表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
277/347

Word.69 神ニ、託ス 〈4〉

 言ノ葉高校、国語資料室。

「失礼します」

「遅いぞ」

 資料室へと入って来たアヒルの姿を見た途端、部屋の中で本を読んでいた恵は、不機嫌な表情をアヒルへと向けた。

「居残り掃除にまで、遅刻するんじゃねぇ。とっとと昨日の書庫整理の続きを…」

「恵先生」

「あ?」

 不意に言葉を遮るアヒルに、恵が戸惑うように眉をひそめる。資料室の扉を閉じたアヒルは、その前に立ち、ゆっくりと俯けていた顔を上げた。

「……っ」

 顔を上げたアヒルの、その決意した表情を見て、恵がハッとした表情となる。察した様子で、恵は素早く読んでいた本を閉じ、椅子から立ち上がった。

「朝比奈、お前…」

「親父に言った方がいいのか、母さんに言った方がいいのか、色々と悩んだんだけどさ」

 恵が眉をひそめる中、アヒルが恵へと、笑顔を向ける。

「やっぱり最初に、恵先生に言っておきたいって思って」

 笑うアヒルを、言葉もなく、ただ見つめる恵。

「俺の決めた答え、俺の選んだ、最後の道を」

「……ああ」

 少し間をあけて、恵が聞くことを了承するように、そっと頷く。

「俺、今日一日、ずっと“言葉”について、考えてた」

 恵へと語りかけるように、アヒルが話を続ける。

「皆の言葉を一つ一つ聞いて、俺自身の発した言葉を思い返して、周りで行き交ってる言葉を、何個も何個も耳に入れた」

 恵は口を閉じたまま、真剣な表情で、アヒルの話に耳を傾ける。

「そんで、思った」

 自身の思いを確認するように、アヒルが自分の胸元へと視線を落とす。

「俺は、“言葉”が好きだ」

 噛み締めるように言葉を発し、大きく笑みを浮かべるアヒル。


―――グッドモゥモゥモーニング!アーくぅ~ん!―――

―――うるさい、早くしろーーー

―――さぁ、たぁーんとお食べ…フフフ…―――

―――はぁ!こんな俺がすみませぇ~ん!―――

―――おはよう、朝比奈くん―――



「挨拶も、笑い声も、怒る声も、さりげない言葉の一つ一つが、本当に全部好きだ」

 今日一日に、行き交った言葉の数々を思い出し、アヒルがその表情全体から、笑みを溢れ出させる。

「そして、それは、“安の神”だから、好きなんじゃない」

 顔を上げたアヒルが、再びまっすぐに恵を見つめる。

「“安の神”になる前から、ただの朝比奈アヒルだった頃から、俺は、“言葉”が大好きだった」

「……っ」

 アヒルのその溢れる笑みに、恵も思わず、笑みを零す。

「ああ、そうだな」

 アヒルの言葉を認めるように、大きく頷く恵。恵は、安の神に、五十音士になる前のアヒルも、よく知っている。そして、なる前からアヒルが、言葉を大切にしていたことも、十分理解していた。

「安の神だからじゃなくって、俺は、俺だから、朝比奈アヒルだから、言葉を、皆の言葉を守りたいんだ」

 その思いの強さを表すように、アヒルが強く拳を握り締める。

「だから、俺は…」

 恵をまっすぐに見据えたアヒルが、言葉の力を溜めるように、少しだけ間を置く。

「安の神として、皆の言葉を守るために戦う」

 アヒルの声が、資料室に、強く響き渡る。

「安の神として、“を”の文字を、すべての五十音士の文字を、消す」

「…………」

 まっすぐにアヒルを見つめた恵が、アヒルの選んだその答えを聞き、複雑そうに、表情を曇らせる。

「本当に、いいのか…?」

 最後の確認をするように、アヒルへと問う恵。

「そう決めてしまったら、お前が、すべての五十音の重みを、背負うことになるんだぞ…?」

「……わかってる」

 少し視線を落とし、アヒルが短めに頷く。

「でも、もう決めたんだ」

 そっと笑みを零し、再び顔をあげるアヒル。

「この重みを、背負っていくって」

「…………」

 何の迷いもないまっすぐな瞳で、何の曇りもない晴れやかな笑顔で、そうはっきりと言い放つアヒルを見つめ、恵はどこか苦しげな表情を見せるが、言葉を返すことはしなかった。

