Word.68 うノ神ノ真実 〈1〉
巨大な金色の光が、頂上の山肌を削り、砕けた封印石を、周りにあった五つの台座をすべて掻っ攫って、遥か空の彼方へと消えていく。空の果て、完全に見えなくなるまで光を見送ると、永遠はゆっくりと顔を下ろした。その表情は相変わらず色が無く、先程の光で、傷を負った様子も一切ない。
「ふぅ~、助かりましたぁ」
永遠のすぐ横の地面に、力なく座り込んだ桃雪が、気の抜けた声を漏らす。
「ありがとうございます、神」
顔を上げ、礼を言う桃雪であったが、永遠がその言葉に答えることはなかった。どうやら、あの光の攻撃の中から、永遠が桃雪を助け出したようである。
「それにしても、凄い力ですねぇ」
ゆっくりと立ち上がりながら、削れた山肌を見回し、思わず感心したように呟く桃雪。
「さすがは、歴代神の中でも最強と呼ばれた神」
「え…?」
笑みを浮かべた桃雪が、そっと前方を見る。その桃雪の言葉に、ウズラのすぐ横に立ったアヒルが、戸惑うように眉をひそめる。
「“神”…?」
馴染みのあるその言葉を呟きながら、アヒルがどこか不安げに、ウズラを見上げる。
「神って…」
「やはり、こちらでしたか」
「やっと見つけただぁよ」
「あっ」
アヒルたちの登って来た、山道の方から聞こえてくる声に振り返ると、そこにはアヒルも見覚えのある者たちの姿があった。それぞれ巨鳥を従えたスズメとツバメ、それにメガネを掛けたインテリ風の女性、熊子と、巨大な男、塗壁である。
「スー兄、ツー兄。それに、あんた等は確か…」
「宇団、宇附が一、“久守”、九条熊子」
「同じく“寸守”、朝比奈スズメ」
「同じく州守…朝比奈ツバメ…」
「同じく奴守、塗壁ぬり夫だぁ」
戸惑うアヒルに答えるように、熊子たちが次々と、名を名乗っていく。
「宇団、の…」
「お待たせ致しました」
「へ?」
そう言ってその場に膝をつく熊子に、アヒルが間の抜けた声を漏らす。熊子だけでなく、スズメ、ツバメ、塗壁の三人もその場に膝をつき、敬意を示すように、深々と頭を下げる。
『我が神』
「え…?」
声を揃える四人のその言葉に、アヒルが戸惑いの色を濃くする。眉間に皺を寄せると、答えを求めるように、ゆっくりとウズラの方を振り向く。
「失われし宇団が勢揃いですかぁ」
桃雪が現れた四人を見回し、そっと笑みを浮かべる。
「まさか、あなたとまた、こうして会うことになるとはねぇ」
スズメたちへと流されていた桃雪の視線が、まっすぐにウズラを向く。
「旧世代“宇の神”、宇田川ウズラ」
どこかわざとらしく微笑む桃雪に、ウズラがかすかに眉をひそめる。
「宇の、神…?」
ウズラは真剣な表情で桃雪を見つめたままで、アヒルのその呟きに、答える素振りは見せなかった。
「いえ、もう“元、宇の神”とお呼びした方がいいのでしょうかぁ?」
桃雪のその言葉に、目を細めるウズラ。
「熊子」
「はい、神」
ウズラが名を呼ぶと、熊子がすぐさま返事をし、一歩前へと出て、ウズラとの距離を縮める。
「倒れてる人たちの手当てを頼める?」
「勿論です」
命令とも言えぬ、ウズラの柔らかな言葉に、熊子が大きく頷く。
「塗壁、倒れている者たちをこちらへ。ツバメ氏も塗壁の手伝いを。スズメ氏は先に、弟君の治療を」
「あいだぁ」
「うん…」
「へぇへぇ」
熊子の指示が飛ぶと、塗壁は、その巨体らしい力強さで、倒れている神や以団の者たちなど、両手に三人ずつを抱え、頂上から降りる道の方を行く熊子の後を追っていく。ツバメも同じように、倒れている者たちを運ぶ。その中で、治療を頼まれたスズメが一人、熊子の指示により、アヒルの方へと歩み寄って来た。
「ほら、右手出せ」
「スー兄…」
やって来た兄を見つめ、表情を曇らせるアヒル。
「どういうことだよ?親父が神って…」
「説明は後回しだ」
問いかけようとしたアヒルの言葉を、アヒルの右手を取りながら、スズメが強く遮る。
「今は、生き残ることだけ考えろ」
