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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
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Word.65 届かヌ言葉 〈3〉

 和音に武器を奪われ、首元へと刃を突き付けられ、驚きの表情を見せていた篭也であったが、すぐさまその表情を鋭くし、責めるような視線を、和音へと向ける。

「何を…何を考えている!?和音!こんなくだらないことは、やめ…!」

「わたくしは本気ですよ。篭也」

 宥めようとする篭也の声を、冷たく一蹴する和音。

「願いを叶えるためならば、あなたの命を奪うことなど、わたくしは簡単に行える…」

「和音…」

 篭也の方は見ずに、ただまっすぐにアヒルを見据え、強い口調で言葉を発する和音。そんな和音の姿を目の当たりにし、篭也は悲しげに目を細める。

「わたくしは本気です、安の神」

 篭也へ向けたものと同じ言葉を、和音が今度は、アヒルへと向ける。

「さぁ、神附きを殺されたくなければ、あなたの持っている二つの言玉を出して下さい」

「…………」

 脅しのような言葉を向けられ、厳しい表情を見せたアヒルが、ゆっくりと両手を動かし、ズボンの左右のポケットへと、それぞれの手を入れる。

「少しでも言玉を解放しようとする動きを見せたら、その瞬間、ボクの言葉で真っ黒焦げにしちゃいますからねぇ~?」

「……っ」

 アヒルのすぐ後方で、アヒルの後頭部へと自身の言玉を向け、楽しげな笑みを浮かべている桃雪。そんな桃雪の方を少し振り返り、多少顔をしかめた後、アヒルが再び前を向く。ポケットから出てきたアヒルの右手には赤い言玉が、左手には金色の言玉が、それぞれ握り締められていた。

「“あ”と“う”の言玉…」

 アヒルの取り出した言玉を見つめ、和音が満足げな笑みを浮かべる。

「さぁ、それを桃雪に渡して下さい。安の神」

「ダメだ!渡すな、神!」

 次の指示を送った和音の、その言葉をすぐさま止めるように、篭也が必死に身を乗り出し、声を張り上げる。

「今すぐ言玉を持って逃げろ、神!僕のことなど、僕の命など、どうでもいい!」

 自分の命など気にも留めず、ただ必死に叫ぶ篭也を見つめ、アヒルが少し目を細める。

「神!早く…!」

「無駄ですよ、篭也」

 その篭也の必死の叫びを遮ったのは、アヒルではなく、和音であった。

「言ったでしょう…?“ここまで”がすべて、計画の通りだと」

「何だと…?」

「すべて、わたくしの思い描いていた通りです。あなたがそう、叫ぶことも…」

 和音の冷たい瞳が、アヒルへと突き刺さる。

「この後、彼が、何と言うのかも…」

「……っ」

 見透かすように言う和音に、アヒルが眉をひそめる。だが曇った表情はすぐになくなり、少し肩を落とすと、アヒルはそっと笑みを浮かべた。

「確かに、俺は単純だからな。あんたじゃなくても、俺を知ってる大抵の人間には、俺がこれから言うことくらい、わかるだろうぜ」

 挑戦的に微笑んで、アヒルがまっすぐに和音を見つめる。

「例え、この言玉をあんたに渡して、この先、何か、とてつもないことが起こってしまうとしても…」

 堂々と胸を張り、迷うことなど一切なく、アヒルがはっきりと言い放つ。

「俺は、俺の仲間を見捨てるようなマネは、絶対にしない!」

 アヒルの強い言葉が、広い部屋中に響き渡る。

「神…」

 これ以上、止める言葉も叫べず、目を細める篭也の横で、和音が満足げに笑う。

「では、毛守さん」

「はいはい」

 桃雪が自身の言玉はアヒルへ向けたまま、歩を動かし、アヒルの後方から前方へと回って、空いている左手を、アヒルへと差し出す。差し出されたその手へ、アヒルは左右の手の二つの言玉を、一つずつ、丁寧に置いた。

「どう、も!」

「ううぅ!」

「神…!」

 言玉を受け取った瞬間、桃雪が右足を振り切り、足を引っ掛けるようにして、アヒルを床へと倒し、背中を踏みつけて、その場を動けないようにする。苦しげに声を漏らすアヒルに、篭也が目を見開き、さらに身を乗り出した。だが、鋭く刃が向けられ、篭也もまた、動きを封じられる。

