Word.66 わスレラレタ愛 〈1〉
言ノ葉町、言ノ葉山。
「“遠の神”を、復活させるためだと…?」
「ええ」
険しい表情で聞き返す恵に、和音は冷静な声色であっさりと頷く。
「あなた方、旧世代の五神の封印を解くため、わたくしは前々から、新世代の五神の力を揃えることを目的として動いておりました」
落ち着いた口調で、和音が淡々と話す。
「知ってたさ…」
「そうですか」
睨みつけるように見る恵に対し、特に動じもせずに頷く和音。
「お前がカモメの存在にこだわっていた頃から、私はお前の目的に気付いていた」
「あなたにとって、朝比奈カモメの存在は特別でしたものね」
よく見知った者のように、和音が自然と話す。
「だからあなたは、韻の者と通じ、“謡”という名の内部組織まで結成させた」
「ああ。お前の行動を見張るためにな」
すべてを見通している和音に、動じもせずに答える恵。陰で恵があれこれと動いていることを、和音はもう以前から、十分にわかっていただろう。そしてそのことを、恵も知っていた。
「だが、“謡”だけで抑えられると考えていた。お前が、韻上層部までもを、掌中にしているとは思ってなかったからな」
「あの方たちは、“遠の神の力があれば、世界を我々の自由に出来る”という、わたくしの口車に、簡単に乗ってくれましたよ」
嘲笑うような和音の言葉に、恵が眉をひそめる。
「お陰で、実に動きやすかったです」
「だろうな」
恵が少し困ったように、肩を落とす。
「それで、朝比奈アヒルが“う”の力に目醒めて、お前の目的はまんまと達成されたってわけか」
「ええ」
もう一度、頷いた和音が、着物の袖へと右手を入れる。
「念願であった五神の力も、ここに」
和音が袖口から取り出したのは、五色のすべて、色の違う五つの言玉であった。揃っている五神の言玉を見て、恵がさらに表情をしかめる。
「この力があれば、あなた方の力を上回り、封印を解くことが可能なはず」
和音が、手の中の五つの言玉を、大事そうに握り締める。
「これで、わたくしの願いは叶う」
「お前は…お前は、何もわかっていない」
苦々しい表情を見せて、恵が和音へと言い放つ。
「お前がやろうとしていることが、どんなに危険なことなのか、何にもわかっちゃいない」
「わかっていないのであれば、この目で確かめてみればいいだけの話です」
「確かめることで、世界中の人間を巻き込んでもか!?」
高ぶった気持ちが前面に押し出され、思わず声を張り上げる恵。
「絶対に、封印を解いてはいけない!あの神は、二度と外に出すべきではないんだ!」
恵が身を乗り出し、さらに強く訴えかける。
「何故です?」
和音が短い問いを、恵へと向ける。
「あなたは、彼の神に最も近しい方。本来ならば、復活を望む側の人間では?」
「近しいからこそ、言っている!」
その問いかけを、恵は強く跳ね除ける。
「この先に在るのは、絶望のみだ!希望なんてもの、在りはしない!」
大きく両手を横に広げ、声を張り上げる恵。
「踏み止まれ、和音!今ならまだ、やり直せる!」
「……っ」
恵のその言葉に、和音の表情が動く。
―――お母さん、私…―――
―――“忘れて”―――
「やり、直せる…?」
脳裏に刻まれた言葉を思い出しながら、和音がゆっくりと、恵の言葉を繰り返す。
「ああ、そうだ!今なら、まだ…!」
「あなたこそ、わたくしのことを何にもわかっていない」
「何…?」
和音の声を耳に入れ、恵が戸惑うように首を傾げる。
「“やり直せる”…?やり直すことが出来るのであれば、初めから、このような道を選んではいません」
「何だと?」
その言葉に、ますます戸惑った表情を見せる恵。
「どういうことだ!?一体、何を…!」
「わたくしのことを何もわかっていないのに、勝手なことばかり、言わないで下さい」
問いかけようとした恵の声を、和音は鋭く遮り、冷え切った表情の顔を上げた。
「わたくしは、わたくしの願いを叶える。そのために、“遠の神”を復活させる」
強い意志の宿る和音の瞳をまっすぐに向けられ、恵が思わず、怯むように押される。
「そのためには、あなたは邪魔です」
視線を落とし、低い声を響かせる和音。
「毛守さん」
「ええ」
和音に呼ばれた桃雪が、待っていたとばかりに、楽しげな笑顔で前へと出る。
「恵の神と遊んで差し上げて下さい」