「……っ」
真剣な表情で言い放つスズメに、アヒルが眉をひそめる。ウズラが現れ、宇団の皆が揃ったというのに、スズメは少しの余裕も見せていない。それほどに、敵の力が強大なのであろう。
「いやはや、本当に懐かしい」
「桃雪…」
懐かしむ桃雪を見つめ、ウズラが桃雪の名を呼ぶ。
「満足かい…?」
スズメがアヒルの右手の傷を治療する中、アヒルたちよりも数歩、前へと出たウズラが、ひそめたその表情のまま、桃雪へと問いかける。
「言姫を利用し、韻を欺き、言葉で老いることを封じてまで長年待ち望んだ、自身の神を復活させて…」
「ええ、とても」
ウズラの問いかけに、桃雪は少しの間を置くこともなく、すぐさま答えた。
「二十数年前、我が神をこの地に封じられた時は、あなた方旧世代の神々を、ひどく恨んだものですけどねぇ」
桃雪が過去を懐かしむように、そっと目を細める。
「でも、もう水に流しますよぉ。我が神はこの通り、復活したのですからぁ」
「水に流す、か…」
ウズラが少し困ったように、肩を落とす。
「君がそうであっても、俺たちはそう簡単に、水に流すわけにはいかないよ」
「流すわけには、いかない…?」
微笑む桃雪に、厳しい表情を向けるウズラ。ウズラの言葉を繰り返した桃雪が、不思議がるような表情を見せ、大きく首を傾げる。
「だからといって、どうするんですぅ?」
首を傾げたまま、桃雪が試すように問いかける。
「知っているんですよぉ。あなたは二十数年前、“う”の力を、自ら手放したぁ」
「手放した…?」
桃雪の言葉に耳を傾け、困惑した表情を見せているアヒルのすぐ横で、スズメが険しい表情を作る。
「二度と五神が揃わぬよう、自ら“う”の力を捨てることで、我が神の封印を完成させたのですぅ」
戸惑うアヒルに説明するかのように、丁寧な説明を行う桃雪。
「自ら音士としての、神としての道を閉ざした。素晴らしい覚悟ですよねぇ」
桃雪がどこか、感心したように言う。
「捨てるって、どうやって…」
疑問を口にするアヒルに、桃雪がそっと微笑む。
「聞きたいですかぁ?」
試すように問いかける桃雪に、アヒルが思わず、息を呑む。
「てめぇ、余計なこと、言おうってんなら…!」
「いいよ、スーくん」
アヒルへと語りかけた桃雪に対し、アヒルの治療を続けていたスズメが身を乗り出し、威嚇するように荒げた声を放つが、それをウズラが冷静に止めた。
「け、けど!親…!」
言い返そうとしたスズメへ、ウズラが鋭い視線を向ける。
「仰せのままに、我が神」
ウズラの視線を受けると、スズメが言葉を止め、呼び名を神に言い直して、大人しく頷く。
「ここまできて、黙っているのも無意味だし、これ以上、息子に嘘はつきたくないからね」
「親父…」
少し自嘲気味な笑みを浮かべるウズラを見て、アヒルが眉をひそめる。
「話すといい」
「……相変わらず、馬鹿がつくほど、まっすぐな方ですねぇ」
馬鹿にしたような、誉めるような、どちらとも取れる言葉を発する桃雪。
「そこまで覚悟を決めていらっしゃるというのであれば、話させていただきましょう」
アヒルは真剣な表情を作り、桃雪の口から放たれる言葉を待った。
「あなたのお父上は、生まれたばかりの、自分の息子さんの体の中に、“う”の力を“埋め込む”ことで力を手放し、隠したんですよぉ」
「え…?」
先程の問いかけへの答えを得て、アヒルが驚きの表情を見せる。
「む、息子って…」
「あなた方のお兄さん、朝比奈カモメ氏です」
「カー兄…」
カモメの笑顔を思い出し、アヒルがさらに困惑の表情となる。
「カー兄に“う”の力を?けど、カー兄は加守だったって…」
「ええぇ。埋め込まれた“う”の力を目醒めさせるため、僕が言姫に指示して、彼を加守としたんですぅ」
「……!」
桃雪の言葉に、衝撃を走らせるアヒル。
「初めから、カモメの中に力を隠したと、気付いていたのか?」