「和音っ…!」

 刃に少し首を擦り、切れた皮膚から血を滲ませながら、それでも必死に身を乗り出し、篭也が、和音へと声を張り上げる。

「これが…これが、あなたの答えだというのか…!?」

 まだ信じきれないといった様子で、和音へと問いかけを向ける篭也。

「僕も檻也もっ…あなたにとっては、ただの駒の一つだったと、そう言うのか!?和音…!」

「毛守さん、彼等も他の方々と同じ場所へ」

「はぁーい」

 必死に言葉をかける篭也を、まったく気にしない様子で、和音が桃雪へと、冷静に指示を送る。

「あなた方、兄弟のお陰で、わたくしはわたくしの願いを叶えることが出来そうです」

 桃雪に踏みつけられているアヒルへと、視線を向ける和音。和音の声に、床へと倒されたアヒルが、顔だけを上げ、和音を見る。

「あなたには、本当に感謝しています。ありがとうございました、安の神」

「……っ」

 向けられる言葉に、アヒルは大きく、表情をしかめた。




――――…………


「ねぇ、お母さん」

 まだ幼い、長い黒髪の愛らしい少女が、自身の母親であろう、同じく長い黒髪の、美しい女性を呼ぶ。

「私たち人はどうして、こんなに“言葉”を大切にするの?」

「それはね…」

 問いかける少女の頭を、女性が優しく撫でる。

「“言葉”が私たちを、幸せにしてくれるからよ」

「しあ、わせ…?」

 幼い少女は、女性の言葉の意味を理解出来ず、ただ戸惑うように首を傾げた。


…………――――



 机の上に、左から順番に赤、青、金、緑、白と置かれた、五つの言玉。椅子に腰掛け、その並んだ言玉をじっと見つめながら、和音はどこか、感慨深げな表情を見せていた。

「もう、すぐです…」

 和音が白い手を伸ばし、指で、赤い、アヒルの“あ”の言玉へと触れる。

「もう後、ほんの少しで…」

「失礼します」

 何かを呟こうとしたその時、扉が開く音と共に桃雪の声が入って来て、和音はすぐさま言葉を止め、言玉に触れていた手も引っ込めて、顔を上げた。

「安の神と加守さん、確かに運んで来ましたよぉ」

「ご苦労さまです、毛守さん」

「いいえ」

 労う和音に、桃雪はどこか含んだような笑みを向ける。

「すべては、あなたと、そして、ボク自身の願いを叶えるため。これくらい、お易い御用ですよぉ」

「では、その願いを叶えるため、行くとしましょうか」

 椅子から立ち上がった和音が、机に並んでいた五つの言玉をすべて、抱え上げる。

「“言ノ葉町”へ…」

 そう言うと和音は、鋭く瞳を細めた。




 韻本部地下、特別収容施設内、奥。

「誰か居ませんかぁ~!?」

 鉄格子の間から、必死に首から先を出し、外へと向けて、何とか大声を張り上げているアヒル。アヒルの声が地下の空間中に響き渡り、その反響が、アヒルの耳へと戻って来る。だが戻って来るのは反響ばかりで、アヒルの呼びかけに対しての答えは、戻っては来なかった。

「近くには、誰も居なそうだなぁ」

「無駄だ。韻本部はすでに、和音の掌中。誰かが居たとしても、僕たちをここから出してはくれない」

「けどさぁ、他の神連中も、ここに捕まってるんだろ?その辺に居るかも知れねぇじゃねぇか」

 牢の中に座ったまま、力なく言葉を落とす篭也に、アヒルがすかさず反論の言葉を発する。

「おーい!ザべス~、檻也~、イクラぁ~!おぉーい!」

「はぁ…」

 篭也の言うこともきかず、大きな声で叫び続けるアヒルの様子に、篭也が少し呆れたように肩を落とす。言玉を奪われ、牢に閉じ込められてしまったというのに、アヒルには落ち込みも、緊迫感も焦りも、まるでないようであった。

