿。
「……っ」
その姿に、保が厳しい表情を作る。
「保?」
皆が中へと入り、最後尾で城へと入ろうとしたアヒルが、一人立ち止まったままの保に気付き、足早に歩み寄る。
「何してんだよ?とっとと中へ…」
「お願いがあります、アヒルさん」
「へ?」
保に改まった様子で言葉を向けられ、不思議そうに首を傾げるアヒル。空を見上げていた保が、ゆっくりと顔を下ろし、真剣な表情で、まっすぐにアヒルを見つめる。
「俺に、浮世現と戦わせて下さい」
保のその言葉に、驚くように、アヒルは大きく目を見開いた。