「その音士が生きている限り、文字の力が突然、消失することはまず、有り得ません」
ウズラの問いかけに、すらすらと答える桃雪。
「あなたは、何の関係もない人間を巻き込めるような人間でもありませんし、あなたの身内を見張っていたのですよ」
「それで、カモメを見つけたと」
「ええぇ」
ウズラの言葉に、桃雪が大きく頷く。
「まぁ勿論、彼本人はそんなこと知りませんでしたしぃ、五十音士のことを知らないことになっているあなたは、そんな息子さんを止めるに止められなかったようですがぁ」
桃雪が嘲るような笑みを浮かべると、ウズラは苦々しい表情で、そっと俯いた。
「彼は確かに、ウ段の生物形態を使っていましたがぁ、でもその力は、完全なるものではなかった」
俯いたウズラに構うことなく、桃雪が話を続ける。
「僕らが、彼の力が完全になる日を待っていた、丁度その時」
「兄貴が、阿修羅に殺された」
「ええぇ」
先を読むように言葉を発したスズメに、桃雪が笑顔で頷きかける。
「あの時は正直、焦りましたよ。折角、用意したものが、すべてパァになってしまったと」
当時を思い出し、軽く頭を掻きながら、言葉を発する桃雪。
「諦めかけていた時、言姫から、死の間際の彼が、誰かへ残った力を送っていたという報告を受けたのです」
桃雪の視線が、まっすぐにアヒルを捉える。
―――俺の力…これできっと、完全になるはずだから…―――
「……っ」
阿修羅との戦いの際に出会った、カモメの言葉を思い出し、アヒルがハッとした表情となる。
「“俺”…?」
「ええぇ」
戸惑うように呟いたアヒルの言葉を、桃雪がしっかりと肯定する。
「あの時、“叶え”の言葉により、彼があなたに伝えた力こそ、“う”の力」
伸ばされた桃雪の人差し指が、まっすぐにアヒルへと向けられる。
「だから僕は言姫を使い、色々と舞台を整えて、あなたを“う”の力に目醒めさせるところまで持っていった」
「舞台って…」
今までの戦いを思い出し、アヒルが表情を曇らせる。相手が居て、相手が必死に戦って、アヒルもそれに全力でぶつかっていった戦いばかりだった。それがすべて、桃雪の神復活のために、用意されたものだったというのであれば、どうにも遣り切れない。
「そして、お兄さんからすべての力を受け継いだあなたは、見事に“う”の力に目醒めたぁ」
桃雪の言葉を受け、アヒルが自身の左手に握られている、金色の銃へと視線を落とす。確かにアヒルは、カモメとの接触により、“う”の文字に目醒めた。桃雪の言葉は、恐らくは正しいのであろう。
「まぁ結果的にぃ、宇の神のその身を切った努力も、あなたにより、パァになってしまったというわけですがねぇ」
「……っ」
桃雪の視線が不意に突き刺さり、アヒルが思わず眉をひそめる。
「俺や君がただ、悪戯に巻き込んだだけだよ」
少しだけ体を横へと動かし、アヒルを見つめる桃雪の視線をその体で遮ったウズラが、桃雪へと自身を責めるような言葉を投げかける。
「元はと言えば、カモメに力を埋め込んだ、俺がすべて悪い」
「親父…」
ひたすらに自分を責めるウズラの背を見つめ、アヒルがそっと目を細める。
「俺たちの判断ミスだ。二十数年前、封印なんてするべきじゃなかったんだ」
「ええ、そうですねぇ」
ウズラの言葉に頷き、桃雪が笑みを浮かべる。
「尊き我が神を封じるだなんて、あなた方の判断は本当に…」
「きちんと、終わらせるべきだった」
はっきりとした口調で桃雪の声を遮るウズラに、桃雪が言葉を止め、眉をひそめる。
「終わらせる…?」
「ああ。あの日、俺たちの手できちんと、すべてを終わらせてさえおけば、後生の音士たちを、こんなに多く巻き込むこともなかったんだ」
悔いるように言いながら、ウズラが顔を上げ、まっすぐに桃雪を見つめる。
「だから今日、この場で、すべてを終わらせる」
「フフフっ…」
決意した表情で、迷いなく言い切るウズラであったが、ウズラのその言葉に、桃雪は吹き出すように笑い声を零した。