「それに、本当は、結構前から、五十音士の“言葉”ってものに、ちょっと疑問持ってた」

「疑問…?」

「ああ」

 眉をひそめた恵に、アヒルが大きく頷く。

「持ったのは、始忌シキとの戦いの後なんだ」

 アヒルが少し歩を進め、扉の前から、資料室の中へと進む。

「俺は結局、伍黄を倒すっていう選択をしたけど、あれは本当に正しかったのかなって」


―――あの俺の痛みが、こんなに簡単に、掻き消されてたまるかぁぁ…!―――

 今も胸に刻みつき、決して離れようとしない、あの戦いの時の伍黄の、心からの叫び。


「俺は、五十音士の言葉で、勝手に生み出されてしまったあいつを、長年の痛みから逃れようと、ただ必死だったあいつを、言葉を守るために消した」

「それはっ…」

 アヒルの言葉を素直に受け入れられなかったのか、恵が思わず、すぐさま口を開く。

「それは…」

 だが、口を開いた恵も、アヒルのやったことが正しかったと、そう言い切ることは出来ず、そっと俯いてしまう。

「五十音士は、言葉の重みを知る者…」

 恵が何も言えぬうちに、アヒルがさらに言葉を続ける。


―――俺以外の神など、この世には必要ない…!―――

―――それでも私は、たった一つの言葉が欲しい…!―――


「言葉を何よりも重んじてるから、時に、言葉に狂わされる…」


―――俺に、俺たちに…カー兄を返せよぉ…!―――

―――俺から大切なものを奪った言葉が、絶対に“許せない”…―――


「言葉を何よりも重んじているから、時に、言葉を許せない…」

 イクラの、和音の、阿修羅の、必死な、そしてどこか悲しげだった姿を思い出し、アヒルが俯いたまま、目を細める。

「もしかしたら五十音士は、言葉を、重いものにし過ぎちまったんじゃないかなって」

「……っ」

 恵が視線を落とし、何やら考え込むような表情を見せる。

「確かに、そうなのかも知れないな」

「うん。だからもう、終わらせるんだ」

 頷いたアヒルが、その場に立ち止まり、笑みを零す。

「たくさんの痛みを、悲しみを生み出してきた五十音士を、俺たちの代で、この時代で、終わらせる」

 アヒルが、決意した表情を、再び恵へと向ける。そんなアヒルを見つめ、恵はどこか不安げな表情を見せた。その恵の不安を感じ取ったのか、アヒルが安心させるように、大きく笑う。

「大丈夫」

 満面の笑みで、自信満々に言葉を放つアヒル。

「五十音士がいなくなっても、言葉がなくなるわけじゃない」

 アヒルが胸へと手を当て、自分自身にも言い聞かせるように、言葉を続ける。

「人が、胸の中に眠る思いを伝えたいって思えたら、伝えたいって思える相手に出会えたら、言葉はきっと、続いていける」

 大切なものを噛み締めるように、一つ一つの言葉を、丁寧に落としていくアヒル。

「小さな小さな、人の思いを伝って、この長い時の中を、ずっと…」

 笑みを深くし、アヒルがまた、顔を上げる。

「俺はそう、“信じる”」

「……っ」

 アヒルの眩しいばかりのその笑顔を見つめ、恵はさらに、その瞳を細めた。

「随分と、洒落たことを言うんだな。トンビのくせに」

「だから俺はアヒルだっての!」

 相変わらず名を間違える恵に、アヒルが大きく口を尖らせる。

「っつーか、ほとんど受け売りなんだ。さっき篭也から、カー兄の言葉、教えてもらってさ」

「そうか。あいつの言葉か」

 笑顔を見せるアヒルに、恵がすぐに納得するように頷く。

「どうりで、効くはずだ…」

「え?」

 小さな声で落とされた恵のその言葉を、アヒルは耳に入れることが出来なかった。

「お前がそこまでの覚悟を決めて、この戦いに臨もうとしてくれてるっていうのに、黙っとくってのは、筋が通らねぇよな」

「え…?」

 今度は言葉を聞きいれるが、その意味がわからず、戸惑うように首を傾げるアヒル。

「先生?」

「朝比奈」

 呼びかけるアヒルに対し、名を呼ぶことで答える恵。

「私が自分の言葉、“永遠ゑいえん”で、若さと命を永遠のものにしたって話した時、お前、言ったよな?」

 確認するように、恵がアヒルへと問いかける。

「“なんで、そんなこと”って…」

「それは…」

 恵の言葉に、アヒルがどこか気まずそうに俯く。まるで、恵を責めるような言葉。アヒルは決して、恵を責めようと思って言ったわけではなかった。ただ、あの時は、あの言葉が出てきてしまったのだ。

「その言葉に、今、答える」

「え?」

 答えると言った恵に、アヒルが驚いた様子で顔を上げる。

「何故、“遠の神”永遠が、生まれてしまったのか、そのわけも…」

「恵、先生…?」

 ひどく辛そうな、思い詰めたような、そんな表情を見せる恵に、戸惑うように首を傾げるアヒル。

永遠とわは、私の言葉“永遠ゑいえん”により、私と同じように永遠えいえんの時を生きることとなった者」

 恵がゆっくりと視線を上げ、その瞳で、アヒルの姿を捉える。

「私の、“弟”だ」

「え…?」

 その言葉に、アヒルの表情が止まる。

「弟…?」




――――死にたくない。死にたくないよ、お姉ちゃん。


 ただ、君がそう、願ったから……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