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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
289/347

Word.72 発動 〈3〉

 言ノ葉町、北東部。永遠とわたちの居城。

「グウウウゥゥ…」

 部屋と呼ぶには広すぎる、巨大な空間を埋め尽くすほどの巨体から、漏れ聞こえる、低い唸り声。淡く金色に輝く体は、唸り声と共にかすかに揺れ動き、それが、生物であることを示している。

「うぅーん…」

 空間の入口付近に立ったうつつは、自身の生み出した、その巨大な生物を見つめ、満足げな笑みを浮かべていた。

「どうですか?」

 そこへ、現のすぐ後ろの扉が開き、桃雪が姿を現す。

「“終獣しゅうじゅう”の様子は」

 付いたばかりの名を、どこか強調するように呼び、不敵な笑みを零す桃雪。

「順調じゃよ」

 桃雪の方を振り返った現が、大きく口元を緩め、得意げな笑みを見せる。

「遠の神により施された“”の文字も、あれの体に、順調に馴染んでいっておる」

 現がまた、前方の獣へと、視線を移す。

「もう、間もなくじゃ…もう間もなくで、終獣は完成する」

「それは何より」

「じゃが…」

「ん?」

 言葉を付け加える現に、桃雪が少し首を傾ける。

「終獣は完成に近付いておるが、終獣の力を、世界中に放つための、動力源はどうするのじゃ?」

 眉をひそめた現が、桃雪へと問いかける。

「礼獣の時は、五人の堕神の五母ごぼの力を、阿修羅の言葉により“集め”、動力源としたが…」

 現が何か、思い当たっているものがあるように、視線を上へとやる。ここは城の一階部で、この上の階には、永遠の部屋があった。

「いくらわしがおるとはいえ、あの寝起きの神と、お前さんだけで、終獣の力を世界中に放てるほどの力を得られるとは、正直、考えにくい」

「ああ、そんなことですか」

「そんなこと?」

 大して気にしていない様子で答える桃雪に、現がさらに、眉をひそめる。

「何じゃ?もっと他に、仲間でもおるのか?」

「まぁ居ないとも言いませんけどねぇ。けどまぁ、そんなものは必要ありませんよ」

「何?」

 その言葉に、ますます、戸惑いの表情となる現。

「そんなものどころか、僕の力も、あなたの力も必要ない」

 天井を見上げ、桃雪が冷たく笑う。

「動力源など、我が神、お一人の力で十分だ」

 目を細めた桃雪が、まるで、陶酔しているかのように言い放つ。

「あやつ一人の力で十分じゃと?馬鹿な」

 そんな桃雪の言葉を、現はすぐさま否定し、大きく表情をしかめた。

「不甲斐ない連中であったとはいえ、堕神が五人がかりでやっと、町一つ分の言葉を奪えるほどのレベルじゃぞ?」

 大きな手ぶりをつけて、現が桃雪へと語りかける。

「それを、たったの一人でなどっ…」

「我が神は、五十音士の歴史の中でも、最強とされた旧世代の神々、全員の力をもってして、何とか封印することの出来た神ですよ?」

 現の言葉を遮り、桃雪が冷静な口調で言い放つ。

「そんじょそこらの堕神と一緒にしていただいては、困ります」

 桃雪が、まるで自分のことのように、誇らしげに胸を張る。

「成程。信用ならん奴じゃが、神への忠義だけは厚いらしい」

「神附きとして、当然のことですよ」

 現の棘のある言葉にも動じず、桃雪は笑顔のまま、平静に答える。

「もう間もなく、完成なのでしょう?」

「ああ」

「ならば、すぐに始めましょう。あなたは準備を。僕は神を呼んできます」

 現へと指示を送り、桃雪が再び、部屋の扉を開いて、外の廊下へと足を踏み出す。

「見せて差し上げますよ」

 扉を抜けたところで、現の方を振り返り、桃雪が冷たく微笑む。

「我が神の力を」