「遊んでいる内に、つい戦闘不能になってしまったぁなんてことがあってもぉ?」
「構いません」
「了解でぇす」
和音の答えに、満足げに口角を吊り上げ、桃雪が懐から言玉を取り出す。
「第三十五音“も”、解放」
桃雪が文字を解放し、白く輝く言玉を、素早く恵へと向ける。
「“燃やせ”」
「チ…!第三十四音“め”、解放!」
桃雪の言玉から向けられる白色の炎塊に、恵が舌打ちを落としながら、素早く言玉を取り出し、自身の右足へと吸収させる。淡く緑色に輝く右足を、恵が勢いよく振り上げた。
「“滅せ”!」
振り切られた恵の右足より放たれた脚風により、桃雪の炎が掻き消える。だが、そのやり取りの間に、和音は歩を進め、前方に居た恵の横を通り過ぎ、山の頂上へと進んでいく。
「待て…!」
上げていた右足を下ろし、和音の方を振り返る和音。
「待て!和お…!」
「“設けろ”」
「う…!」
山頂へと向かう和音を追おうとした恵の前に、巨大な真っ白い壁が突如、出現し、和音へと向かう道全体を塞ぐ。壁に阻まれ、足を止めた恵は、眉間に皺を寄せながら、振り返った。
「邪魔をする気か?」
「我が神の復活を阻止しようとしている方を、邪魔しない神附きが居ますかぁ?」
後方に立つ桃雪へと、恵が鋭い視線を向けるが、桃雪は怯む様子も一切なく、ただ不敵な笑みを浮かべながら、右手の中で言玉を玩んでいる。
「それに折角、久々にお会い出来たんですからぁ、少し遊んでいきましょうよ」
手のひらで転がしていた言玉をきつく握り締め、桃雪が冷たく笑う。
「ねぇ?恵の神」
桃雪の微笑みを受け、目を細める恵。
「時間がない」
はっきりとした口調で言い放ち、恵が再び、淡く輝く右足を振り上げる。
「とっとと終わりにさせてもらうぞ」
「それはどうですかねぇ」
殺気を向ける恵に対し、桃雪は余裕の笑みを浮かべた。
一方、恵を桃雪に任せた和音は、着物であるがゆえのゆっくりとした足取りで、山頂へと続く道を、歩き進めていた。表情は鋭く、頂上のただ一点だけを見つめている。
「もう、少し…」
―――“忘れて”―――
「後少しで、私の望んだ言葉が手に入る…」
噛み締めるように言葉を落としながら、和音は一歩一歩、山頂へと続く道を進んだ。
「こちら!こちらです!」
和音により捕まり、韻本部の地下に囚われていたアヒルと篭也は、謎の女性、茜により牢から解放された。和音を止めるべく、言ノ葉町を目指す二人は、雨の降り注ぐ中、茜の従者の一人に案内され、人目を避けた道を通り、裏門から、韻本部の外へと脱出していた。
「ここから先の道は!?」
「ああ、わかる!ここまでくれば十分だ!」
必死に足を動かしながら、従者と篭也が言葉を交わす。
「では、私はここで」
「ああ、ありがとうな!」
「感謝する。あの人にも、宜しく伝えてくれ」
「はい」
その場で立ち止まる従者に、アヒルと篭也が足を止めぬまま、後方を振り返り、礼を言う。二人の素直な言葉を受け取り、若い男の従者は、柔らかい笑みを零した。
「居たぞ!あそこだ!」
『……!』
従者のさらに後方、三人が今まさに抜け出てきた裏門の方から聞こえてくる声に、アヒルたちがすぐさま表情を険しくし、思わず立ち止まって振り返る。
「脱走者だ!捕まえろ!」
裏門から続々と溢れ出てくるのは、アヒルたちを案内してくれた従者と、同じ黒い着物を纏った、韻の者たちであった。皆、武器を構え、物々しい表情で追い立ててくる。
「もう、追っ手が…」
「お二人は行って下さい…!」
篭也が表情をしかめる中、案内をしてきた従者が、立ち止まったままの二人へ行くよう促しながら、戦闘の態勢を取るように身構える。その従者の言葉に、驚きの表情を見せるアヒル。
「何言ってんだよ!あんな数、一人じゃ…!」
「ここで、あなたがたが立ち止まっては、すべてが終わってしまいます!」
「だからって、んなこと…!」
「神」
必死に従者に訴えかけようとしたアヒルを、篭也の呼び声が止める。
「あなたは先に、言ノ葉山へ行ってくれ。僕がここに残る」
「はぁ!?」
篭也の名乗り出に、大きく顔をしかめるアヒル。
「何言ってんだよ!言姫さん止めに行くってのに、お前が行かなくてどうすんだ!残るんなら、俺が…!」
「今のあなたには、言玉がない。残ったところで、無力過ぎる」
「あのなぁ!俺は別に、神になる前から、ケンカじゃ負けたことがねぇんだぞ!?」