「……っ」

 視線を落とした篭也が、そっと眉をひそめる。

「……済まない」

「へ?」

 背中から受けたその言葉に、アヒルが戸惑うように振り返る。

「恵先生に、“早まるな”と言われた。衣の神にも、あなたの傍に居るよう頼まれていたのに、それを無視して僕は…」

 視線を落としたままの篭也が、深く、表情を曇らせる。

「勝手な行動をして、あなたの足を引っ張り、最悪の結果を招いてしまった…」

「篭也…」

 自身を責めるように言葉を落とす篭也を見つめ、アヒルが目を細める。

「考えのない行動をした。神附き失格だ」

「……確かめたかったんだろ?」

「え…?」

 戻って来る言葉に、篭也がゆっくりと顔を上げる。

「言姫さんのこと、自分の目で」

「……っ」

 責める様子など一切見せず、ただ穏やかな笑みを向けるアヒルを見つめ、篭也が険しく作っていたその表情を、少し崩す。一瞬、瞳を閉じた篭也は、再び深く俯いた。

「言姫さんに初めて会った時から思ってたけど、お前にとっての言姫さんて、何かちょっと、他の人とは違うっつーか…」

 アヒルが牢の外へと視線を流し、過去を思い出すように言う。

「“特別”って感じ、してたし」

「…………」

 アヒルから向けられる言葉を耳に入れながら、篭也がじっと地面を見つめ、何やら考え込むように眉をひそめる。

「和音とは、幼い頃から、まるで兄弟のように、共に育った」

 顔を上げた篭也が、今度は天井を見つめながら、懐かしそうに目を細める。

「僕が神に成れず、於崎の屋敷を出た後も、よく僕のところへ遊びに来てくれて、屋敷に居た頃と、何ら変わらない態度で接してくれて…」

 少し間を置き、篭也が悲しげに笑う。

「そんな人間、和音だけだった…」

 寂しげに響く声に、アヒルが流していた視線を、そっと落とす。


―――篭也!―――

 思い出されるのは、愛らしい笑顔で名を呼んでくれた、あどけない姿の少女。


「……確かに、特別な存在だったのかもしれない」

 過去の和音の姿を思い出し、篭也がアヒルの言葉を認めるようにそう言う。

「和音が何かを企んでいることは、前から薄々、気付いてはいた」

 篭也が眉間へと皺を寄せ、険しい表情を作る。

「だから、阿修羅の件で檻也が行方不明になった時、韻まで来て、和音を問い詰めた」

 天井を見つめたまま、篭也が少し目を細める。

「自信があったんだと思う。僕になら、和音はすべてを話してくれる。僕なら、和音がやろうとしていることを止められる。そう、思っていた」

 過去形となり、言葉がそっと曇る。

「思って、いたけれど…」


―――僕の目を見て言え!―――

―――何も、存じておりません―――


「それは、ただの僕の思い上がりだった。和音は僕に、心を開いてなどいなかったんだ」

 和音に強く壁を張られたあの時、篭也に小さな衝撃が走った。近いと思っていた距離が、実は大きく開いていたような、そんな感覚に陥ったのだ。

「僕に、和音を止めることは出来なかった…」

 天井を見ていた篭也が、ゆっくりと、力なく俯いていく。

「んな、諦め切ったような言葉、言うなよ」

「え…?」

 掛けられる言葉に、篭也が戸惑うように顔を上げる。篭也が振り向くと、まっすぐに篭也の方を見据えたアヒルが、大きな笑みを浮かべていた。

「まだ、“止められない”って決まったわけじゃない。まだ、終わったわけじゃないんだからさ」

「神…」

「とりあえず、やれること全部、やってみようぜ?“諦める”のは、一番、最後でいい」

 明るく微笑みかけるアヒルを見つめ、目を細めた篭也が、またゆっくりと俯く。俯いた篭也は口元を緩め、小さな笑みを零した。

「まったく…やはり、厄介だな。あなたの言葉は」

 穏やかに言葉を発しながら、篭也が困ったように笑う。

「僕から、“諦め”を奪う」

 篭也のその言葉を聞き、アヒルはどこか嬉しそうに微笑んだ。

「さぁ!そうと決まれば、とっととここから出るためにも、叫ぶかぁ!」

 気合いの入った様子で振り向き、アヒルが再び、鉄格子の外側へと、必死に身を乗り出す。

「おぉーい、誰か居っ…!」

「こんにちは」

「どわあ!」

 目の前からいきなり返って来た声に、アヒルが驚き、バランスを崩して、その場に倒れ込む。

「神?」

「痛ててて…」

 篭也に呆れたように見られながらも、打ちつけた頭を押さえ、何とか起き上がるアヒル。

「あらあら、驚かせてしまいましたね」

「へ…?」

 上方から降って来る穏やかな声に、アヒルが戸惑うように、ゆっくりと顔を上げる。

「あっ…」

 鉄格子のその向こうに立つ人物に、目を見張るアヒル。

「こんにちは、アヒル」

 アヒルへと笑顔を向けたのは、茶色いショートカットの、愛らしい雰囲気を纏った、美しい女性であった。


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