 自信満々に言い放って、桃雪は閉まる扉の向こうへと、消えていった。



 居城、上層階。永遠の部屋。

「同じ顔…」

 相変わらず寝台に横になっている永遠は、天井に設置された巨大な鏡に映る、“永遠”の言葉を受けたあの日から、一度も変わらず自分の姿を、まっすぐに見上げていた。

「同じ声、同じ姿、同じ時間…」

 何度も繰り返してきた言葉を呟き、永遠が決して届かぬ鏡面へと、その手を伸ばす。

「同じ、命…」

 届かぬ手が、空中で強く、握り締められる。

「神」

 そこへ、永遠を呼ぶ声が響き、部屋の扉が開いて、桃雪がやって来た。永遠が寝転がったまま、首だけを動かし、その視界に、桃雪の姿を入れる。

「桃雪…」

「ご気分はいかがです?眠気は取れましたか?」

「そう、だね。まぁまぁ、かな」

 あまり歯切れの良い答えは返さずに、永遠が寝台の上で、ゆっくりと起き上がる。

「まだ、信じられないよ。二十何年もずっと、眠っていただなんて…」

「そうでしょうねぇ」

 部屋の大きな窓に掛けられたカーテンを開きながら、桃雪が永遠の言葉に答える。

「何年経ってたって、俺の姿は変わらないし…」

 哀しげに聞こえてくる永遠のその声に、桃雪がそっと目を細める。変わらぬ自分を嘆くその姿は、桃雪の知る二十数年前から、確かに、まったく変わっていなかった。

「あなただけじゃない」

 桃雪がカーテンの方を向いたまま、永遠へと声を掛ける。

「僕の姿も、変わっていないでしょう?神」

 その言葉を聞き、寝台の上の永遠が、少し顔を俯ける。

「ねぇ、桃雪…」

「はい?」

 寝台の上の永遠の方は振り返らぬまま、桃雪が声だけで返事をする。

「時は流れたけど、桃雪の言葉は、あの日のまま、変わっていない…?」

 永遠のその問いかけに、もう片側のカーテンを開こうとした桃雪の手が、ふと止まる。

「ええ…」

 そっと頷き、桃雪が永遠の方を振り返る。

「僕の言葉は、あの日のまま…」

 永遠をまっすぐに見つめ、桃雪はそっと微笑む。

「あなたが望むのであれば、僕は、“明日”などいらない」

「…………」

 はっきりと告げられる桃雪の言葉に、永遠は、自身が問いかけたというのに、頷くでもなく、笑顔を見せるでもなく、何の反応も示しはしなかった。そんな無反応の永遠を見て、桃雪が満足げに笑う。

「もう間もなく、準備が整うそうです。さぁ、参りましょう、我が神」

 口角を吊り上げた桃雪が、永遠へと手を差し伸べる。

「世界中のすべての人間から、あなたと同じように、“明日”を消し去るために」

 桃雪の言葉を受け、永遠はゆっくりとした動作で、寝台の上から、立ち上がった。




「久し振りですね。ツバメさんと一緒に帰るのなんて」

「そうだね…」

 部活を終え、マッハで制服に着替えてきた想子は、下駄箱で待っていたツバメと無事に合流し、家へと帰る道を、ツバメと並んで歩いていた。余程、ツバメとの帰り道が嬉しいのか、想子の足取りは軽く、口調もどこか弾んでいる。

「前、一緒に帰ったのはぁ…あれかな、一ヶ月くらい前、部活帰りに偶然会った時の」

 想子が思い出すように、高々と空を見上げる。

「でもあの日、せっかくツバメさんと帰ったっていうのに、記憶が曖昧なんですよねぇ」

 その日のことを思い返しながら、想子が険しい表情となって、大きく首を捻る。

「途中から覚えてなくて、どうやって家に帰ったのかもわからないし」

 想子が一つ、深く息をつく。

「取り憑かれたような変な連中に、追い駆け回される夢なんて、見たからかなぁ」

「ハハハ…」

 さらに首を捻る想子の横で、どこか乾いた笑い声を零すツバメ。前回、ツバメと想子が共に帰った時、二人は忌に取り憑かれた男たちに襲われ、アヒルたちに助けられたものの、大変な目に遭ったのである。そのことを、想子に話すわけにもいかず、ツバメはただ、引きつった笑顔を見せていた。