「ただの町の不良と韻の者では、レベルが違う」
「ああ!?」
「あ、あの…」
危険の迫った状況であるというのに、激しく言い争いを始めてしまったアヒルと篭也に、従者が止めに入ることも出来ず、戸惑った表情を見せる。
「どういう意味だよ!?」
「二回言わないと、理解出来ないか?」
「あの、その、正直もめている場合ではないような、その…」
『捕まえろぉぉー!』
「あ…!」
従者が止めることも出来ぬうちに、韻からの追っ手が、アヒルたちのすぐ傍まで迫って来る。二人から後方へと視線を移した従者は、一気に焦りの表情となった。
「と、とりあえず、逃げ…!」
「“叫べ”」
「え…?」
必死の従者の声と入れ違うように、追っ手たちへと向けられる言葉。
『うわあああ!』
アヒルたちの横を通り過ぎた振動の塊が、アヒルたちを追って来ていた韻の者たちの先頭集団を直撃し、二十名程の者たちを一気に吹き飛ばす。大きな叫び声と共に、吹き飛ばされていく韻の者たちを見つめ、唖然とした表情を見せるアヒル。
「今のって…」
「何だかよくわからないけれど、必要なら手を貸すわよ…?」
よく聞き覚えのある、その声を耳に入れ、アヒルが勢いよく振り返った。
「我が神」
「アヒルさぁ~ん!」
「朝比奈くん!」
「囁、保、奈々瀬!」
アヒルの振り向いた先には、それぞれの武器を構えた囁、保、七架の姿があった。皆、アヒルの無事な姿を見て安心したのか、嬉しそうな笑顔を浮かべながら、アヒルへ向け、大きく手を振りながら、アヒルのもとへと駆け寄って来る。
「お前ら、なんでっ…」
「恵先生に言われてね…」
「先生に?」
すぐ傍までやって来た囁の言葉に、アヒルが首を傾げる。
「言いつけを破ったって、先生、凄く怒ってたわよ…?」
「ヤッベ。そういや、会議待ってるよう言われたのに、勝手に学校出ちまったんだった」
囁にそう言われると、学校を出る前の恵との会話を思い出し、アヒルが焦ったように頭を掻く。
「んで、その恵先生は?」
「言ノ葉山に行くって言ってましたよ」
「言ノ葉山!?」
周囲を探すように見回したアヒルに、同じように傍へと歩み寄って来た保の声に、大きく目を見開く。アヒルの隣で、篭也もそっと眉をひそめた。
「急いだ方が良さそうだ。神」
「あ、ああ」
注意喚起するように言う篭也に、アヒルも真剣な表情となって頷く。
「悪りぃけど、理由を話している時間がねぇ。とりあえず、この場を任せてもいいか?」
「はい、任せておいて下さい!」
「あなたには言っていない」
「はぁ!とても任せられるような存在じゃない俺で、すみませぇ~ん!」
冷たく言い放つ篭也に、頭を抱え、謝り散らす保。
「いいわ。その代わり、アヒるんは頼むわよ…?」
「言われるまでもない」
囁の言葉に当然のように堂々と答え、篭也が言玉を解放して、六本の格子を周囲へと張り巡らせる。
「神」
「ああ。気を付けろよ、皆!」
「朝比奈くんも、何かよくわからないけど、頑張って!」
「おう!」
七架の応援に笑顔で答えて、アヒルが篭也の格子の一本へと掴まる。
「行くぞ。“翔けろ”!」
篭也が言葉を放つと、アヒルと篭也がそれぞれの手で掴まった四本の格子が、勢いよく浮かび上がり、残りの二本が二人の両足をそれぞれ支えるようにして、上がっていく。そのまま格子は一気に、雨空を翔け抜け、囁たちの視界からは消えていってしまった。
「本当に行っちゃった」
「フフフ…慌ただしいったら、ないわね…ビーフストロガノフを渡す暇もなかったわ…」
空を見上げ、呆然と呟く七架の横で、囁が薄く笑みを浮かべる。
「そこのあなた」
「え?」
囁に呼ばれ、アヒルと篭也を案内してきた茜の従者が、戸惑った表情で振り向く。
「味方なら、後ろに下がっていてくれる…?同じ服着てるから、紛らわしくて、攻撃しちゃいそうだわ…」
「は、はい」
不気味に微笑む囁に、少し怯えたような表情を見せながら、従者は大人しく頷き、囁たちの後ろへと駆けていく。
「貴様等!韻に従うべき五十音士であるというのに、韻に逆らうつもりか!?」
「逆らう…?可笑しなことを言うのね…」
集団の先頭で叫ぶ者の言葉を、囁が不思議そうに繰り返す。
「私たち神附きが従うべきは、我が神の言葉だけよ」
「そうです!」
「うん!」
鋭く横笛を構えた囁の言葉に、大きく頷いて、保と七架もそれぞれ、糸と薙刀を構えた。