「そういえばガァ、最近、何かありました?」

「え…?」

 急に問われ、ツバメが笑みを止めて、少し戸惑ったような声を漏らす。

「アヒルくん…?」

「はい。何かこう、最近、色々と吹っ切れたみたいな、そんなような感じがして」

 いつも怒鳴ってばかりの幼馴染みの姿を思い出し、想子が言葉を続ける。

「まぁ今も、何か背負ってそうな感じで、時々気難しそうな顔してるけど、何てゆーか、前みたいに悲観してる感じじゃなくて…」

 想子が口元に手を当て、言葉を選ぶ。

「前を見てるって、感じかな」

 選んだ末の言葉を、やっと落とす想子。

「そう、見える…?」

「はい」

「そう…」

 頷いた想子を確認すると、ツバメがどこか安心したように、優しい笑みを零した。

「想子ちゃんが居てくれると、安心だね」

「え…?」

 ツバメのその言葉に戸惑うように、想子が大きく首を傾げる。

「アヒルくんのこと、僕よりもよく、見ていてくれるから…」

「そ、そんなこと…!」

 ツバメのその温かな笑顔を見て、想子は思わず俯き、頬を赤く染めた。

「こんないい幼馴染みが居てくれて、アヒルくんは幸せ者だね…」

 嬉しそうに話しながら、歩を進めていくツバメに対し、俯いたまま、歩を止めてしまった想子は、前を行くツバメから少し遅れてしまう。

「だって」

「ん?」

 後ろから想子の声が聞こえ、少し前へと行ったところで止まり、ツバメが立ち止まったままの想子を振り返る。だが想子は俯いたままで、顔を上げようとはしなかった。

「想子、ちゃん…?」

「だって、ガァが悲しんでいると、ツバメさんも悲しいでしょう…?」

 首を傾げたツバメへ、想子がゆっくりとした口調で、言葉を向ける。

「ガァが笑っていると、ツバメさんは喜ぶでしょう…?」

「想子ちゃ…」

「ツバメさん」

 呼びかけようとするツバメの声を遮り、逆にツバメの名を呼んで、想子が勢いよく顔を上げる。その表情は真剣で、瞳には、何かを決意しているような、力があった。

「想子ちゃん…」

 想子のいつもとは違う、その様子に気付き、ツバメもつられるように、真剣な表情を作る。

「ツバメさん、私…」

 ツバメがまっすぐに見つめる中、想子はゆっくりと、その口を開いた。




「グアア!」

「素晴らしい」

 居城の屋上に設けられた広い空間に移された、巨大な金色の獣は、後方に見える空すらも狭そうに、その両翼を広げていた。漲る力の表れであるように、巨体からは、溢れんばかりの光が漏れ出ている。そんな獣を見上げ、現が心から嬉しそうに、笑みを零す。

「この一瞬のうちに、終獣に、これ程の力を充填出来るとはのぉ」

 感心するように言いながら、現が後方を振り向く。

「…………」

 現が見つめる先では、屋上の柵のすぐ手前に立ち、広がる言ノ葉の景色を眺める、永遠の姿があった。

「どうですぅ?ご不満ですかぁ?」

「いいや、十分じゃ」

 すぐ傍で、試すように問いかける桃雪に、すぐさま首を横に振る現。

「まさか、これ程までとは思わんかったよ。お前さんの神の力」

「当然です」

「これだけの力が充填出来ていれば、世界中まではいかずとも、この国のすべての言葉を終わらせることは、いつでも可能なはずじゃ」

 光の満ち溢れる獣をじっくりと見つめ、現が冷静に分析を行う。

「で、どうする?」

「神」

 現に問われた桃雪が、その問いかけをそのまま向けるように、永遠の方を振り向く。

「あちら側を焦らせるためにも、まずは、小手調べ程度がよろしいかと」

「ああ…」

 吹き抜ける風にその髪を揺らしながら、永遠が、桃雪の言葉に頷く。

「“わらせろ”」

 永遠の短い言葉が、吹き抜ける風に乗る。

「この町の、“明日”を」

「……仰せのままに」

 永遠の命令に頷き、桃雪が冷たく微笑む。

「現」

「ああ」

 桃雪がさらに現へと呼びかけ、現が大きく頷く。

「発動じゃ…」

 右手に持っていた杖を、目の前の獣へと向けて、高々と掲げる。杖の先端についた金色の言玉が、強く輝き始めた。

「“うなれ”!」

「グアアアアア…!!」

 現の言葉と共に、獣が上空へ向けて、激しい唸り声をあげ、その巨大な口から、強い金光を放った。




「私…」

 ツバメが見つめる中、長い間を置いて、想子がやっとのことで口を開く。

「私、ツバメさんのことが…!」

 抱える気持ちを溢れ出させるように、必死に声を張る想子。

「好…!」


――――パァァァン!


「え…?」

 その時、空が金色に輝いたような気がして、ツバメは思わず、想子から視線を逸らした。

「あれ…?」

 だが、上を見上げても、空はいつものように青く、穏やかで、自分が感じた気配は気のせいだったのかと、ツバメが少し首を傾げ、そしてまた、視線を想子へと戻す。

「ごめん。想子ちゃ…」

 謝ろうとしたツバメの言葉が、途中で途切れ、ツバメの表情が止まる。

「想子、ちゃん…?」

「…………」

 想子はまっすぐにツバメを見つめ、口を開いたまま、完全に、その動きを止めていた。

「想子、ちゃん…」

 ツバメの力ない声が、ただ、静かなその場に、響き渡った。


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